R-030 斜路の攻防
俺達は、盾を並べ終えて塹壕を掘っている最中だが、12時になったところで休憩に入る。
焚き火を作ってお茶を沸かし、皆で一服というところだが、戦況の方も気になるところだ。
「もう直ぐ、飛行船が帰って来るそうです。発着場に爆弾を準備するよう、指揮所が指示を出しています」
「最初の攻撃は失敗だったのでしょうか?」
通信兵が通信機からもたらさせる情報を皆に聞かせている。再度攻撃の意味をアドネスが俺に訊ねてきた。周囲の虎族の連中も興味深く俺を見ているぞ。
「いや、今までと違って積極的に攻撃を始めるってことだ。イオンクラフトと違って飛行船の稼働時間は長いからね。たぶん今日はずっと続けると思うな。イオンクラフトも直ぐに戻ってくるに違いない。戦闘工兵の護衛なら半数で十分だからね」
「我々が戦闘を開始するのは?」
「早くて夕暮れ時じゃないかな。悪魔軍は歩兵だからね。ここまで来るのに半日は掛かりそうだ」
夕暮れに戦闘が始まれば良いが、場合によっては夜戦になるぞ。そうなったら、敵の航空部隊が厄介になる。簡単なトーチカを作りたいところだな。
盾を使って作ってみるか。『メルダム』の炎を少しでも防げればそれだけ被害を防げるからな。
休憩を終えるとそれぞれ手分けをして塹壕と簡単なトーチカそれに休息場所を掘って上に盾を載せて土を分厚く被せた。盾と土の間には布を敷いてあるから、上から土が零れ落ちる心配は無いし、雨だって十分に防げる。
最後にトーチカの出来上がりを見たが、板で囲って土で覆っただけだから、『メルダム』を連発されたらヤバそうだ。
だけど、1発程度なら十分に防げるだろう。真直ぐ西に向かう斜路を睨んでいるから、ここに10人程置いておけば良いだろう。機関銃があれば良いんだが、生憎と俺達の小隊は持っていないらしい。
虎口に丸太を組み合わせて移動できる柵を2つ作る。これを斜路運べば悪魔軍の足止めが出来る。そこを3方向から狙えば少ない人数で守りきれるだろう。
どうにか終えたところに、戦闘工兵の帰還を知らせる通信が届いた。
まだ、夕暮れには早いな。
休息所の小さな焚き火の傍で端末を使って仮想スクリーンを展開する。素早く戦場に画像を切り替えると、亀兵隊を追う悪魔軍がまるでアメーバの触手のように映し出された。至る所で炎が上がっている。100kgのナパーム弾の炎は中々消えないようだ。
悪魔軍が集結を始めると、イオンクラフトがそこに爆弾を落としている。周囲を旋回しているように見えるのは機銃で掃射しているに違いない。
そんな中、バジュラが地上数mに浮かびながら戦場を動き回っている。今日は回転していないなと見ていると、甲羅の上に2人が乗っているみたいだ。
拡大すると、やはりミーアちゃんとリムちゃんだな。あの位置ならば地上から攻撃は受けないし、『メルダム』の火炎弾を避ける事も出来るだろう。
あの速度で駆けていれば、2時間も掛からずにこの砦にやってくるに違いない。やはり戦闘は夜になりそうだな。
アドネス達に夜戦になる事を伝えて、早目の夕食を取らせる事にする。照明用の光球を作れる者を何人か斜路の付近に待機させ、擬装用の焚き火と予備の衣服で簡単な人形も作らせる事にした。
「パイプを使う連中には特に注意してくれ。艤装用の焚き火の傍で吸うか、頭上に多いのある場所で吸うんだ。爆裂球とグレネード弾も十分だな?」
「だいじょうぶです。全員AK47の30連カートリッジが4本入るポーチを腰に付けていますし、荷物用バッグの魔法の袋には6本入っています。その上、予備としてカートリッジ12本入りの木箱を10個運んであります。爆裂球は1人5個に予備が200個。グレネード弾200個でランチャーを10丁用意しています。斜路を真直ぐ狙えるトーチカに配備していますから、いつでも戦えます」
「部隊の配置は?」
「南の張り出し部に第1分隊、斜路の正面のトーチカに第2分隊、虎口に第3分隊を配備します。第4分隊は第2分隊の頭上から攻撃しますが、必要に応じて、他の分隊に合流させるつもりです」
第4分隊を予備として使うって事だな。
「俺は南の突出部で指揮を執る。アドネスはトーチカ内で、フレッダーは虎口を頼む。悪魔軍は数が多いからな、可能な限り爆裂球を持たせてくれ」
俺の言葉に2人が頷いた。
夕食は、干し肉と乾燥野菜のスープに黒パンだ。これが最後の晩餐にならないように頑張ろう。
食事を終えてお茶を飲んでいると、砲撃の音が聞こえてきた。
「攻撃部隊が帰ってきます!」
斜路の見張りが駆け込んできて教えてくれた。
「後、1時間後には戦闘の最中だぞ。もうすぐ日も暮れる。必ず1人は空を見張らせろ。アドネスは日が落ちたら直ぐに光球を斜路に数個作ってくれ」
「ここまではサーシャ様の思惑通りですね。連合王国最大の軍略家だと聞いていますから安心です」
「確かに優れた軍略家だ。だけど、ちょっと問題がある事も確かなんだ。かなり俺達が苦労する。でも、結果はサーシャちゃんの作戦通りなんだよね」
「だいじょうぶです。あのスマトル戦の本は何度も読み返しました。サーシャ様の指揮の下で戦えるなら、後世に誇る事が出来ますよ」
そんな事を言って、フレッダーが喜んでるけど、……苦労するんだぞ。
そろそろ出番になるだろう。
俺達は焚き火の傍を離れて、3方に分かれた。
南の突出部には第1分隊の10人の虎族の兵士が揃っている。俺に気が付いて1人が近付いてくる。
「分隊長のヤーモンです。ここが一番眺めが良いですね。現在、出撃した第1大隊の帰還が続いています」
地鳴りにしては小さすぎる振動が続いているのはそのせいなんだろう。
見る限りにおいて負傷者はいないようだ。
「西に5人、南に5人配置しました。マガジン2つ消費したら交替させます」
バレルを冷やすって事だな。それで十分だ。
「俺もここで迎え撃つよ。ところで敵の航空部隊がやってきたら?」
「アキト殿の少し後ろに見える盾が塹壕の入口です。その中に逃げ込みますから心配ありません」
近寄って盾を退けると、左右に塹壕が続いている。これなら十分だろう。
「第1大隊の帰還が完了しました。斜路から2M(300m)の所まで第2大隊が近づいています」
西を監視していた兵士が大声で教えてくれた。
端末で位置を確認してみると、ミーミルにかなり悪魔軍が近付いている。後ろが食われそうだなと見ていると、ナパーム弾が2つ悪魔軍の鼻先で炸裂した。
西を見ると、黄昏の風景の中で紅蓮の炎が上がっている。3kmもないんじゃないか?
そんな所に兵士が駆け込んできて、俺に紙片を渡してくれた。
サーシャちゃんからか? 紙片を開くと……。
『テーバイの10倍!』とだけ書かれてる。ってことは?
5千の10倍ってことだよな……。だいじょうぶなのか? いくら地形が味方をしてくれるといっても、限度ってものがある。
「アドネスとフレッダーに伝えるんだ。『これからとんでもない戦が始まる。予備のカートリッジをベルトに挟んでおけ!』ってな。お前も最後まであきらめるんじゃないぞ!」
伝令の兵士はまだ少年に見える。俺の言葉を聞くと直ぐに走って行った。
こんな事になるんじゃないかと思ってたけど、やはりこうなったか。
思わず西を眺める。ナパーム弾の炎がだいぶ近付いてきた。斜路を戦闘工兵を乗せたガルパスが長蛇の列をなして駆け上がってくる。
俺達の上を、爆弾を新に搭載したイオンクラフトが通り過ぎていく。
「どうやら全ての戦闘工兵が斜路にたどり着いたようです。いよいよですね」
「ああ、それだけど、ちょっと相手が多いみたいだ。いくら相手が多くても、この斜路を上ってくる人員は限られている。近付いたら一斉に撃ち込め! ヤーモンの合図に任せるぞ」
「それはありがたいですが、事前に距離2M(300m)の場所に目印が書いてあります。そこを過ぎたら一斉に射撃を開始し増す。同じく、1M(150m)の目印を越えたらグレネード、更に近付いて150D(45m)の距離で爆裂球です」
なるほど、距離と使用する武器の選定はそれで十分だろう。
艤装用の焚き火に近付いてタバコに火を点ける。俺は始まってからで十分だな。
一服を終えて持ち場に戻ると、薄暗い闇の中に5つの光球が斜路に沿って浮かんでいた。ナパーム弾は殆どミーミルの断崖真近くで周囲に炎を撒き散らしている。
その炎に照らされて黒い集団が斜路を登り始めたのが見えた。
マガジンポーチから、マガジンを1本取り出してベルトに挟んでおく。
2機のイオンクラフトが岸壁に近付くと、悪魔軍を掃射しているが、その位置が段々と近付いてくるぞ。
断崖の下に落とされたナパーム弾の炎に照らされて黒々と悪魔軍が浮かび上がる。双眼鏡を使わずに、棍棒を振り上げながら殺到する姿がはっきりと見える。
突然、周囲の一斉射撃が始まった。斜路をかなり上ってきているようだ。
確か100D(300m)と言ってたからな。
背中のAK47を下ろして両手に持つ。右の小さなレバーを引けば初弾が装填される。セーフティをシングルに移動させれば、後はトリガーを引くだけだ。
西に並んだ盾の銃眼を1つ空けると、銃眼を覗く。
まるで蛇が斜面を登って来るように、悪魔軍がうねりながら押し寄せてくる。
一斉に射撃をしているのだがそれ程倒しているとは思えないぞ。
先頭の悪魔の額にある角が見えた時、グレネード弾が炸裂した。次々とグレネード弾が炸裂する中を、悪魔達が倒れた連中を踏みつけながら迫ってくる。ついに爆裂球が投げられる。
こんなんじゃ止められないぞ!
そう思って、ポケットから取り出した爆裂球を革袋に入れて即席の集束爆弾を作っていると、俺達の直ぐ近くにイオンクラフトがやってきて、斜面に機関銃を乱射していく。
数十m近く、悪魔達を倒してくれたので、俺達の狙う敵兵が一瞬途絶えた。
その間に、マガジンを補充して増援を呼ぶ。
10秒程突撃が止んだだけだが、それは貴重な10秒だ。
その間に、俺の隣に数人の男達が集まり、銃を構える。




