R-055 エイルーさんは大隊長だよな?
敵陣から20km程部隊を南に下げて、ゆっくりと兵を休ませる。これから、かなり長い戦をしなければならないから十分な休息は必要だ。
小型飛行船が降り立ち、俺達に弾薬と食料を届けて、南に去って行った。
5t程の資材はすぐに分配されて、資材を入れてきた木箱で焚き火を作っている。
久しぶりにコーヒーを飲めるのが嬉しいかぎりだ。
「よくも、そんな苦いものが飲めるのう」
「砂糖を入れてるから、それ程苦くはないよ。それで、サーシャちゃんの回答は?」
「作戦の名をバビロンに尋ねたと言っておったぞ。後は了解したとアキトに伝えれば分かると言っておったが何のことじゃ?」
「ミズキのところも了解との短い返事を返してきた。ハメルーンにどのような意味があるのじゃ?」
最後はキャルミラさんの言葉だ。アルトさんと一緒にお茶のカップを持って俺を見ている。隣のディーも同じように見てるから、あの童話は知らないのかな?
「昔の童話なんだ。ハメルーンとい町で起こった出来事なんだけど……」
ということでハメルーンの笛吹き男の話をすることになってしまった。
話を始めたら、何時の間にか観客が増えてきたぞ。
「……という話さ。ぞろぞろと敵を連れて、最後に殲滅するから、今の話と似たところがあるだろう。サーシャちゃんもバビロンからその話を聞かされて俺達の作戦のあらましを理解したんだろうね」
「ふ~む……。子供が悪魔軍で、笛吹き男が我々なのじゃな。となると、子供達が入って行った川は?」
「サーシャちゃんの砦になる。砦が見える場所まで連れて行ければ、殲滅は可能だろう」
75mm短砲身砲は30門を超えていそうだし、105mm砲だって10門以上ある。その上、イオンクラフトや飛行船まで持つのだ。あのバジュラだけでも殲滅出来るんじゃないかな?
「なるほどのう。いくら数が増えてもそれならだいじょうぶじゃろう。後方は我等が閉じれば確実じゃ」
口だけで微笑むのは、ちょっと不気味だけど、アルトさん達も理解したようだ。
「そうなると、いかに多くの敵を釣り出すかで、我等の力量を試されますぞ!」
「3万程度では、サーシャ様に笑われるにゃ!」
「ならば、最初の攻撃は時間差をおいて、このように3箇所で行ってはどうでしょうか? 我等の機動力は敵を遥かに凌いでいますし……」
それも、可能だろう。問題は敵の数百m先をゆっくりと移動する部隊を常に維持することだ。
敵陣の南面に対して3箇所離れた場所を攻撃して、釣り出された敵軍を中央に纏める必要がありそうだな。
中隊単位で横4列になった状態で囮にするか。それなら、他の部隊を中央の囮の前に移動させれば、見掛けは囮が本隊に見えるだろう。その後で、前方に移動すれば敵側には俺達の部隊の数が減ったことを悟られずに済みそうだ。
仮想スクリーンを展開して、部隊の配置と攻撃地点をそれぞれの大隊に指示する。
最初の囮は戦闘工兵達だ。襲撃時には無反動砲を使うが、囮になった以降は、グレネード弾とAK47で対応する。爆裂球は温存しておこう。
3時間交代で囮の大隊を入替えれば仮眠も少しは取れるだろう。
「以上で、作戦の説明を終える。質問は? ……無ければ、戦闘工兵の襲撃は1000時、その3分後に襲撃第1大隊。更に3分後に襲撃第2大隊が行う。戦闘工兵の襲撃で襲撃部隊の対象とする敵陣に動きがある場合は大隊長の判断に任せる。以上だ!」
俺達に1礼して大隊長達が部隊に戻っていく。作戦開始まで2時間程あるから、部隊内に作戦を周知して配置に付くには十分な時間がある。
「我らは何をするのじゃ?」
「作戦に問題なく推移していることを確認するのが俺達の仕事さ。囮と敵軍の距離が近いから、その中間近くを見守る必要がありそうだ。後は、サーシャちゃん達との最終調整が必要だけど、たぶん俺達の状況を見ながら準備してくれると思うよ」
「これも、釣り出したい気がするのう……」
キャルミラさんの指差したのは、南方から進軍してくる敵の増援部隊だ。それだけで数万はいるんだよな。
途中で小型飛行船の爆撃を受けているから、昔のような川の流れのような様相ではなく、大きな集団単位で移動している。部隊間の距離は20km以上離れているから、部隊全体が動いても、前後の部隊に悟られることはない。
「おもしろそうじゃ! 我等で対処できんのか?」
「敵陣との距離を考えますと、囮で釣り出された部隊への合流をとることになります。その場合は、最大で10万近い敵兵がウルドに向かいます」
「そのぐらいでなくては、サーシャもおもしろく無かろう。やるぞ! よいな?」
俺達の顔をじろりとアルトさんが眺めてる。
ダメって言ってみたいけど、どうせ駄々をこねるのは目に見えてるからな。
頷くことでアルトさんに了承を伝えた。
そうなると、イオンクラフトだけでは足りないな。戦闘工兵部隊に連絡して2個小隊を借り受けることにした。
そんな俺達のところに、2個小隊を率いてやってきたのはエイルーさんだった。大体長なんだよな。だいじょうぶなんだろうか?
「襲撃は副隊長に任せてきたにゃ。こっちの方がおもしろそうにゃ!」
俺にそれだけ言うと、キャルミラさん達と打合せを始めている。
ネコ族の始祖だから、かしこまって聞いているのが笑えるんだけど、本人は至って真面目なんだろうな。もっとも、自分の部隊を副官に任せてくるんだから、どんな判断で行動してるか気になるところだ。
焚き火の傍で一服しながら、ウルドの様子を仮想スクリーンで覗う。
砦の北2km程のところで大勢の正規兵が何かを始めたようだ。砦の外には2重に柵が作られ、砦の外に次々と75mm砲が並べられている。30門程度を予想していたんだが、どう考えても50門以上あるようだ。
一斉にぶっ放して、仰け反りながら笑っているサーシャちゃんが目に浮かぶ。
あれなら10万ぐらい連れて行ってもだいじょうぶだな。
「よし、残り15分じゃ。準備は良いのじゃな?」
「だいじょうぶにゃ。全員がグレネード弾と爆裂球をたっぷり持ってるにゃ」
「では、出発じゃ! 先に走って行くがよい。我等はこれに乗って行くので直ぐに追い付く」
エイルーさんが嬉しそうに尻尾を振りながら2個小隊の方に駆けて行ったぞ。
俺達も、荷台に乗りこんで、その時を待つ事にした。
「マスター、襲撃3分前です!」
「イオンクラフトを移動させるぞ!」
ディーの言葉にキャルミラさんがイオンクラフトを駆動させる。地上3mほどの高さを3個大隊が並んだ中央前に向かって進んでいく。
2列縦隊で3千近い亀兵隊が俺達を見ている。
俺は、ディーの告げる攻撃開始のカウントダウンに耳を傾けた。
30秒前でM29をホルスターから抜いて、10秒前で頭上にリボルバーをあげる。両手でしっかりと握るとカウントゼロの合図でトリガーを引いた。
ドオォォーン!
荒野にマグナム弾の銃声が高く上がると、ウウオオォォ……と蛮声が上がりガルパスに乗った亀兵隊が一斉に北に向かって駆けて行った。
「よし、次ぎは我等も西に向かうぞ。エイルーの部隊を追うのじゃ!」
アルトさんの言葉でイオンクラフトは南西に向かって速度を上げる。通信兵達はレシーバーを着けてグレネードランチャーに初弾を詰め込んでる最中だ。ディーは銃座から機関銃を取外している。
「一旦、南に下がって北上しながら敵を攻撃するぞ。攻撃方向は左舷じゃ!」
キャルミラさんの言葉に俺もAK47のバレル下部に着けれたグレネードランチャーのバレルを横に回転させてグレネード弾を詰め込んだ。
砂塵を上げながら南西に進むエイルーさん達を追い越して、更に南西に進む。
「ディー、全体の状況を見といてくれよ」
「了解です。3個大隊の攻撃まで、数分です。現在のところ敵軍の行動に変化はありません」
イオンクラフトの高度が上がる。敵陣に近付いたようだな。
高度200m程で、急に旋回すると進行速度が遅くなる。どうやら、敵軍の上空を敵軍の進行速度にあわせて進んでいるらしい。
北東を見ると、砂塵の塊が近づいて来た。もうすぐ始まるな。
「ミーミル部隊の発砲に合わせて、なるべく奥を狙ってくれ。その後は高度を落として爆裂球をばら撒いていく」
俺の言葉に頷いてくれたから、一応理解はしてくれたんだろうな。
叩いて後退する時にどれだけ俺達を追って来るかが楽しみだ。
敵軍の進行方向500m付近でエイルーさんが2個小隊を横1列に配置し始めた。
亀兵隊達を確認した敵兵の歩みがはやくなっている。
その距離が200m程に縮まった時、2個小隊からグレネード弾が発射された。と同時に亀兵隊が東に向かってゆっくりと移動を始める。
俺達も南西方向にグレネード弾を放つ。キュルミラさんがイオンクラフトの高度を下げながら速度を上げ始めた。
通信兵が、グレネード弾を放って、俺とアルトさんが爆裂球を落としていく。ディーは敵軍に機銃を掃射しているが、すぐにマガジンを交換している。60発マガジンはやはり掃射には向いていないようだ。
「エイルー部隊を追い掛けている敵軍の数はおよそ3万程です。3個大隊の攻撃が終了して現在南に移動しています。そちらは数万規模で追い掛けて来ているようです」
「合わせて10万に足りないか……。俺達で更に釣り出せないか?」
「後続部隊が全てこちらに向かうように、再度攻撃してみるか? 地上数mを高速で移動しながら銃撃すれば良かろう。我は、爆裂球を落として行く」
一団で釣り出されるのではなく、長い列になりそうだがそれでもやるだけの価値はあるだろう。
「やるぞ!」という俺の言葉に、イオンクラフトは高度を上げて、進行してきた敵部隊の元に戻って行った。
何度か低空攻撃を加えながら敵を釣り出していく。数万の敵軍がミーミルを攻撃している部隊ではなく。俺達の誘いに乗って進行方向を東に変えた。
3個大隊が誘い出した敵軍はゆっくりと南下しているから、今夜には2つの敵軍が合流することになるだろう。
エイルーさん達は2km程の距離を取って敵を誘導している。焚き木を束にしたものをロープでガルパスの鞍に繋いで曳いているから、砂塵の量がすごい。敵軍からは大軍が敗走しているように見えることだろう。
俺達はイオンクラフトで敵の側面を銃撃している。
全く、攻撃しないのでは、敵軍に疑念を持たれかねないからな。




