R-155 かりそめの故郷
核パルスエンジンを起動してから2日が過ぎた。ユングも少しは暇になったのか、俺達の別荘にやって来たんだが、フラウとラミィはコントロールセンターに残してきたらしい。
今のところは順調と言っていたが、どうにも実感がないんだよな。
「地球から見れば、かなりの変化が分かるはずだ。周回時間は30時間を超えたし、公転半径もだいぶ広がったぞ」
「明日はいよいよ重力場推進を併用するのか」
「そうなる。核パルスエンジンを使うのは3日と考えてたんだが、1日程度は伸ばしても何とかなりそうだな。それだけ新たな惑星に近づける」
太陽系内では、重力場駆動装置を大出力で使うことが出来ないらしい。イオンエンジンを併用して加速を続けると言っていたが、太陽系を抜けるまでぬはどれほど時間が掛かるんだろう?
「ちびっ子達がいないようだが?」
「皆で、次元の歪を探しに行ったみたい。地上には出ないように言っておいたから、コロニーをあちこち回ってるんだと思うわ。ディーが一緒だから迷子にはならないと思うんだけど」
「やはりあったのか……」
ユングの表情が笑顔から少しまじめな顔に変化した。
「月で魔法が使える。俺や姉貴なら別の方法もあるんだが、キャルミラさんまで使えるとなれば魔気が漏れ出しているとみて間違いないな」
「それは問題だが、俺には無理だ。そっちは明人に頼むことになる。ところで、美月さんの方は決心が着いたんだろう?」
「専制君主ってのが問題ではあるのよね。でも、権限を限定すれば理解してもらえるでしょう。コントロールセンターとコロニーの生命維持システムの管理、それに管理上必要な武力の行使と軍隊維持を認めて貰えば、後は避難してきた人達で政府を作っても問題はないと思うんだけど」
「一応、小さな生態系維持に関わる実験コロニーの管理を含めた方が良いだろうな。あれがあればコロニーが壊滅的な打撃を受けても人類は生き延びられる」
「使うことが無ければ良いんだけどね」
アルマゲドンの際に、宇宙に築いたコロニーに向かった連中が犯した愚を、再び侵すことがないようにしたいってことなんだろう。
大勢の人達が集まれば少なからず不満が出てくるだろうし、爆発もするだろう。そんなことで人類が滅びるなんて馬鹿げた話なんだが、コロニーでは容易に起こり得る話だと思っているに違いない。
「世代交代を重ねながら新たな惑星を目指すんだ。しかも、その惑星がどこにあるかも分からないんだからな。コロニーで暮らす人々が移民の志を忘れないようにしないといけない。でなければ、ここが故郷になりかねない」
「かりそめの故郷か……。明人にしては良いこと言うな。俺もその通りだと思う。月は大型輸送船であることを忘れてはいけない」
ユングが俺の話を肯定してくれた。
姉貴も頷いてるところを見ると、同意見ということだろう。
「分からなくも無いが、大船であることは確かじゃ。たまに我等の立ち位置を教えることが必要じゃろうな。神殿の力を借りるのも良いであろう」
「そうですね。ある意味、信仰に近い物があるようにも思えます。コロニーの代表者会議には神殿の代表者も来ますから、その辺りの協力をお願いします」
姉貴の言葉にアテーナイ様が頷きながら膝の上の子猫を撫でている。いまだに名前が無いんだが、その原因は名前を誰が付けるかで嬢ちゃん達がもめているからだ。
「それで、軍の解体は出来そうなのか?」
「いざとなれば強権を発動させるわ。軍を解体すると言っても、実際には役目を変えるだけなのよ。組織は士気の高いエンジニア集団として維持したいんだけどね」
敵対する相手がいなければ、役目を変えるということになるんだろうな。コロニー内の治安は、連合王国の治安部隊がそのまま継続すれば良いだろうし、裁判なんかもそのまま移行できそうだ。
戦闘工兵や正規兵には、月コロニー建設でいろいろと世話になっているし、出来てからの維持にも係わって貰っている。コロニーの点検や修理を行う部隊としては最適ということになる。
「2個中隊ほどは、防衛軍として残しておく方が便利だぞ。治安部隊だけでは対処できないとなると問題だし、月面の調査や航宙機のパイロットとしての技量を維持することも必要だ」
「それは考えてるからだいじょうぶ。ユングにも新たな役目を負ってもらうわよ。バビロンから引き渡されたオートマタ達を束ねてほしいの。コントロールセンターには2個分隊もいらないでしょう?」
姉貴の言葉にユングが目を大きく見開いている。
ユングはあまり表に出るのが嫌いだからな。だけど興味のあることには俺達よりも一歩足を踏み出すことも度々だ。
確か2個中隊はいるんじゃないかな? サイボーグ部隊もいるんだよな。
「まぁ、そうなるんだろうな。ダイモスの維持も考えてたところだから、ありがたいということになるんだが……。となると、俺達の仕事は月の周辺ってことか?」
「その通り。先が長いけどね。バビロンの了解は得ているわ。核パルスエンジンを停止してから行動してほしいの」
俺達が向かう旅は何が起きるか分からない。周辺の監視というよりも先行偵察的な役目も持つことになるんじゃないか?
「確かに俺達の仕事になるんだろうな。それは任せてくれ。何かあれば、コントロールセンターに連絡するよ」
そう言ってユングは帰って行った。
フラウ達と今後を調整するのかな? その前に重力場推進が上手く行けばという枕詞を忘れてなければ良いんだけどね。
「中々に難しい話じゃのう……。この地で生まれ、死んでいく。それが何世代も続くのじゃ。ある意味この月が故郷と言える話ではあるのじゃが」
「どこまで維持できるかは、やってみないと分かりません。新たな惑星に降り立つ者がいないということは無いでしょうし」
それって、コロニーの住民が2つに分かれるってこともあり得るってことか?
新たな惑星が見つかっても、コロニーの全員が降りることになるとは限らないということになるんだろうか?
ちょっと待てよ……。姉貴は一部に専制的な権力を持つと言っていた。
それは、月に残ろうとする連中に対する最後通達とも言えそうだ。
残ることに反対はしないが、維持管理を行う者を残さないということになるんだろう。かなりの自動化は行われているが、保守管理は必要だ。そのまま航行するのは困難ということになる。反乱を起こしても鎮圧するための部隊は押さえてあるということだ。
「その時には、強権を発動しても良いじゃろう。せっかく災厄から逃れたのじゃ。やはり我等は皆で一つになって新たな惑星を故郷に作り替えることが肝心じゃと思うぞ」
アテーナイ様も姉貴の考えに同意しているようだ。
この世界で唯一の戦闘用オートマタだからな。ユング達でどうにかってところだろうけど、無事には済みそうもない。俺もこの頃は相打ちが多くなってきている。
そんな人物だけど、いつも昔のように国民に良かれと思って行動していることは確かだ。
それに、優しい心の持ち主でもある。でなければ子猫が膝に乗ることも無いだろう。
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夕暮れが近づいた頃に、アルトさん達が帰って来た。あまりはしゃいだ様子が無いから、今日の探索は成果なしということなんだろうが、逆に言うなら今日の調査範囲内にひずみが無いことが確認されたということになる。それだけ調査範囲が狭まったと考えるべきだろうな。
ディーの作った夕食はいつも通りだけど、携帯食料で作った物だ。生鮮食料は生産部が動き出してしばらく経たなければ無理かもしれないな。デザートのドライフルーツで我慢するしかなさそうだ。
「今日は、このコロニー周辺を探ったのじゃが、見つからなかったぞ。何か探知機のようなものがあれば良いのじゃが」
「魔気の探知機ってこと? 出来るのかしら」
「魔気を見つけるんじゃなくて、次元の歪を見つけることになるんだ。バビロンやユグドラシルはその存在を知っていたし、カラメル族だって知っている。と言うことは何らかの観測手段があったんじゃないかな?」
残念ながら、今は全員が忙しく働いているところだ。月での歪探しは、重力場推進が順調に行ってからなんじゃないかな。
翌日。ユングから連絡が入った。
核パルスエンジンが駆動している状態で、重力場推進装置が働きだしたらしい。
ユングから順調に動き出したと報告があったから分かったようなもので、まったく変化を感じることは無かった。
核パルスエンジンのような核融合の爆発光が連続して見えるわけではないから、何となく拍子抜けに思えてしまう。
すでに地球の周回時間は40時間ほどまで伸びている。地球の引力から逸脱するのはもうすぐなんだろうな。
「明日は災厄の日になるのよね。ということは、ぶつかってくる遊星の姿がはっきり見えるんじゃないかしら?」
そんな話になったので、ミーアちゃんがテレビのスイッチを入れると、どうやら特番になっているようだ。
『……これが地球軌道を回るプラットホームからとらえた遊星です。まだ月よりも小さく見えますが、ようやく通常のカメラでも捉えられるまでになりました。地球衝突まで、残り20時間ほどになっていますが、地上は私達が暮らしていた時と変わらずに……』
だいぶ近付いてきたようだ。いよいよその時になって実感がわいてきた人達がほとんどじゃないかな。
明日のテレビの視聴率はほとんど100%になるだろう。