R-018 エルフの隠れ里
俺が乗った飛行船は西の大陸に作った拠点に資材を運ぶようだ。船倉には沢山の木箱が並んでいるし、乗員は飛行船のクルー以外に屯田兵5人と俺だけだった。
「エルフの隠れ里は昔話だと思っておりましたが、本当なんですね?」
「連合王国ので暮らしているエルフの故郷だ。何度も雪原を越えて南に移動している。最後の移民は千年程前だけど、それからは交流が途絶えてるらしい」
どうやら屯田兵の家族らしい。もっとも子供とは言え15歳は超えているから立派なものだ。屯田兵は家族全員が部隊に所属してることも多いと聞いている。この連中もそんな家族なんだろうな。
「西は広大な土地が耕されずにあるとか。そんな土地を開墾できるとは先祖に自慢できます」
「確かに土地は広い。でも東西の海岸地帯は悪魔軍の侵攻ルートだ。その西よりの山麓が拠点になる。先行部隊が少しは開墾してると思うけど、気長にやるべきだな」
30代後半の男が俺と一緒に開放されたハッチののそばでタバコを楽しんでいる。
明日には、ハッチは閉めねばなるまい。北の大地は寒いからな。
十数時間後に目的地の竜の口前に広がる氷の湖上空に到着した。
ここからは俺1人になる。飛行船がゆっくりと降下して氷の上に着地したところで、船倉の後部ハッチを開いてもらい、杖を片手に跳び下りた。
すぐに飛行船が高度を上げながら南西に向かって行く。だいぶ横道に逸れてるからな。西の大陸の拠点を作っている連中が待ちくたびれているだろう。
バッグから幅広の革紐を取出してブーツの靴底を通して縛る。革紐には尖った鋲を打ってあるから、簡単なアイゼン代わりに使える。杖の底部にも先端を鋭くした金具を取り付けてある。
しばらくは氷原を進むから、急ごしらえの装備だが歩く助けにはなるだろう。
とは言え、ちょっと寒いな。バッグの上に丸めて取付けたマントを引抜いて体を包む。
帽子は山岳猟兵用のものだから耳覆いが付いてるし、サングラスも用意してきた。もうすぐ、太陽が稜線から顔を出すだろう。そうしたら少しは寒さが和らぐかもしれないな。
1時間程歩いたところで、谷の入口に辿り着いた。
タバコ1本の休憩を取って、奥へと進むと目的の祭壇が見えてくる。
劣化もせずに前と同じ姿を保っているのが驚きだな。
バッグから袋を取出して祭壇に焚き木を積上げて火を点けた。
待つことしばし……。祭壇が動き出して、祭壇の基部に隠された入り口が姿を現した。
階段を下りて、マントを脱ぐ。ブーツの革紐を解いてバッグにしまうと、姉貴が貸してくれたマグライトを取出す。【シャイン】で光球を俺は作れないからな。
このマグライトも強化されているらしい。でないととっくに使い物にならないはずだ。
洞窟のような道を進んで行くと、突然大きなホールに変わる。
珪化木の森がずっと先まで続いているが、その中に足跡が道のようになって残っている。この足跡はかつての俺達のものだろうか?
小さなブーツの靴址を見ると、ミーアちゃんやサーシャちゃんの姿が浮かんでくる。
お婆ちゃんになるまで長生きしたんだけど、俺が思い出す姿はガルパスを駆る少女時代の姿なんだよな。
見覚えのある石橋を渡ったところで休憩を取る。
バッグの中の袋は、昔使った大型の魔法の袋だ。風呂桶がそのまま入る程だから、色々と持ってこれたんだけど……。
携帯用の炉に焚き木を詰め込んで燃料ジェルを塗ればすぐに焚火が出来る。
ポットで1人分のお茶を沸かしながらタバコを楽しむ。
あの時は何人で来たんだっけ? そんな昔の記憶を辿りながらお茶を飲んだ。
珪化木の森を過ぎると、前方に巨大な木造の壁が見えてきた。
その中程にある扉に向かって、道が伸びている。
その扉には……。今でも2人の門番が立っている。
武装は古くさい鎖帷子に身長より少し長めの槍だ。背中に弓を背負っているから、弓兵なんだろうな。門番として勤務する為に槍を持っているのだろう。
俺が近付いているのは分かっているのだろうが、微動だにしない。
門まで数mに俺が足を運んだ時、2人の槍が門の前で交差した。
「何奴だ? 森を抜けて来た以上、祭壇の秘密は知っているであろうが……」
「かつて、この地を訪ねた者の1人です。長老にお会いしたくやって来ました」
「1度、ここに来たとは信じられぬ。我等がこの門を守護して100年。誰も、この門を入った他種族はおらぬ」
「なら、確認を。最後の移民の護衛を長老から仰せつかった者の1人です」
「名は?」
「アキト……」
俺の名を聞いて、2人の表情が変わった。何らかの形で俺の名が未だに里では残っているのだろうか?
門の奥に顔を向けると、門番より若い男が駆け寄ってくる。槍を持たずに背中に弓を背負っているぞ。
門番の言葉を聞いて、すぐに若者が走り去った。
「俄かには信じられぬ話だ。長老ならお前の素性を知りえよう」
その言葉に、軽く頷く。
だけど、すでに長老は俺の来所を知っているはずだ。俺が立ち止まった時に、門の奥から流れてくる気の流れが微妙に変化したからね。
10分も過ぎただろうか? 先程の若者が戻ってきて、門番に何事か告げている。
「嘘はつかぬか……。長老がお待ちだ。この者について行くがよい」
そう言って交差した槍を戻す。
2人の門番の間を通って、壁の内側に若者の後に続いて入っていく。
この壁で、静と動、死と生の違いがあるんだよな。
鬱蒼とした緑の森が広がっている。遥か天井高くにある人工太陽は未だに輝きを放っている。気温は20度を超えているだろう。厚着してきたから汗ばむようだ。
巨大な木の内部が長老の間だ。確か2階だったかな。
そんなことを考える俺を一度も振り返ることなく、若者が咲きになって歩いて行く。
木々を抜けて、大木に辿り着き、その内部に作られた螺旋階段を上っていくと扉がある。
「長老がお待ちです」
そう言って扉を開いてくれた。
足を踏み入れて周囲を見渡す。飾り気のない部屋には長老が円形の室内に背中を壁にして座っていた。
少し増えているな。10人いるぞ。
部屋の中央付近に腰を下ろして、胡坐をかく。杖は隣に置いた。
「お久しぶりです。任された移民は無事に送り届けました。俺の住む近くの山麓に村を作って暮らしています」
「ご苦労じゃった。長き旅を落伍者も出さずに良くも安住の地を見つけて下さった。改めて礼を言うぞ」
そんな挨拶を交わしていると、少女がお茶を持ってきてくれた。
ありがたくお礼を言って一口飲む。
「実は……」
長老に、ここにやってきた理由を説明する。
俺の話を長老達はじっと聞いている。
少し弁明みたくなってきたけど、千年を超える戦の大反抗作戦だ。この地にも、影響がないとは言えないだろう。
「大まかな話は、ユグドラシルの巫女より聞いておる。我らの地に彼等が来ないのは何か理由があるのだろう。それとも、ここに我等が暮らすことを知らぬやも知れぬ。この里もそうだがユグドラシルの地上構築部分からは、生命反応の波動は全くないはずじゃ」
気とは異なるものなんだろうか? 波動と言ったよな。気の流れを乱す波紋のような存在か? 帰ったら姉貴と相談してみよう。
「お主の同行者も姿を現したらどうじゃ? かの者を守護する存在であれば我らとの同席も構わぬぞ」
「さすが、魔気を操る者。我等が存在を知りえるとは思わなんだ」
「確かに……。こんなことでもなければ、エルフの長老とは合いまみえる事もなかろうからのう」
俺の両隣にアテーナイ様と元カラメル族の長老レビト様が座っている。
「元モスレム王国の妃、アテーナイ様。それに、遥か遠方からこの地にやってきたカラメル族の元長老レビト様です」
俺の紹介に合わせて、2人が軽く頭を下げる。
「エルフ族の長老が1人。アバネスじゃ。居並ぶ長老は、アキト殿に対する貴殿方と同じ存在に近いものと考えて頂きたい」
正面の長老以外の長老の体にうっすらと幽体のように人物が浮かび上がり、俺達に向かって頭を下げる。
「なるほどのう……。我らと同じ残留思念が形を作っておる。この体になってあまり仲間がいないのを憂いておったが、これで退屈しのぎが増えたようじゃ」
とは言っても、アテーナイ様と組み手は出来ないと思うぞ。
「それでじゃ。婿殿の話に戻るが、エルフ族はこのままで良いのか?」
「それは常に考える事。かつて我等が故郷から最後の移民がアテーナイ殿の領地へと移っておる。その時、この地に残ったものは年老いた者を世話する者達。移民を諦めた者達じゃ。とは言ってもその者達とて青空に憧れは持ったはず。そして何年かの後に、人間族の一団が我等を頼ってまいった。それから1千年。純粋なエルフ族は少なく、我らは人間族と何らかの血縁を結んでおる。
じゃが、ユグドラシルの理想郷は西に存在しており、我らは追放されたとは言え、ユグドラシルの市民である事に変わりはない。ユグドラシルを離れて果たして暮らしていけるのか? 老いた者達にはその思いが募ることは確かじゃ」
過去の栄光にすがりながら衰退を待つという事だろうか? さびしい話だ。
「よろしいかな、エルフの長老殿。我らカラメル族は住み慣れた星を離れてこの地に暮らす者。この世界に可能な限り介入せずに見守ってきたつもりじゃ。
かつては星の海に乗り出した種族ではあるが、今は推察の通り。じゃが、自分達の種族の衰退は座して待つことはない。それにユグドラシルに固執する理由もないのではないか? ユグドラシルとはかつての伝承にある世界樹の事。その伝承の地がこの大陸北方であったことに由来しておる。
ならば、この世界に新たな世界樹が出現したならば、エルフ族はいかがする?」
俺達の家の世界樹の秘密をここで明かすのか?
それは、ちょっと問題な気がするぞ。この世界の世界樹には違いないが、あれは姉貴の両親が変化した姿だ。
俺達を見守ってくれていることを知っているのは、この世界に殆どいないはずなのに……。
「南東遥か遠くに地に、大きな思念体があることは知っておる。あまりに大きくその姿を想像しておったが、やはりそう言うことであったか……」
「アキトの伴侶が1人の両親じゃ。我よりも階梯の上の種族と推定している」
「やはり、伝説は正しいと言うことじゃろう。階梯が上であれば我等にとっては神にも等しく思える」
「そこがおもしろきところじゃ。神ではないと否定している。じゃが、神に近いことは確かじゃろう。頼まれものをされるぐらいじゃからのう……」
そんなことを言いながら思い出し笑いをしているぞ。
ミーアちゃん達の子供を預かってきた事を言ってるんだろうな。
そうだ! 確かにあの時姉貴は神ではないと明言している。高次元生命体の1つであったものが、この世界で人の姿を得た者。それが姉貴だったな。