R-058 井戸掘りは大変だ
まだ、夜も開けきれない時間に、亀兵隊3個大隊がウルドから西に向かって荒野を駆けて行く。
巡航速度の時速30kmよりは少し速度が出ているな。あまりガルパスに無理を掛けないように最初の休憩時間に指示しておこう。
俺達を乗せたイオンクラフトは先頭集団の上空200m付近をガルパスの進行速度にあわせて飛行している。
アルトさんや通信兵が、周囲を監視していてくれるから、たっぷりと詰まれた荷物の上でのんびりとタバコを楽しむ余裕がある。
6日後にはユングが大型飛行船で資材を運んでくる手筈になっているが、その前に砦の縄張りぐらいはしておきたいものだ。
サーシャちゃん達から貰った砦の図面は東西3km、南北1kmの規模だ。指揮所の大きさも50m四方の3階建て、兵舎は2階建てが6つもある。とても短時間では出来そうもないが、姉貴達の攻撃を考えれば西側の城壁を早急に作らねばなるまい。後は仮設で十分だろう。
移動開始5日目の夕刻。西に岩山のシルエットが小さく見えてきた。明日の昼には目的地に到着出来るだろう。
「この辺りには獣の姿がまるでない!」
「荒地だし、悪魔軍の通り道だった頃に殆どが食われたんじゃないかな? まあ、肉食系の獣がいないのは助かるよ」
おもしろく無さそうな顔で、焚き火を見ながら呟いてるアルトさんを慰める。
ユング達が飛行船で物資を運んでくれるそうだから、隠匿拠点にたまに狩りに連れてって貰えば良いだろう。食事だって携帯食だけではあきてしまうからね。
翌日の昼下がり。俺達は無事に数km四方に広がる岩山に到着した。
砦の縄張り、仮の柵、それに天幕を手分けして設置する。10km四方にガルパスを走らせ、潅木から焚き木を運んでくる。
真っ直ぐに伸びた潅木なら柱として使えそうだが、生憎と曲りくねった木だから焚き木以外に使えそうも無いな。
点在する岩の陰になるように焚き火を作って夕食の準備を始める。
俺は焚き火の傍にに腰を下ろすと、ユング達に到着の連絡を入れた。直ぐに返事が返ってきた。どうやら、今夜に到着するらしい。
急いで岩の少ない広場を探して、広場を取巻くように、4箇所に小さな焚き火を準備しておく。
「最初から大型飛行船で物資を運んで来るらしい。25tだから、武器も積んでくるに違いないな」
「ガルパス用の野菜が足りないそうです。北西の隠匿拠点から運んで貰えるよう依頼して貰えませんか?」
ガルパスあっての機動部隊だからな。いくら粗食に耐えると言っても、食べさせるものがなければ大変だ。ディーに頼んで手配して貰う。
「井戸があれば良いのですが、一度掘ってみますか?」
「地下水脈はユングが来たら調査して貰おう。この近くに水場は無いし、ヨルムンガンドが完成しても、流れるのは海水だ」
井戸が無ければ、水タンクを作らねばなるまい。3千人程の部隊だから1日の使用量が5㎥を越えるんじゃないかな。それに、ガルパスだって水を飲むから、水の輸送だけで小型飛行船が隠匿中継点との間を何度か往復しなければならなくなってしまう。
全量を賄えなくとも、半分は砦で何とかしたいものだ。
深夜に俺達のところへ大型飛行船が下りてきた。
戦闘工兵達が資材を次々と下ろしていく。2㎥程の水タンクが3基、荷車で下ろされているところを見ると、ユングも水を心配しているようだ。
俺達の集まっている焚き火にやって来ると、直ぐに砦作りの相談が始まる。
「岩山をレーザービームで切断してブロックにする。それを積み重ねれば十分だ。この地方に地震はないから、セメントで固定出来るぞ」
「水が問題だ。井戸を作れないかな?」
「フラウ、周辺の調査をしてくれ。地下100m以内にあれば何とかなる」
フラウが席を立って、暗闇に消えて行くのを眺めていたが、視線をユングに向けて話を続ける。
「サーシャちゃんがまとめてくれた砦の概要だ。何とか西のほうだけでも早急に作りたい」
「ミズキさんの攻撃はこの砦を待ってるようなものだからな。とは言え、西側だけではダメだ。南北もある程度作らないと回り込まれるぞ。東は柵ぐらいで良いのかも知れないな。シャベルやツルハシは沢山持ってきたぞ。一輪車や荷車も20台以上積んできた。弾薬は3会戦分、残りは食料だ。ガルパスの野菜も2食分を積んであるから数日は持つだろう」
「縄張りはしておいた。下は岩場だから地固めは必要ないだろうな」
俺の言葉にユングが頷く。
通信兵に大隊長を呼んで来させると、明日以降の作業の分担を決めさせる。
そんな話が終ったところで、ユングがバッグから酒のビンが入った袋を取出した。
「急いでたから、これぐらいだ。30本あるから大隊で分けてくれ。明人達にはこれだ」
そう言って、別の袋から真鍮製の水筒を取出した。
「蜂蜜酒だから、アルトさんやキャルミラさんも飲めるだろう。それにこれも必要だろう?」
最後に取出したのはタバコの包みだ。キャルミラさんが有難く受取ってるぞ。
「タバコは食料品の中にも入っている。全員分には程遠いが、数回は楽しめる筈だ」
数回だろうと、吸えるのは嬉しいに違いない。
「作業は明日からになる。次の補給用の飛行船が来るまで厄介になるつもりだ。明人達は休んでくれ。俺はこの図面を確認する」
「ああ。任せたぞ。でも、何かあれば呼んでくれ!」
席を立つ俺達に手を振ると、ユングは図面を検討し始めたようだ。
イオンクラフトの荷台から、天幕を下ろして荷台を利用しして簡単な天幕を作ると3人で潜り込む。入口にはディーがAK47を持って座っているから、何があっても即応は出来るだろう。寝袋のような毛布に包まると直ぐに眠りにつく。
次の日、天幕を畳んでユングのいる焚きに歩いて行く。
消えかかった焚き火の傍に仮想スクリーンを3つも展開してユング達が話し合っていた。
「お早う!」
「ああ、お早う。いろいろ分かって来たぞ。やはり、衛星画像を解析するよりも実際に現場を走り回ったほうが情報は集まるな。まあ、こっちに座ってくれ」
ユングの隣に腰を下ろすと、画像の解説が始まった。
どうやら、地下水脈があるらしい。とは言え、それが120mもの深さにあるとなると微妙なところになるな。
岩山は砂礫に埋まっているが、東西100km、南北に50km程の広がりがあるようだ。頂上付近が露出しているに過ぎないって事らしい。
「爆撃で穴掘りが上手くいかないわけだ。これは地上で爆薬を使って工事を進めることになりそうだな」
「だが、砦の材料には苦労しないってことだろう?」
「確かにね。頑丈に作れるぞ。だが、重機がないのがいたいな。人手で作りから結構大変な作業になるな」
一応、サーシャちゃんのところから小型飛行船を重機代わりに借り出せるから、大きな岩の移動は何とかなるだろう。それでも5tまでだけどね。
「これが、砦の設計図だ。明人の考えを踏襲しているけど、2つの深井戸を作る事にしたぞ。ポンプがないから、チェーンにバケツを付けたものを井戸に設けることになる。風車でチェーンを回せば、水を汲み上げられる。風がなければガルパスを使って駆動軸を回す事になりそうだな」
「手伝ってくれるのか?」
俺の言葉に、俺を見てにこりと笑う。
「井戸掘りと、ブロック作り、それに水を汲み上げる装置は任せておけ。だが、砦作りそのものは明人が頑張ってくれ。俺の目下の任務はヨルムンガンドの下地作りだ。たまに立寄ってブロックを作れば何とかなるだろう?」
そう言って俺の肩を叩く。
まあ、3個大隊を持っているからな。少し長い目で砦を作るか。
「たまに寄ってくれるなら、ついでに75mm砲を運んでくれないか? 戦闘工兵の持つ無反動砲では飛距離が足りない」
「少し命中精度が落ちるけど、東の堤防で使っていた75mm砲が105mmに順次換装している。それで良ければ運んでくるぞ」
砲身寿命が尽きかけた物を換装しているんだな。少なくとも、そのままの砲身でないなら問題ない。数km飛べば砦の維持も何とかなりそうだ。
「数kmは飛ぶんだろうな?」
「長砲身砲を運んで来る。10kmは射程があるから、イオンクラフトを東西の砦から5機ずつ借り受けろ。石の砦という事で、ミズキさんはここに敵を誘導するつもりだぞ」
やはりな。それは何とかなるだろう。集まればそこを叩けるし、亀兵隊のグレネードランチャー保有率はこの大陸の派遣軍第一だからな。
朝食を終えた大隊長達が集まってきた。
ユングの作った図面を皆に渡して、それぞれの役割を分担する。
「さて、俺もブロック作りに出かける。明人は井戸を頼んだぞ!」
ユングがそう言って、フラウと一緒に岩山に歩いて行く。
「まあ、朝食を食べてからにすれば良い」
そう言ってキャルミラさんがパンとスープを持ってきてくれた。アルトさんは、まだ寝てるのかな?
「我と、アルトで周辺の監視をする事にしたのじゃ。通信兵を2人連れて行くから、何かあれば爆裂球で合図するのじゃ」
そう言って、イオンクラフトの発進準備を始めた。ディーが既に燃料を補給しているから、そのまま飛び立てるだろう。
そんな所に、MP-8を背中に担いだアルトさんがやってきた。
「我等に力仕事が出来るとは思えん。皆の周囲を見張ってるから、アキトも自分の仕事をキチンとこなすのじゃぞ!」
いつの間にか乗っていた通信兵を連れて、アルトさん達はイオンクラフトで岩山の向こうに飛んで行った。
朝食を終えると、ディーを連れて井戸の掘削予定地に向かう。
既に戦闘工兵が集まって穴掘りを始めていたが直径20mはありそうな穴だ。深く掘ることを考えて周囲を円錐形に掘り下げるつもりのようだ。
「もう始めてるにゃ。2箇所同時に掘ってるけど、300D(90m)近く掘るから、周囲も掘らないといけないにゃ」
「でも、5D(1.5m)は既に掘られてますよ。このまま行けば10日は掛からないんじゃ?」
「片方は開放型にするにゃ。でも、片方は円筒形に石を組んで埋め戻すから、一ヶ月は掛かるにゃ」
俗に言う、まいまい井戸ってことかな? でも、深井戸だからどちらもキチンと石組みを作って風車で汲み上げたほうが良いような気がするな。




