R-048 陽動を超えている
「グングニルの柵から2kmの距離を取れ。高度は200mを確保しとけよ」
「了解じゃ。柵から2km付近を周回するぞ」
イオンクラフトの速度が下がり、ゆっくりと悪魔軍の上空を大きく旋回しだした。
どこを狙っても当りそうな感じだな。通信兵達もAK47を肩から下ろして通信機のレシーバーを着けたまま下を眺めている。
「ディー、下の連中と敵の本隊の繋がりは遮断しているのか?」
「完全に遮断が出来ています。少なくとも数kmの距離が開きました」
となれば、後は下の連中の殲滅だけだな。
数発が悪魔軍の中で炸裂する。75mm砲はだいぶ移動したからな。今回はあまり役立ちそうもない。
「悪魔軍、柵まで後300m……」
ディーの言葉が、大音響を上げる爆発でかき消された。柵の手前の地面が突然噴火したように土砂を噴き上げている。
「いったい、いくつ爆裂球を埋めたのじゃ? サーシャでさえこれ程の地雷を埋めぬぞ!」
「砲弾もかなり混じっておるようじゃ。千は埋めたようじゃな」
爆煙が収まらない中、後続が押し寄せる。そんな悪魔軍の半数がその場に立ち止まって共食いをしている。
「飢えもひどいようじゃな。奴等が動くのは共食いを行うのも目的になっておるのじゃろう」
そんな哀れみをアルトさんが言ってるけど、俺達にとっては都合が良い。柵に向かう軍勢が半減しているからな。
「南西に移動してください。高度このまま!」
ディーの言葉に素早くキャルミラさんがイオンクラフトの移動方向を変える。
ディーが狙撃銃を構えると、ボルトアクションの銃を半自動小銃のような間隔で銃弾を空の一角に放った。
素早くクリップを取出して新たな銃弾を狙撃銃にセットすると、同じように放つ。
「敵の航空部隊じゃな。厄介な相手じゃ。アルト殿、操縦を代わってくれ。我も夜目は利く」
ちょっとがっかりしたような、嬉しいような複雑な顔をしてアルトさんが操縦席に座る。キャルミラさんは、腰の安全ロープを確認して助手席の機関銃を両手に持った。
「速度、高度このまま、西に移動してください」
「了解じゃ!」
グンっと方向が変わったから、危うく荷台で転びそうになったぞ。
やはりアルトさんだけあって、速度が上がってきた。
突然、キャルミラさんとディーが射撃を始めたところを見ると、アルトさんの性格をある程度見越してたのかな?
2人に敵の航空部隊を任せて、グングニルを眺める。
かなりの激戦のようだ。発砲時の発光が横一列に並んで見える。
グレネード弾の炸裂光も見えるから、強襲部隊も動員されているに違いない。
「イオンクラフト部隊が爆弾を投下するそうです!」
「ディー、位置は問題ないか?」
「敵軍の中心を狙うなら、問題ありません!」
「イオンクラフト部隊に連絡。『敵の中心を爆撃せよ』以上だ!」
キャルミラさんの指示でアルトさんがイオンクラフトの方向を修正する。ひとしきり空の一角に銃弾を放っていたが、マガジンを交換する前にどうやら殲滅させたみたいだ。
「マスター、敵の【メルダム】攻撃が柵付近で行われたようです!」
進行方向である南を見ていたから、ディーの言葉に急いで後ろを振り返る。そこにはまだ、紅蓮の炎が柵の一角に渦巻いていた。
「通信兵、被害の確認だ。それと、イオンクラフトに柵に近付く敵兵を掃射させろ!」
やはり、紛れていたか……。
被害が大きくなければいいんだが……。
「ミーミルから連絡。『北の斜路を敵が上ってくる。飛行船で敵の本隊を攻撃する』以上です」
「了解だ。ミーミルの援軍要請とは違うな。状況連絡に過ぎない。俺達は引続きこの連中を叩くぞ!」
「操縦は交代しておる。次は我等も攻撃でよいな?」
「通信回線は開いて置けよ!」
俺の言葉に、呼応するようにイオンクラフトがグッと速度を上げて高度を下げる。
直ぐに、アルトさんが機関銃を左右に振るようにして地上を掃射し始めた。夜になっているから倒れる悪魔達を見ることは出来ないが、それなりに効果はあるんじゃないかな。ディーと通信兵達がAK47を乱射し始めたところで、俺は爆裂球を荷台から落としていく。
「ミーミルから通信です。『カニが出て来た』以上です!」
通信兵が俺に向かって叫ぶように伝えてくれたので、軽く頷いて答えておく。
援軍ってことだな。何せ甲羅だけで座布団より大きいからな。集団で来られたら、悪魔軍より厄介だと思うぞ。
「と言うことは、北側のサメも血を嗅ぎ付けて来るのは時間の問題じゃな」
アルトさんがそんな事を言ってるけど、あのサメは波打ち際からそれ程陸地に上がって来れないからな。やはり北側もカニに期待しよう。
「マガジン残り2個です。手持ちの爆裂球を使います!」
ディーが背中に銃を跳ね上げて、腰のポーチから爆裂球を取り出す。俺と違って、100m以上投げられるから、通信兵達もディーに爆裂球を渡しているぞ。
「グングニルから連絡です。『襲撃してくる悪魔達の数が激減』以上です」
まだ、半分は残っている筈だ。
北に向かわないとなれば……。
「ディー、奴等の攻撃に変化はあるか?」
「ミーミルに集中しています。斜路の攻撃それ程変化していませんが、岸壁に取り付いてよじ登る悪魔達が増えています」
「ミーミルに連絡。『陸地の断崖に悪魔が取り付いた。ミーミルのイオンクラフトは断崖の悪魔を銃撃せよ』以上だ!」
「我等も向かうべきでは?」
「そうだな。突出部の真中に向かってくれ!」
少し弾薬が足りないけれど、ミーミルの守備兵も使う銃弾は同じだから融通して貰えそうだ。
断崖から100mほど離れた場所にイオンクラフトを着地させると、直ぐに近くの監視所からネコ族の兵士がやってきた。
「連絡を受けました。離着陸場からも2こ分隊がやってきましたが、守備範囲が広くて困っていたところです」
「銃弾が残り少ないんだ。少し融通してくれ。それと、なるべく身を隠せよ。【メルダム】を放つ奴がいるからな」
兵士は頷くと、直ぐに監視所に走っていくと、2人の兵士が弾薬箱を両手に持って俺達のところにやってきた。
1箱に10個のマガジンが入っているから、これだけで1200発になる。とりあえずって感じかな。
イオンクラフトに不燃性の天幕を被せて、俺達はイオンクラフトの影で迎撃する事にする。
「我と、キャルミラはこれじゃからのう……。至近距離に来るまで待っているのじゃ!」
そんな事を言いながら、バッグの魔法の袋から、専用のマガジンを取り出している。10個も出したけど、そんなに使うのか?
バッグのポーチに入りきれないからベルトに何本も差し込んでいる。キャルミラさんも同じような出で立ちだ。
俺達も似たような感じだけど、マガジンが大型だからベルトに差せるのは2本止まりだな。弾薬箱を天幕の中に包みこんで、悪魔達が上ってくるのを待つ。
こんな時にはネコ族が羨ましくなるな。月は半月だが上がってきたばかりだから、それ程周囲が見える訳ではない。俺には、かろうじて断崖の端がシルエットで分かるぐらいだ。アルトさんとキャルミラさんがイオンクラフトの前で待機し、俺とディーは後ろで待機する。3人のネコ族の通信兵は、イオンクラフトの荷台に乗っている。
俺達を心配して、2人のエイダス派遣軍の兵士が応援に駆けつけてくれたが、彼らにはアルトさんの場所をお願いした。
上がってきた悪魔軍がアルガー達なら、アルトさん達の持つMP-8ではかなり接近しなければ効果が得られない。
「まだ、上がって来ないか?」
「後10分は掛からないでしょう。どうやら、足場を作りながら上ってくるようです」
ポケットのシガレットケースから1本タバコを引き抜き火を点ける。
どれだけ上がってくるか分からないけど、足場を作ってるというのは厄介な話だ。この陽動戦が終ったならば、足場を崩して、断崖近くに柵を廻らさねばならないだろう。奴等がミーミルを俺達の拠点として認識している限り再びこんな戦が起こらないとも限らない。
「来ます!」
「やってくるぞ。確実に倒していけ!」
大声を上げて、膝撃ちの姿勢で銃を構えた。
頭の上で銃声がする。初弾はディーが放ったようだ。黒いシルエットが視界から消えたのが見えた。
暗闇に溶け込んでいるが、分からないわけではない。
慎重に狙いを定め、トリガーを引く……。
ひたすら、シルエットに狙いを定めてトリガーを引く事を繰り返す。単射モードだから、30回トリガーを引くと、マガジンを交換する。
この繰り返しだ。後から後から、悪魔がミーミルに上がってくる。
「ディー、集束爆裂球は持ってないのか?」
「2個持っています。使いますか?」
「断崖の麓に落としてくれ。少しは上がってくるのが減るだろう」
ディーが射撃を止めた。その間は俺が倒さねばならない。AK47を連射モードに変えて、薙ぎ払うように数人を倒した。
急いでマガジンを交換した時、ディーが滑るように前方に移動すると、断崖の真下に数個を纏めた爆裂球を落とした。
数秒後に、俺達のいる場所ほどの高さまで爆炎が上がる。
20mほど離れた場所に再度ディーが爆裂球を落として俺の傍に帰ってきた。
そんな所に、イオンクラフトがやってきて爆弾を落とし、断崖に機銃掃射を行なっている。これで終了なのか?
「状況は?」
「強襲部隊が押しています。あまりグレネード弾を使っていません」
追い討ちを掛けるわけでは無さそうだな。ミーミルから悪魔軍を引き離そうとしているのか?
グングニルのイオンクラフトは待機中なのか?」
「半数が出撃して柵の前を攻撃しています。残り半数は弾薬の補給中のようです」
いつの間にか2つ目の月も上がって、周囲が少し見えるようになってきた。
時刻も3時を過ぎている。後3時間程で夜明けになるな。
今では悪魔達が断崖の縁から顔を出す事も無い。
「これで終わりなのか?」
「まだ1万以上下にいるよ。だけど、殲滅は時間の問題だろうな攻撃を断念して部隊に戻るんじゃないかと思ってる」
「ここまで戦闘が拡大するとは思わなかったのじゃ。既に陽動を超えておるぞ」
それは、言われなくても反省してる。
もう少しスマートに進めたかったんだけど、追って来た数が半端じゃなかったからな。




