R-149 指揮を執る場所
ユングから災厄が確実に訪れると告げられてから10日後、連合王国の標準時で丁度12時になった時、テレビやラジオが全ての番組を中断してエクソダス計画の発表を行った。
同時刻に連合王国軍と同盟国以外の国々にも災厄の知らせとエクソダス計画の発令が発せられる。
2時間後にはボランティアの人々が家族を伴って航宙機の離着陸場に集まり始めた。
今のところは、計画通りということだろう。義務教育に中でエクソダス計画の概要をあらかじめ伝えておいたのが混乱を抑制しているのかもしれないな。
俺達は、リビングの壁の1つに仮想スクリーンを10個以上表示させて、皆で状況をながめながら、不都合のある場所が無いかどうかを見守るばかりだ。
静止軌道上ではダイモスの制御室でユング達が同じような事をしているのだろうが、ボランティアを宇宙に上げると、地球と月のプラットホームの監視がユング達の仕事になる。
「いよいよ始まるとなると、まだまだ氷を運んだ方が良かったような気がするのう」
「カラメル族のタトルーンがやってくれるよ。水と海水を交互に運んでくれるはずだ」
まだまだ時間はある。地上の資源を運べるだけ運べばそれだけ月での暮らしに余裕ができる。
空気だって、バビロンのプラントで液化されたものをまだまだ運べるはずだ。
それに、人員輸送用の航宙機だって、座席を外せば大きな貨物室にすることが出来る。何度か資源を積込んで往復できそうな気もするな。
「リムちゃん。辺境の村や町の人口は少ないはずだ。移動の終了した村や町を地図上でチェックしといてくれないか?」
「分かりました。テーバイの南30kmに病院船が浮上しました。救急車がテーバイに向かっています」
手順通りということだな。早ければ1日でテーバイの病人と老人を移動できそうだ。
「航宙機も一緒かな?」
「小型が3機同行しています。これに医療チームとボランティアが乗り込むんですね」
「本格的な人の移動は3日後になるはずだ。今頃は続々と航宙機が軍の駐屯地に向かってるはずだよ」
モスレム市には駐屯地が無いから、郊外の荒地が避難民の終結地になる。市の警邏隊が指揮するトラックが荒地に集まりだした。
避難民を一時的に入れる大型テントと、離着陸場の照明等が急ピッチで作られ始めている。
エクソダス計画が発動した時点から、全ての統率権が姉貴に委ねられる。姉貴の采配が人類の未来を作ると言っても過言ではない。
姉貴も俺達と同じように、事態の推移をイオンクラフトの中でアテーナイ様と一緒に眺めているに違いないな。
災厄の日まで、残り125日。
貴重な時間を政庁の連中が無駄にしてくれたが、それでもかなりの余裕がある。
エクソダス計画発動から3日間で、2万人以上のボランティアを送り出し、月コロニーの住民達も、月の静止衛星軌道を回る3基のプラットホームや、受け入れのコロニーで待機してくれている。
「今日から本格的地球からの避難が始まる。今のところは予定通りと言えるだろう。引き続きよく見といてくれよ」
「だいじょうぶです。それにしてもペットの数が多いですね」
ミーアちゃんが、小さなバスケットに入れた子猫を、大事そうに抱えた少女の画像を見ながら呟いた。
人口が鈍化した原因の一つなんだろうな。ある意味家族同然だから、引き離すことは姉貴も諦めたようだ。大型で無ければそれほど害はないんだろうが、総数は100万匹を超えるんじゃないだろうか?
ペット用の餌を今頃軍がかき集めているのかもしれないな。俺達と同じ食事ができれば問題は無いのだが。
「テーバイ市からの病院船搬送は順調です。予定の9割を完了しています。周辺の町や村はすでに完了した模様です」
「確認部隊は動いてるのかな?」
「イオンクラフト2機が回っています。彼らが病院船に確認結果を報告するまでは対象となる町や村の病院搬送が終了したことにはなりません」
姉貴の念には念を、がこんなところにも表れている。
確実に地球脱出を行うためには、そんな部隊も作らねばならなかったようだ。
一個分隊が搭乗できるイオンクラフトは、ヨルムンガンド運河の南部の広域偵察と爆撃を行う物だったようだ。
2個分隊での捜索活動のようだが、2個小隊規模にしていたはずだ。残りはテーバイ市で活動してるのかな?
「最初の船が上がったぞ! さすがはテーバイ市じゃな。それに引き換え……」
「アトレイムはすでに搭乗を終えてるじゃありませんか。それほど嘆くことではないともいますが?」
サーシャちゃんとミーアちゃんの関係は昔のままだな。
俺としては、少し時間差が出ても良いと思っている。それだけユングの方の受け入れ作業が煩雑にならなくて済むからね。
となると、一応知らせておくか? ずっと地上の光景を見守っては入るんだろうが、礼儀も必要だろう。
端末の通信機能を使って、ユングのアドレスを入力する。
「明人だ。最初の航宙船が上がったぞ。後は頼む。それと予想以上にペットの数が多いが、姉貴は規制をしていないようだ」
「了解した。後は任せとけ。ペットの件は仕方ないだろうな。飼い主にとっては家族ってやつだろう。自分達の部屋で飼うなら問題ないはずだ。とはいえ、大型はダメだぞ」
「今のところ、中型犬が最大だ。他人に迷惑を掛けなければ良いんだが……」
ユングが笑ってるのは、俺がイヌに噛まれたのを聞いたことがあるからだろう。小さな女の子に吠えていたイヌに石を投げたら、パクリと噛まれてしまった。
姉貴が助けてくれたんだけど、どうやって姉貴は助けてくれたのか、いまだに思い出せないのもおかしな話ではあるんだよな。
互いの健闘を祈って俺達は通信を切る。姉貴からの連絡がまったくないのは、順調ということに違いない。
連合王国以外の王国やアメリカ大陸の開拓村と町の状況を眺めると、アフリカ大陸の沿岸王国は王都に周辺の町や村から続々と人が流れているようだ。兵士達が王都の周りに一時的に暮らせるようテントをたくさん張っている。
着陸した航宙船に2列で人々が歩いているが、列を乱すような者は見受けられない。軍がしっかりと統制を取っているようだ。これなら特に問題は無かろう。
アメリカ大陸の開拓にかなりの人間が渡っているのだが、土地が広すぎるのも問題みたいだな。大きな町に発展せずに、小さな町があちこちに出来ている。そんな町の住民避難を北から行っているようだ。
町の大きさが1万人を超えるところは片手で数えられるから、5隻の航宙船が町単位で住民を一括避難させることで対応する計画だ。
エイダス島の住人はネコ族とドワーフ族がほとんどだ。この島の最大の問題は魔石採取に向かったハンター達とは彼らが洞窟を出ない限り連絡が取れないことなんだが、一回の魔石採取に10日以上洞窟にいることは無いらしい。数日後には全ての魔石ハンターが災厄の知らせを知ることになるだろう。
そういえば、ハンターは獲物によっていくつかに区分されてたはずだ。
最大でも10日前後の日程で行動してるはずだが、各ギルドはきちんと連絡を取っているんだろうか?
「アルトさん。ハンター達への周知と行方不明のハンターがいないかどうかギルドに確認してくれないかな?」
「了解じゃ。昔ならギルドで事足りたが、今ではいくつもギルドがあるから面倒じゃな……」
ある意味住所不定で活動するから、いろんな依頼をこなせることも確かだ。彼らにギルドカードを発行するギルドに、災厄が来たことを知らせる義務を負わせてはいるんだが、きちんとしてなければハンターが取り残されてしまう。
アルトさんが確認した数字は各ギルドとも80%後半だった。100%になるにはまだ日数が足りないということなんだろう。
突然仮想スクリーンに姉貴が割り込んできた。
「いよいよ始まったわ。アキトの方でも状況を見守ってると思うけど、出来ればこっちに来てくれない? 今は岬の別荘にいるんだけど、やはり全体の状況把握と統制は一元化した方が良いと思うの」
「俺達なら特に問題は無いけど、何か準備するものはあるのかな?」
「特にないけど……、リオン湖の別荘に戻ることは無いと思うから、使えそうなものは運んできて頂戴。大きな魔法の袋があったわよね」
そういうと、通信を切ってしまった。
まったく、いつまでに向かえばいいのかぐらいは伝えてほしいものだ。
「ギルドには俺が伝える。アルトさん達は姉貴の言葉通りに使えそうなものを大型の魔法の袋に詰め込んでくれないかな? リムちゃんは持ってるよね」
「我等も持っておる。となれば、片っ端から詰め込めば良いであろう。アキトが帰るまでには終わらせるから、急いで伝えに行ってくるのじゃ!」
持ってなかったのは俺と姉貴ってことか?
とりあえず、アルトさんに任せて別荘を出たけどちょっと心配だな。どんな基準で袋に詰め込むんだろう?
ギルドのカウンターにいるお姉さんに、俺達全員がアトレイムで航宙船に乗ることを伝えた。ネウサナトラムのハンター2組が、まだアクトラス山脈で薬草を採取しているらしいが、中レベルということだから数日も経たずに戻ってくるだろう。
俺達の別荘に入る林の入口を閉じて、モスレム王族の子孫が所有する別荘の片隅からカヌーで俺達の別荘に戻ってくると、庭をほとんど使ってバジュラが着地していた。
「すでに荷物は収納しておるぞ。アキトとミズキの私物は我の袋に入れてある。あまり荷物が無いのう」
アルトさんの話を聞きながらリビングに入ってみると……、何にも無い。
さっきまで座っていたテーブルさえ無くなっている。魔法の袋は大きな収納能力は持っているけど、まさか別荘の中の物を全て入れたんじゃないだろうな?
「盗賊が来てもだいじょうぶじゃ。月のコロニーはこの別荘と作りはほとんど同じ。また同じように暮らせるであろう」
「捨てる物って無かったの?」
「皆、想いでの品じゃ。捨てるなどできぬ」
そんなことを言って皆で頷いてるけど、避難する人達は小さなバッグに入るだけの物だけなんだよな。だけど……、中には魔法の袋に詰め込んでくる者達もいるだろう。そこまでは規制できるものではない。
そう思って、ここは諦めるしかなさそうだ。
いろいろと思い出のあるリオン湖の別荘に皆で頭を下げて別れを告げる。
バジュラ腹部に乗り込むと、サーシャちゃんが仮想スクリーンを使って操縦を始めた。
ネウサナトラムの上空を一回りしたところで、一気に南西に進路を取った。
早く行かないと、姉貴が何を言い出すか分からないからな。
すでに夕焼けが始まろうとしているが、バジュラの速度は航宙機を超える。夕食時には間に合うんじゃないかな?