R-003 反攻は何時になる
ネウサナトラム特区のリオン湖畔に建てられた、モスレム王族の別邸にほど近い場所に大きな会議場がある。
一月半ばの今日。会議場には連合王国の各王族の代表者と正規軍を指揮する総指揮官、王宮の出入り商人達で結成されたブラザーズフォーの代表者、それに王族の人材発掘機関と慈善事業の集まりから発展した商会の代表者が、今では数が減ったハンターの頂点に立つ俺達を交えて今後の展望を話し合っていた。
「……以上が、今年の計画となります。今年の祭りはサーミストの海釣り大会。それにテーバイの運河レースになります。最後に連合王国の国民は100万人を超えました。限られた版図ではありますが、まだまだ発展する余地があります」
商会の代表者が今年の議長だ。若干23歳の才媛で、名をリンドネアと言っていたな。遠くアリスの血を引く家系だが、商会は家系よりも能力を重視する。益々商会の連合王国への寄与は確かなものになっているようだ。
そんな彼女は、今年の連合王国の事業計画が了承されたことで、ほっとした表情を見せている。
数人の女性がお茶を持って入って来た。
これからは、雑談になるようだな。数人の男達がパイプを取出して火を点けた。
「ところで、反攻計画のほうは、どうなっておりますかな? それによっては資材の備蓄を始めなければなりません」
俺に聞いてきたのは、ブラザーフォーの筆頭、レブナンだ。凝った彫刻が施された銀のパイプを咥えて俺を見ている。
「まだ国力が足りません。敵軍の総数は1億を超えています。我等の100倍以上ですよ。総力戦を考えても銃を取れる人員は30万程度でしょう。そうなれば連合王国の国民の暮らしに支障が出て来ます」
「現在の兵力は正規軍2個師団、亀兵隊が2個連隊の約3万です。遠征には少なくとも1個師団以上派遣する必要があるでしょう。現状では兵力が足りません」
俺の言葉に、総指揮官のガラネスが言葉を重ねて補足してくれる。
連合王国の東西に悪魔の軍団が侵出してから既に500年が過ぎている。東に100万を越える敵がひしめき、西では数十万の敵を相手に消耗戦が延々と続いているのだ。連合王国の国民の暮らしは、前線である巨大な堤防のような石塀を守る兵士によって守られていると言って過言ではない。
兵士達の操る兵器の性能に助けられてどうにか守ってはいるのだが、連合王国の更なる発展の為には早期に決着を付ける必要があるのは誰もが判っていることではある。
温くなったお茶を飲み、俺もパイプを取出した。シュタインさんから譲られたものだが、今では繊細な彫刻が消えかかっている。
「反攻はしばらくは無理でしょう。先程の総指揮官の言葉の通りです。ですが、西の戦を終らせることは数年のスケジュールで可能ではないかと推測します。それによって連合王国の発展を加速し、将来への布石としましょう」
姉貴の言葉に、全員が姉貴を凝視しているが、当の本人はニコニコと笑顔を振りまいている。これは、俺とユングに負担が出てくるって事だよな。
ユングを見ると俺と視線が合った。互いに頷いて天上を仰ぐ。困ったことになったぞ。
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俺達の石の家に帰ってくると、テーブルに座り込んで溜息をついた。
フラウの入れてくれたコーヒーがやけに旨く感じるな。
「それで、美月さんには作戦があるのか?」
「これから皆で考えるのよ!」
やはり、という感じでユングと目を合わせる。
キャルミラさんが端末を使って暖炉際に大きく仮想スクリーンを展開する。
そこには連合王国から西の大陸までの画像が映し出され、俺達の軍は青、敵軍は赤で表示されている。画像の両端で1万km以上の範囲があるんじゃないか?
「西の敵軍は北米を北極海周りに島を伝ってくるのよ。この侵攻ルートを遮断すれば西の敵軍は自滅するわ」
それは分かるが簡単ではないぞ。現在の迎撃はエイダス島の航空部隊と西の堤防に隣接した航空部隊で対処している。エイダス島に30機、西の堤防に50機を要しているが、それによる攻撃で敵軍の3割を削減するのがやっとだ。航続距離の関係で未だに敵の上陸箇所への攻撃は行われていない。
「もっと遠くに飛べる機体を作るのじゃな?」
アルトさんの言葉に、姉貴が微笑んで頷いた。
「長距離爆撃は飛行機を使わないでも可能なのよ。ユングがこのアイデアを出さないのが不思議に思えるわ」
「ッ!……飛行船か?」
「そうよ。実戦ではあまり役に立たなかったらしいけど、この世界なら役に立つわ」
確か、海を越えて爆撃をやったんだよな。だが、飛行船を使った爆撃は、敵の対空攻撃が激しくて中断せざるおえなかったと聞いたことがあるぞ。
「確かに軽金属の精製まで漕ぎ付けた。硬式飛行船が出来なくもないが、1隻ではどうにもならないぞ」
「出来れば3隻。将来的には10隻が必要ね。10隻あれば反攻作戦を立案できるわ」
その資金をどうやって捻出するんだ。落とす爆弾も10tを超えるだろう。そうなると製造工場を新たに作らねばならないぞ。
「設計は俺達がやろう。爆弾の方は明人に任せるぞ」
「今のではダメなのか?」
「ああ、高空から投下する。3000m以上の高さを航行すれば、翼を持つ悪魔も上がってこれまい。精々1500mだからな」
バビロンとユグドラシルに聞いてみるか。何個か試作してディーに落としてもらえばいい。だが、弾種はどうする? 炸裂弾と焼夷弾になるのかな……。
「それじゃあ!」と言いながらユング達が帰っていった。ユング達には睡眠は必要ないから、彼等の秘密基地に戻れば、直ぐにも設計を始めるに違いない。
「なるほど、大陸の西岸を堤防とするのか……。じゃが、東に兵力が集まるぞ」
「それはなんとかなります。東の堤防の西に作った線路に装甲列車を走らせることで迅速な砲撃が可能になりました」
155mm榴弾砲の飛距離は25km。時速40kmで南北に2つの列車を運用しているから、必要に応じて12門の155mm砲を運用できる。
更に、航空部隊を南北に2つ持っており、各航空部隊の運用するイオンクラフトは30機ずつだ。先ず、東の堤防を破ることは不可能に近い。
「東回りの敵が、西回りに合流しても対応できると考えてるの?」
「そうよ。それに西回りの敵兵の食料は殆どないの。落伍した自軍兵士を共食いしてるわ」
連中に、兵站は理解できないってことだろうな。行軍が続いている限り食料はあるという事か。ならば、その行軍を止めるのも方法の1つになりそうだ。
問題はユングが言った爆弾だよな。
現在俺達が使っている爆弾は投下高度が500m以下だし、炸薬量も50kg程度だ。もっと大型で高空から落とすとなると色々と工夫がいると思う。
試行錯誤で作るしかなさそうだが……。やはり、誰かと相談するしかなさそうだ。
「で、どうなの? なんとかなりそう?」
「試行錯誤で作ってみるよ。ディーなら3000mまで上昇出来るだろうし」
そんな訳で、バビロンのライブラリーを検索する。
色んな爆弾があるぞ。まあ、俺達が使うのであれば炸裂弾と焼夷弾で十分だ。それよりも速度を落とす工夫は無い様だな。となると、爆弾自体が丈夫だったという事だろうか?
それに、高空から落下させた時にちゃんと信管が作動するかも問題になる。2つの信管を付けるべきかも知れないな。
そんな事を考えながらタバコに火を点けた。ディーが特別に俺にコーヒーを入れてくれる。姉貴達は既に床に入ったようだ。
ディーはキャルミラさんと自分達の部屋に向かった。
昔はリムちゃんと寝ていたんだけどね。寝る必要はないと言っていたが、キャルミラさんとゆっくり寝て欲しい。
ユングみたいに、24時間寝る事無く過ごすのはどうかと思うぞ。眠る事ができなければ、目を閉じて今日一日を振り返るだけでもいいような気がする。そんなフィードバックは必要だと思うな。
皆が寝静まったところで、ゆっくりと構想を練っていく。
コーヒーが冷たくなったことに気が付いて、ポットのお湯を注ぎ足した。既に2時を回っている。俺もそろそろ寝る事にするか……。
次ぎの日。朝食を終えると毛皮のマントを被って家を出る。
昨夜積もった雪でブーツが踝まで埋まる。俺達が歩く場所以外は腰を越える高さに雪が積もっている。
山沿いの地方だから冬の雪は多いのだ。
それでも、通りは住民が協力して雪掻きをしているからあまり積もっていない。とは言っても凍っているから滑らないようにしなければならない。
通りを歩いて東の門の広場から北の通りに足を伸ばす。
この通りは各地方の王族の別荘がある。まだ帰ることが無いのか、暖炉の煙突から煙が昇っていた。
しばらくするとユング達の家が見えてくる。5角形の鋼材を継ぎ合わせて作ったドーム状の家だが端にレンガの煙突があるのがおもしろくもある。
鋼材の上に板を張りウミウシの体液で防水しているのだが、良くもこんな変な形にしたと感心してしまう。その家の手前にある石畳みの庭はちょっとしたカラクリがあるのだ。この庭の真下にユング達のイオンクラフトが収納されている。
1つしかない扉の脇にある押しボタンを押した。
直ぐに扉が開き、ラミィが顔を出す。
「ユングに会いに来たんだ」
「どうぞ中に。マスター達は設計作業中です」
ラミィが開けてくれた扉を潜り、直ぐにマントを脱いでスリッパに履き替える。エアロック構造の内扉の中は電子機器が一杯ある。濡らしたら不味いからな。
「よう、どうした?」
「ああ、ちょっと相談だ」
ユングが暖炉近くのソファーを指差した。
ユング達はこの1部屋に住んでいるのだが、もう1部屋ぐらい作ったらいいと思うのは俺だけなんだろうか? まあ、寝る事も必要ないと言ってたからな。
たまにソファーでお茶を飲むぐらいなんだろう。
小さなテーブル越しにユング達がソファーに座る。暖炉際だから暖かい。そんな俺達にフラウがコーヒーを入れてくれた。フラウとラミィは紅茶だからな。
「それで?」
「ああ。爆弾について意見を聞きたかった。50kgではさすがに威力不足だろう?」
ユング達は直ぐにタブレットを取り出して検索を始めた。
「確かにな。だが、炸薬量を上げても良いことは無いぞ。1t爆弾なんか、拠点破壊以外の何ものでもない。どちらかと言うと小型の爆弾を沢山落とすのが良いんだが……」
「それで、そっちはどれ位の搭載量を考えてるんだ?」
「15tを考えてる。それなら、1個中隊を輸送出来るからな」
かなり大型の飛行船をユング達は考えてるみたいだ。
100kgの爆弾でも150個乗せられるぞ。