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R-006 エイダス島からの訪問者


 夏には、アトレイムの別荘に出掛けて、真っ黒に日焼けして帰ってきた。

 ネウサナトラムの南に広がる畑には沢山の穀物が実っている。

 今年も豊作だな。アルトさん達が若いハンターを引き連れて渡りバタムを狩ると言っていた。

 よく考えてみると、俺は一度も狩ったことがないんだよな……。

 たまには誘って貰おうかな。


 そんな中、珍しい人が俺を訪ねてきた。

 エイダス島のパラム王国総指揮官レムリアさんだ。国王の娘に当るのだが、いまだに独身を通している。確か今年で30歳近くになるんじゃなかったか?

 レムルとエルちゃんの遠い子孫になる訳だが、2人の面影は表面ではうかがい知れない。

 それでも、パラム王国5個大隊を指揮する女傑である事は確かなのだ。彼女の指揮の元、東回りで大陸に侵攻する悪魔軍を爆撃してくれることで、連合王国の西の防波堤は悪魔軍を連合王国の版図に攻め込むことを防いでいるようなものだ。


 副官1人を同行してやってきたレムリアさんを俺達の家に招き入れ、テーブルの椅子を勧めると、彼女達が座るのを確認して俺も席に着いた。

 

 ディーが俺達にお茶を配って、姉貴の隣に座る。

 

 「遠路、良くおいでくださいました。パラム王国のおかげで西の防衛は事なきを得ています。これも、国王の賜物と考える次第です」

 

 社交辞令から姉貴は始めるようだ。


 「こちらこそ。建国時にあれほど助けられたのですから、それに今では同盟を結ぶ仲、それ位はたやすいことです」

 

 ん? 語尾に「にゃ」がつかないぞ。ネコ族の女性は語尾に「にゃ」がつく者が多いんだが。

 

 「それで、今回の目的は?」

 姉貴が笑みを浮かべて聞いているけど、ちょっとストレート過ぎるんじゃないかな?

 

 「噂の確認……。と言えばお分かりになると思いますが?」

 そう言ってレムリアさんも姉貴に微笑んでいる。


 互いに狐と狸みたいに探り合ってるって感じだな。こんな上司だと副官はさぞや苦労するだろう。溜息を付きながらお茶を飲んでいる副官に同情してしまった。


 「姉さん、レムリアさんの目的は……、たぶんラグナロクについてだ。連合王国の年度計画にはパラム王国は参加していないからね。レムリアさんも噂の内容に驚いてやってきたのが真相じゃないのかな?」


 俺がそう言うと、2人にジロリと目を向けられてしまった。


 「せっかく、楽しめると思ったのに……」

 「残念ですね」


 何だ、何だ? 腹の探りあいを楽しむつもりだったのか?

 それに、そんな目で2人ににらまれると、何だか俺が悪いような感じがするぞ。


 「仕方がありませんね。次はアキトがいない時にでも……」

 

 そんな事を言いながら2人で頷いている。全く、しょうがない人達だな。

 

 「それでは、現在計画立案中のラグナロクの話をしましょう。ディー概要を説明して頂戴」

 「了解です」

 

 ディーが端末を取出してテーブルの端にスクリーンを展開する。

 2つ展開したのは地図と工程をリンクさせて説明するつもりのようだ。


 「何時までも続く戦を終らせる為に大反攻作戦を実施します。今年から5年を準備期間として必要な軍備を整えます……」


 第1段階の大陸西岸からの悪魔軍の駆逐。第2段階での悪魔軍の東回りルートの遮断。第3段階で西の大陸に拠点を構築。第4段階で西の大陸北半分の制圧。第5段階で大陸の南への侵攻だ。

 第5段階の開始時期は作戦開始後10年を予定しているみたいだな。

 だが、この作戦計画に大きな課題があるのはすぐに分かるはずだ。


 「……以上がラグナロク計画です」

 

 ディーが説明を終えると、エイダス島から訪れた2人が溜息を漏らした。

 彼女達の予想を遥かに超えていたようだな。


 「訪れて正解でしたわ。まさかこれ程の規模を考えているとは思いませんでした。ですが……、この計画には大きな穴がありますね。それはどうなさるつもりですか?」

 「兵站……その一言ですね」


 姉貴の言葉にレムリアさんが頷いた。

 連合王国の士官学校を主席で卒業しただけのことはあるな。

 

 「イオンクラフトでは西の大陸まで飛行はできません。ましてや大規模な兵員、物資の輸送は不可能です」

 「かの者達と同様に軍船ということも考えられますが、1個師団を超える軍勢に、はたしてキチンと物資を輸送出来るでしょうか?」


 そんな議論が始まって、姉貴は端末を使い、スクリーンに画像を投影した。


 「これが兵站を確保してくれるでしょう。飛行船という乗り物です。小型の方は積載量約2500G(グル:5t)、大型は1万G(約20t)を積載できます。飛行可能距離は優に西の大陸を往復出来ます。速度はガルパスの5倍に足りませんが……」

 「これで、西に? けれど、輸送量はそれでも足りないのではないですか?」


 「一応、大小それぞれ3隻を建造する計画です」

 「それでも不足するでしょう。西の大陸で狩りをするにせよ、食料が直ぐに足りなくなります」


 飛行船3隻の輸送量から考えると、食料はぎりぎりになる。砲弾は重量がかさむからな。

 

 「西の大陸への足掛かりと言うべき拠点作りを考えています。資材の先行輸送と同時に屯田兵と戦闘工兵を送り込んで農業の足掛かりとします。最初から麦は無理でも、ジャガイモ、トウモロコシ、それに野菜ぐらいは作っておきたいですね」


 スクリーンに展開したままの西の大陸の画像を、鎧通しを指示棒代わりに使って説明する。


 「悪魔軍の拠点は西の大陸の南方にあります。そこからの進軍ルートは大陸の東と西の海岸地帯になります。大陸の中央部はガラアキなんですよ。そこに拠点を設けることが是非とも必要になります」

 「敵の哨戒網はそこまで来ないのですか?」

 

 「分かりません。ですが、資材の運搬には拠点が必要ですし、食糧生産を合わせて行うことで水や焚き木の準備を先行できます」

 

 「ここからは私の提案です。エイダス島のサンドミナス王国が100年程前に内乱で滅びましたが、またしても内乱の気運が高まっています。このままでは人間族を滅ぼさねばならん事態にもなりかねません。彼等に西の大陸を開放できないでしょうか?」


 移民と言えば聞こえは良いが、現実的には放逐だよな。

 だが、彼等で西の大陸を切り開けるのだろうか? それに、かの地で彼等が反乱を起こしたら作戦全体が瓦解しかねないぞ。

 とは言え、内乱が生じたらそれはそれで問題になるな。


 「エイダス島は、ネコ族が暮らす平和な王国でした。そこに人間族が暮らし始めた原因は連合王国にも責任があります。確かに、ひとつの方法ですね。でも、大きな問題があります。かの地の人間族の人口は少なくとも10万を超えるのではないでしょうか? 移送手段がありません」

 

 レムリアさんが席を立つとスクリーンのそばへと歩いて行く。

 

 「この島伝いに大陸へと向かいます。東回りの悪魔軍の進行を遮断出来れば、安全に到達出来るでしょう。必要な船と資材はパラム王国で準備できます」


 毎年数隻ずつ送り出す形になるのかな?

 一度の移民の総数は数百人程度だろう。それでも、新たな土地での建国は彼等の望むところなのかもしれない。それにより内乱の気運が低下すれば喜ばしいことだが、パラム王国の出費は馬鹿にならないんじゃないかな?

 

 「東方見聞録にあるとおり、危険な生物も存在します。それでもエイダス島の旧サンドミナス王国の民は移動するでしょうか?」

 「相手側の指導者と図ってみます。私は一番ベストな方法だと思っています」


 「分かったわ。農業がし易い場所を探しておきます。でも、西の大陸に渡ったらある程度の武装は必要ですよ」

 

 姉貴の忠告にレムリアさんが頷いている。

 場合によっては近くに砦を作ってしばらくは警護してあげることも必要だろう。

 悪魔軍の西回りの進軍はすぐには止められないし、土着の獣だってかなり変わったやつがいるからな。


 「でも、船団を率いて西の大陸に向かうのは、もうひとつ理由があるんでしょう?」

 「分かりますか? 船ならイオンクラフトと弾薬を大量に移動できます。東回りの悪魔軍の進軍を阻止できたならパラム王国の航空部隊は必要なくなるでしょう。将来のためと言っても10機はいりません。イオンクラフト20機を西の大陸に移動します。パイロット、整備兵等とともに……」


 パラム王国が派遣軍を出してくれるのか。

 イオンクラフト20機があれば早期警戒まで可能になるな。移民に対する防衛も期待できそうだ。

 

 「それはパラム王国としての態度表明と考えていいのかしら?」

 「国王より全権を任されてやってきました」


 「秋に行われる狩猟期に合わせて、連合王国の重鎮が集まるわ。それにオブザーバー参加で全体を確認した上で判断すれば良いと思う。私達の作戦計画に取り込んでおくから、理由を尋ねられたら補足をお願いするわ」

 「十分です。よろしくお願いします」


 どうやら、話は済んだようだな。

 その後は、島の暮らしを話してくれたが、レムルの治世はだいぶ後世にも影響を与えているな。島内の鎖国政策は文化の違いを生みだして、かなり生活水準に開きが出てきたようだ。

 治水すらままならない旧サンドミナス王国の耕作地は、お天気任せの農業になっているから収穫量に格段の開きがある。

 西の大陸に行っても同じような農業を行うなら暮らしは向上しないだろう。移民するための下地作りをどのように行うかも課題のひとつになるだろう。

 先行して屯田兵と戦闘工兵を送り、彼等に基礎を作ってもらいながら拠点を南下させるのも手ではあるな。上手く運べば兵糧を運ぶ量を減らすことができるかもしれない。

 兵員が1日2kgを消費するとすれば、師団規模だと1万人を超えるから20t以上になるのか……。飛行船は積載量20tクラスが3隻だから、輸送が追いつかないぞ。

 更に大型の飛行船を作るか、それとも飛行船の数を増やさねば対応できない。船で輸送するにしても今の商船では200t程度だし、海上輸送は大型の海洋生物に備えなければならないだろう。

 姉貴達はそれを知っているのだろうか?

 作戦本部の兵站部局と一度じっくり話し合ったほうがいいかも知れないな。

 攻撃だけを考えていると、とんでもないことになりそうだ。

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