R-068 館の上の攻防
南の壁に炎の壁をくぐって続々と敵兵が迫ってくる。壁の南側は見る間に敵兵の亡骸で斜面が出来つつある。その斜面を登ってくる敵兵を機関銃がなぎ払うのだが、数丁では数が足りない。その不足を爆裂球で補っているのだが、残りは僅かなようだ。このままでは白兵戦の覚悟をしておかねばなるまい。
突然斜面が崩壊した。たぶんディーが石壁に影響を与えないぎりぎりの距離でレールガンを放ったんだろう。
これで少し余裕が出来たことになる。
何時の間にかヨルムンガンドの炎の壁も向こう岸が見えるほどに下火になってきた。散々砲弾を撃ち込んだはずなのだが、後続の部隊はそれ程減っていないようにも見える。
「後1時間我慢しろよ。ウルドからの飛行船がやって来る!」
「ああ、だが数が数だからな。だいぶ倒してはいるはずだが、変化がみられない」
「奥行きは減っているぞ。次の爆撃で攻撃を断念してくれればいいんだけだな」
そんな会話を銃撃しながら行っているんだから、俺達にはまだ余裕があるんだろう。
西の壁では北の飛行部隊の襲来に呼応した襲撃で、数百体が砦内に侵入したようだ。西の壁近くで炎が見えるのは、侵入した敵兵の【メルダム】攻撃によるものだろう。被害者がいないことを祈るばかりだ。
「明人、次が来てるぞ!」
「おお、……皆ももう少し頑張れば飛行船がやって来るぞ!」
周囲の兵を激励する。爆裂球は残り少なくなったが、銃弾はたっぷりある。ここで倒しておけば、ミーミル砦に押し寄せる敵兵も削減できるし、何と言っても後続する敵兵より数を減らしておきたい。
10個程入った桶を持って、ユングの隣に移動すると、俺は再び押し寄せる敵兵に爆裂球を放りはじめた。
やがて東から、機銃掃射をしながら2隻の小型飛行船がヨルムンガンドの上を通り過ぎる。後部ハッチから次々と原油の入ったタルが落とされ、落とされたタルは俺達の銃撃で原油が流れ出る。
下火になったヨルムンガンドの炎が再び燃え上がると、炎の勢いでヨルムンガンドを渡る敵兵が途絶えはじめた。
「グレネードに切替えろ!」
サラレイの大声に、半数程の兵がAK47をグレネードランチャーに持ち替えると、炎の奥に向かって発射し始める。
炸裂音に大小があるから、距離はばらばらのようだ。おおよそ飛距離200m付近を狙っているようだが、炎の壁で距離を定め難いらしい。
「残り半数もグレネードに変えろ!」
炎の壁を潜りぬかる敵兵が殆どいなくなった所でサラレイが叫ぶように指示を伝える。
俺とユングは銃をもって、たまに炎の壁を通り抜ける敵兵を狙撃を始めた。そんな時、後方から短砲身砲の連続した発射音が聞こえてきた。
「砲弾の炸裂音からすれば距離は2km以下だな。この炎がなければもっとよく見えるんだが……」
「それが最後尾なのか?」
「いや、3km以上も後ろに続いている。だが、砲撃地点がその手前だから、アリガーの指揮官を狙ってるのかも知れないな」
西を狙う長砲身砲が、ある程度の間隔を置いて砲撃しているのに対して、短砲身砲は2射した後に次の砲撃までの時間が長い。距離と方角をその都度調整しているようだ。やはり狙いはユングの言う通りなのだろう。
そんな中、南に大きな爆発音が連続して起こった。
イオンクラフトによりる爆撃が行われたようだ。50kg爆弾20個の威力は75mm砲の威力を10倍以上上回る。
「だいぶ、爆弾を消費したな。爆撃は後3回実施できるかどうかだぞ」
「だが、それを全部使うんじゃないか? 3方向から攻められてるんだ。
サーシャちゃんは出し惜しみなんかしないはずだ。人命優先で持てる資源は全て使うだろう。
「確かにそう見えるな。だけど、実際は西の敵軍の大攻勢だ。南はこの炎の壁で防いでる」
いつの間にか、南への銃撃まで止んでいる。後ろに下がったんだろうか? 北の部隊の一部が西に移動しているようだ。北も何とか凌げるって事か?
「北と南は陽動ってことか?」
「北は間違いなくそうだと思う。南は、あわよくばって感じだな。ディーがレールガンで敵兵を石壁から吹き飛ばさなかったら、こっちだってどうなったかわからない。だが、ディーがやらなかったら、あの巨大ガルパスがやってただろうな」
全く、あのバジュラには驚かされる。今は静かにしているってことは、西も何とか凌いでいるってことだろう。
上空の光球に照らされて、悪魔軍の兵士が散発的に石壁を越えているのが見えるが、砦に入ってもその場で射殺されているようだ。白兵戦にならなければ優位に戦える。
「南はだいぶ下がったぞ。既に2kmは後退している」
ユングの言葉にサラレイを呼んで、弾薬の補充を命じる。3時間程連続して戦ったんだ。少し休憩も出来るだろう。
通信兵のところまで足を運び、指揮所に状況を問い合わせる。
「西壁に対する敵の攻勢も下火になりつつあるようです。『弾薬補充後その場で待機』との指示が出ています」
「了解と伝えておいてくれ。交代で休んでいいぞ」
初陣なんだろうか? 少年兵の顔には薄明かりでも、白く見えるぞ。まだまだ戦は続くから、慣れてしまうんだろうけどね。
偽装用の焚火に近付いて、タバコを取出して一服を始めると、兵隊がお茶のカップを持ってきてくれた。
ゴクリと喉を鳴らして飲み込む。
長砲身砲は、散発的な射撃を続けているし、連続した機関銃の銃撃も聞こえてくる。西はまだまだ続きそうだな。
そんな所に、ディーとフラウが戻って来た。どうやら索敵範囲内に敵兵はいないらしい。
「航空部隊はどうやら撃退できたようです。残存兵力は100体を切るのではないでしょうか?」
「ということは、散発的にまたやって来るんだろうが、今夜はもう来ないだろうな。後少しで夜も明ける。たぶん、見渡す限り敵兵の亡骸だぞ」
ユングもやってきたな。
とりあえず何とかなったって事だろう。イオンクラフトの編隊は南ではなく西に向かって飛んでいく。まだまだ西は続くんだろうか?
「こちらでしたか。指揮所でサーシャ様がお呼びです」
「わかった。すぐに行く」
そう言って、ユングの顔を見る。直ぐに笑顔を浮かべて頷いた。
「こっちは任せとけ」の返事を背中で聞くと、ディーを連れて指揮所に向かう。
2階からハシゴを下りると、あちこちにまだ【メルダム】攻撃の跡が燻ぶっている。
何回か担架を運ぶ兵達とすれ違いながら、指揮所の半地下構造の天幕に入っていった。
大きなテーブルにはサーシャちゃんに向かって4枚の仮想スクリーンが開いており、テーブルの上にも大きなスクリーンが作られていた。
「良く凌いでくれた。こちらに来るがよい」
そう言って、隣の椅子を指差している。
椅子を一人分移動してサーシャちゃんの隣に腰を下ろすと、仮想スクリーンを覗いて見た。
「西は激戦じゃな。何度か砦に侵入を許し、かつ【メルダム】まで受けておる。負傷者は数知れずじゃが、現在までに死亡者はおらぬ。【サフロナ】使いを連れてきたのは正解じゃった」
「引いているように見えるけど……」
「またやって来るぞ。ミズキが後ろから攻撃する手筈じゃ」
そう言って、テーブルの上に展開したスクリーンを斜め頭上に移動する。
半径1千kmに及ぶ状況図のようだ。その中に西から近付いてくる緑の光点が2つあった。
「我等の目標はスクルドからベルダンディまでの敵勢力の排除じゃ。それでヨルムンガンドの工事がやりやすくなる。とは言っても防衛兵力はゼロにできぬじゃろうが……」
「ここには3個大隊を少し超える兵力しかない。確かに砦の南は原油を燃やして防いではいるが、ウルドにそれ程備蓄があるとは思えない」
原油はテーバイの東に作った堤防の工事の折に見つかったけど、生産量は1日で1㎥程度だ。まあ、井戸掘りの副産物だから贅沢は言えないし、そもそも石油化学の技術はまだ夜明けだからな。
火攻めに使えそうだということで蓄えてはいたが、それでも1千個は無かったような気がするな。
「大型飛行船で300個程運ばせた。今夜の攻撃に100個使ったから、後2回は攻撃を凌げるぞ。できればもう少し砦とヨルムンガンドを離したかったが、まあ、仕方あるまい」
仮想スクリーンで見る限りでは、姉貴達の作戦は上手くいっているようだ。すでに西の敵兵力に合流する後続部隊は無く。南方彼方より押し寄せて来る敵軍は南の部隊と合流しながら少しずつ東に向きを変えている。
だが、そうなれば今度は南と東が危うくなりそうだ。この砦は作りかけだから東と北の石塀の高さが十分ではない。
「気付いたか? その為に、イオンクラフトと我らのバジュラがおる。我等がおる限りスクルドは落ちぬ。とは言え、兵も休まねば後が続かぬ。アルト姉様の2個中隊を先程エイルーの部隊と交代したところじゃ。昼頃までは休ませられるじゃろう」
南の敵兵力は2万というところだろう。すでに北の敵兵はミーミルへと進軍しているから、北の備えも削減できそうだ。西を早めに殲滅して南と東に兵力を移した方がいいような気もするな。
「気になるのは、南からの増援部隊だ。今までは姉貴の方が小型飛行船で間引きをしているけど、その飛行船でこっちの戦をしてるってことは、増援部隊が無傷で移動してくるんじゃないか?」
「その通り……。バジュラで蹴散らしても良いのじゃが、上手くやらぬと折角変えた進路が変わる恐れもある。頭の痛くなる話じゃ」
気にはしてるが、現状での対応が難しいってことらしい。最悪事態になったらバジュラで介入できると踏んでいるようだな。
となると、ユング達がいる間に、東と北の石壁を高くしておいた方が良さそうだ。戦闘工兵もいることだし、皆でやれば早くできるんじゃないか?
「まあ、我らは敵を西に向かわせねばよい。ミズキ達の作業もかなり進んでおるぞ」
また1つ仮想スクリーンを展開すると、ベルダンディから伸びるヨルムンガンドの北側に堤防が延びているのがわかる。
その一番東では、工事の真っ最中だ。数百人の兵士がヨルムンガンドから土砂を運んで堤防を築いている。人間と比較すると、堤防の横幅は5m以上ありそうだし、高さは2m近い。杭を幾つも打って土砂の流出対策も行っているところをみると、長期的に役立たせようと考えているんだろう。
一番東には、20台以上の戦車が並んでいるし、戦車間は盾で侵入を阻止しているみたいだな。その西側に2個中隊がガルパスで隊列を組んで待機している。
イオンクラフトも近くに着陸しているから、備えとしては十分だろう。もっとも、現時点でククルカンから北に移動する部隊は存在しない。たとえ1万前後の強行偵察を行う部隊が襲来したとしても十分に対処できる体制で工事を進めているようだ。




