R-056 2つの砦
ミーミルからウルドまでは数百kmは離れているのだが、俺達は敵軍を上手く誘導しながら南に進んでいる。
1日で進む距離は精々40km程だから10日以上掛かる計算だ。上空から眺めるとまるで羊の群れを追う牧羊犬のように亀兵隊達が小隊或いは中隊単位で攻撃を仕掛けている。
そんな攻撃で悪魔軍を直径3km程の範囲で纏めながら、ゆっくりと南へと誘導し続けていた。
「今のところは順調じゃな。サーシャは準備完了と言ってきおった。場所を指定してきたが、果たしてどうするのやら……」
「たぶん、その範囲に大砲の照準を全て合わせておるのじゃろう。最初から一斉に放つ所存に違いない」
それだけじゃ無さそうだけど、場所を指定する以上何か方策を考えていることは確かだな。
「ウルドの北3kmの地点に直径2kmの範囲は、かなり難しく思えます。最終的にはこのようにウルドの外側の柵に沿って左右に移動しなければなりませんが、ウルドの虎口は北は海沿いにあるこの場所、西は工事をしているこの場所になります」
ぐずぐずしてると、サーシャちゃんの策の巻き添えをくいそうだ。西は工事中だけあって20kmも西になるんだよな。東の虎口も大規模な部隊を出し入れするようには作られていないから、1個大隊程度を向かわせることになりそうだ。残り2個大隊は西に向かうことになる。
とは言え、後3日でウルドに到着する位置まで来ているから、そろそろ最後の行動を伝達せねばなるまい。
ウルドに入れば数日休暇を取って体を休め、次の戦闘に戻ることになる。
「ウルドは今回が始めての戦になるのじゃな?」
「南からの攻撃はサンドワームの群れが抑えてくれるらしい。それで、旧ククルカン以降の進軍で2つのルートに敵軍が分かれているからね。姉貴の方がその流れを遮断した時が問題だ。どういう進路を取るかは分からないな」
姉貴とサーシャちゃんが同時に列車砲を考えたのも、それがあるからだろう。東西3千kmの距離を塞ぐんだから、大変なのは分かるつもりだ。たぶん、もう1つぐらい途中に砦を作る事になりそうだけど、それができるのは東西から進めている大運河、ヨルムンガンドが出来上がる頃になりそうだ。
「サーシャの砦が敵に知れると後々面倒にならないか?」
「殲滅すれば良い位に考えてる筈だよ。生存する者がいなければ、敵に知られることはないからね」
アルトさんの問いに答えると、俺の話に皆が納得している。まあ、過激な娘だからね。
「サーシャにしてもミズキにしても、未だにヨルムンガルドの進行は200M(30km)に達しておらぬ。やはりこの作戦は長期化しそうじゃ」
「姉貴の事だから、この辺りに次の砦を作るはずだ。そうなれば、ヨルムンガルドの予定線を越える悪魔軍は激減する。ミーミルの兵隊や、西の隠蔽拠点の兵を移動できるから工事は更に進むんじゃないかな。そもそもヴィーグリーズ作戦は5年を考えていたはずだ」
「それはそうじゃが……。長いのう」
総延長は2500kmになるからな。東西合わせて50kmも進んでいないから、進捗率は2%程度だ。先が長い話ではあるな。
だが、工事そのものは、ウルドの方が条件が良い。少なくとも悪魔軍に邪魔されずに進める事ができるけど、姉貴の方は、200kmも進めば悪魔軍の進行ルートにぶつかるぞ。ヨルムンガンドの中間に設ける砦の建設は意外と早くに行われることになりそうだ。
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敵を誘い出して11日目。遠くにウルドの砦が見えて来た。
石作りの立派な砦は、内陸方向に1km程伸びた低い石塀で囲まれている。
将来的には、港であり、空港であり鉄道の駅にもなるから、その辺りはサーシャちゃんも考えたに違いない。
東西に2つ設けられた望楼は高さ30mほどはありそうだな。
「ウルドからの通信です。『そのまま直進して外側の柵沿いに東西に分かれよ』とのことです」
「了解したと伝えてくれ。亀兵隊には『予定通り』と連絡」
のろのろとした進みは亀兵隊には酷な話だ。今夜は砦で安心して眠れるだろう。
亀兵隊の先頭集団は柵を東に進路を取ったようだ。次の部隊は西に進路を変える。
横一列で進んでいるから、敵兵には大きな集団に見えるだろうな。
残り5km。
イオンクラフトを左右に滑らせながら爆裂球を落として行く。ディーの機関銃で倒れる者も多いのだが、母集団があまりにも大きいから目立った変化はない。
残り500m。
柵の手前で1個中隊が横に並んで銃を撃ち始めた。
マガジンを空にしたところで全速力で西に移動して行く。その後方を俺達が追う。
ドドドォォォ……。
遠雷のような炸裂音が北から聞こえて来た。
右を向くと広範囲に砂塵が高く上がっている。
「どうやら、地中にたくさんの爆裂球を埋め込んでいたようです。あれが、サーシャ様の罠になるのでしょうか?」
「いや、あれだけじゃない。……ほら! 今度は砲撃が始まった。イオンクラフトと小型飛行船も飛び立ったみたいだから、やはり計画的に殲滅する手段を考えていたようだね」
俺達を乗せたイオンクラフトは柵を飛び越えると、ウルドの砦に向かった。亀兵隊達はウルドの郊外でのんびりと数日過ごせるだろう。
ウルドの砦は50m四方の四角い建物だ。2階建てだが1階には窓がない。
手前にある300m四方の離着陸場で、俺達に手を振る者がいる。どうやら、俺達を誘導しているみたいだな。
誘導員の両手に持つ小旗の指示で離着陸場の一角にイオンクラフトを停止させると、あらかじめ待機していた兵隊が俺達を砦に案内してくれた。
扉を開くと正面に階段がある。案内の兵が先に上っていくところをみると、どうやら2階に作戦指揮所があるみたいだな。
「どうぞ中に!」
そう言って開いてくれた部屋は15m四方はあるぞ。小さな窓が奥と左側の壁に2つずつ設えてある。明り取り用の窓みたいだ。
「中々の獲物じゃ。さすが我等の兄様だけのことはあるぞ!」
3人とも席を立って俺達を迎えてくれる。
サーシャちゃんが腕を伸ばして椅子を薦めてくれたので、席に座ると目の前にある地図を眺める。
ブロンズ製のミニチュアが兵種ごとに作られているから、一目で分かるな。
「先程イオンクラフト部隊に補給を行ったところじゃ。後、30分足らずで10万を殲滅出来るぞ。まこと、ハメルーンとなった訳じゃな」
そんな事を言いながら仰け反って笑い声を上げている。まあ、サーシャちゃんは何時までたってもサーシャちゃんな分けだ。
そんな俺達に、ご苦労様と言いながらリムちゃんがお茶のカップを配ってくれる。
バッグからタバコを取出して先ずは一服だ。
「ミーアちゃんの方はどうなってるんだい?」
「相変わらず、溝を延ばしています。まだまだ終わりが見えません」
と言いながらも、端末を操作して仮想スクリーンを展開してヨルムンガンドの工事状況を教えてくれた。
爆撃による溝の掘り返しは大分先まで進んでいるようだ。既に50kmを超えているぞ。その後の工事はバジュラと人によるものだから確かに進まないよな。
「まあ、我らはここで適当に計画を進めているから心配は無用じゃ。……そうじゃ! しばらくは亀兵隊を休ませるのじゃろう? ミズキのところに行ってみぬか。一度確認せねばならないことがあるのじゃ」
それは丁度いい。アルトさんを長期間のんびりさせる分けにはいかないからな。
2つ返事で了承すると、直ぐにミーアちゃんが指揮所を飛び出してった。リムちゃんは傍らの通信兵を招いてごそごそと相談を始めたぞ。
「だけど、この砦の責任者が出歩いても大丈夫なのか?」
「心配はいらぬ。もう一人のミーアに任せておけば十分じゃ」
もう一人って、確かミーミルにいたエイダス派遣軍のイオンクラフト部隊の隊長じゃなかったか? まあ、戦闘はしばらく無さそうだけどね。
そんな話で、俺達はウルドから遥か西の姉貴の砦に向かうことになった。
サーシャちゃん達の後に続いて、砦を出ると、離着陸場の砦をはさんで反対側にあるバジュラを休ませているプールへと向かう。
俺達がプールに着いた時には、既にプールから外に出て、胸元のハッチを開いている。
そのハッチの傍でミーアちゃんが俺達を手招きしていた。
「近くなら甲羅の上でも良いが、生憎と距離がありすぎる。バジュラの中に乗って行くのじゃ」
10m四方の体内の玄室には石棺が4つ設けられている。
3つの石棺には造花のような花が添えられていたが、1つには何もない。
「その石棺はアルト姉様のために用意しておいたぞ。生憎とまだ空じゃが、何時でも入れるようになっておる」
そんなサーシャちゃんの言葉に、自分用の石棺をアルトさんが撫でているけど、果たして入る時が来るのかどうかは怪しくはあるな。
「適当に石棺に座っておるがよい。直ぐに出発するぞ!」
そうは言っても、中に3人の亡骸があると思うと座れないよな。
4人で、アルトさん専用の石棺に腰を下ろすと、軽い浮遊感が始まった。どうやら上昇したらしい。
壁それに天井、床と6方向にに仮想スクリーンが展開されると、バジュラの周囲が見える。何時の間にかかなりの速度で西に向かって飛んでいるようだ。
「サーシャちゃん。姉貴の砦は何て名付けたか知ってる?」
「確か、『ベルダンディ』と付けたと思ったが……」
なるほど、3姉妹から名付けたんだな。となれば、姉貴はもう1つ、『スクルト』と言う名の砦を作る計画だ。
地表には所々に直線状に並ぶ爆撃の址がある。
ユング達に代わって他の者がバンカーバスターを投下しても位置がづれないように目安を作っているのだろう。
だけど、どこまでも荒地が続いているな。川の1つも欲しくなるぞ。
そんな中、遠くに岩場が見えてきた。
家程もある岩がごろごろと10km程続いている。
その岩場を迂回するように悪魔軍が進んでいるのが見える。結構、歩き辛い筈なんだが、あえて岩場近くを進むのには何か分けでもあるのだろう。
出発して、2時間。 遠くに直線状に伸びた堤防が見えてきた。どうやらあれが姉貴達のいるベルダンディ砦のようだ。




