R-034 溝を掘る手段
75mm砲弾の炸裂が始まったところで、バジュラは高度を上げる。俺達の代わりにイオンクラフトが戦闘工兵の援護を始めた。
最後の1人がガルパスで斜路を駆け上るのを見届けて、ミーミルに戻った。
俺を下ろしたバジュラは2人を乗せたまま、海上に去って行く。
あれだけ血にまみれているから、海水で軽く洗うんだろうな。
激戦が予想される、北の斜路に歩いて行く。
既に戦闘工兵はガルパスから降りて、断崖の上に待機している。手には爆裂球を持っているから、あれを投げるんだろうな。既にグレネードランチャーが発射され始めている。かなり近くまで上ってきているようだ。
爆弾を補充しに、イオンクラフトが俺の頭上を飛びすぎて、発着場に向かって行く。
斜路の虎口は戦闘工兵がびっしりと取り付いている。
マガジンの全弾を撃ち尽くした兵士が後列の兵士と場所を変えて、マガジンを交換する姿があちこちで見ることができる。
銃声と炸裂音が辺りに満ちて、話し声も聞こえないくらいだが、統制は取れているようだ。
そんな中、今までとは異なる砲声が近くで聞こえた。
それまでの銃声が嘘のように静まっていく。
何を使ったんだ? 俺は急いで砲声の音が聞こえた方向に走って行った。
そこにあったのは旧式の大砲だ。スマトル戦で使ったような代物だぞ。
「この場の指揮官は誰だ!」
俺の大声に走ってきたのはネコ族の青年だった。
「私が指揮を執っている、リブロムです。階級は中尉で2つの小隊を指揮しています」
「アキトだ。さっきの砲声は?」
「お噂はかねがね……。ブドウ弾を使いました。旧式ですが、防戦には最適です」
そう言って、見せてくれたものは先込式の大砲だ。よくもこんなのを持ってきたなと感心してしまう。
斜路に2門を並べて放てば、敵兵をなぎ倒してしまう。100m程先に壁のようになって死体が重なっているぞ。
しばらくは、このままになりそうだな。
「頑張ってくれよ。しばらく続きそうだからな」
俺の言葉に最敬礼で答えてくれた。
北の斜路はだいじょうぶみたいだな。一旦、指揮所に戻ってみるか……。
指揮所には、既にミーアちゃん達が戻っていた。
数人でサーシャちゃんが眺めている3つの仮想スクリーンをジッと見ている。
「ごくろうじゃった。だいぶ数を減らすことができたぞ。これで敵軍の数が前に戻るには10日は掛かるじゃろう」
テーブルに着いた俺に、顔を向けて労ってくれる。
南の斜路にはディーが行っているみたいだな。レールガンの一撃ならばブドウ弾と同じように斜路の敵兵を一掃できるだろう。となれば、明日はカニも忙しくなりそうだ。
「これを見るがいい。やはり、あのサメは凶暴じゃな。陸上にまで這い上がって敵兵をむさぼっておる」
北の斜路の末端は既に波に洗われている。幾ら悪魔軍が見境ないと言ってもサメの群れの中を通って斜路にたどり着こうとは思っていないらしい。少しずつ囲みがみーミルから離れて行く。
南の斜路付近でも、斜路のある場所に向かって沢山のカニが海から姿を現し始めた。
今日の攻勢はこれで終了になるのかな?
「75mm砲の射撃は継続じゃ。撃てばそれだけ数が減る。105mm砲は敵の集団を狙え。場所は……この辺りに集中じゃ。イオンクラフト部隊は1時間休憩後に、再度攻撃じゃ。飛行船は進軍の分岐路から南を爆撃せよ」
弾丸が届く限り作戦は継続ってことかな。後、3時間は続きそうだな。
改めて、ミーミルを囲む悪魔軍の陣形を眺める。馬蹄形が少し崩れて、密集した箇所が少なくなっている感じがするな。かといって、散開している分けではない。2割には満たなかったということだろうか?
だとしても、10万を超えているはずだ。それを補充する悪魔軍の兵士は途中で
バジュラと飛行船による洗礼を受けている。サーシャちゃんの言う、10日ぐらいという数字はそれを見てのことだろう。
やはり、もう1隻欲しいところだ。南からの増援を早い段階で半減させねば、ナグルファルが終了出来ないんじゃないか?
「ミズキが、大型飛行船を帰りにここに寄らせると言ってきおった。確かに北東部の戦は仕上げの段階ではあるようじゃ。我々も、ナグルファルの終わりを見据えた作戦を立てねばなるまい」
確か、ミーミルまで敵を下げるのが目標じゃなかったか? それなら、現状維持でも十分じゃないか。
「サーシャちゃん。姉貴の話だと、ナグルファルの終わりはミーミル以北の悪魔軍の駆逐にあるはずだ。既に、北に向かう悪魔軍はここで足止め状態だ。この状態を維持することで、ナグルファルは終わりになるんじゃないか?」
俺に向かってにこりとサーシャちゃんが笑いかけてきた。周りの連中も俺を見ているぞ。
「確かにアキトの言う通りなのじゃが……。どうせなら、次の作戦開始をし易くしようと思うてのう。この地図を見よ。ミーミルの西には小さな湖と湿地がある。これだけでも十分な要害じゃが、我等の拠点であるミーミルとこの湿地の間に柵を設ける。更に湖の西にも柵を設ければ、湖の北に1個師団を駐留出来ようぞ」
「出来るでしょうか?」
ザイレンさんが真剣な表情でサーシャちゃんに迫る。かなり危険なことになりそうだからな。ザイレンさんとしても部下を失うことは避けたいに違いない。
「何も一度に作る訳ではない。先ずは沼地までの柵を作る。湖の西はそれからじゃ。
こんな風にな……」
地図に赤鉛筆で線を引く。その線だけで、10km以上はあるぞ。
「先ずは溝を掘ることになろう。土砂は北側に集めれば土塁が出来よう。その土塁の上に柵を作るのじゃ。1個大隊が溝を掘り、2個大隊が援護する。今後は敵まで攻めずに、この工事を優先するのじゃ」
こっちから誘わなければ、敵も極端な行動には走らないかもしれない。まあ、やってみない事には分からないけどね。
「飛行船には北進する敵の削減を引続き当ってもらわねばなるまい。イオンクラフトは10機を南に、20機を北に配置して徹底的に、北側を叩くのじゃ。
105mm砲は優先して南の敵全面を叩くのじゃ。向かって来ようとする敵兵の出鼻を挫け! さらにじゃ、北のイオンクラフトは100kg爆弾を使って、この場所を明日から爆撃せよ。溝堀作業が少しははかどるじゃろう」
ヴィーグリーズ作戦の終点をミニチュアで行うことになるのか?
爆撃で穴掘りとは姉貴と同じ考えだな。まあ、先の作戦を見据える上では良い実験になるのかもしれない。
「そこまでお考えですか……。全体が理解できました」
「始めの10M(1.5km)が肝心じゃ。それが出来ると虎口に押し寄せる敵が2分化出来る。ミーミルの周囲でうろつかれる事がなくなるじゃろう。それまでは、この場所にバジュラを留め置く」
敵の鼻先に置くのか? 確かに悪魔軍にバジュラを破壊することは出来ないだろうが……。
サーシャちゃんの作戦伝達が終ると、各隊長達が自分達の部隊に帰って行く。
当番兵が入れてくれたコーヒーを飲みながらタバコに火を点けた。
今日の戦は、これまでのようだ。明日からは荒地に下りる準備になるって事だよな。
「ところで、次の作戦の終点をミズキはどの様に考えておるのじゃろうか? 横に広がった集団で来られた場合は、こちらは少数じゃ。簡単に飲み込まれると思うのじゃが……」
「サーシャちゃんと似た事を考えてるよ。この辺りに溝を掘って、東西の海に繋げるそうだ。海の干満の差はかなり大きい。小さな溝も将来は大きな海峡になるだろうな」
「大型爆弾で仕上げるつもりじゃな。さすがはミズキじゃ……」
上手く行けばいいんだけどね。その辺りは、フラウ達が計算しているんだろうな。
ひょっとして地中にある程度貫通して炸裂するタイプを作ろうとしているのかもしれない……。
待てよ、南大陸の攻撃を地中貫通型の爆弾で行うつもりじゃないだろうな。
ヨルムンガンドは、その為の実験を兼ねてるんじゃないだろうか? 姉貴ならやりかねないな。
端末でユングに、『バンカーバスターの開発状況は?』とメールを送ってみた。どんな返事が来るかちょっと楽しみだな。
大陸北東部の状況を仮想スクリーンで眺めていると、端末にメール着信の表示が出た。
送り主はユングだな。すぐに開いてみると思った通りの内容だった。
『良く俺達がバンカーバスターを設計しているのが分かったな。南部の攻略はこれが必要だ。中々上手くいかないが200kg爆弾で試験をしている。現在地中5m程までがいいところだ。ミズキさんの要求だと10mだから、構造を変えなくちゃダメかもしれない。今は西の堤防跡でそんな試験をしているよ。ミーミルは守りに適した場所だ。無理はするんじゃないぞ!』
長いメールからは、嬉しそうに実験しているユング達が思い浮かぶのだが、やはり姉貴はバンカーバスターを考えていたか……。
だが、現状の開発状況を見ると、溝堀には丁度都合が良さそうだ。
狙いは南の大陸だが、バンカーバスターの開発途中の製品でヨルムンガンドを作るつもりだな。
「サーシャちゃん。姉貴は地中で爆発する爆弾を作らせているようだよ」
「ん? ……たぶん、これじゃな。通常爆弾ではそれ程深くは掘れぬ。なるほどのう。西の進撃路の仕掛けも似ておるな。我も少しはミズキに近づけたかのう……」
いや、近付かない方が良いぞ。斜め向こうの作戦では、士官達が苦労するだけだ。相手が軍略を考えないなら、正攻法が一番良いと思うんだけどね。
「少し早めて、今晩から行ないますか?」
ミーアちゃんが水を向ける。
「そうじゃな。バジュラの単独行動なら問題あるまい。リムも一緒に頼むぞ」
そう言って3人で地図を睨んで話を始めた。
さっきの話だと、ミーアちゃん達は戦闘工兵が作業をしている間、敵軍に睨みを利かせるのが役目だ。
ミーアちゃんが今夜といった意味が不明だな。
昔からああやって3人で作戦を練っていたんだろう。まあ、まとまったら教えてもらおう。
その夜、ミーアちゃん達を乗せてバジュラが飛立つ。それ程遠くに行かずに直ぐにミーミルに戻ってきたかと思うと、断崖の基部から西に向かってバジュラの荷粒子砲の炎が伸びていった。何度も、何度も炎が西に向かって伸びる。
そういうことか。
サーシャちゃん達は荷粒子砲の砲撃エナジーで、大地に溝を掘るつもりのようだ。




