R-147 災厄の知らせ
避難計画の作成に3年を掛けたのは、ちょっと問題ではあるけど何とか見通しが立った。
連合王国軍が避難計画を基に小さな町で訓練をしてくれるらしい。訓練の規模を少しずつ大きくすれば、計画の修正を行うこともできるだろう。
かなりアバウトに航宙船の数を決めていたのだが、俺達の計画を基にユング達が月コロニーまでの避難計画を作ると、当初の数よりかなり増えてしまったようだ。
稼働率を8割としたことにもよるんだろうけど、最終的な航宙船は、地上脱出用が32隻、月までの航宙船が35隻となったようだ。
「これで、輸送については目途が付いたけど、先行する移民の募集が来年から始まるのよ。4つの神殿をハブとなるコロニーに、どうにか設置できたわ」
姉貴が仮想スクリーンから目を離さずに呟いたけど、どんな神殿なんだろうな。各コロニーに設ける分神殿はサマルカンドに作った物と同じらしいけどね。
その維持管理のために、神官達が200人ほど派遣されるらしい。その時に第一次移民団が同行するのだ。総数は3万人に達するらしい。
「第一次があれば二次もあるのであろうな。少しずつ月の住人を増やせば良い」
アテーナイ様はパイプを咥えながら、ぼんやりとアルトさん達を眺めている。アルトさん達は暖炉の前にスゴロク盤を広げて熱戦の最中だ。
暗い表情をしているところを見ると、かなり形勢が苦しいらしい。
「これでどうにか一段落かな?」
「まだまだ不足だわ。サーシャちゃん達には引き続き小惑星帯から金属塊を集めて貰わないといけないし、アルトさんにはアメリカ大陸でマンガン団塊を集めて貰うつもりよ」
マンガン団塊って海底にあるんじゃなかったか? だが、超磁力兵器で大規模な地殻変動が起こったから、地上に出た海底もあるってことなのかな?
「ほう、宝探しというわけじゃな? で、どのあたりで探すのじゃ」
「スクルドの南の荒地が狙い目よ。でも、どんな生物がいるか分からないから、アルトさん以外に頼むのは……」
姉貴の言葉に、アルトさんの目が輝きだした。
長い付き合いだから、アルトさんとの付き合い方が姉貴なりに分かったみたいだな。アテーナイ様が苦笑いをしているし、キャルミラさんは納得したのか頷いている。いつの間にか、スゴロクの勝負が付いたみたいだ。
「あの辺りは我等の方が土地勘があるのじゃが……」
サーシャちゃんも小惑星帯に向かうのは面白くなさそうだな。
「なら、我等と一緒に行けば良い。イオンクラフトも大型になっておる。じゃが、マンガン何とかはどうやって見つけるのじゃ?」
「金属探知機を使うことになるわ。それほど大きくは無いと思うんだけど、探せるだけ探してきてね」
嬢ちゃんずが暖炉の前に端末を置いてバビロンと通信を始めたようだ。簡単な金属探知機を作って貰うのだろうか?
「残念じゃが、我は神官達と第一次移民団の調整をせねばならん。目的をキチンと理解させねば本末転倒じゃからな」
「よろしくお願いします。その時には全員が何らかの形で動員されることになりますから」
「基本は計画書の通りで良いのであろう? 動員してから、受け入れを開始するまでに数日の余裕がある。その辺りは月に暮らす者達で訓練すれば十分じゃ」
それがちゃんとできるかどうかが問題なんだけど、あまり心配しても始まらない。まったく準備をせずに避難するより遥かにマシだ。
避難民の受け入れが問題でコロニーが滅んだ場所もあると、ユングが話していたのを思い出した。
人道的に対処したつもりなんだろうが……。なかなか難しい話だ。最善の策は、姉貴の考える通り、全員が避難できる場所を作っとくということなんだろうけどね。
「それで、まだ氷は運んでるの?」
「すでに1000万を超えてるけど、もう少し続けたいわ。それが終われば海水になるけど、凍るときに分離しちゃうから面倒なのよね」
海水が凍るときは、最初に真水の氷ができると聞いたことがあるな。となると、海水の保管はどうするんだろう? ビニル袋に小分けして氷を保管するんだろうか?
すでに完成した海水の養殖場は直径500m程の大きな水槽だ。1つで100万t程の海水が入ってると教えてくれたけど、あれからいくつ作ったんだろう?
少なくとも2基分ぐらいの予備の海水を保管しとかなければなるまい。だが、場合によっては人工海水という手もありそうだ。
「もっとも海水の魚は近海で取れるものだけよ。マグロやカツオは難しそうだわ」
「ちょっと残念だね。でも受精卵は何とか持って行きたいよ」
姉貴が頷いてるところを見ると、猟師達と合意が出来てるのかもしれないな。種の保存も大事だけれど、マグロは美味しいからな。
「野菜類の水耕栽培は大学にお願いしてるし、保存食の生産はユグドラシルとバビロンのラインが動員されてるわ。それでも1日に1万食程度だから、避難者全体に供給する量には時間が必要よ」
生産ラインを増やすということも考える必要があるかもしれない。まぁ、避難するときに食料を持ってきてもらっても良いかもしれないな。残しておくなら無駄になるだけだが、後でまとめて運べば少しは食料事情が緩和されるかも知れないぞ。農業生産コロニーからの取入れが始まるまでは時間が掛かりそうだからね。
「アキトには昔ながらの保存食を確保してもらいたいわ。バビロンの保存食なら10年以上持ちそうだけど、3年程度持つならそれなりに使えるでしょう? 毎年、三分の一ずつ放出して新たに手に入れれば良いわ」
「となると……、干し肉と乾燥野菜かな? 穀物も同じように蓄えられるんじゃないか? 長期保存はさすがに無理だろうけどね」
これでお願いと言って渡された金額は金貨10枚だった。
しばらくそんな保存食は買い込んだことが無かったけど、今でも作ってるのだろうか? エイダス島かアメリカ大陸のハンター相手の商店にでも行かないといけないのかも知れないぞ。
そうなると、どこにでも直ぐに出掛けるユングに頼んでおくのも手だろう。ダイモスの倉庫に保管して貰っても良さそうだ。
そんなことで、ユング達は俺と一緒に昔ながらの携帯食料を注文するために、あちこちと回ることになった。
確かに、連合王国ではそんな食料の需要は減っているようだ。
長期間の魔石狩りや野生の獣を狩るハンター達に、需要が特化していたのも時代を考えさせられてしまう。
どうにか荷をダイモスに運んだところでユングと別れて別荘に戻ったのだが、秋も過ぎたというのに嬢ちゃんずがまだ戻っていなかった。
おもしろいことでもあったのだろうか?
「けっこう金が取れるみたいなのよ。前にも似たことがあったよね」
「アトレイムの別荘を貰った時だね。今度はどれ位取れそうなの?」
「さすがに、あの時ほどは無理でしょうけど、軍資金にはなりそうね」
詳しく聞いてみると、マンガン団塊を生成する際に出てくるらしい。金属塊で輸送しようとしていたようだな。団塊には微量に含まれているらしいが、さすがに金鉱山よりは少ないとのことだ。
それでも十分なんじゃないか? 少しは月に送っても、避難準備の軍資金として使わせてもらおう。
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さらに50年の月日が流れた。
マンガン団塊の採掘は、今ではハンターの仕事になったようだ。
トラックと金属探知機を持って、大陸の荒地を探索している。レアメタルの品位が高いみたいだから、電子機器の部品としていつも品薄らしい。
「月には数十万人が暮らしておる。人口族かに合わせて航宙機の数も増えてきたが、一向に災厄はやって来ぬのう……」
「来たら困るでしょう? 私達の努力が無駄になるならその方が良いのよ」
アルトさんの呟きに姉貴が答えてるけど、俺もその通りだと思う。
地球を捨てて逃げ出す先に、同じような惑星があるとは限らないからね。今度こそ平和に薬草を採取しながら生活ができそうだ。
ユング達は、木星軌道上にいくつかの早期警戒衛星を配置したようだ。太陽の極軌道にもいくつか飛ばしているらしいから、それで災厄をもっと早く見つけようとしてるんだろう。
おかげで、ネウサナトラムの自宅にいるよりは、ラグランジュポイントのダイモスにいる時間の方が長くなっている。たまに帰るのは自分達の嗜好品の買い付けと、ダイモスの艦内空気を一定に保つための液体空気を仕入れるためらしい。
第一次移民団が月に根を下ろしたところで、月旅行が旅行会社の手で動き出すことになった。
1人銀貨20枚という値段は、庶民なら2か月分の給与にも匹敵する値段ではあるのだが、100人の募集枠に1万人が応募する始末だ。
一か月に2回のペースで旅行者が月を訪れることは、月で暮らす人達の万が一の案内人としての役割を訓練することにも役立つだろう。
「何もないところなのじゃが……」
「それは行ったことがあるから言えるんじゃないかな? 月からの地球は綺麗だったはずだし、険しい山脈や大地の裂け目だって見学できるだろう。それに、重力が六分の一に減った場所での散歩も楽しいんじゃないかな?」
確かにそうじゃが……、なんてアルトさんが呟いている。
人それぞれに楽しみがあるんだろう。他人に迷惑が掛からなければ十分だと思うな。
何事も無く俺達がのんびりと暮らす日々が、何百年か過ぎた時だった。
突然、端末がけたたましい警報音を発した。
こんなことをするのは、ユグドラシルかバビロン、はたまたユング位のものだ。
直ぐに端末を立ち上げると、ユングが真剣な表情をして現れた。
「アキト……、災厄だ。現状での衝突確率は94%。数日後に惑星Xの近傍を通る。その時の軌道の歪みで質量と衝突確率がもう少し正確になるはずだ。地球衝突まで145日だぞ!」
俺達は互いに顔を見合わせた。
いよいよってことか? もっとずっと先の事だと思っていたが、案外早くにやって来たものだ。
「避難準備は全て整っていますし、十分に余裕があります。とはいえ、全員端末を持って、作業の順番を確認しましょう。次のユングの通信が来たところで、公表することにします」
「いたずらに民衆を騒がすことも無かろう。我も賛成じゃ。どれ、皆でゆっくりとおさらいをしようぞ」
姉貴の言葉にアテーナイ様が直ぐに賛成する。
それに釣られるように皆が頷くと、各自が全体計画を自分の端末に取り込んでいる。
俺も、しっかりとファイルを自分の端末に取り込んだ。
そんな事をしている間に、ディーがコーヒーと紅茶を運んでテーブルに並べる。姉貴はその間に仮想スクリーンを拡大して、俺達へのレクチャーを準備している。