R-015 ラグナロクの4つの区分
少し北米大陸に長くいたように思えるけど、俺達はこの大陸を離れることにした。飛行船が5日おきにやって来るから残してきた連中も心強いだろう。
指揮所の通信機はモールス通信だが科学衛星を介して十分に連合王国の作戦指揮所に届いている。
帰りの飛行船には操船クルーと俺達8人だけが乗っている。
「もっと武器は届けぬのか?」
「あまり必要とは思えないな。隠れてるからね。だけど、拠点には必要だ。その運送はずっと後になるよ」
戦闘工兵の個人装備はAK47に30連のカートリッジが5本だ。爆裂球は5個持っている。屯田兵になると銃弾が約半分になる。その上、持ち込んだ弾薬量はその5倍だ。
75mm短砲身砲も5門持ち込んでいるし、弾丸は200発も運んでいる。
発見されても、直ぐには殲滅されることはないだろう。
とは言え、大型の20t積載飛行船の製作は急務だな。それなら1回で1個中隊を移動できるはずだ。
後部ハッチを開けて、コーヒーを飲みながら誰に気兼ねすることなくユングとタバコを楽しむ。
俺達の隣ではアルトさんとキャルミラさんが、身を乗り出すようにして海面を眺めている。
たまに大型の海生生物が姿を現すから、それを眺めているようだ。2人の後ろにはフラウが立っている。名前を付けるのが楽しみなようだ。ユング達が書いた東方見聞録は今でも人気があるようだが、次の執筆を考えてるのかも知れないな。
「今度のは、だいぶ変わっておるぞ。まるでスラバのようにも見えるのう……」
「大型海生生物に分類します。スラバのような蛇の変異型ではなく、ウナギの変異種と推定します」
そんなことを言ってるけど、数百m上空からあれだけはっきりと姿が見えるんだから相当な大物には違いない。
「『リバイアサン』で良いだろう。胴部分の太さだけでも10mはありそうだ。全長は数百mを超えてるぞ」
ユングの言葉に、フラウがちょっと口を尖らせて「しまった!」と表情に見せていたが、頷いたから了承したみたいだな。
そう言えば、命名は最初に名付けた者勝ちだったっけ。
アルトさん、惜しかったな。
『海の怪物の名であったな。確かにその名を冠するだけの大きさじゃ』
キャルミラさんの思念が伝わってくる。
アルトさんが後ろを振り返って、フラウと話を始めた。
突然、顔を輝かせると、バッグから双眼鏡を取出したぞ。
「次は我が、名付けるのじゃ!」と更に身を乗り出して下の海を捜索し始めた。
そう言う事か……。
先は長いんだし、海を渡ることも何度かあるだろう。アルトさんが命名の海生生物はたくさんになるんじゃないかな。
「で、イオンクラフトの方は何とかなりそうなのか?」
「ユグドラシルに相談したんだが、やはり。大型は無理なようだ。俺達が使っているイオンクラフトが最大らしい。あれだと荷台に積めるのは1tだな。
今、ラミィがイオンクラフトの積荷を増やす為にイオンジェットのアシスト装置を設計しているけど、動力源が限られているから、航続距離が減りそうだ。たぶん2倍にはならないと思うぞ」
それでも、ガルパスで運ぶよりは遥かに効率的だ。だが、燃料精製装置の荷重は3t近いんじゃないか? 数個に分解して運ぶことになるな。
「そうなると、資材の梱包も1tを上限に考える必要が出てくるな」
「ああ、最大でも1tが目安だな。だが、1tを動かすのは重機がなければ不可能だぞ。実際の梱包は100kgがいいところだ」
戦闘工兵4人で動かせば何とかなる重さってことか。
船内を見ると、姉貴とディーが、端末を使って仮想スクリーンの画像を眺めている。
拠点のレイアウトを考えているみたいだけど、地下構造体になるからな。あまり凝ったものを考えなければいいのだが。
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北米を発って3日目に俺達を乗せた飛行船はエントラムズ州の郊外にある発着場に無事降り立った。
飛行船はこの場所で荷物の積み込みと船体の整備作業が始まるようだ。
俺達に出来る事はないから自分達の家に引き上げるために、倉庫からフラウが引き出してきたイオンクラフトに乗り換えて一路北東を目指す。
やはり、予定通り3ヶ月近くになってしまった。
俺達の庭先に降ろしてもらって、最初にしたことは掃除とギルドの様子を見にいくことになる。未だにハンターである以上、帰ってきたらギルドへの報告は義務だからな。
カヌーで、モスレム王族の山荘に向かい、そこからは通りを歩いていく。
途中で、俺達の別荘への道を開くことも必要だ。
ギルドのカウンターで到着を報告すると、掲示板の依頼書を確認する。
危険な肉食獣の依頼はないようだ。ガトル数匹の依頼があるが期限はまだ先になる。しばらく待って誰も受けなければアルトさんのストレスのはけぐちになって貰おう。
ギルドから戻ると、姉貴達が雑巾で家中を拭いている。
【クリーネ】を掛けてから掃除をしてるんだけど、それだと返って汚れを広げているような気がするな。
まあ、それでも水拭きした家はそれだけで綺麗になった気がすることも事実だけどね。
「良い所に帰ってきてくれたわ。お風呂をお願いね!」
姉貴の指示は相変わらずだ。たぶん「掃除をしてお湯を張れ」ってことだろうな。
とりあえず、返事を返してお風呂の掃除を始める。
湯船とスノコを洗って、【フーター】で湯船にお湯を張り終えれば終了だ。
リビングに戻ると、4人がテーブルについてお茶を飲んでいる。
姉貴の隣に腰を下ろすと、ディーがお茶の入ったカップを渡してくれた。
熱いお茶をちびちび飲んでいるとようやく一心地がついてくる。
今度は、この家をベースにいろいろと作業が出てくるな。
「ガラネス達が3日後にやって来るわ。フラウに連絡してあるから、会議場の小さい方で午後に打ち合わせる予定よ」
「ある程度は道筋をきちんとしたいんだろうな。で、何年計画で考えてるの?」
「始めると結構早いかも。課題は、3つあるわ。武器の調達速度、大型飛行船の製作速度、最後に爆弾の調達速度になるわね」
付け加えるなら、カラメル族が提供してくれるヘリウムガスの量も関係してくるだろう。カラメル族も悪魔軍との戦を肯定してくれるのだが、その支援は直接的な武器に関しては一切ない。できれば内燃機関を強請ってみたのだが、あまりに古い技術で再現不可能と言われてしまった。
まあ、素材等の技術品は提供して貰っているから贅沢は言えないけどね。
「飛行船は小型が2隻できたんだろう? そろそろ、大型じゃないのか?」
「そうね。でも、後々を考えると小型は3隻以上欲しいわね」
哨戒用か、物資の移動用なのか迷うところだな。
大型の飛行船が3隻建造された段階で、西を叩くことになるのだろうか?
姉貴が小型を欲しがっているということは、小型飛行船を使うことも計画の内ということだろう。100kg爆弾が50個積めるからイオンクラフトの攻撃機よりも50倍の能力があるんだよな。
3日後の昼下がり、俺達は会議場の1室に集まった。
来年早々には、また連合王国の重鎮が集まる場が開かれる。その前に、反攻計画の大工程と、西の敵を殲滅するまでの短期工程は作らねばなるまい。
俺達とユング達それに連合王国の総指揮官であるガラネスと士官が数人。それに西の防衛を指揮している師団長が指揮官を同じように連れて来ている。
見知った者もいるが、士官連中は初めて見る顔だ。
教室よりも少し広めの会議室で、仮想スクリーンを大きく広げて互いに意見の交換を行う。
反攻作戦が4つに分かれるのは全員の一致するところだ。
第一段階の連合王国の西を攻める悪魔軍の殲滅。これは大陸西岸までを取り戻すことが作戦目的になる。
第二段階は東回りの悪魔の侵攻ルートを遮断すること。作戦の最終目的は西の大陸に設ける予定の俺達の反攻拠点である隠匿拠点の東まで、悪魔軍を押し戻すことにある。
第三段階でいよいよ本格的な反攻が行われる。この反攻で抑えるべき敵の拠点はかつてのククルカンだ。この地を押さえられれば、西回りの敵の侵攻軍を阻止できる。テーバイの東を守る連合王国の精鋭を西の大陸に師団規模で送ることも出来るだろう。
第四段階で、南米大陸への侵攻が開始される。地上を制圧し、悪魔軍の地価拠点をしらみつぶしに叩くことになる。
「壮大な作戦ですね。ラグナロクとは良く言ったものです」
「ですね。ですが、その4つの段階にも作戦名が欲しいところです」
ガラネス達の話も一理あるな。数年で終る話ではない。南北アメリカ大陸を制圧するには一体どれぐらいの時が必要なのか検討もつかない。
各段階の作戦をきちんと完遂させて次の作戦に繋げる必要があるのだ。
そういう意味でも、各段階の作戦名は重要になるんじゃないかな?
「一応考えてみました。作戦第一段階は『ギャラルホルン』、第二段階を『ナグルファル』、第三段階は『ヴィーグリーズ』、第四段階が『バルハラ』と呼称しようと思います」
全て、ラグナロクの中に出てくる言葉じゃないか。まあ、俺達にはそれでも良いけど、連合王国の連中には何の事かさっぱりなんじゃないか?
「エルフ族の伝承にそんな言葉が出てきますね。確かラグナロクと共に他人には聞かせるなと前置きがあったと思いますけど?」
「エルフの伝承が具現化したと思ってもいいんじゃないかしら? エルフの長老なら今回の反攻作戦に幾ばくかの類似性をみいだすと思うわ。だけど、私の作戦名に異論を唱えることはないと思う」
エルフの世俗化ということだろうな。かつての隠遁した生活はかなり改善されたように思う。ジュリーさんなんか、ラグナロクという言葉を言いかけただけで慌てて俺の口を塞いだからな。
「出来れば『ナグルファル』終了を知って後任に任せたいものです」
「そんなに悲観しなくても良いんじゃないかしら? フラウ、とりあえずナグルファル終了までのタイムスケジュールを説明して」
フラウが席を立って、スクリーンの傍に移動すると、ラミィがもう1つのスクリーンを展開した。
「ラグナロク発動を連合王国の行政府が指示して、24時間以内に西への攻撃を開始します……」
最初は、飛行船による爆撃だな。
続いて、イオンクラフトによる地上攻撃が開始される。その後ろから亀兵隊の一斉突撃が行われ、最後に正規軍の侵攻という順番のようだ。
当たり前の感じがするけど、これなら正規軍の後ろには悪魔軍の残党は残らないだろう。
「飛行船は小型を4隻使用します。3隻目が今年中に、4隻目が来年の夏には完成します。大型飛行船の1席目が来春に完成する予定ですが、これは敵軍の上陸地点の爆撃と隠匿拠点への物資輸送に使用します。来年の暮れには大型飛行船がもう1隻完成しますけど、使用目的は同じです」
満遍なく、連合王国の西を爆撃するみたいだな。次の作戦を見越した爆撃も計画しているようだ。
「そうしますと、武器の調達が問題になってきますね」
「ギャルラホルン前に爆撃は始められるだろう。現在の50kg爆弾製造ラインとは別に100kg爆弾の製造ラインが完成している。現在の備蓄量は1000個を超えているぞ。AK47は3千丁に達しないだろうが、亀兵隊には割り当てられると思う。弾薬の備蓄も順調だ」
食料や燃料、それに水や医薬品も必要だ。
早くて来年の後半になるのであれば、それら資材の準備も今から始めないとなるまい。