R-063 サーシャちゃんの狙い
「ミーアの狙いはここじゃ。砲撃地点はヨルムンガンドの西じゃが、先行している敵の軍勢が反転しても困る。200M(30km)に渡って敵を蹂躙させるつもりじゃ」
サーシャちゃんがボールペンの軸を伸ばして地図で示した場所は、スクルドよりも50kmも先だ。そこから反転して敵の進軍する流れを蹂躙するのだろう。確かに、北に押し寄せる敵兵は減るだろうが、それでも押し寄せる流れを止めることは出来ない。
「少し大きく作りすぎた気もするが、まあ、それなりに戦えるじゃろう。砦の中で機動戦をすれば良いだけじゃ」
敵に飲み込まれるとは、少しも考えていないようだ。敵を停止させたら直ぐにも後続軍が進んでくるから10万、20万と脹れるはずなんだが……。そうか、膨らめば爆撃と砲撃で数減らしができると考えてるんだな。
「大型飛行船が着陸許可を求めています。次いで監視所から連絡。『敵軍は20M(3km)まで接近。推定10万以上』以上です」
「大型は弾薬を運んで来たのじゃろう。着陸許可を出してリムにその旨連絡せよ。西はエイルーの部隊じゃったな。戦闘工兵なら持ち応えられるはずじゃ。全大隊に状況を連絡するがよい。変化がなくと1時間毎に監視所からの状況を伝えるのじゃ。我等の確認は不要じゃ」
情報が無ければ不安が増すからな。たとえ不利な情報でも伝えればそれだけ士気を維持できるはずだ。
「監視所は、10万と言うておるが、20万を超えておる。かなり西に広がっておるが監視所からは横に見るからのう……。通信兵、リムとイオンクラフト部隊に出動準備と連絡しておけ。」
アルトさんの2個中隊はそのままなのかな? まあ、唯一の予備兵力なんだけどね。
テーブルの地図を眺めながら、時折端末が映し出すスクリーンの映像を見ている。
部屋の片隅に拡大されたスクリーンには砦を中心とした半径50km程の範囲が科学衛星からの画像として映し出されていた。
ジッとサーシャちゃんが眺めているのを不思議に思って見ていると、バジュラが悪魔軍の中心をジグザグに進んで火の玉を周囲に飛ばしている。
北から南へと飛び去ったところでサーシャちゃんが地図に視線を戻した。
「2割は削減したようじゃな。やはりもう1つ作っておくべきじゃった」
「あれだけでも1個師団に当るんじゃないか? 俺には1つで十分だと思うな」
素直に感想を伝えたけど、後でミーアちゃんに聞いたら、もう1つはレグナスだったらしい。ユングが泣いて喜びそうだ。それこそ怪獣大作戦になりそうだったぞ。
「監視所からです。『敵軍との距離、約10M(1.5km)。戦闘工兵大隊から、3M(450m)で無反動砲を使う』以上です」
「エイルーに了解と伝えておくのじゃ。さて、いよいよじゃぞ!」
サーシャちゃんはニコニコ顔だ。それに引換え通信兵の表情はこわばってるな。通信兵なら戦闘にはあまり関与しないけど、この砦ではそうもいかない。
ディーに頼んで通信兵にお茶を運んでもらった。今から緊張してたら後が続かないからな。
通信兵には拳銃が支給されているようだ。38口径だけど至近距離なら牽制ぐらいにはなるだろう。指揮所の銃架には数丁のAK47があるから、イザとなればそれを使ってもらおうか……。
低い音が聞こえてきた。どうやら無反動砲を使ったらしい。
装填に時間が掛かるのが課題だが、数分後には再度使われるはずだ。
「監視所からです。『敵との距離3M(450m)』以上です」
「うむ。どうやら散開もせずに突っ込んでくるようじゃ。リムに連絡。『西に3撃』。イオンクラフト部隊に連絡『グリッドJ、7から9を爆撃せよ』以上じゃ」
作戦地図を急いで見ると、砦を中心にして東西南北が2kmのメッシュに区分けされている。AからEが東でFからJまでが西になる。1から5が南で6から10が北方向だ。から砦西壁より2km程の地点だ。
サーシャちゃんは3km程西を数kmに渡ってじゅうたん爆撃をするつもりのようだ。連続的な攻撃を避けるためにはそうせざるをえないようだな。
バサリと入口の布が開いて、ミーアちゃんが帰ってきた。
テーブルまで近付いて攻撃終了の報告をしている。かなり南まで行ってきたようだ。上空から見た敵軍の真ん中は少しずつ埋まっているが、それでも蹂躙の址が分かる。
「ご苦労じゃった。次の出撃は可能じゃろうか?」
「数時間程度の稼動になるでしょう。でも最後まで行動すると燃料補給の時間が長くなります。2時間を目安としたいですね」
使い方はイオンクラフトに似ているな。イオンクラフトが燃料カートリッジ交換で続けて行動できるのに対して、バジュラはその方式が無い事が1つの課題なんだろうな。
「十分じゃ。出番はもう少し先になるぞ」
サーシャちゃんの言葉に頷いて、テーブルの作戦地図をミーアちゃんは眺めている。
「監視所から連絡です。『戦闘工兵部隊が全面戦闘に移行した模様』以上です」
通信兵の言葉に2人が仮想スクリーンに顔を向けた。そこには50m程の距離まで接近した悪魔軍の姿が見える。
遠くに遠来のような音がするのは、戦闘のざわめきか、それとも爆撃の音なんだろうか? いずれにせよ始まってしまった。
「石塀まで到達するじゃろうな……」
「ですが、兵の内側には到達出来ないでしょう。危険なのは敵の飛行部隊です」
「リムが手を打っておる。機関銃を10丁石塀より離れて配置しておるようじゃ。ディー、監視所で狙撃出来ぬか?」
ディーが俺に顔を向ける。Kar98を寄越せってことだろうな。バッグから狙撃銃を取出して、弾薬ポーチと一緒にディーに預ける。
ベルトにポーチを取り付けて狙撃銃を手にしたところで、ミーアちゃんが慌てて呼び止めた。
自分のバッグから大型の魔法の袋をだすと、3個の爆裂球を鎖で縛った爆弾を数個取出してディーに渡している。準備してくれてたんだな。
ミーアちゃんに軽く頭を下げてディーが指揮所を後にした。ディーの狙撃能力なら、半径500m以内に航空部隊が接近すれば全て排除可能だろう。さらにディーの運動能力なら十分に砦上空をカバーできそうだな。
「奴ら、柵を引抜いてハシゴにするようじゃ。爆裂球は定数を支給しておるか?」
「一応定数は渡しているが、余分に少しは持ってるだろう。それに500個程石塀近くに運んでいる」
仮想スクリーンで見る限り、石塀の銃眼を使って攻撃しているようだ。石塀の上に立っていた兵士は後退して、石塀から頭を出す敵兵を狙撃している。今のところは砦への侵入を果たした敵兵は見受けられないな。
ジッと西の石塀を眺めていると、石塀から200m程離れた場所の敵兵が次々とたおれていく。イオンクラフトによる機銃掃射のようだ。敵兵が倒れた仲間をむさぼり始めた。
「西への圧力が少し弱まる。次はベルダンディから小型飛行船がやって来るはずじゃ」
「進軍ルートを東に誘導してるんだろう? 俺達の援助ができるの?」
俺の質問に、にこりとした表情を見せると、ボールペンを伸ばして地図を指した。
「すでにかなり方向が変わっておる。これ以上は無理じゃろう。敵も東のサンドワームの縄張りは侵さぬようじゃ。となると、ククルカンより北東に進軍ルートを変え、ヨルムンガンドに沿って東に向かうであろう。スクルドの堀は砦を基点に東西30kmを泥濘にしておる。それなりに役に立つはずじゃ」
サーシャちゃんの説明だと、東端に作ったウルドとこのスクルドの間を進軍させる計画のようだ。1割位ミーミル砦までの到達距離が長くなるが、それだけ落伍者が出るということだな。たとえ、ベルダンディの方向に進軍ルートが変わったとしても、それまでには海水を湛えた運河が行く手を阻むことになる筈だ。そしてそこには沿岸部の危険な生物が大挙して押し寄せてくるだろう。血のにおいを嗅ぎつけて……。
「ユング達には頑張ってもらわねばなるまい。と言っても、東西の大洋が繋がるのは遥か先の話じゃ。じゃが出来たならば、北への進軍をほぼ遮断出来るはずじゃ」
問題はその先だ。姉貴の考えでは悪魔軍を根絶することは不可能だ。隔離ってことなんだろうが、奴らの目的がこの世界の覇権であれば、次の手を打ってくる可能性が高い。
やはり、南極洋を回って旧アフリカ大陸の南端を目指すのだろうか?
ん……、待てよ。ルシファー達は次元の歪みを通ってこの世界にやって来たはずだ。この世界の全体像を知る術を持たないんじゃないか? 初期の進軍ルートは凍った北極海を使ったユーラシア大陸への進軍だ。北極海の氷の沿岸を回るようにして東への進行を図ったのはその後だ。南米大陸から南に向かって旧アフリカ大陸の南端に到達するには、どうやっても島伝いに進むことは困難だ。大洋の巨大生物の餌食となる可能性が極めて高い。カラメル族やユングの話を聞くと9割は損耗するんじゃないか? 何度か試みるかも知れないが、成功させることは難かしいだろうな。
姉貴やサーシャちゃんの言う、ほぼ完全にとはそう言うことだろう。だが、そうなるとヨルムンガンドの破壊を彼等は意図することになる。列車砲はその為の道具なんだろう。機動力の高い、亀兵隊やカルート兵を使えば部隊を迅速に移動できる。たぶん3つの砦の外にも幾つかの砦を作るに違いないな。
敵軍の一部が北の石塀に向かったようだ。北西の角から数百mに渡って敵軍が押し寄せている。サレレイの部隊も攻撃を始めたようだ。
南に移動した敵軍はヨルムンガンドの泥濘に足をとられている。そこをエイルーの部隊が狙撃しているから、今のところは問題ないようだ。
「かなり南に廻っているようじゃ。通信兵砲兵隊に連絡じゃ。『グリッドJK、4から5にかけてランダム砲撃を10射』以上じゃ」
「監視所がネックになりますね」
敵の攻撃範囲に駒を並べていたミーアちゃんが呟いた。
「そうじゃのう……。ミーアにはここに残ってもらうことになると、アキトに頼むしかなかろう。リムのところから1分隊派遣できるか……。エイダスの連中じゃ。武器は旧式じゃが戦闘経験は豊富じゃぞ」
「レムルが鍛えた連中の子孫だからな。それじゃあ出掛けてくる。ディーが近くにいるはずだから、用事があればディーに言ってくれ」
「頼んだぞ!」の声に送られて指揮所を後にする。二重の天幕用の布をくぐって外に出ると砲声や銃声が周囲に満ちている。監視所がある館は200m程先だ。作りかけの2階の壁を利用して丸太4本で作った監視所はそれなりに眺めが良さそうだ。下側は盾で壁を作り天幕用の布を被せている。
まだ階段は出来ていないからハシゴで2階に上ると10人程のネコ族の男女が既に待機していた。




