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R-038 湖北岸の砦


 「出発にゃ!」

 エイルーさんのソプラノが虎口の空に透き通ると、ウオォォー!!という蛮声が斜路を駆け下りる。

 ちょっと頼りない感じがしたけど、部下からは慕われているようだ。ネコ族が戦闘工兵? と最初は驚いたけどあれなら問題は無い。


 「ミケランを思い出すのう。どれ、我等も後を追うぞ!」

 ディーは斜路を使わずにそのまま断崖をイオンクラフトで落下するように下りると荒地を進んだ。一瞬無重力を味わったぞ。カラビナとロープはあらかじめベルトに付けておこうと心に決める。


 戦闘工兵の少し北側を進みながら任務の困難さを噛み締める。サーシャちゃんも人使いが荒いからな。砦を作ればそこで指揮を執らされそうな気がしてならない。

 直ぐにエイルーさん達を追い越して湖の北にイオンクラフトを止めると、荷台から飛び降りた。


 湖に向かって歩いて行くと、岸辺が少し盛り上がっている事に気が付いた。

 なるほど、これがこの湖の秘密らしい。小さな隕石が落下したクレーターなんだろう。盛り上がった高さは1mもないから、地上に到達する寸前で爆発したんだろうな。

 流れ込む川は無かったから、地下水と雨がこの湖を作ったんだろうな。

 地面は乾燥して硬いから、足場は悪くない。どちらかと言うと穴掘りに苦労しそうだな。

 

 「ここが砦になるのじゃな?」

 「そうですね。でも、恒久的な砦ではなく、俄か作りの砦です。敵の攻撃を少しは防衛できるように作らねばなりませんが、戦闘工兵の休憩所とイオンクラフトの補給が主な役目になるでしょう」

 

 「かつてのジャブロウを思い出すのう。今度は我が表に立つぞ。あの時は婿殿に良いところを取られてしまったからのう」


 そんな事を言いながら、俺に微笑んでいるけど、そんな事態になったら頼りにさせてもらおう。

 

 イオンクラフトの荷台に背中を預けてのんびりとパイプを楽しんでいると、エイルーさん達が土煙を上げてやってきた。戦闘工兵の全力疾走を前から眺めると迫力があるな。


 俺達の直ぐ目の前でターンするようにガルパスが停止すると、エイルーさんと副官が俺達の前に歩いてくる。


 「ここに作るのかにゃ? デミトス、飛行船はまだかにゃ?」

 「後、30分というところでしょう。兵を一休みさせて、資材が揃ったところで始めます」


 そう俺達に告げると、1礼して部隊の連中の所に向かった。

 部下思いの上官を持った部隊は幸せだな。


 「ところで、そちらのお姉さんは誰にゃ?」

 「我か? アテーナイと言う。サーシャの祖母じゃ」


 いきなりエイルーさんが平伏したぞ。頭をぺこぺこと下げている。

 「知らなかったにゃ。許して欲しいにゃ……」


 「構わぬ。既に我の肉体は蒼の神殿の奥に安置されておる。ここにいるは魂に過ぎぬ」

 そんな事を言ってるから、ますます恐れ入ってるぞ。

 

 ディーがそんな彼女を立たせてあげたけど、それ程恐れ奉られる存在なんだろうか? まあ、確かに怒らせたら怖そうだけどね。

 丁度良いところに、飛行船が降下してきた。


 「エイルーさん。資材が来たようだ。図面通りに頼んだよ」

 「任せるにゃ!」


 そう言うと、手を振りながら部隊の方に掛けていった。

 そんな彼女をおもしろそうにアテーナイ様が眺めている。


 「おもしろい娘じゃな。副官は苦労しそうじゃ」

 「ここで、ジッとしておれ。士官なのじゃから、部下の仕事を見守っておればよい。それがイヤなら、ディーと焚き木を運んでくれば良かろう。荒地ではあるが、潅木の林もあるようじゃぞ」


 確かに焚き木は必要だろう。このイオンクラフトは多機能タイプだから荷役作業もこなせる。ディーに荷台の木箱を下ろして貰って、早速、焚き木を厚めに出掛けた。

 潅木を見つけては降下して適当に焚き木を集めて次の潅木の林を見つける。2時間程そんな作業を繰り返すと、荷台は焚き木で満杯だ。

 

 湖の北側に戻ると、湖側には盾が100枚近く並んでいる。腕ほどの丸太で盾を連結しているし、20D(6m)ほどの間隔で杭を打ってあるから、そう簡単に破られる事は無いだろう。そんな盾の近くに深さ2m程の塹壕を掘ってある。塹壕の横幅は1mちょっとだが、上に土を厚く載せているのを見ると、敵【メルダム】攻撃の避難用だろう。

 盾を使って急造の見張り台も作ってあるが、高さが俺の身長ぐらいだから、どちらかと言うと対空監視用ってとこだろう。

 

 見張り台の近くに大きな天幕が張ってある。1mほど土を掘っているから、何となくおかしな形に見えるけど、天幕の上を丸太で補強しているところを見ると、天幕は土に埋められる可能性があるな。そんな天幕から少し離れた場所に煙が上がっている。たぶん調理場なんだろう。

 ディーに焚き木を届けてもらい、俺は天幕に歩いて行った。


 入口の布をバサリと跳ね上げて中に入ると、盾を机代わりにした指揮所が出来ている。アテーナイ様が俺を手招きして、椅子に坐らせたけど、これって指揮官の場所だよな?


 「さすがに戦闘工兵の仕事は速い。既に柵作りも始まっておる。飛行船が次々と資材を運んでくるから今夜は夜を徹して作業を進めるようじゃ」


 アテーナイ様がそんな話をしながら地図で状況を説明してくれた。作業が早いと思ったら、1個大隊が応援に駆けつけてくれたらしい。夜には帰るのだろうが、穴掘りを手伝ってくれるだけでもありがたいぞ。


 「南に機関銃座を4つ作っておる。西には2つ作るつもりじゃ。敵の航空部隊は物騒じゃから、それで対応する事になろう。イザとなれば我とディーもおる。夜間視力と動体監視が可能じゃから、万が一にも気が付かぬ事は無いじゃろう」

 「よろしく頼みます」


 この砦を早めに作りたいのは、湖から西に伸ばす柵を作る戦闘工兵の待機所としての役目を負わせたいのだろう。既に柵の長さは3kmほどに伸びているし、今日からは、砦の西にも新たな柵を作っているようだ。2重化すればそれだけ敵の進軍を遅延できるだろう。となると、明日からは大砲を移動してくる可能性もあるぞ。


 「問題は倉庫じゃな。この指揮所と同じような構造で作ると言っておるから、明日には3つほど出来るじゃろう」


 それで、夜を徹しての作業になってるのかな? 

 「ところで、荷台に積んであった木箱の中身はなんだったんですか?」

 「あれは、機関銃じゃ。イオンクラフトの荷台に付けようと、持ってきたのじゃ。弾丸も円盤を20枚持ってきたぞ」

 

 ちょっと弾丸が足りないような気もするけど、武装出来たのなら色々と使えそうだ。航空部隊が来たなら、迎撃だって出来るぞ。


 天幕は別荘のリビングよりも広い。部屋の端に通信兵が木箱を使って通信機を並べて坐っている。簡単な夕食を食べると、指揮所を出て周囲の状況を眺める。

 大勢の戦闘工兵が作業をしているのが暗がりの中でもわかる。そんな中、小さな焚き火を見つけて、そばに寄ると数人の兵士がお茶を飲んでいた。


 「お邪魔するよ」

 「アキト様ではないですか! どうぞ、お座りください」

 

 俺を丸太の席に坐らせると、木製のカップでお茶を渡してくれた。ありがたく受け取って礼を言う。

 パイプを手に取り、タバコを詰めていると、何人かが羨ましそうに見ているのに気が付いた。どうやら切らしているらしい。確か予備を持っていたな……。

 腰のバッグから、タバコの包みを2つ取り出して、分けるように言うと、皆がパイプを取り出してタバコを詰め込んでいる。


 「ありがたく頂きます」

 残りを返してくれたけど、それは彼らに持たせてあげる。もう1回分ぐらいにはなるだろうからね。

 ここでは雑貨屋も無いから、タバコを切らすと大変だな。たくさん持って来たから良かったものの、やはり嗜好品は必要なんだろうな。

 これも、兵站の仕事になるんだろうか?

 戦の最中にそんな要求をするのがはばかれるなら、俺からユングに頼んでおこう。資材輸送の荷物の合間に詰め込んでくれるんじゃないかな。


 「この作戦が始まって半年以上になるからな。何か不足してるものがあれば遠慮なく言ってくれ!」

 「やはり、酒とタバコですかね……。女性兵士達は甘いものを欲しがる者もいますし、たまには新鮮な肉を食べたい等と言ってる者もおります」

 「と言うことは、リリックも食べたいと言う連中もいるな?」


 俺の言葉に、集まった連中が笑い声を上げる。

 ネコ族の連中は、あの魚に目が無いからな。


 そんな連中に別れを告げて、指揮所に戻ると直ぐにアテーナイ様に先程の話をしてみた。


 「確かに、婿殿の言う通りかも知れぬ。連戦での僅かな休息は次の戦の活力源でもあるのじゃ。パイプを使えぬとは不憫じゃな……」

 サラサラと紙に鉛筆を走らせて、通信兵に連合王国の総指揮所へ電文を送らせた。

 

 「兵を思うのであれば直ぐにも対策を考えよう。じゃが、その前に、次の飛行船で送って来るじゃろうな」

 

 そんな事を言いながら、ディーに周囲の状況を端末の仮想スクリーンに表示させて、様子をうかがっている。

 

 「サーシャがイオンクラフトで、適当に攻撃しているから、こちらには斥候すら放っておらぬようじゃな。全機を使わずに小出しにしておる」

 「ですが、直ぐ近くに大軍が迫っています」


 「それも、考えておるようじゃ。大軍と言っても、1日で増強される数は精々5万というところじゃろう。早速運んできておる」

 アテーナイ様がミーミルから移動してくる一段を指差した。

 

 「移動速度が遅すぎる。何かを運んでいるに違いない。サーシャが運ばせるなら大砲じゃ」

 

 俺も端末を取り出してミーミルの状況をサーマルモードで調査する。確かに、北部に並んでいた砲台周辺の動きが活発だ。南方の砲台にも動きが見える。となると、75mm砲を全てこの砦に移動することを考えてるってことか?


 「かなり、思い切りましたね。75mmを全て移動させるべく動いてます」

 「次の戦はこの砦が主役じゃ。ミーミルでは届かぬ大砲じゃが、ここでは十分に役に立つと思っておるのじゃろうな」


 まさか、105mmは移動してこないよな。

 そうなると、ミーミルの守りはイオンクラフトが頼りってことになりそうだぞ。

 確かに、虎口に機関銃を配置しておけば、ミーミルが陥落することはありえないだろうけど……。

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