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R-021 バジュラ現る


 12月1日。

 エイダス島のヘイムダルから、ギャルラホルン開始の合図を告げるため、イオンクラフトの編隊を北に向けて発進させたようだ。

 朝食を終えて、焚き火の傍でタバコを楽しんでいる俺に山岳猟兵の1人が教えてくれた。

 「いよいよ始まりましたね。一応、2班を哨戒に付けています」

 「ああ、いよいよだ。あの黒い流れを細くするのがエイダス航空部隊の役割だ。ある意味間引きになるな。機種は旧型だから小型爆弾2発に樹銃は4丁。だが、機銃の弾装は機内で交換できるから頼りになりそうだ」


 ダリル山脈の尾根の一つに俺のいる集積場がある。

 選んだ場所は荒地だが邪魔になる雑木は伐採してあるし、岩はどけてあるから、イオンクラフトが10機なら全て駐機できる。

 簡単なログハウスには、弾薬と食料が積まれているから、エイダスからやってきた航空部隊はここを拠点に悪魔軍を反復攻撃する事になる。


 残念ながら、西の堤防の大反撃はここからでは見えないから、端末の仮想スクリーンで見学する事になるだろう。だがそれは2時間程先の話だ。作戦決行時刻は今日の10時丁度、西の堤防を2個大隊の亀兵隊が一斉に飛び出して敵を攻撃するのだ。

 さぞかし、壮観な眺めに違いない。


 「我々はこのまま、という事ですが……」

 「この拠点を維持するのも大事な任務だ。後続の正規兵が俺達の真南を超えた時が、俺達の任務完了になる」


 10日前から通常の5割り増しの爆撃をしているから、西の防壁から数km付近にいる大軍は、だいぶ散開しているようだ。大型飛行船が2度ほど大陸西岸の上陸地点を爆撃している。初めてここに来た時よりも、山脈の南の荒地を進む悪魔軍の数はだいぶ減ったようにも思える。

 その流れを更に少なくする為に、途中の島を爆撃する飛行船が、今朝早くに西に飛んで行くのが見えた。

 通信機では何も言ってこないから、作戦開始までの段取りは順調に進んでいるに違いない。


 リザル族の兵士が20人とは少ないようにも思えるが彼らの戦闘能力は極めて高い。山地を平地の如く駆ける事が出来るし、力はトラ族の上をいく。

 それ程高くない山脈だが、これから冬に向かうから、この尾根まで雪山を上る事は悪魔軍でも不可能だろう。

 雪が降り積もるようなら、雪掻きもしなければならないだろうが、上手い具合に風が雪を吹き飛ばしてくれる。

 ギャルラホルン開始後少なくとも20日はこの地で過ごさねばならないが、それが終れば俺達をイオンクラフトが回収してくれる。少し寒いが、たっぷり焚き木があるからだいじょうぶだろう。


 俺達の別荘ほどの小さな小屋に入る。床は無く、地面がむき出しだが誰もそんな事は気にしない。

 小屋の真中に炉を拵えてあるから、中は十分に暖かい。

 炉の傍に腰を下ろすと、壮年の男がお茶のカップを渡してくれた。

 

 カップを傍に置き、木箱を机代わりにして端末を取出すとスクリーンを展開する。

 西の堤防の座標を指示して画像を拡大すると、盛んに砲撃を加えているのが見て取れた。


 「残り1時間と言うところでしょうか?」

 「ああ、今のところ問題は起きていないようだな」

 

 分隊長のレグルが隣に腰を下ろして聞いて来た。この作戦が終了すると、彼らの役目はダリム山脈にまで及ぶ事になる。1500人程の移住計画がリザル族の中で持ち上がっているし、連合王国もそれを承認しているから、新たな彼らの村がダリム山脈のどこかに作られるに違いない。なだらかな斜面に畑を作り狩りをすれば、彼らの種族は更に栄えるだろう。

 来春には、中隊規模の先遣隊がダリル山脈の南を歩いて、地図の確認と自分達の新たな拠点を探す事になるだろう。


 そんな思いを浮かべながら、スクリーンを見ていると、3機の小型飛行船が大量の爆弾を西の堤防近くに広がる悪魔軍に投下し始めた。落としているのはナパーム弾のように地表で炸裂して周辺に火の付いたジェル状の油を散らせている。

 たちまち10km四方が火の海になってしまった。


 落とすだけ落とした飛行船は素早く東に去っていく。たぶん反攻が始まってから、再度落とすんだろうな。

 

 「長距離砲も使っているようです。全て東に、と思っていましたが?」

 「あれは移動しにくいから、今日だけ使うんじゃないかな。飛距離100M(15km)は魅力的だからね」


 長砲身105mm砲は、射程距離は魅力だが重いのが難点だ。東の砲台の更新用なのだろうが、東に運ぶ前にこっちで試射をしてるってのが本音じゃないか?

 反攻作戦に使う大砲は75mm短砲身砲だとユングが言ってたからな。


 反攻開始まで10分だ。全ての亀兵隊が亀乗して西を睨んでいる事だろう。5千丁作ったグレネードランチャーを抱えて、薄手の革鎧に身を包み、厚手の皮の帽子を被ってゴーグル姿ってところだろうな。

 どんな戦を見せてくれるか楽しみではある。


 タバコを咥えて、炉の焚き木で火を点ける。残り5分だ。

 上空から見た西の堤防は、堤防の東1km程の場所に亀兵隊が2個大隊整列している。いつの間にか、堤防の上で射撃をしていた正規兵の姿が亀兵隊達の前方部分だけ消えていた。その光景を見たのであろう、悪魔軍は狙撃兵のいない堤防付近目掛けて動き出している。


 スクリーンの上にラグナロク発動までの残り時間が表示されたが、既30秒前だ。

 俺達は、ゆっくりと逆算される数字を見ながらその時を待った。


 ドドオオォォォン!!

 そんな音がスクリーンから聞こえた感じがする。 

 巨大な土煙が西の防壁から舞い上がったのだ。その爆発があった防壁に向かって亀兵隊が全速で移動し始めた。


 「何が起こったんですか?」

 「亀兵隊の突撃の為に、堤防を破壊したんだ。確かに反攻が始まれば堤防の役目は終るけど、姉貴も思い切った事をするな」


 亀兵隊の真上をイオンクラフトが飛んでいく。小型飛行船も姿を現した。さて、どれ位初日に西に進めるかだな。


 エントラムズで休息していた1個大隊も明日には西の防壁にやってくるだろう。元気のいい連中だからそのまま西に進むんじゃないかな。

 スクリーンには堤防を越えた亀兵隊達が車掛かりで悪魔軍に襲い掛かる光景が映し出されている。上空に飛立とうとする悪魔軍の航空兵は、イオンクラフトの機銃で掃射されているようだ。


 作戦開始10分経過……。今のところ、順調に進んでいるな。

 温くなったお茶を飲み、タバコを取り出したところに、通信機を睨んでいた若者が突然電鍵を叩き出した。

 何か慌ててるな。仮想スクリーンの画像にも、防壁近くに作った天幕からも外に飛び出して上を見ている連中がたくさん出て来たぞ。一際大きな天幕から出て来た中には姉貴達もいるに違いない。


 「連合王国作戦指揮所から連絡です。発信はガラネス連合王国軍総指揮官殿です。電文は次ぎの通り。『全軍に告ぐ。バジュラが西に飛立った。ラグナロクには我等の守護神が見守っておる。各自奮励努力せよ!』以上です」


 「外に出るぞ!」

 俺の言葉に小屋にいる連中は全て外に飛び出した。

 新雪が少し積もり始めたが、何かが飛んでくるって事だよな。姉貴達さえ外に飛び出したぐらいだから、とんでもないものが飛立ったんだろうけど……。

 

 バジュラ……。ガラネスがそう言ったのなら、それはかつての俺の友、ガルパスのバジュラに他ならない。既に世を去って久しいが、そのバジュラが復活するとはありえないことだ。ユングの仕業と考えるのも少しおかしいな。それなら飛行船を作ることも無いだろうし、得意げに俺達に見せてくれた筈だ。

 カラメル族のタトルーンなのだろうか? だが、未だに空を飛んでる姿は見た事が無いし、手伝ってくれるならレビト様が教えてくれるだろう。


 「先程西の堤防上空を飛び去り、その後地上すれすれを回転しながら西に進んでいるそうです。悪魔軍の中心を破壊しながら西に向かって飛び去ったと連絡がありました」

 「分かった。何かが俺達に味方してくれているようだ。どんな奴かはもうすぐここで見られるだろう」


 通信兵にそう伝えると、俺達は寒さも忘れて稜線から東の荒地を眺める。

 やがて凄まじい土煙を上げながら悪魔の侵攻部隊を撫でるように東に進む物体が見えてきた。

 やはり兵器の一種なんだろう。たまに赤い閃光が悪魔達を薙ぎ倒している。


 「凄まじい破壊力ですね。あのまま西に向かうのでしょうか?」

 「たぶんな。だが、一帯何なんだ、あれは?」

 

 そんな疑問を浮かべながら、遙か先の荒野を驀進する物体を俺達は眺めていた。

 

 「エイダス航空隊から連絡です。『補給を受ける』以上です」

 「分かった。レグル、俺達も仕事だ。直ぐにやってくるぞ」

 「了解です。悪魔を倒すのであればあれも我等の見方です。それ以上の詮索は止めておきましょう」


 レグルは数人を率いて資材倉庫に向かった。

 そんな彼らを見送りながら俺も小屋に入る。いつの間にか体が冷えている。

 ポットからお茶をカップに注いで焚き火に当たりながらゆっくりと飲んでいると、姉貴から端末にメールが届いている。


 『先程の物体は、バジュラ像そのもの。初戦の状況を見て、ユングにアキトの回収を依頼した。ユングからの連絡を待て!』

 そんな文面と共に、添付された画像を開くと、サーシャちゃん達が作った霊廟が無いぞ。あの巨大なガルパス像が台座を残して無くなってる。

 ……てことは、さっき俺達が見たのは霊廟だったってことか?

 

 思い出してきた。あの霊廟は俺の友人であるバジュラをモデルに作ったと、サーシャちゃんが自慢していたっけ。

 「これで、我が祖国は安心じゃ!」なんて言っていたのを俺達は微笑んでみてたんだけど、あれって動くものなのか? 石造だった筈だぞ。イゾルデさんが確認したと言ってたからな。


 扉が開いて30人近くのネコ族の兵士が入ってきた。ちょっと狭いけど我慢してもらおう。


 「悪魔軍にたっぷりと弾をばら撒いて来たにゃ。でも、その後からやってきた大きな回る物体の方が威力があったにゃ。さすが連合王国にゃ」

 ポットのお茶はこれだけの兵士だからカップに一口だけに成ってしまう。

 それでも、お茶を美味しそうに飲んでいる。レムルの作った王国は今でも元気な奴が多いな。


 「あれは俺達も知らないんだ。亀兵隊の駐屯地の郊外にある巨大な石像らしいが、どうやって動いてるか、誰が乗ってるのかも分からない」

 「でも味方にゃ。それで十分にゃ」


 そう言って、炉の近くに腰を下ろした。

 リザル族が自分達の住居に半分ほどを案内していく。やはり彼らにも窮屈だと見えたようだ。少し考えなければならないな。


 「ところで、貴方は?」

 「エイダス航空隊のミーアにゃ。連合王国の月姫様と同じ名前にゃ!」


 まだ少女の面影を残した少女がそう答えてくれた。ミーアちゃんはもう少しおとなしかったけどね。それでもミーアちゃんの名前を貰った事がこの少女には嬉しいんだろうな。それを思うと俺も少し嬉しくなった。

 

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