R-040 集会場では無いんだけどね
「今まで通りということか?」
そんな声をアテーナイ様が上げている。
リオン湖の庭にあるテーブルセットに俺達は集まった。というか、俺の心象世界に皆が集まってきた。
サーシャちゃんとアテーナイ様、それに姉貴は今後の作戦をどうするかで、議論を戦わしているし、ミーアちゃん、リムちゃんは、3人をオートマタと世間話に興じている。
そんな状態だから、俺とユングはテーブルの端で兵器の開発をどうするかで議論している。
「魔道と科学が合体した体系の学問が進んでいるんだろうな。昔ククルカンでそんな装置を見た事がある。ユグドラシルの地下コロニーが無事であったなら、それに近い技術が出来たかも知れないけど、あの通りだからな。この世界にとっては良かったんじゃないかと俺は考える時がある」
「ああ、生体工学が高度に発展している。半漁人を生み出したと聞いた時には、自分の耳を疑った。だけど、彼らなりに必死だったに違いない。世界が1度無くなったようなものだからな」
互いにタバコに火を点けて、テーブルを見た。誰も文句を言う様子が無いのを確かめて小さく頷く。
「問題はルシファーだ。生体工学を通り越しているぞ。アルガーなんてどうやっても出来るわけが無い。ユグドラシルの半漁人は人間と魚の遺伝子を合体したのではなく、人間を水中生活に適した形態に変化させたものだ。その状態で最適になるように遺伝子を調整している」
半漁人が産み落とす子供は人間に近い体らしい。そのままでは水中生活が出来ないので少し体を変化させるってことだな。
ユングの話では、アルガーにはそのような事が生じないようだ。最初からアルガーとして生まれると話してくれた。
「それに、胎生ではなく卵生らしいぞ。それは果たして人間なんだろうか?」
「人間よりも、ワニに近いってことか?」
「……どうやら、そうらしい。ユグドラシルの連中も唸ってたぞ。遥かに進んでいるってな」
だが、道具を作る技術はそれ程発展していないらしい。粗悪な製鉄技術と青銅文化を抜け出ていない。悪魔達の武装は多くが棍棒だからな。
「やっぱり、ここにいたのじゃな」
霧の中から現れたのは、アルトさんにキャルミラさんだ。
きょろきょろと3つのグループを眺めていたが、俺達のところにやってきた。
「かなり苦戦らしいのう?」
「悪魔達の種類が増えたんだ。ここで悩んでいたら、皆が集まってきた」
「何となく、ここに来なければと思い浮かんだのじゃ.一人で悩むよりは皆で考えるべきじゃろう」
キャルミラさんの言う事はもっともだけど、そんな議論はテーブルの端にいる3人に任せておけば良い。
かなり、伯仲した話し合いだけど、結論が出るのにもう少し掛かりそうだ。
「我等の方は順調に仕上がっておる。この冬にガドラーを何匹か倒せば終了じゃな。訓練終了には、我からカルートと装備1式を進呈するつもりじゃ。ところで、拠点には彼らを受け入れる施設は出来ているのか?」
「それは姉貴に聞くと良いよ。ギルドモドキも作るような話をしていたからね」
俺の話を聞くと、キャルミラさんを連れて姉貴達の議論の場に入っていった。
直ぐに自分の意見を言い始めたから、アテーナイ様の顔が脹れ始めたぞ。喧嘩にはならないだろうけど、言い争いぐらいにはなるかもしれないな。
「アルトさんが鍛えてるハンターはショットガンなんだよな?」
「ああ、昔レムルが作った初期の型らしい。あらかじめ真鍮の筒にカートリッジを詰める方式だ」
「魔石を使うタイプか……。本来ならもう少し良いものを持たせたいが、ロスアラモスの連中がフリントロックだから、それで良いのかもしれないな」
「エイダスの人間がやってくる。彼らに持たせるのは、その前の型だ。戦闘工兵と屯田兵がある程度の獣狩りはしてくれるだろう。その取りこぼしはハンター達に任せるつもりだ。それでも完全とは言い難いから、自衛用の武器は必要だろう」
「それもあって、兵器工廟を更に1つ増やしたぞ.予想以上に爆弾を消化している。次の戦には大型飛行船まで投入するからな」
「バンカーバスターが出来たのか?」
ユングが首を振った。やはり無理だったようだ。1tを越すような大型なら可能だろうというシミュレーション結果は得たらしいが、飛行船への搭載を考えると最大の爆弾は200kgだという事だ。
「なかなか積み込めない爆弾では意味がない。トラ族の連中がようやく運べるのが200kg爆弾ってことだ。俺達オートマタなら何とかなるかも知れないが、それでは本末転倒だ」
「それで良いと思うよ。ある意味、俺達の戦では無い。この世界で生活している連中の戦なんだからな」
「ああ、そうだな。協力は惜しまないが、あまり手を掛けると俺達を頼りにするだろうな。その辺りの頃合が難しい」
それは、姉貴やアテーナイ様が考えてくれるだろう。姉貴も気にしてたからな。
「それでも、地中7m位には到達するぞ。彼らの出入り口を破壊するには十分な筈だ。それに、もう1つ、その大きさでナパーム弾を作った。気化爆弾とは行かないが、かなりの面積を火の海に出来るぞ。小型飛行船を使った爆撃では、両者を10個積載できる」
長距離爆撃の目標も考えておかねばなるまい。そして、ユングが小型飛行船と言ったことは……。
「大型は輸送に専念する。必要な資材が多すぎるんだ。ブラザーフォーが輸送船を作っているが、出来上がるのは来春だ。それでも、北東の港から戦線までの輸送は飛行船になるからな」
確かに、ミーミルでの爆弾使用量はかなり多いと言わざるを得ないな。
だが、それでもサーシャちゃんは控えていると思っているに違いない。飛行船の爆撃は1日約2回。それは、敵の増援を減らす為に行なっている。バジュラまで使って攻撃しているのだが、それでも敵はやってくるのだ。
「……では、北部の敵を殲滅しない状態で、ナグルファル終了を宣言するのか? と同時にヴィーグリーズを発動させるというのか?」
「殲滅はしていないけど、残りは10万にも満たないわ。カルート兵2個中隊、それにイオンクラフト5機があれば時間の問題でしょう?」
「それによって、1個大隊の正規兵をこちらに移動するのか?」
「現在、輸送船で正規兵2個大隊、それに亀兵隊の突撃兵2個大隊がこちらに向かっているわ。1個師団には足りないけど、10個大隊あれば押し返す事が出来る筈よ」
1個師団なら、12個大隊になる。エイダス軍やカルート兵それに、屯田兵で1個大隊規模になるから、それ程少ないとも言えないけど、北に残っている悪魔軍が10万近いのであれば、少し早過ぎないか?
「それに、ここに味方がいるでしょう?」
いつの間にか展開した仮想スクリーンの地図の真ん中を指差した。
確か、大型のタグがいたんじゃなかったか?
ひょっとして東西から悪魔軍に圧力を掛けてタグの住処に誘導しようと考えてるのだろうか?
「そうじゃな。敵の敵は味方じゃ!」
サーシャちゃんも賛成している。
今度は、3人で部隊を分け始めたぞ。
そんな連中を眺めて、ユングと2人で溜息をつく。
「どうやら、75mm砲を運ばねばならないな」
「お前も苦労するな」
互いにお互いを励ますと、少しずつ人が去っていく。
どうやら、結論が出たようだな。帰ったら、アテーナイ様に聞いてみよう。
「じゃあな!」
「ああ、お前も頑張れよ!」
俺にハイタッチして、席を立つと霧の中に歩いて行った。
そんな俺の視界も段々と薄らいでいく。
ふと、目が覚めた。
まったく、俺の心象世界を集会場と勘違いしていないか?
ぶつぶつと文句を言いながら仕度を整え、顔を洗って指揮所に向かう。洗面用の水は有志が【フーター】で桶にお湯を満たしていてくれるらしい。
飲料水は別途、飛行船が運んでくるけど、誰も【フーター】で出したお湯は飲まないのが、昔からの疑問だ。逆切れした人もいたっけな。あれは誰だったか……。
「今朝は早いのう、婿殿!」
「アテーナイ様こそ、お任せして申し訳ありません」
指揮所に坐って、一晩中仮想スクリーンを眺めていたようだ。俺の心象世界での時間経過は存在しないから、昨夜も敵の動向をジッと見ていたに違いない。
「やはり、現状維持で作戦を切り替えるという事になったのですか?」
「それでも、北の残党が5万を下った時と、少しは譲歩していたぞ。それならば、1個師団がこの大陸に渡る事も出来るじゃろう。アルトも早々にギムレーへとハンターを連れて行くそうじゃ。こちらにもガドラーがいるじゃろうと言っていたが、いなければグライザムでも狩るつもりじゃろう。
それで、我等も少し移動する事になりそうじゃ。我はミズキの元に向かうが、婿殿のところには新にアルトとキャルミラ殿がつくようじゃ。東にはサーシャがおる。蛮勇にかられるでないぞ!」
そんな話になったのか。確かに姉貴のところにはラミィだけだからな。アテーナイ様が行ってくれるなら安心できる。
だが、向こうには航空部隊が無いと思うんだが……。
「あちらは、かなりの軍勢ですよ。イオンクラフトも移動するんでしょう?」
「10機率いるそうじゃ。それに小型飛行船が2隻ならば、爆撃には十分じゃろう」
たぶん初動は大型を使うんじゃないかな? アテーナイ様が言った数はその後の戦での数に違いない。
「アルトさんが来るとしても、次の飛行船でしょうね。ハンター達の活躍を確認してからやってくるでしょうから、早くて10日というところでしょうか?」
「そうなるじゃろうな。それまでに、この数を減らしたいものじゃ」
相変わらず、敵軍は30万を下回る事は無い。105mm砲で砲撃しても、散開しているからさほど被害を与えないようだ。
10機編隊で、機銃掃射をしているイオンクラフトが一番効果的だが、それでも、1回の出撃で倒せる敵兵は2千というところだろう。
出撃時に敵陣を掻き回しているバジュラの攻撃とあわせても1日で減らせる敵兵は2万というところだろう。
南からの敵の進軍が止まらない限り、何時まで経ってもここに足止めされそうだ。




