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R-156 故郷の消滅


 災厄をもたらす遊星が地球に衝突する16時間前。月は地球周回軌道を離れて一路太陽系の外に向かって飛び立った。

 とはいっても、地球の引力の呪縛を逃れただけであり、いまだに太陽の引力を振り切るまでの速度は出ていないようだ。これから1年近く重力推進による加速を続けることで太陽系を脱出することになるらしい。

 惑星の位置関係から、火星を真近で見ることは出来ないらしいが、木星と土星はそれなりに見ることができるとユングが話してくれた。


 遊星衝突の3時間ほど前から、俺達はリビングで状況を見守ることになった。

 軌道計算のわずかな誤差で、場合によっては地球との衝突を免れるかも知れないし、粉々に飛散するのではなく、大きな塊に分かれたところで再び球体に戻る可能性だってあるはずだ。

 何度シミュレーションが行われているから、そんな可能性は殆ど無いと何度も聞かされてはいるけど、やはり結果を見るまでは希望を持ちたいものだ。


「地球からはだいぶ離れてるんでしょう?」

「さっき確認したら、60万kmを越えてたよ。既に2倍近い距離まで離れたし、時速は45000kmだ。衝突で破片が飛び散っても、その分相殺されるだろうから、とりあえずは安心できると思うけどね」


 まったく危険が無いわけではない。遊星の衝突速度は時速25万km以上らしいからね。地球よりも少し大きく質量が3割増しの岩石惑星が衝突すれば破片は高速度で四散することになるだろう。

 月のコロニーを地下に作ったのは、そんな隕石衝突を防止するためだ。

 カラメル族がもたらしてくれた重力推進システムは、そんな隕石落下の速度を軽減する働きもあるらしいが、被害が出ないとは言えないからな。

 月面に作った構築物はかなりの強度を持っているし、万が一破損しても直ぐに修理が出来るだけの部材を確保している。


「残り、1時間じゃな……」

 アルトさんが暖炉の上のハト時計をを見ながら呟いた。

 コントロールセンターの連中は、ジッと仮想スクリーンを眺めているに違いない。

 元戦闘工兵の整備部隊の連中は、いくつかの班を作って各部署に待機しているだろう。

 姉貴が仮想スクリーンを開いて、画面を分割しコロニーの様子を眺めている。

 ちらりと仮想スクリーンを覗いたけど、通路や広場に人影は無いみたいだ。皆、与えられた住居でテレビを見守っているに違いない。


『……遊星との衝突まで30分を切りました。従来の月軌道よりも地球に近いですから、惑星相互の引力で地上に異変が生じています……』


 地球の大気が遊星の方に流れているように見える。

 地上では暴風が吹き荒れ始めているし、地殻変動も始まったみたいだ。

 

「海が持ち上がっている!」

「それだけ引力が強いんでしょうね。岬の別荘で暮らしてた時に、潮の満ち引きがあったのを覚えてる? 月でさえそれを起こしてるのよ。あれだけ近づいたら海が持ち上がるのも頷けるわ」


 やはり、衝突は避けられないみたいだ。

 海水の柱が遊星に延びると同時に、地上のあちこちで大きな地割れが起きて火山活動が始まった。

 遊星の方も地球に面した地表が分解を始めたのが分かる。すでに、衝突まで5分も無い。いよいよ地球の見納めになりそうだ。


 遊星が太平洋に沈み込んだようにも見えた瞬間、2つの惑星が白熱光に包まれた。

 光が収まった時にテレビカメラが捉えた映像は真っ赤な火の球が2つ、遊星の進行方向に移動していく姿だった。

 

『地球の衛星軌道にあった4つのプラットホームは全て飛散した模様です。この映像はラグランジュポイントの旧コロニーに設けられたカメラからの映像です。旧コロニーも地球の消滅により軌道をが不安定です……』


「あの小さい方が地球なんでしょうね。あれでは住むことも出来ないわ」

「どこかに飛んで行ってしまうのか?」

「そこまでの運動エネルギーは無いみたいだ。この太陽系に留まるだろうけど、軌道が安定するまでは長い時間が掛かるだろうね」


 第三惑星とはならないだろう。火星が第三惑星になるんだろうな。2つの惑星が連星を作って木星の手前辺りを回るんじゃないか?

 その辺りの軌道計算は今頃コントロールセンターが行っているに違いない。


『……遊星との衝突で広い範囲に破片が拡散している模様です。月はすでに地球の引力圏を離脱して太陽系内を周回していますが、何度か破片の拡散圏内を通過することになりそうです。

拡散圏内に近づきましたら、現在と同じく居住区に退避してください。退避の連絡は3時間前と2時間前に放送を行います。繰り返します……』


 どうやら、居住区の退避指示が出ていたようだ。俺達にまで聞こえなかったのは問題だな。


「これで、すっきりしたわ。やはり旅立って正解だったということになるわね」

「あれではのう……。半分掛けた地球が残ると思っていたが、どろどろに溶けた地表では狩もできん」


 アルトさんなりに想像してたみたいだ。反欠けの地球ではどんな暮らしになるんだろうな。ちょっと想像できないぞ。


「これで、まだ地球に未練のある者達もいなくなるに違いない。衝突の10日後が会議開催であったな」

「そうです。とりあえず状況の説明と私達の権利、それにコロニーの役割分担を説明することになります。テレビで中継を行ってすべての人に知ってもらうつもりです」


 伝言ゲームのように中身が変わることを恐れているのかな? 報道機関もいくつか作ると言っていたけど、コロニーの生活を脅かす機関については弾圧することも考えているんだろう。

 5千万人の人達の安全を確保するためには、治安を強化しなければならないのかもしれないな。


「我等と同じように武器を持つ者達が大勢いるぞ!」

「防衛部隊と治安部隊、それに私達以外の武器の所持を禁止することから始めます。問題はハンター達なんだけど、歪の調査いかんではハンターの限定した武器の所持を認めることになるかも知れないわ」

「魔石を得られる洞窟があるかも知れぬということか? それは是非とも見つけねばなるまい」

 

 アルトさんの言葉に、嬢ちゃんずがうんうんと頷いている。

 少なくとも、歪が見つかるまではのんびりできそうだな。明日から、アルトさん達は血眼になって探すんじゃないか?


「次元の歪を検知できるオートマタをバビロンが作ってくれたのじゃ。明日にはやってくると言っておったから、我等は準備を始めねばなるまい」

 俺達に内緒で交渉したんだろうか?

 アルトさんが席を立とうとしたところで、姉貴が声を掛けた。


「アルトさん達に任せるけど、月は地球と違って、寒いし空気が無い場所なのよ。宇宙服だけは持ち歩いてね」

「だいじょうぶじゃ。常に2着バッグの魔法の袋に入っておる。予備のボンベも持っておるから心配は無用じゃ」


 キャルミラさんも頷いてるから、たぶんキャルミラさんの考えに違いない。まぁ、経験豊富でそれなりの知識も持っているからアルトさん達と行動を共にしてくれるのはありがたい話だ。

 一つ気になるのは、同行するオートマタだな。汎用型なんだろうがどんな装備を追加してるかは確認しておく必要がありそうだ。


 テレビではいまだに赤い姿をした2つの球体を映し出していた。表面が冷えるのはしばらくかかりそうだな。

 テレビを消して、次の仕事に取り掛かる。

 と言っても、俺には特にやることも無いから、生産区の状況を見守ることにするか。


 生産区は農業、漁業それに畜産区に分けられる。

 俺達の食料生産の部門だから規模が一番大きい。標準的なコロニーの居住区が直径1kmであるのに対して、生産区は階高で3階分だしそこから横に4つの円盤状の生産区画を持っているのだ。

 1つの区画の大きさは直径2kmほどだ。居住区で暮らす人々の元住んでいた場所に応じて、4つの生産区画の区分を変えている。リザル族や遊牧民の多く住む区画は畜産だけで3つの生産区画を持っており、農業区画は1つだけだ。

 標準的な区画では農業区画が2つ、畜産区画と漁業区画が1つずつになる。


 俺達の住むハブコロニーは規模が小さいけれど、生産区画は横に配置されずに縦に配置される。農業区画2つに漁業区画が1つある。

 これ以外に大規模な専業のコロニーがあるのだが、居住区の大きさは小さなものだ。住人を定期的に移動させて生産を行ってもらうことになる。


「へぇ~、だいぶ農業区画で働く人達が増えてきたね。畜産区画は放牧を始めたみたいだ」

「食料がひっ迫してるのかしら? だいぶ運んだんだけどね」


 だいぶ運んだことは確かだけど、5千万人の消費する食料は膨大なものだ。少しでも貯蔵した食料を減らさぬようにしなければならないし、新たな食料の貯蔵だって必要になる。

 耕作できる大きさが決まっているからな。足りなければ専用区画に隣接して新たな生産区を作ることになるだろう。

 そういえば、海水を使った養殖漁業は上手く行ってるのだろうか? 海水を長期に渡って運んだけど、どれぐらいの規模になったか確かめていなかったんだよな。



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