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R-060 ヨルムンガンド


 悪魔軍の進軍ルートは、南米大陸の随所から集まった小さな流れが大陸西岸で合流して北に向かっている。

 ククルカン遺跡を過ぎたところで、かつては北米大陸の西岸と東岸に向かう2つのルートに分かれていたのだが、西岸ルートを姉貴達が大規模な山腹崩壊のような谷間の岸壁を破壊したことにより、現在は東に向かうルートのみが機能している。

 とは言っても、既に北米大陸の北東部からユーラシア大陸西岸に至る海上輸送路はなく、北米大陸の東岸にあるミーミル砦付近で足止めされ、磨り潰されているのが現状だ。

 南米大陸西岸で合流した悪魔軍の兵力は日々10万を超える数が移動している。そこからミーミルまでの2千km程の行軍過程で、小型飛行船での爆撃により、その数は半減している。

 それでも、日々5万の軍勢がやって来るのだ。

 現在、数百kmほど離れた場所を北東に移動している悪魔軍がこの砦に押し寄せてくるとなると、3個大隊での防衛がいかに困難であるかがよくわかる。


 姉貴達が西の砦に帰ってから始まった昼夜兼行の作業で、西の石塀が俺の身長を超えても不安が残る。

 既に、砦の中には12門の75mm砲が西を睨んで並んでいる。射程は10km近くあるから、目視圏内に入るまでに、数回以上砲弾を浴びせられるだろうし、戦闘工兵1個小隊が持っている40門の無反動砲も2発は放てるはずだ。更にグレネードランチャーを使えば、ライフル射撃圏内である200m付近に来るまでに数を半減することは可能だろう。予備兵力として2個中隊を襲撃大隊から差し引いておく手筈にはなっているのだが……。


 大型飛行船が2度海を渡って弾薬を補給してくれた。その弾薬の半分を本館の1階に運び込んだから、指揮所は再び天幕になってしまった。

 敵の襲撃に備えて半地下構造で屋根を丸太で補強してある。その上に土を厚く乗せているから、【メルダム】の直撃を受けても何とかなるだろう。

 同じ工法で南北と西に弾薬庫を作ってある。一箇所では破壊されるとどうしようもないからな。

 

「西の石壁は後5日で8D(2.4m)を超えるにゃ。12D(3.6m)は欲しかったにゃ」

「空堀2本は作業終了です。その外側に、深さ2D(60cm)程の穴を無作為に掘っています。これは可能な限り続けるつもりです」

「柵は空堀に沿って2線作りました。地上高さは2D前後です。排水路を利用して南の水路に水を流しています。少しは役に立つでしょう」


「ご苦労様。エイダスから旧式だけど短砲身砲が6門届いた。これはブドウ弾仕様だから、それなりに役立つだろう。ガルパスで移動できるから予備部隊が使用してくれ。食料、水、燃料は豊富だ。なるべく敵を近寄らせないようにして叩け!」


 約束の期限まで後5日。直ぐに俺達の前に敵は現れないだろうけど、5日以降は砦外の作業はあまり出来ないだろうな。

 俺達が準備を進めていると、ユングの飛行船が着陸して荷を降ろして出発する。直ぐに出掛けたところをみると、彼等も色々と大変なようだ。

 降ろした荷を開けると、タバコの包みと酒のビンが入っていた。1人に1個位は分けられるだろう。酒は分隊単位で渡せばいい。

 

 約束の日の前日。 

 大隊長達は、作業を最後まで続けるつもりだ。俺達4人は指揮所で端末を使って姉貴達の様子を伺う。

 ベルダンディの庭には、ガルパスが綺麗に並んでいる。その後ろはイオンクラフトが10機停めてあった。


「ガルパスの首が甲羅の中じゃ。準備させてはいるが待機状態じゃな」

「こちらに2隻小型飛行船が停泊しておるぞ。積み荷を運んでおるようじゃが、だいぶ小さな爆弾じゃのう……」

「ひょっとして、姉貴は今夜12時で攻撃を始めるのか?」


 まだ、夕暮れには早い時間だが、あの状態ならガルパスでの出発に1時間と掛からない。てっきり明日の日の出を想定していたんだけれど、姉貴は真夜中から始めるようだ。

 

 「敵の状況は?」

 「このようにベルダンディから数十kmを北東に進んでいます。西から突けば東に向きを変えるでしょうが、移動方向をどの様に変えるかについては攻撃方法によるでしょう」


 盾を横にしたテーブルに広げられた地図は航空写真より作られた正確なものだ。等高線は5m間隔だし、1kmが1cmの縮尺だから10万分の1になる。お蔭で横3m程の机が殆ど占領されている。

 ディーが示した悪魔軍の進軍ルートは600km程西になるから直ぐに俺達の砦にやって来る分けではない。それでも、偵察要員となる空を飛べる悪魔達がやって来るのはそれ程先にならないだろう。それまでは手薄な北の石塀を高くすることに専念すればいい。


 夜遅くなっても、俺たちは端末の仮想スクリーンでベルダンディの様子を見守り続けた。23時を過ぎると慌しく砦が動き出した。

 0時15分前に、2機の小型飛行船が飛び立ち、南に移動していく。


 「亀兵隊で夜間強襲するのではないのか?」

 「それだけでは進軍ルートを曲げられないよ。姉貴の事だから、ヨルムンガンドのかなり南から進軍ルートを曲げる気でいるんじゃないかな」


 だがそれは俺の推測でしかない。少し曲げられても直ぐに戻ってしまうだろう。圧力を掛けるなら連続しないとな。


 「亀兵隊は全て亀乗しています。後続の車列も100台以上ありますよ」

 「たぶん、柵を作る資材だろうね。西に進出して素早く柵を作ってヨルムンガンドの工事区画の安全性を高めるつもりだからね」

 「後、1分で0時になります」

 

 俺達がジッと見守る中。突然亀兵隊達が動き出した。中隊編成で次々とベルダンディの門を抜けて北に向かって疾走している。


 「0時丁度に行動を開始したようです。それと、この画像を見てください。サーシャ様が知らせてきました」

 通信機は黙ったままだ。ないしょってことだな。そんな事を考えてた俺だが、仮想スクリーンに映し出された画像は衝撃的だった。

 

 「ヨルムンガンド計画を始めたのか!」

 スクリーンにはユング達が掘削した空堀に、太平洋からの海水が渦を巻いて流れ込んでいる。

 「これで敵軍は未だに健在な地を目指す他に手がなくなる。それに、前に飛び立った飛行船の爆撃は敵軍の西側だけじゃ。否応なく東に進路が変わる」

 小型爆弾を何度も投下して東へ方向を変えるって事か。たぶんイオンクラフト機も動員するんだろう。真断なく攻撃を仕掛けて東に反らせながら悪魔軍をヨルムンガンドに向かわせれば、彼等の前に海水をたたえた運河が現れる。それを迂回する為に、悪魔軍は東に向かって動くだろうな。

 

 「かなり思い切った策を取っておるようじゃ。サーシャ達が連動せぬか?」

 「考えられるが、たぶんサーシャちゃんはまだやらないと思うよ。最後の最後に取っておくんじゃないかな」

 

 大西洋から海水を導入するのは、作戦終了の時になるんじゃないかな。それまではウルド砦にそれ程の脅威はやってこないだろう。ある意味安心してヨルムンガンドの工事ができるポジションにいる。

 

 「じゃが、これだと我らのところにやってくるまでかなり間がありそうじゃ!」

 アルトさんは、明日にでもやってくると思っていたらしい。

 「そうだね。10日は掛かるかもしれない。だけど、それは延々と続く流れになるんだ。出来ればこのスクルトの西を通って欲しいけれどね」


 「砦外部の工事は注意が必要ですな。まだまだ敵はやってこないでしょうが、先遣部隊が出てくる可能性があります」

 隊長の一人が呟いた。

 確かに、航空部隊が偵察してくる可能性は高い。【メルダム】を使うから厄介な相手だ。地上を進軍する連中と違って、行動範囲が広いのも問題ではある。


 「なら、その間に壁を高くするにゃ。1D(30cm)は高く出きそうにゃ!」

 「そうだな。西側は戦闘工兵がそのまま工事を続けてくれ。北側はアルトさんの方で頼む。南はこのままで、東にも盾を並べてくれ。確か5D(1.5m)にも満たなかった筈だ」

 「東は我が予備兵力で取り掛かろう。2個中隊あれば3日も掛からぬ」


 東はキャルミラさんの担当ってことだな。ならば、俺とディーで姉貴達の状況を見守ろう。

 とりあえずの仕事を分担したところで、ディーと仮想スクリーンを眺める。

 いつの間にか、小型飛行船の数が増えているぞ。サーシャちゃんから借り受けたんだろうか? 反復攻撃を敵の西側に続けている。イオンクラフトは真東に飛んで進軍する部隊の側面を攻撃し始めた。亀兵隊は敵軍の数km西側でジッとして動かない。まだ、出番ではないということだろうか?


 「敵の航空部隊が北東に移動しています。かなり広範囲に索敵していますよ」

 「ああ、進軍方向を見定めるには、少し数が多すぎるな」


 どちらかというと、獲物を探すような感じで東に扇型に索敵している。サーマル画像で見た限りでは、数百の規模だ。

 そういえば、ユングが北米中央部には大型のタグがいると言ってたな。かつてのメキシコ湾にあたるこの辺りにもヤバいのがいるんだろうか?


 「俺には、何かを警戒しているように見えるんだが?」

 「ユング様に確認してみますか?」


 数秒間の沈黙は、ユングとの会話なんだろうか? 俺達が話すより電波での通信であれば高速で情報を伝えられるんだろうな。

 

 「確認出来ました。サンドワームに似た生物が、かつてのメキシコ湾地帯に生息しているようです」

 「東岸を進まずにククルカンまで西岸を進む理由がそれだな。だが、サンドワームが原因なら、俺達にも見つけるのは面倒だな」

 

 唯一の防衛策は堅固な障壁と……、水だ。奴らは水を恐れるようだ。この地の地下水脈は地下数十m以上。十分にサンドワームの活動域ではある。

 待てよ。姉貴はそれを知っていてヨルムンガンドを作ったのか? 大陸を東西に繋ぐヨルムンガンドは単に土を掘り返して空堀にしたものだ。周囲に海水が浸み込むが、膨大な大洋の海水がそれを補ってくれる。

 それは、サンドワームに対する絶対防衛を可能にするはずだ。

 ユング達が補修してくれた砦の水源も1時間に20t以上の水を吹きだしている。将来は北の大地の用水として役立つだろうが、現在は大部分を南のヨルムンガンドに放出しているから、この砦を起点として東西10kmは水が届いている。それも、サンドワームへの対策としては十分だ。

 

 「ヨルムンガンドの水は1日でどれぐらい進んでるんだ?」

 「現在では1日で1kmほどに緩やかになっています」

 

 今の水量では東西30kmほどをぬかるみにできるだけのようだ。だが、その距離なら、悪魔軍が移動するのに1日程度必要だろう。俺達の南の防壁としては柵以上に役立つんじゃないか?


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