R-047 引越し前の陽動開始
エイルーさんの「終ったにゃ!」の合図で、ちょっと大掛かりな敵の誘き出しと殲滅作戦が開始された。
基本的には、何時もの攻撃ではなくて、東からの攻撃を開始したと思わせるのが目的だから、襲撃部隊2個大隊はかなり積極的に悪魔軍を攻撃している。敵軍に200mほど接近して放たれるグレーネード弾は1回の攻撃で千発近い数だ。それだけで50kg爆弾20個近い効果が得られるんじゃないかな。
悪魔軍を北西方向から襲撃しているイオンクラフトと連動した攻撃で、悪魔軍が散開してかなり陣が膨らんでいる。
「西に膨らんでおるようじゃ。イオンクラフトを戻して待機させてはどうじゃ?」
キャルミラさんが助手席に乗って仮想スクリーンで全体の状況を常時確認してくれている。あまり西に膨らみ過ぎると、グングニルを西から攻められかねないからな。
通信兵にイオンクラフトへ待機を指示させて、荷台から下を見下ろす。
高度200m付近を悪魔軍より少し距離を置いて飛行しているから、敵の魔法攻撃は届かないし、東の状況が良く見通せる。
「襲撃部隊からです。『残弾2発。全て撃ち尽くした後に、後退する』以上です」
「分かった。戦闘工兵とミーミルにも『後1時間程だ』と伝えてくれ」
ミーミルの連中からすれば余計な事をしていると思われてるかも知れないが、何度か東からの攻撃を行っておけば、こちらに大軍がいると敵が思ってくれるに違いない。
「撤退を始めたぞ。じゃが、あの速度では亀兵隊とは言えぬのう。敵は徒歩じゃからしかたがないとは思うのじゃが……」
とろとろと進むガルパスの群れを眺めてアルトさんがぼやいてる。
まあ、しかたがない話だな。そのまま走ったら絶対に追いてこれないし。だけど、連合王国の正規兵よりは遥かに進みが速そうだ。
迎撃地点までは少なくとも、2時間は掛かりそうだぞ。
一旦、ミーミルに向かって、状況を見ながらお茶をご馳走になろう。
ディーに、ミーミルへ向かうように命じて、キャルミラさんが眺めている仮想スクリーンを後ろから覗く。
アメーバが触手を伸ばしたように強襲部隊の後を悪魔軍が追いかけて来る。
ちょっと数が多すぎるようにも思えるが、ミーミル付近に到達する時分には、上げ潮が始まるはずだ。北の斜路は海の中だし、海岸から数十mは鮫が上がってくるからな。カニの方は更に1km程あがってくるから、それも援軍になるだろう。
ミーミルには、エイダス派遣軍が1個中隊待機している。
指揮所に行くと、中隊長が出迎えてくれた。
「準備は出来てるにゃ。邪魔物を一杯並べてあるし、古い大砲も運んできたにゃ」
そんな事を言いながら部隊の配置を説明してくれた。
基本は南北の斜路に1個小隊ずつだな。断崖の張り出し部に1個小隊を置き、残りの1個小隊は予備兵力らしい。
悪魔軍も斜路の攻略では煮え湯を飲まされているから、果たして今回、どうなるかは分からないが、迎撃体制はしっかり出来ているようだ。
「まだ。5機のイオンクラフトが残ってるにゃ。斜路の側面攻撃と、爆弾はこの辺りで良いのかにゃ?」
地図を指した場所はミーミルよりも10km程南西になる。後続を断つという事ならそれで十分だ。爆弾10個だが、それなりの効果は出るだろう。
お茶を頂き、のんびりとタバコを楽しむ。後、1時間後が楽しみだな。
「やって来おったぞ。残り5kmというところじゃろう」
キャルミラさんの言葉に俺達は席を立つ。
「あまり、敵が多い時には、小型飛行船で後続を叩いてくれないか?」
「了解にゃ。それも準備が出来てるにゃ。ナパーム弾をたっぷり落としてやるにゃ」
そんな事を話してくれた中隊長に、策を授けたのはサーシャちゃんなんだろうか?
イオンクラフトに戻ると、大きな革袋が3個乗せられていた。
「爆裂球が3個に油を入れた缶が入っています。即席の火炎弾になりますね」
ディーが中身を見て教えてくれた。
積んである20個の爆裂球もあるし、ちょっとした爆撃が出来そうだな。
イオンクラフトでミーミルの西端まで移動して、状況を確認する。既に悪魔軍は3km程の地点までやって来ている。
通信兵に、戦闘工兵部隊へ状況を連絡させ、イオンクラフト部隊の準備を確認させる。
「通信終了。両部隊とも準備は完了との事です」
「分かった。俺達はここでいい。状況が一目で分かるからな」
強襲部隊を追撃してくる悪魔軍がどんどんし視界に広がってくる。いったいどれぐらいの軍勢が押し寄せてるんだ?
「だいぶ連れて来たのう。ディー、数を推定出来るか?」
「推定、5万。後続は、敵陣に繋がっていますから、先程の数値は目視範囲の数です」
「となると、早めに後ろを叩いたほうが良さそうだな。場所は、この辺りで良いだろう。ナパーム弾で火炎の壁を作り出せ!」
ディーが、ミーミルの航空部隊に連絡すると、直ぐに小型飛行船が南西方向に飛び立って行った。
「一度の爆撃で大丈夫じゃろうか?」
「その時は、イオンクラフトを派遣すればいい。それでもダメなら再度飛行船で叩く」
炎の壁に向かって前進はしないだろうから、イオンクラフトはこちらに誘き出された悪魔軍の後ろを叩くことになるんじゃないかな。
黒い巨大なアメーバのように見えた悪魔軍の先頭の個体が視認出来る。既に距離は1kmに迫っている。断崖の下を速度を上げた急襲部隊が北に疾走して行った。
戦闘工兵達は無反動砲を構えて待っているに違いない。
「小型飛行船の爆撃が終了しました。約3kmの炎の壁が形成されています」
「イオンクラフトを発進させろ。再度爆撃して機銃掃射で後続を断つ」
悪魔軍は疲れることはないのだろうか? そのままミーミルの斜路目掛けて押し寄せてきた。ミーミルの周囲には、アリの大群のように断崖を悪魔軍が取り囲んでいる。
「早速、上がって来おったぞ!」
銃声を聞いて、アルトさんが斜路を気にしているけど、最初の時も1個小隊で何とかなったんだよな。
「マスター、kar98を貸して頂けませんか?」
「ああ、良いぞ」
ボルトアクションの狙撃銃を使わなくても、AK47で適当に下を打撃てば当たるような気がするけどね。言われるままに大型の魔法の袋から銃を取り出すと、弾丸を5発挟んだクリップを3個渡してあげた。
「スコープは?」
「少しレンジを遠くに取りますからスコープは必要ありません」
ガシャリ! とボルトを操作して初弾を約室に送り込む。その状態でセーフティを掛けるとディーは肩に担いで、悪魔の群れを眺めている。
「北に流れを変えるぞ! グングニルは大丈夫じゃろうな?」
「望遠鏡で観てご覧。既に準備は出来てるようだ」
前列に無反動砲を抱えた戦闘工兵がずらりと並んでおる。その間にグレネードランチャーを持った兵が見えるから、襲撃部隊の1個大隊はガルパスを降りているようだな。その後ろにガルパスに乗って待機している部隊も見える。
「あれで、良いのか? 敵に比べればだいぶ薄く感じるが」
「1個大隊の放つ銃弾は1カートリッジだけでも3万発近い。一人が6個はカートリッジを持っているはずだ。抜かれる事は無いと思うな。……ディー、グングニルの航空部隊に連絡だ。『帰還後速やかに再度爆撃せよ』以上だ」
「了解です!」
炎の壁が弱まってくれば、再度の進軍がありえる。ミーミルの周辺に集まった悪魔軍と合流されたら厄介だからな。
「グングニルからです75mm砲の砲撃許可を望んでいます」
「了解だが、指揮はエイルーさんに従うように伝えてくれ。エイルーさんの仕掛けが発動するのは時間の問題だし、その後の方が効果が高いだろう」
最大射程が数kmだからな。105mm砲ならミーミル周辺を狙えるんだけど、全て南に移動してしまった。
突然、地面が小さく震える。
「敵が斜路に【メルダム】を放ったようです。かなり障害物がありましたから、それを吹き飛ばしたのでしょう!」
「航空部隊以外に【メルダム】を使えるものが混じってるのか?」
「そう考えた方が自然です。かなり日も傾いています。夜戦になりますよ!」
昨夜の攻撃に懲りて下がってくれれば良いんだが、そうも行かないだろうな。夜戦となった場合の利点は、俺達にはネコ族やトラ族という夜目の利く連中が多いことだ。好都合という事になるんだろうな。
「イオンクラフト部隊、ナパーム弾を投下。現在、敵の外周部を機銃掃射中!」
「後続を断ったという事か?」
「たぶんね。それでも、数万は下にいるぞ」
「何の、これで脅せばよい!」
MP-8の銃身下についているグレネードランチャーでアルトさんが無造作に悪魔軍にグレネードを放った。
300mほど先で小さな爆縁が上がったが、その炸裂で悪魔軍が北に移動を始める。
「動きおったか!」
南の斜路の守りが堅いという事もあるんだろう。ミーミルの内陸に張り出した断崖を時計周りに進んで北の斜路を目指したが、生憎と斜路は海の中だ。
続々と移動した悪魔軍で浜辺付近が溢れようとした時、北西部よりグレネード弾が彼らを切り刻む。いつの間にか襲撃部隊が前進しているぞ。
2発のグレネード弾を浴びせて、ゆっくりと北西部に向かっていく。
「いよいよじゃな。3万はおるぞ!」
「俺達もイオンクラフトで待機したほうが良さそうだ」
「キャルミラ様、イオンクラフトの操縦をお願い出来ますか?」
イオンクラフトに乗り込もうとした時、ディーがキャルミラさんにお願いしている。
首を傾げながらも、キャルミラさんは了解したようだ。アルトさんはキャルミラさんの隣に乗って、機関銃の高さを自分に合わせている。座席脇にある箱を開けて予備の円盤型カートリッジを観て頷いている。全部撃ち込むつもりなのかな?
通信兵を荷台の前に乗せて、俺とディーは荷台の後方だ。木箱の蓋を荷台に下ろして、その箱に爆裂球を載せておく。
「マスターは機銃をお願いします」
「ああ、良いぞ。ディーは狙撃銃を使うのか?」
小さく頷いたディーには何か考えがあるのだろう。全員のベルトに安全ロープがカラビナで結ばれている事を確認すると、悪魔軍の上空へと滑るように移動していった。




