R-036 アルガーの弱点は?
圧倒的な数の前には作戦等無意味になりかねない。
とは言っても、俺達の兵力は戦闘工兵3個大隊に30機の航空部隊と小型飛行船に空飛ぶバジュラだけだ。
折角、南に退けた悪魔軍が再びミーミルを囲むことになるだろうな。
押し寄せる敵兵を間引いても直ぐに100万単位に膨れ上がるだろう。その時に一斉にミーミルに押し寄せたならば、果たして俺達の兵力で防ぐことが出来るだろうか?
「バジュラでの突進。飛行船による爆撃にイオンクラフトでの攻撃という事になるのう……。シミュレーションではどうなるのじゃ?」
「現状で4割です。小型飛行船がもう1隻あれば5割を超えます」
「う~む。それでも10万が増えていくのじゃな。問題じゃのう」
リムちゃんの即答にサーシャちゃんが頭を抱えてる。
だが、急に2倍の兵力を進軍させることなど出来るのだろうか? 悪魔が人間を改造して作られたものなら、出生率が倍増したことになる。少しずつ増えるのなら理解は出来るが、急に2倍にすることなど不可能じゃないか? となれば……。
「さっきの倍増した悪魔軍を拡大してくれないか? ちょっと気になるんだ」
俺の言葉にリムちゃんが端末を操作して、数百km先の敵軍を捉えた。
先程よりも拡大した画像ではあるが、まだ足りないな。
「もっと、大きくしてくれないか? 画像が荒れても構わない」
スクリーンに映し出された動画が静止画像に変化する。その状態で荒れた画像を修正しながら拡大されていく。悪魔の目鼻立ちまでわかるようになった時、俺の疑問が的中した。
「何じゃ、こいつらは?」
サーシャちゃんの叫びが、この場にいた俺達の共通した感想に違いない。
前に突き出した口から覗く不揃いな牙。鼻は殆どなく穴だけが開いているし、顔の両端に離れた大きな目、その上太くて長い尾を持っている。
「DNAを調べなければ確定できませんが、ワニと人間のハイブリッドのようです。人よりはワニの形態をかなり残しているようですね」
遺伝子を操作したのだろうか?
過去に大規模な生物を生み出した、遺伝子改変ウイルスはすでに死に絶えたはずだ。
ユングが擬似科学と言っている魔石を応用した技術でも、このような生物を作ることは出来ない筈だ。半漁人を作ったユグドラシルならば近い形には出来るだろうが、彼等は半漁人を元に戻す為に努力している。
当時の科学では遺伝子工学はユグドラシルだけが突出していたように思える。バビロンは機械工学だからな。かつてのククルカンがどうであったか、今では知るすべもないが、ここまで生物を変える技術は持たなかったろう。
やはり、ルシファーの仕業と考えるべきだな。
「アキト、何か意見があるか? この姿を予想していたようじゃが……」
「意見というよりは、脅威だな。ディーが言ったようにワニに似ている。姿的にはリザル族やレイガル族に似ているようにも見えるけど、彼等は人間だ。だが、こいつらは爬虫類と人間の遺伝子を操って作られた怪物に違いない。ワニは卵生なんだ。数十の卵を産んで孵化させる。そしてすぐに大きくなる。悪魔を製造するよりも容易く多勢の兵士を作り上げることが可能だ」
ディーがバビロンのライブラリーからワニの映像をスクリーンで写しながら説明を始めた。
色々と問題が出てくるぞ。ワニの表皮は分厚くて丈夫だ。AK47がどれ程有効なのか分からないし、大陸を両断して悪魔軍の北上を阻止する為のヨルムンガンドは泳いで渡るぐらいの事はやりそうだ。
「ディー、姉貴に連絡してくれ。ひょっとして奴らをまだ知らないかもしれない」
「了解です」
スクリーンをすでに閉じたディーが俺に答えると、テーブルの一点をじっと見詰めている。すぐに、姉貴から何らかの策がやって来るだろう。
「ミーア、1匹捕まえてこれぬか?」
「死体でよければ簡単ですが……」
何か、過激な話を嬢ちゃん達が始めたぞ。
小声で3人が話していると、どうやら相談が纏まったらしく、ミーアちゃんとリムちゃんが出掛けて行った。本当に捕まえて来るつもりなんだろうか?
「ミズキ様からの返答です。敵の情報が不足しているとのことです。私に威力偵察の指示をされましたので出掛けてきます」
「そうなるだろうな。今、ミーアちゃん達も出掛けたようだから、向こうで同士撃ちをしないように連携してくれよ」
俺に小さく頷くとディーが指揮所を出て行く。
両者共に敵の調査になるようだから結果が楽しみだな。
「ミズキも敵を探るか……。我らの方が一歩進めたようじゃな」
サーシャちゃんがニコニコしながらお茶を飲んでいる。
とは言え、ディーの分析能力はかなり高い。油断は出来ないんじゃないかな。
その日の夕刻、ディーが戻って来た。
すでに、姉貴への連絡は終了しているとのことで、俺達にディーの偵察結果が仮想スクリーンを使用して行われる。
「これが新たな敵の全身映像です。ユング様がアルガーと名付けました。身体能力は悪魔を上回りますが、知能があるようには思えません。アリガーと共に進軍している悪魔の中の誰かが指示を出しているようにも思えます。
彼等の表皮も脅威になります。連合王国の標準的な革よろいよりも強靭です。MP-8用の強装弾では効果が期待できません」
「AK47ならば、どうにかってことか?」
「銃弾が鉄ですから、200mで5mmの軟鉄を撃ちぬきます。ですが、口径が小さいのが難点です」
ちょっと問題になりそうだな。AK47はまだしもグレネード弾の効果があまり得られないんじゃないか? 爆裂球や砲弾の被害半径も重要になりそうだ。
「ミーア達の帰還を待つ事にしようぞ。我等の調査も加味して考えれば良い」
そんな事を言ってるけど、何匹か持って来るって事だよな。危険は無いんだろうか?
だが、何時まで経ってもミーアちゃん達は戻ってこない。
心配している俺を見て、サーシャちゃんは微笑んでるんだよな。遅くなる理由が別にあるんだろうか?
出掛けたのは昼前だが、深夜になっても戻ってこないぞ。何か不足の事態が起こったのかも? と端末を取り出してバビロンに調査を依頼しようとした時、指揮所の扉が開いて、ミーアちゃん達が帰ってきた。
「遺体をユグドラシルに輸送しました。直ぐに調査を始めるようです。ユグドラシルに2体、ミーミルに3体を持ち込みました。今頃は銃弾の評価を始めていると思います」
「既に、始めているのか? レイニー、様子を見てこい!」
ザイレンさんの副官が直ぐに席を立って指揮所を出て行く。ミーアちゃん達が席に座ると、俺達に改めて当番兵がお茶を運んでくる。
「ごくろうじゃった。やはり現物で試すのが一番じゃろう。我等の武器がどれ位有効なのか分からぬのでは戦にならぬ」
「それはそうだが、俺にはディーの観察も気になるところだ。アルガーを悪魔が操るのであれば、悪魔を優先的に倒せば、その制御をしている者を殺す事も出来る筈だ。その時、アルガーはどうなるんだろう?」
制御出来なければ、停止するか、暴走するか、それとも最後の指示を最後まで遂行するのかの3つが考えられる。自動制御を安全に行なうならば停止という事になるんだが、ルシファーに安全という概念があるかどうかも疑問なところだ。
もし、停止あるいは暴走するなら、アルガーを制御している悪魔を倒すのも手ではある。
「フム。アキトの言う事も分かるつもりじゃ。それは悪魔の群れの中に他の悪魔と異なる特徴があれば容易じゃろう。ディーをバジュラに乗せて上空から確認すれば良いじゃろう。分析眼はリムも持っておる。2人で行なえば結果も早く出るじゃろう」
リムちゃんもナノマシン集合体なんだよな。ディーほどの性能が無くとも、違う目で確認するというのは良いかもしれない。
そんな感じで、俺達の調査が進む。まだ、距離は遠いから確認できる事はやっておいた方が作戦立案には好都合だ。
姉貴達も調査をしているのだろうか?
意外と、サーシャちゃんに下駄を預けてるかも知れないな。どちらかと言うと次の作戦の詳細を検討してるような気がするぞ。
アルガーを確認してから3日目、かなりの情報を俺達は集めることが出来た。
一番の出来事は、制御を離れたアルガーは暴走することだ。このため、全てのアルガーを1人の悪魔が制御する事はしないで、精々5匹のアルガーを操っているらしい。そして、アルガーを操る悪魔には他の悪魔よりも大きな角がある。1.5倍ほど大きいから結構目立つらしいが、集団で動いていると目立たないらしい。
アルガーの皮膚はMP-8の強装弾では皮膚で食い止められてしまうが、AK47の銃弾は皮膚を貫通出来るようだ。但し200m距離を取るとその皮膚を破れはするが、体内を損傷する事は出来無いらしい。グレネード弾は役に立たないが、鎖を巻いた爆裂球なら損傷を与える事が出来るようだ。
「なるほどのう……。不死身とは言えぬか。じゃが、面倒な相手じゃ」
「熱にもある程度耐性があるようです」
「で、現在はミーミルよりも200km先じゃな。バジュラと飛行船で攻撃は継続じゃ。通常爆弾をたっぷり見舞ってやれ。上手く行けば制御する悪魔を倒せるじゃろう。爆撃後の状況をこちらで確認すればよい」
「ミーミルの南西については?」
「イオンクラフト20機で攻撃を継続じゃ。105mm砲の射程外では、イオンクラフトを使う他はない。戦闘工兵は引き続き柵の延長じゃ。1個大隊で作業を行い、2個大隊はいつでも敵を撃てるように近くで待機させよ。交替で作業をすれば捗るじゃろう。イオンクラフト10機はミーミルに待機じゃ。5機には常に人を乗せて、飛び立てるようにせよ!」
柵で、行く手を阻むという基本は変えないようだな。
大軍の進行については消極的なようにも思えるが、現状での攻撃手段が限られている以上、やる事はそれ程無い。明日以降はイオンクラフトの攻撃も視野に入れているんだろうけどね。
サーシャちゃんの指示に従い、各部隊がミーミルから移動して1時間後、通信室から爆撃開始の連絡が入る。
指揮所に残った数人は、サーシャちゃんが部屋の壁に展開した仮想スクリーンの画像を見守った。
隊列に沿って爆弾が炸裂していく。使っているのは50kgの爆弾だ。数を落とせとのサーシャちゃんの指示で炸裂弾は50kgを用いているらしい。
「ん? ……暴走しておるぞ」
スクリーンの画像が拡大すると、アルガーが悪魔や他のアルガーに攻撃している。直ぐに鎮圧されているようだが、足並みは乱れている。
悪魔を叩けば、アルガーを押さえる以上の効果が出るようだ。




