R-045 懐かしい部隊旗
指揮所に残っているのは俺とディーそれにエイルーさんの3人だ。
仮想スクリーンを拡大して、戦闘工兵の襲撃の状況を確認する。
既にイオンクラフトは最初の襲撃を終えて現在補給を行なっている。爆装が終了次第再度攻撃に向かう筈だ。
「悪魔軍の東を丹念に爆撃していますね」
「地上部隊を一気に500kmも南下させるんだ。側面を突かれないようにとのことだろうが、結構派手にやってるな」
「でも、飛行船1隻の投下量より少ないにゃ。やはり飛行船は強力にゃ!」
その飛行船は、重機代わりに105mm砲をソリに積む為に活躍している。既に大型飛行船1隻に2個中隊を乗せて出発しているが、まだまだ運ぶ兵員や武器はたくさんあるのだ。
重量物の運搬だから戦闘工兵が手伝ってるけど、その指揮はデミトスに任せてある。何となくエイルーさんより安心できるんだよな。
「俺達のイオンクラフトの改造は進んでるのか?」
「荷台に通信機を3台載せて、簡単な座席を付けるだけですから既に済んでいます。固定した木箱2個には食料、弾薬を3会戦分積んでいますから、後は乗るだけです。燃料カートリッジの増設タンクも付けてありますから、飛行距離は600kmに伸びています」
「ついでに天幕用の布とロープそれに柱とペグも欲しいな。あのイオンクラフトがあるところが俺達の指揮所になるからね」
「それも、既に対応済みです。荷台に簡易な枠を作ってありますから。それを利用して天幕用の布を張れます」
たぶん、イオンクラフトには焚き火用の焚き木まで積まれているに違いない。となれば、後4日ここでアルトさんに頑張って貰えば何とか約束は守れそうだ。
スクリーンには車掛かりで悪魔軍を翻弄し始めた襲撃部隊が映し出されている。本来ならばヨロイを着込んでいるはずなんだが、悪魔軍には飛び道具が無いから革の上下で済ませているようだ。綿では敵の放つ【メルダム】の火炎を浴びると一気に燃え出してしまうらしい。
襲撃を受けた悪魔軍はその部分だけ下がるから、深追いすると周囲の悪魔軍に飲み込まれる恐れがある。その辺りの加減は微妙なところがあるが、アルトさん達は相手が下がれば次は別の場所に向かっているからそれ程危険は無さそうだ。グレネードランチャーの弾丸がある限り続けるつもりなんだろうか?
襲撃時間が延びるに連れてちょっと心配になってきたぞ。
「アルト様から連絡です。撤退するので、狩りの準備をするように伝えてきました」
「次ぎは、私の番にゃ!」
エイルーさんが飛び出してったぞ。
迎撃地点は分かってるんだろうか? 行動力は評価するけど……、ちゃんと指示を聞いてから出かけて欲しいな。
「迎撃地点は、エイルーさんとアルト様で調整するように、アルト様に伝えました」
「ありがとう。これで今日の襲撃は終了なのかな?」
夜間戦闘も襲撃部隊はこなせる筈だが、少し兵を休ませよう。出来れば東から夜間叩きたいな。
天幕の布が開いて、デミトスが入ってきた。
「ソリに105mm砲を積み込みました。6門ですから、残りは大型飛行船で先行させるようです」
「ご苦労様。75mm砲も数があるから頼むよ。エイルーさんは出掛けてしまった」
そんな話をお茶を飲みながら聞いて頷いている。
先ずは大物に目途が立ったので一安心ってところだろうな。
新たな砦も長距離砲があれば何かと安心できるだろう。いくら、イオンクラフトがあっても、搭載する爆弾が2個だからな。
「小型飛行船は、一旦ミーミルに戻ったようです」
「たぶん、これから爆撃するんだろうな。アルトさん達の襲撃が終了して帰って来る途中だ」
「グングニルが縮小されますが、夜間警備はどのように?」
「残っている正規兵に頼んでくれ。それと、今度は拠点に頼らずに遊撃に徹する事になる。焚き火用の焚き木を纏めておいてくれ。鞍の後ろに1束積んでおけば、食事を作るのも楽になるぞ」
「既に1個小隊に命じています。水と焚き木があれば、何とかなりますし、ガルパス用の野菜も最後の補給品を1個鞍のバッグに入れて置くように命じてありますから心配は御無用です」
デミトスが出来た副官だから、エイルーさんがあんな性格になったのかも知れないな。
ふと、そんな事を考えながら、タバコに火を点けてスクリーンの状況を確認する。
西日の中で炸裂する砲弾は無反動砲の砲弾だろう。
ちゃんと誘き出した敵兵に砲弾を浴びせているんだから、問題は無いってことなんだろうな。
「誘い出される敵兵が少なくなりましたね」
「あれだけ同じ事をしてるんだから、いいかげん俺達の作戦を理解したってことか?」
「たぶんそんな事だと推測します。敵の士官も少しは作戦を理解出来るのでしょう」
だとすれば、少し攻撃方法を変えなければなるまい。
「デミトス。戦闘工兵は無反動砲をいくつ持ってるんだ?」
「中隊の4小隊全員が持っているはずですから160門になる筈です」
明日は、それを使ってみるか……。
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とりあえず、アルトさん大暴れの1日が終って、明日の作戦を皆で考えていると、天幕の入口が開いて、ミーアちゃんとリムちゃんがやってきた。
「出掛けるのじゃな? 荷はソリに積んであるぞ」
「そっちはリムちゃんとサーシャちゃんが運んでいきます。戦闘工兵を2個小隊貸して頂けませんか? 無反動砲を走りながら撃てる、ネコ族かトラ族の兵士が良いのですが……」
それって、今夜奇襲するのか?
ミーアちゃんが率いるなんて言ったら、戦闘工兵の中で1騒動ありそうだぞ。
「デミトス、どうにゃ?」
「大4中隊の第3、4小隊が良いかと……。全員が無反動砲を撃てるトラ族です。第3小隊には他の中隊から無反動砲を一時借り受ければ良いでしょう」
「ミーア様の名を出さずに集めておくにゃ。弾丸は5発。それに爆裂球を規定量持たせれば十分にゃ」
「了解です。それと、ソリはどうしますか?」
「バジュラの後部に、牽引器具がありますから鎖で取付けをお願いします。作業終了次第、出発します」
デミトスが頷くと席を立って指揮所を出て行く。
それほど速度を出せないから、ミーアちゃん達がその間の注意を逸らすんだろうな。相変わらずサーシャちゃんは人使いが荒そうだ。
深夜にバジュラの引くソリがゆっくりとグングニルを離れていった。
荒地では時速25km程に上げるそうだがそれでも新しい砦に着くのは明日の夜になりそうだな。無事に着くことを祈らざるを得ない心境だ。
引き続いて、広場に戦闘工兵2個小隊が集合する。夜間襲撃と聞いて他の亀兵隊達も遠巻きにしてその勇姿を見ているぞ。
篝火と上空の光球はあるのだが、それでも個別の顔は良く見えない。
そんな中、中隊長と副官が現れるが、副官の持っている旗を見て悩んでいるようだ。皆自分達の旗には愛着があるからな。特に六文銭モドキの六L旗は、連合王国でもかなりの人気だ。
「集まってるな。それでは所属部隊の旗を外せ。これから一時期お前達はこの旗を付ける事になる!」
その言葉と同時に副官の開いた旗に、集まった亀兵隊達からどよめきに似た声が上がる。
「連合王国夜襲部隊の旗だ。数百年前に部隊は解散しているが、この旗を使う事は硬く禁じられていた。
今回、お前達を率いる指揮官は、初代夜襲部隊を率いて1度かつて破れた事のないミーア殿だ! ミーア殿の配下として戦うなら、この旗を使う資格は十分にある。分隊長ごとに旗を回収してこの旗を受け取れ」
素早く分隊長が動き始めた。
そして、中隊長のところには直訴する者達が押し寄せている。まあ、分からなくも無いけど、未だにミーアちゃんの人気は凄いな。
「止めるにゃ! 私だって行きたいけど我慢してるにゃ。まだ戦いは続くから待ってれば良い事があるかも知れないにゃ。だからそれまで頑張って戦うにゃ!」
エイルーさんの心境まで入ってるから、効果はてきめんだな。ワイワイ言い争っていた連中がピタリと静まった。それなりのカリスマもあるんだろうな。
そこに、ガルパスに乗ったミーアちゃんがゆっくりとやってきた。背中にはあの赤字に白で縁取られた黒の十字が入っている。
そういえば、エイルーさんはデミトスさんと相乗りでやってきたな。ミーアちゃんの乗ったガルパスはエイルーさんのガルパスってことだな。
「我等連合王国の夜の狩人! 出発する、続け!」
「「「ウオオォォォ……」」」
雄叫びを上げたのは襲撃に参加する者だけではなかった。砦全体が叫んでいるように聞こえる中、ミーアちゃんの乗るガルパスが東の柵を目掛けて駆けていくと、2個小隊が隊列を乱さずに全速力で後に続く。
「普段とはまるで違うにゃ。あの隊列であの速さは反則にゃ」
「それだけの指揮能力がミーア殿にはあるのです。我等も頑張ればあのように兵を動かせるのでしょう。少なくとも、そう思いたいものです」
反省してるんだろうか?
そんなエイルーさんとデミトスさんの言葉が聞こえてくるけど、ちょっと無理だと思うな。あれは特殊なカリスマなんだと思う。正しく月姫たるゆえんじゃないかな。
とぼとぼと指揮所に歩いて行くと、後ろからディーがやって来た。
「時速40km以上で移動して行きました。先行するバジュラを直ぐに追い抜くでしょう」
「ああ、確かに昔もそうだったな。夜はミーアちゃんの独壇場。安心して戦を任せておける」
「でも、何度かマスターが危機を救っています。イオンクラフトの準備は出来ています」
ディーなりに心配してるってことか?
そんな事にはならないで欲しいけど、これもサーシャちゃんの作戦の内なら、その危険性もあるな。
「1機では不足かも知れない。イオンクラフト全機にいつでも攻撃に向かえるよう待機させてくれ」
「了解です」と返事をして俺から離れて行った。夜は夜で忙しくなるかも知れないな。
指揮所に戻ると、直ぐに仮想スクリーンを開いて、ミーアちゃんと敵軍の状況を確認する。夜だからサーマル画像で見る事になるが、それ程接近しないからこれで十分な筈だ。
指揮所には主だった士官たちが次々と集まってきた。
何と言っても、数十万に対してたった80人程で挑むんだからな。それが敵軍の極一部に対する攻撃でもどんな成果があるか見てみたいと言うのが本音だろう。




