R-046 月姫
「まるで矢じゃな!」
「ミーアの夜襲をこのように見るのは初めてじゃ。昼の襲撃よりも早く思えるぞ!」
確かに速度が尋常じゃないな。時速45kmは出てるんじゃないか?
1本の矢のように、悪魔軍の散開した円陣に東から一直線に向かっている。
そんな夜襲部隊が、敵軍の2km程手前でピタリと停止した。今頃は無反動砲に弾丸を装填しているに違いない。数分の小休止を取って突っ込む気だな。
だけど……。
「長い休みじゃな? あれでは兵の士気が下がってしまうではないか」
「待ってるんでしょうか?」
待つって、何をだ?
突然に敵軍の中に砲弾の炸裂光が上がると、ミーアちゃんの部隊が一斉に縦列で動き出す。まるで蛇のように南西を目指した途中で直角以上にガルパスの進路を変えた。
最後尾の戦闘工兵が方向を変えた時、一斉に無反動砲が発射される。
今度は、南北に部隊を伸ばしたままで一斉に東に移動して行った。
「さすが戦闘工兵じゃ。あれ程の部隊展開は指揮官だけでは無理じゃ」
「普段とまるで違うにゃ。あんなに綺麗に部隊を移動出来ないにゃ。遅れるものもいるし、一斉射撃も時間が掛かるにゃ」
「おはずかしい話ですが、そのとおりです。あれ程機敏に動けるものではなかった筈です。どうやったらあのように部隊を指揮できるのか、しかも真夜中にですよ! 我ら夜目は人間族以上に効きますが、それでも……」
「月姫たるゆえんが、そこにあるのじゃろう。正しく夜襲に掛けてはミーアの右に出るものはいない」
その通りなんだろうけど、俺はあの砲撃が気になるな。
「105mm砲には、誰か付いて行ったのか?」
「正規兵が2分隊、警護にとソリに乗っていきました」
砲弾も積んで行ったに違い無いな。
とすれば……。またしても、敵軍の中に砲弾が炸裂したようだ。
一旦、交代したミーアちゃんが再び攻撃するみたいだぞ。
エイルーさんは砲弾を5発と言ってたな。後3回は攻撃するのなら……。
「イオンクラフト、全機発信準備だ。夜襲で敵は浮き足立ってる。たっぷりとナパーム弾を落としてやれ。その後に機銃掃射は東から西に行えば、ミーアちゃんの帰還を援護出来る!」
ネコ族の隊長が、副官を連れて天幕を飛び出して行った。
「大砲の運搬のついでという事かのう?」
「そんなところでしょう。これまでの攻撃は北東方向からでしたからね。違った方向から攻撃されれば、彼等とて陣を手直しすることになります。場合によっては明日は東を目指す可能性も無視できません」
「となれば狙いは、ミーミルになるわけじゃが、防衛は大丈夫なのか?」
「ミーミルは天然の要害。そう簡単に落とせない。極端な話、この斜路に機関銃を5丁置くだけで突入を阻止出来る。エイダスからの増援が1個中隊で守っていれば十分だ。それに、俺達がミーミルを囲んだ軍の後ろを攻撃できる位置にいる。明日の攻撃は敵の様子を見ないとダメだろうね」
連合王国との資材の中継点としてミーミルは今後も使われることになる。
もう少し守備隊を増やしたいけど、現状では困難な話だ。柵を多段に設けて侵入を遅らせる他に手はないんだろうな。
「またリムが大砲を撃ったぞ!」
スクリーンをジッと見ていたアルトさんの声が響く。
「イオンクラフトの準備状況は?」
「すでに待機中。何時でも出発出来るにゃ!」
現在までに、3回敵軍に無反動砲を放っているから残りは2発だな。
「5回目の襲撃に合わせて、イオンクラフトを発進!」
「了解にゃ!」
そう答えると、ジッとスクリーンを見守る。
既に、105mm砲を乗せたソリはバジュラが遠くに曳いて行った。そのソリの跡をガルパスの足でかき消すように、ミーアちゃん達は移動を繰り返している。
4回目の襲撃はかなり南方から行われた。
素早く近寄って無反動砲の一斉射撃をした後は東に移動する。
「次が5回目だぞ!」
悪魔軍から3km程離れると、部隊を整列させて小休止しているようだ。
僅か2、3分の休憩を終えると、一列になって敵軍を目指して駈けていく。
「イオンクラフト全機発進にゃ!」
隊長の指示を受けて副官が携帯無線機も電鍵を打つ。
「イオンクラフト全機発進を確認。敵中央部に向けて直進中!」
スクリーンを見ながらディーが報告してくれる。
予定通りって事だな。攻撃目標が数kmズレているから、同士撃ちの心配はない。
敵陣の東に小さな炸裂光が広がる。
あれは、ミーアちゃん達だ。スクリーンの中では、北東方向に全速力で移動する発熱体が一直線に並んでいる。あの速度なら、30分もしないうちにグングニルに戻ってこれそうだ。
悪魔軍の陣が東に膨らみ始めたときに、陣の中央部付近で広範囲の火の手が上がる。
既に悪魔軍とミーアちゃん達の距離は3kmも離れているから、機銃掃射も安心して実行できそうだ。
マガジンを交換しながら機銃掃射を終えたイオンクラフトがグングニルの離着陸場に戻ってくる頃、ミーアちゃん達も隊列を組んでこちらに向かって来る。
追い掛ける悪魔軍もいないようだ。日中と違ってそれほど夜目が利かないのかも知れない。夜間攻撃を仕掛けてくる敵の航空部隊も俺達の焚火を目標にしているみたいだからな。
リムちゃんが移動している大砲を乗せたソリも100km程彼方だ。
やはり、105mm砲を移動するついでの攻撃と見るべきだな。明日の夜は攻撃を控えるべきなのかもしれない。
天幕の布が開いて、ミーアちゃんが入って来たのは、それからしばらく経ってからのことだった。
「夜襲を終了しました。落伍者はおりません、全員無事です。部隊とお借りしたガルパスをお返しします」
「ご苦労じゃった。野戦はミーアに敵うものはいないじゃろう。先ずは席について休むがよい」
「確かに鮮やかな攻撃だ。久しぶりに見たよ。2個小隊ぐらいはどうにでもなる。率いていくか?」
「私が活躍するようでは困ります。それに、向こうはそれ以外に色々とあるようですから……」
相変わらず謙虚な姿勢は変わらないな。
とはいえ、色々とが気になるぞ。しばらくは向こうに作る砦の様子を見守らねばなるまい。
時計は既に3時を回っている。お茶を皆で飲んで、当番兵を残して俺達は宿舎に向かう。
次の朝。指揮所に入ると、既にミーアちゃんは姿を消したいた。
「帰ったの?」
「今朝早く、イオンクラフトが迎えに来ました。引越しでミーミルは大忙しです」
ディーが、仮想スクリーンの1つを拡大して見せてくれた。
大型飛行船から荷を降ろして、代わりに兵員を乗せているようだ。荷卸をネコ族の連中だけでやるとなると大変だろうな。
「こちらの正規兵達も、午後には1個中隊ずつ移動させるそうです」
「分かった。部隊長に伝えて順番を決めとけばいいだろう。……それで、敵の動きは?」
別のスクリーンが俺の前に映し出された。少し西に移動したようにも見える。
「2km程西に移動しています。サーシャ様より『攻撃するなら東から』と連絡を受けています」
「昨夜の損害の程度は?」
「5千程ではないでしょうか。敵軍の散開が更に広がっています」
散会した敵兵には、砲撃や爆撃はあまり効果が出ない。纏まったところに攻撃するほうがいいのだが、この頃は俺達を追い掛ける連中も少なくなってきている。
士官達が集まるこのこの指揮所も後4日で無人になってしまうな。
「それで、今日はどんな戦をするのじゃ?」
「サーシャちゃんの依頼もあるから、東を狙う。ミーミルの守備兵もいるから、ミーミルの南の斜路に敵を誘導したい。だけど、それだけじゃおもしろくないから……」
「地雷を仕掛けるのじゃな? 連結した爆裂球を使うのはテーバイ戦でやったことがあるのう。サーシャ達の得意な戦法じゃった」
地図で説明する俺の指先を見て、アルトさんが呟いた。
特許があるわけでもないから俺達が真似をしても問題ないだろう。20個程を連結した爆裂球を多数、ミーミルの南西に仕掛ければ、集まってきた連中をまとめて倒すことも可能だ。
あまり爆裂球は使わなかったから、たっぷり備蓄されているのも都合がいい。
「至急、準備するにゃ!」
そう言って、エイルーさんが出て行ったけど個数は分かってるんだろうか?
「それだけとも、思えぬが……」
「移動式の柵をここまで持っていきます。戦闘工兵の縦と合わせれば2段に作れますから、ここからグレネードランチャーと無反動砲で叩けます」
キャルミラさんにそう答えると、フムフムと頷いている。
強襲部隊の大隊長達は何も言わないけれど、何となく自分達の役割は理解してるんだろうな。
「強襲部隊出襲撃した後にこの罠に誘い込む。速度を速めて、追撃する敵兵を置いてくるなよ。ミーミル手前で速度を上げて、柵の中に逃げ込め。その後は、防戦になるが、ガルパスに亀乗してなら、後退は容易な筈だ。
戦闘工兵は西側に待機してくれ。こちらに来るとは思えないが、念のためだ。それに、強襲部隊が後退した場合は側面を突ける」
「イオンクラフトは使わんのですか?」
「使うさ。強襲部隊襲撃前に敵陣の西を攻撃してくれ。終了後は直ちにグングニルに取って返して、弾薬補給後は待機して欲しい。次に狙うのは、たぶんここになる」
俺が指差した場所は襲撃部隊の柵の直前だ。
「50kg爆弾2個と機銃のカートリッジはたっぷりと持たせろ。横一列で敵軍を否みに向かって掃射しろ!」
「了解にゃ。後3日はここにいられるにゃ。残った爆弾を全て消費してやるにゃ!」
それぞれが部隊に帰って準備を始める。柵の移動が面倒だから、襲撃は昼過ぎになりそうだな。
「今回は我等の出番が無いのう……」
「そうでもないよ。多目的イオンクラフトがある。左右に機銃が付いてるから、それで参加しようと思ってる。荷台の積載量は少ないけど、5人は乗れる筈だ。通信兵やアルトさん達は小柄だからね」
荷台が小さいからな。操縦席にディーとキャルミラさんが乗って、荷台にアルトさんと通信兵に俺で良いだろう。機銃は操縦席の助手席と荷台の後方に付いている。
色々と箱が外側に付いているが、それには野営用具が入っているそうだ。荷台の箱には食料と、弾薬が入っていると言ってたな。
「ならば爆裂球を集めてくるのじゃ。空から落とせば、機関銃よりも効果があるぞ」
だんだんと昔を思い出す。イオンクラフトに爆裂球を積んでスマトル軍を爆撃したっけな。




