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R-035 西に向かって柵は伸びる


 西の隠匿拠点であるギムレーから5日おきに木材が運ばれてくる。それを使ってミーミルから西の湿地帯に向けて真っ直ぐに柵が戦闘工兵によって作られ始めた。

 1日で100m以上伸びているから、すでに2km近くに達している。

 柵の設置により、悪魔軍のミーミル攻撃にも変化が生じた。南の斜路に押し寄せる数に変化はみられないが、北の斜路に押し寄せる敵軍の数は明らかに減っている。最初と比べれば半減以下になっているんじゃないか? バジュラで敵軍の障害を作るまでもなく、75mm砲の砲撃とイオンクラフトで十分に戦闘工兵の退路を確保できる。

 

 そんなある日の事。連合王国の作戦指揮所から連絡が届いた。

 通信兵が持ってきた電文を、サーシャちゃんが難かしい顔をして読んでいる。

 電文をザイレンさんに手渡すと、彼の表情が固まった。

 

 「ガラネスがカルート兵を派遣するそうじゃ。カルート兵2個中隊に正規軍を2個中隊を送ると言っておる。悪魔軍の港を拠点に周囲に散った悪魔達を狩るつもりじゃな」

 「そうなると、飛行船による輸送が滞ります。まだミーミルの周囲には30万を超える敵兵がいるのですぞ!」

 

 素早く、リムちゃんが端末を操作して、4つ目のスクリーンを展開した。

 画面を移動させて、連合王国の港を写し出す。


 「これは、アトレイムの港ですね。商船が6隻……。そういうことですか」

 「将来的には1個師団を超える兵力をこちらに移動させることを視野に入れておる以上、船団による兵力の移動は遅かれ早かれ実施せざるを得ない筈じゃ。悪魔軍の港は壊滅しておるから確かに、良い頃合ではあるのう」

 

 商船であれば1隻に200t近い物資を積載できる。1200tの積み荷は兵士以外にも大砲等を積むには十分だろうな。

 小さな砦を作って、そこを拠点に周囲の悪魔を駆逐するつもりなんだろう。

 

 「かなり叩いてはおるが、依然として100万はおるじゃろう。集結すれば飲み込まれそうじゃ。もう1つの課題が出来たという事じゃな」

 確かに北の悪魔軍は連携した動きをしていない。船を作って東に移動することだけを考えているようにも思える。だが、何時までもそうなのだろうか? 突然に連携して襲ってきたら、全部で1個大隊では簡単に潰されそうだ。


 「これで、スクリーンが1つ増えるのう。我等が対応出来るのはバジュラと飛行船のみじゃ。万が一を想定せねばなるまい」


 サーシャちゃん的には少し早いと読んだようだ。だが、これは姉貴にも知らせてある筈。ギムレーが何も言ってこないとなれば、姉貴は十分対応できると読んでいるに違いない。それとも、サーシャちゃんに丸投げしたのかな?


 「まあ、文句を言っても始まらぬ。ガラネスが決断したのならそれに従うまでじゃ。船団がこの大陸に到着した時点を持って、バジュラと飛行船による攻撃を近場に限定する。それまでは、悪魔軍の進軍を徹底的に叩く事にしようぞ」


 サーシャちゃんにしてみれば余計なことかも知れないけど、一応対策は考えているようだ。出来ればもう1隻飛行船があればいいんだが、小型飛行船は北東の悪魔軍への爆撃に全て使われているからな。

 

 「現在順調に、柵作りは進んでおりますが、このまま進めても良いのでしょうか?」

 「もちろんじゃ。75mm砲弾が届かぬ位置になった時が問題じゃが、足止め策はいろいろとある。戦闘工兵の工事はこのままで良い。

 105mm砲のお蔭で、当初よりミーミルを囲む敵軍の陣が西に後退しておる。更に後退させるべく砲撃とイオンクラフトによる爆撃は継続じゃな」


 サーシャちゃんの当座の作戦に変更が無い事を確認した隊長達が部隊に帰って行く。残ったのはリオン湖の別荘で暮らした5人とザイレンさんに副官だ。

 これからが、難解なサーシャちゃんの長期的な作戦会議になる。


 「次のヴィーグリーズを始めるには、ミーミルの状況が重要になる。ミーミル以北から悪魔軍を駆逐することが大前提じゃが、同時に北への侵攻が不可能であることも条件の一つじゃ。そして、今度は面倒な対応作戦を練らねばなるまい。ミズキならば西の進軍ルートを途絶させるのは容易じゃろう。だが、それを行えば進軍する悪魔軍が全てこちらに向かうことになる」

 

 「あの柵にはその意図があるのですか?」

 「所詮足止めに過ぎぬ。じゃが、その間に敵を倒すことも可能じゃ。丈夫に作ればその分我等に勝機が訪れよう」


 サーシャちゃんなりに深い読みがあったようだ。だけど迷惑な話ではあるな。

 10万の進軍を停めるのは至難の業だぞ。

 

 「それで、リムの方は良い案が出来たのか?」

 「やはり、機動運用となると、昔程の機動は出来ません。ガルパス3匹で曳くとしても、105mm砲、75mm砲ともに人の走る速度ぐらいです」

 

 リムちゃんがバッグから端末を取出して、仮想スクリーンに画像を表示する。

 荷車に大砲を積むようだ。75mm砲は荷台を長めにして2門を積んでいる。


 「両者共に、移動時には発射出来ません。車輪を取外して発射することになります」

 「何時、運ばれるのじゃ?」

 「次の次で、5台分を予定してます」


 大型飛行船の便なんだろうな。それでも10日後には運ばれて来るようだ。

 柵の北で用いるのだろう。

 トロッコ用の鉄道が引ければ役だつのだろうが、攻勢用だからな。ちょっとした自走砲的な運用が期待できそうだ。

 サーシャちゃんのことだから、最終的には全ての大砲を移動できるようにするのだろう。

 

 「となると、当面はやはり柵の北に戦力を集中せねばなるまい。南は陽動、上手く斜路に誘い込んで殲滅を繰返すことになるのう……」

 カニの餌ってことだな。何時の間にか渚から離れなくなってるぞ。

 

 「だけど、ミーミルから下りても大丈夫なのかい?」

 「あまり危険はなかろうな。北に進む悪魔軍の軍列とは、だいぶ距離が離れておる。北にガラネスが部隊を送り込んでも背走して我等を背後から襲うとも思えぬ。爆撃で散じた連中が南を目指すことも無かろう。奴らの洗脳の深さが災いしておるな。しいていえば、奴等が大きく西を廻って本来の進軍コースに戻ることが考えられるのじゃが……。何故かそんな動きはないのう?」


 「ああ、それは理由があるんだ。ちょっと待ってくれよ」

 今度は俺が端末を取出して、ユング達のファイルを開く。

 「これだ。このタグが原因らしい」

 

 「待て、これは少し大きくないか?」

 皆が驚いて画像を見ている。タグの隣の人物シルエットの2倍の大きさだからな。


 「そうだ。これが中央の平原地帯に生息しているようだ。その他にも変わった奴がいるけど、ユングの話では悪魔軍が中央を通らない最大の理由がこのタグにあると言ってたな」

 「我等にとっても問題じゃ。ミーア。明日の帰りにでも西を調査してほしい。リム、フラウと連絡を取って、分かる範囲で獣の生息箇所と種類を確認するのじゃ」


 もっと早く言え! という目で俺を見てるけど、それ位は気付いて欲しいな。姉貴に連絡すれば詳しく教えてくれると思うんだけど、フラウに連絡するというのが、姉貴をライバル視しているようでおかしくなる。

                  ・

                  ・

                  ・


 俺達が順調に柵を西に伸ばしている時、連合王国の指揮所からこの大陸北部にカルート兵達を上陸させたと連絡が入った。

 直ぐに、仮想スクリーンで様子を見ると、大きな桟橋を拠点にして内陸に向かって扇形になるように盾で柵を作っている。その先20m程の場所には木製の移動式の柵を並べているから、千程度の敵兵の攻撃には容易に対処出来るだろうし、港周辺で千程の敵兵の群れは皆無だ。

 扇形の内側には、組立て式の兵舎が建ち始めているし、分隊規模の兵士が周囲に分散して配置されているようだ。75mm砲も数門が確認できる。港には荷卸待ちの商船がまだ3隻停泊している。


 これで、万が一のためにバジュラと飛行船を長距離爆撃に使えなくなってしまった。イオンクラフトの一団を使って、100km先程度の爆撃になってしまうな。

 

 「前に話した通りじゃ。バジュラと飛行船は万が一のために遠方爆撃は控える。狙いは、悪魔軍の北じゃ。徹底的に攻撃せよ。戦闘工兵の1個大隊は柵作りの横に布陣せよ。イオンクラフト20機は待機じゃ。南の攻勢があれば直ぐに出動じゃ。10機は今まで通り、奴らの陣を適当に間引きすれば良い」


 柵作りの木材は、相変わらず5日おきに運ばれてくる。

 杭を打たずに現場で組み立てる柵も作られているが、まだ荒地で組み立ててはいない。たぶん、湖の西で多用するつもりなんだろうな。

 ミーミルが浮上して2ヶ月が経った今では、悪魔軍の陣形が馬蹄形から楕円形に姿を変えている。それもミーミルから見て南西方向だ。

 この状態で、大陸北東部の悪魔を殲滅できればナグルファル作戦は終了になるのだが、もう少し掛かりそうだな。それに、ミーミルの南西部の悪魔軍が増えればしゃれにならないからな。


 「後、一ヶ月が山になるじゃろうな。ミーミルの兵力も増えるじゃろう。我としては更に75mm砲が欲しいところじゃが……」

 それは理解出来るが、姉貴の方も欲しがってるだろうな。

 南進するには敵を圧倒する砲撃が必要だ。爆撃だと散開されてしまって有効的ではないようだ。それでも継続すればある程度は数を減らせる。

 機銃掃射も有効だが、円盤弾装では60発である事が問題だ。200発は欲しいが、そうなるとベルト給弾方式となるらしい。

 精密加工が難かしい世界だからそこまではユングも手を出しかねているようだ。

 

 そんな状況ではあるが、確実に柵は西へと伸びている。

 ついに、柵が湿地帯に入り込んでもサーシャちゃんは柵を伸ばす指示を出した。

 歩けるのなら、奴らは侵入出来ると檄を飛ばしていたから、かなり慎重に考えているようだ。

 最も、杭を打つ事が出来ないので、組立て式の柵を並べて丸太で繋げているようだ。

 柵の直ぐ南には深さ1m程の空堀があり。更に南には2段に地雷が仕掛けられた。

 この辺りの作業は戦闘工兵の兵科通りだから何の問題もない。

 この後は、湖の北に陣を移して、更に西へ柵を伸ばして行けば良い。

 

 次の作戦指示をサーシャちゃんが悩んでいる時、ギムレーから緊急連絡が入った。

 兵士の渡す紙片を受取ったサーシャちゃんの顔色が、みるみる変わっていく。

 

 「何じゃと! 大至急、大隊長を集めよ。北進してくる悪魔軍の数が2倍に増えたようじゃ」

 ミーアちゃんが端末を操作して北上する敵軍を辿っていくと、明らかに敵兵の行軍する帯が膨らんでいる。

 「距離は数百kmほどですね。ミーミルまでの到達に10日は掛かるでしょう」

 荒地を進む黒い帯を、俺達は無言で眺めていた。

 

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