R-043 アミダクジ
ヴィーグリーズ作戦が始動された。この作戦終了は大西洋と太平洋を繋ぐ大運河ヨルムンガンドの完成を持って終了となる。先が長い作戦だ。
既に盛夏は過ぎて、秋も深まってきたけど、まだまだ日中は汗ばむ程だ。兵士達も疲れを見せずに頑張ってくれている。
ギムレーの西の大山脈の隘路には悪魔軍の死骸が折り重なって続いている。
適当に周囲の山麓を爆撃して土を被せているようだが、20km以上も続く大殺戮の址を消すにはまだしばらく掛かりそうだ。
そんな山麓の一角に築いた山城を拠点に、山岳猟兵が西回りに進む悪魔軍を阻止しているのだが、やはり指揮官クラスが混じっているようで、西回りに進む敵兵の数は日に日に少なくなっているようだ。
そんな反動を受けて、東の荒地を目指す悪魔軍の数が増えてきたようにも思える。西回りが途絶した以上、彼等の版図拡大は東回りを選ぶということになるのだろう。
今では南から続く悪魔軍の行軍が真っ直ぐにグングニルを目指しているようにも思える程だからな。
「まったく、サーシャ達は何を企んでおるのじゃ。日に日に、南西の悪魔軍は膨らんでおるというのに……」
「たぶん、この2つがカギになるのじゃろう。未だにヨルムンガンド予定地への爆撃を継続しているようじゃ。もっとも前から比べれば投下する爆弾の数は減っておる」
キャルミラさんが仮想スクリーンの1つを拡大すると、一列に並んだ爆撃の址が写っている。まるで掘り返したような丸い穴の直径は30m程にも見える。
「ユング様は敵の進軍ルートの奥を爆撃しているようですが、連合王国からやって来るたびにここを爆撃しています。現在、1.6km程になっていますが、太平洋と繋げるには20年以上懸かりそうです」
姉貴とて、全て爆撃で作ろうとは思っていまい。それに、姉貴ならばもう少し作戦を後にしそうだから、やはりキャルミラさんの言葉通り、この目的はサーシャちゃんの
作戦ってことになるんだろうな。早めに教えてくれればいいんだけど、急に言い出すから俺達も唖然とするしかないんだが……。苦労するんだろうな、結果は出るんだけどね。
「更に、これが気になるのう……。ソリに見えるが、あまりにも長く、鉄製じゃ。ガルパス30匹を強請ったのは、これを曳くつもりなのじゃろうか? それに、何を載せるかも問題じゃぞ」
ミーミルの断崖下においてあるのは確かにソリに違いない。
ガルパス30匹は75mm砲を運搬するのに使うはずだから、これを運ぶ為にガルパスを更に運んでくるんだろうか?
横幅だけで5mはあるし、長さだって30mはありそうだ。
「ディー、これに105mm砲を6門乗せた状態で、ガルパスは何匹必要になる?」
「全重量は25t前後ですね。ガルパスの牽引能力は約600kgですから、40匹以上になります。荒地で機動的に運用するのであれば50匹は必要でしょう」
「現実的ではないのう……。となれば、資材運用じゃな」
アルトさんの考えは短絡的だな。やはり、長距離を狙える105mm砲を考えるべきだろう。例え歩行速度でも、固定と移動では運用に大きな開きができる。スマトル戦で戦車を作ったぐらいだから、移動する大砲がどれだけ脅威を与えるかは良く知っているはずだ。
「そうなると、今後の戦はどうなるにゃ?」
「基本は分かっている。東西から悪魔軍を締め上げるんだ。だけど、姉貴の方はこの辺りで動かないんじゃないかな? 戦闘工兵は防衛戦で威力を発揮する。堅く守るはずだ。たぶん、ユング達がそれに呼応してヨルムンガンド予定地の西を作り始めるかもしれない。東と同じようにね。200M(3km)も作れば背後をあまり心配することもないだろうし……。たぶん最終的には、こんな形で柵を作るんじゃないか?」
テーブルの地図にヨルムンガンドの西の端から数十km内陸を基点に北東に伸びる300km程の線を引いた。
「そして我らは、この柵に向かって東から攻めるのじゃな?」
アルトさんが目を輝かせながら呟いた。
「その作戦のカギはヨルムンガンドの工事の進捗じゃな。それに、悪魔軍の進行をし御する先にあるものが問題じゃ」
キャルミラさんは、全体を眺める目を持っているな。
「この先にあるもの。ユングが教えてくれました。大型のタグが集団で営巣しています。俺たちならAK47を乱射すれば倒せると言ってました」
「タグに食わせるのじゃな。エグイ作戦じゃが互いに群れ同士、その戦は一見の価値がありそうじゃのう」
絶対見に行くぞと目が言っている。
だけど、そうはならないだろう。悪魔軍が大陸中央部を進まないのは、かつてその戦を経験したからに違いない。士官も紛れていることだから、その前に別な行動をとるはずだ。
「まあ、これぐらいなら、姉貴やサーシャちゃんの作戦が読めるんだけど、どうも、その先を2人とも考えているみたいなんだ。それは俺にも分からない」
話を締めくくって、パイプを取出す。
当番兵が新たにお茶を入替えてくれたので、皆はお茶を飲んだり、パイプを咥えだした。
この作戦には不確定要素がたくさんある。
先ずは、敵の航空部隊が常に進軍する敵軍と行動を共にしているとは限らない。現に、ミーミルを襲撃する為に別働隊として行動したことがあるのだ。
次に、敵が何時まで1つの集団として行動するかということだ。単なる進軍であれば単一行動が望ましいが、何せ数十万規模に直ぐにでも膨らむのだ。2つに分かれても俺達は苦労することになる。3つになったら、とんでもないことになりそうだ。
さらに、敵の進軍ルートがこのままで続くとは限らない。進軍ルートが分割すれば爆撃目標が増えることになる。それだけ数を減らせなくなるのだ。
最後に、北に追い上げた敵兵を大型のタグが殲滅出来るのだろうか? 殲滅出来なければ、南と中央それに北の3つの悪魔軍と戦わねばならなくなるぞ。
「北東の残党はまだ残っておるのか?」
「森林地帯に5千程と聞いています。まだ殲滅に時間が掛かりそうですね」
キャルミラさんは北東の港から守備兵をこちらに回して貰うことを考えていたようだ。だが、今では正規兵2個中隊とイオンクラフト5機だからな。正規兵2個中隊は砲兵としてグングニルが貰ってるし、カルート兵はギムレーに移動している。残っているのはミーミルのエイダス増援部隊の2個中隊だが、防衛部隊だから、こちらに移動は出来ないだろう。
「とりあえず、サーシャから何も言って来ぬうちは、昨夜通りで良いのじゃな?」
「まあ、そうなるんだけど……。あまり派手にやるのもどうかな? 1日おきで良いんじゃないか。サーシャちゃんの作戦にどれだけ弾薬が必要か分からないからね」
ミーミルには3日おきに20tの物資が補給されるが、そこからグングニルへの物資移送は小型飛行船を使うから運べる量は1日で10tぐらいだ。昨夜の作戦だけで3tを越える砲弾類が消費されているから、毎日となると問題が出てくる。
敵の大攻勢を想定して10tを超える砲弾類を溜め込んでいるけど、サーシャちゃんの作戦にはかなりの量を一回で消費しそうだからね。
「つまらんのう……」
おもしろくなさそうな顔で俺を見てるけど、そんなに退屈なら狩にでも行って、新鮮な肉を確保してきて欲しいな。
ん! それも良いんじゃないか。狩なら1個小隊を連れて行けば十分だろうし、それぐらいの人員移送は大型飛行船に便乗すれば良い。帰りにはも木材運搬の大型飛行船で帰れば3日または6日過ぎに戻れるはずだ。
「アルトさん。サーシャちゃんに確認して、作戦開始まで間があるようなら、肉を手に入れてくれないかな?」
「肉じゃと! 狩をして来いということじゃな?」
直ぐに端末を取出して、ミーミルに連絡を入れてるアルトさんの姿は、まあ、予想した通りだが、何で指揮所の他の連中までそわそわしてるんだ?
「デミトス、至急1小隊をくじ引きするにゃ! 狩なら我等の方が素早く動けるにゃ」
「待ってくれ。俺の所にもハンター資格を持つ者がたくさんいるぞ。それに俺のとこ利は強襲部隊だ。ここは防衛部隊よりも強襲部隊の方が利に適っていると思うのだが……」
席を立ったデミトスを強襲部隊の第1大隊長が慌てて停めると、隣の第2大隊長も頷いている。
確かに戦よりは狩をしてた方が健全だけど、こりゃ揉めそうだな。
「なら、各大隊から1分隊を出すが良い。長い戦じゃ次もある」
中々良いアイデアだと思うけど、今度は各隊長達が足を止めて悩みだした。1小隊なら十六分の一だが、1分隊だとその更に四分の一になる六十四分の一の確率だ。下手に指名しそうものなら、たちまち部隊の連帯がバラバラになりそうだ。
それを考えて、思案しだしたんだろう。
「何を悩む。クジを作れば良かろう。おもしろいクジをアキトに教えて貰ったのじゃ!」
そう言って伝令用の紙を取り、鉛筆で描いたのはアミダクジだった。
「線を部隊の数だけ、縦に引いて当たりを作る。今回は次の役目も考えて1、2、3番を当たりとすれば良かろう。
最初に、数本横の棒に横線を引く。次にこの線を引いたところまで折り曲げて、各分隊長に選ばせれば良い。そのとき、1本だけ横線を引くことを許すのじゃ。もちろん引かずとも良い。これで後から棒を選ぶ者も不平は出ぬであろう。全ての者が棒を選んだら、開いてこのように辿れば良いのじゃ。簡単じゃろう?」
「おもしろそうですね。早速伝えましょう」
各隊長が副官を部隊に走らせる。意外と単純だけど、皆でワイワイ言いながら線を辿るのがおもしろいんだよな。
運不運もあるから、不満も出ないだろうし、ちょっとした気分転換にもなりそうだ。
直ぐに、大声があちこちから聞こえてきたから、早速始めたみたいだな。
「うむ、サーシャも数日は現状維持と言っておる。我と、キャルミラで出掛けてくるぞ!」
「出来れば、アルトさんが鍛えたハンター達にも依頼を出してくれないかな? 獲物の生息地はユングに聞けば良いだろう。予算はこれだけなんだけど……」
バッグから取り出した革袋から銀貨を一掴み取り出した。30枚はあるだろう。
「我も、少しは持っておる。十分じゃ」
そう言って、テーブルから銀貨を自分のバッグに入れると、端末で今度はユングにメールを書き出した。
ホントにジッとしているのが嫌いなんだな。




