R-146 観覧車のような救急車
ディーが運んできた救急車を姉貴と一緒に眺めた時には、互いにポカンと口を開けたままだった。
得意げにディーが概略仕様を話してくれたのだが、俺にはどう見ても観覧車にしか見えないんだよな。
「病人を入れるカプセルの大きさは直径1.2m、長さは3mです。収容者が2.4mの身長まで対応できますから、リザル族の成人でも問題ありません。
ごらんのとおり、回転する架台に水平にカプセルを取り付けます。専用の台車を作るそうですから3人で架台への取り付けは可能です。
1つの課題に取りつけられるカプセルの数は8個、救急車の荷台に横2列、縦に3列架台を付けましたから、一度に48人を搬送できます」
運転席の後ろにある席にはモニターが並んでいるし、左右の課題に間には細い通路が作られている。搬送中の患者の容態も監視できるのだろう。
ちょっと大きいけれど、病院前の駐車場や道路に着陸出来ないことはない。イオンクラフト自体は、横8m、長さ15mぐらいだな。
これで時速300kmで飛べるし、稼働時間は8時間ほどあるそうだ。燃料はカートリッジ式だからあらかじめたくさん用意しておくことも可能だろう。
「そうなると、病院船を置く場所が問題よねぇ……」
「テーバイから拾っていけば良いんじゃないか? 最後はアメリカ大陸になりそうだけど」
「病院の数と距離を考えて必要台数を出してくれない? とりあえず10台は確保するように頼んどくわ」
「出来れば、3台ほど収容人員を32人に減らしてその分燃料カートリッジを増やせないかな? 辺境の町や村からあらかじめ運ぶことも考えたい」
「合計5台という事ね。出来たところで病院船に積み込んでもらうわ」
「収容人員を減らすことで稼働時間を12時間まで伸ばせそうです」
ラミィが最後に付け足してくれた。これで再度打ち合せるか……。
翌日、ラミィの操縦して貰って、アトレイム地方の岬にある別荘に向かう。速度が、今までのイオンクラフトよりも早く感じるな。2時間で到着したぞ。
おかしな形のイオンクラフトでやって来たから、直ぐに皆が外に出てきた。
ラミィの説明を聞きながら、荷台の観覧車を眺めている。
「なるほど考えましたね。一度に40人以上を運べるわけですな」
「あらかじめカプセルの中に病人を寝かせるのですね。これならゴツゴツした振動もありませんし、運ぶことは容易でしょう」
そんな感想を言っているけど、否定する意見は無いようだ。やはり病人搬送に付いては良い案が無かったんだろうな。
そんなことで、俺達の会議は昼食を終えてからということになった。
少し早めの昼食を取りながらも、各自の持ち帰った課題に他する対策が少しずつ披露される。
ラミィが聞いているから議事録を取る必要すらないのがありがたいところだ。
「病人や足の弱った老人が自宅にいることも問題です。エントラムズ市だけで2千人近い数字が出てきました」
「感染症の場合も問題になりますね。カプセルの使いまわしが出来ません」
落穂拾いをするように集めなければなるまい。そうなると小型の機体もいるんじゃないか? 横2列ではなく荷台に縦に2列備えれば16人を乗せられる。救急車8台に相当するし、早く運べるのが何よりだ。
「大学の医療学生も動員できるのではないでしょうか? 診察はさすがに出来ないでしょうが、容態に急変が無いことを確認するだけでも助かると思います」
「軍の衛生部の連中も使えますよ。野戦病院を作れますからね」
ホワイとボードや通信機それにバビロンと結んだ端末を使いながら、航宙船への移動計画を纏めていく。
弱者の搬送を別途考えたから少しは楽になるな。幼児は専用のバケットに入れて母親が持つことにした。空気で膨らむ風船のような作りだから、振動にも強いということだ。
そんなものがかつてのバビロンで使われてたとはね。早めに確認しとくんだったな。
あちこちの団体から協力の申し込みがやってくる。村の常会から旧王族達の慈善団体と様々だが、場所と特異な分野を組み合わせるといろいろとできることが分かった。
商店街からも、その時にはトラックで店の物を運んでくると言ってくれたのはありがたかったし、屋台の連合からはスープ作りを2日後から開始できるとまで言ってくれた。
そうなると、あの自分勝手な団体の動きが気になるところだ。
一カ月ほどして終わりが見えた頃に、姉貴に確認したところすでに対応が終わったと教えてくれた。
ここではいろんな人がやってくるから、情報もそれなりに集まってくるのだが、そんな話は聞いたことも無かったぞ。
闇から闇へ……、ということなんだろうか? アルトさん達が派手に動いたと思うんだけどねぇ。
アトレイム市の避難計画を粗々まとめたところで、周辺の町や村を対象に含める。小さな開拓村も無視できないから、地図で丁寧に潰していく作業が結構煩雑だ。
とはいえ、避難方法についてはある程度確定してるから、人員構成が分かれば機械的に行うこともできる。
アトレイム地方が終われば、次はテーバイ地方から順次行えば良い。
こんな作業で今年は終わるんじゃないかな?
「作業が進めば進むほどに大変な計画ということが実感できますね。魔族大戦の動員計画を読んだことがありますが、それを遥かに超えています」
「対象となる数が多いからね。とはいえ、切り捨てるということは論外だ。何としても皆を連れて行かねば……」
休憩時間にバイトさんとタバコを楽しむ。今日は外で一服だ。
東の森の向こうに漁師町が見えるけど、大きくなったのがここからだと良くわかる。
俺達が今頑張っても、10年単位で見直す必要が出てくるに違いない。平和な時代は人々の生活を豊かにする。それだけ人口も増えるだろうからな。
計画が立案されても、その変数や母数は変わっていくのだ。定期的な計画書の見直しが必要だな。
「ところで、今回の計画書はどれぐらいの余裕があるんだ?」
「そうですね……。2割は無いと思います」
「となると、都市の人口増加の割合を調べる必要がありそうだ」
「すでにデータ化してありますよ」
リビングに戻ってバイトさんが持参した端末を立ち上げた。まだ仮想スクリーンを持つまでには至っていないが、小さなカバンほどにまで端末を作れるまでに技術は発展したようだな。
「これです。この頃、伸び率が低下しているようにも思えますが、私には、原因は判断しかねます」
「昔と違って出生率が下がってるんだ。数百年前と今では兄弟の数が減ってるはずだよ」
「確かに、でもなぜでしょうか?」
「子供に教育を充実させるためさ。子供が少なければそれだけ教育につぎ込めるだろう」
ある程度社会が成熟すると、出生率は下がるんだろうな。幼児の死亡率は下がるし、危険も少ない。とはいえ交通事故は昔はほとんどなかったけどね。
「この増加率で行けば20年は問題なさそうです」
「なら、その半分の10年おきに計画の数字を見直せば十分だろう。見直すべき項目も洗い出しておかねばならないぞ」
「それはだいじょうぶです。基本の数字をリスト化していますから、その数字を変えれば避難完了までの日数とボランティアの配置が求められますよ」
避難に用いるイオンクラフトやトラックの数は、その見直しで90日を超えた時に見直せば良いだろう。10日の予備があれば、予想外のトラブルも吸収できるはずだ。
どうにか、年内に連合王国の5つの地方の避難計画を纏めた。来年は辺境の町や村だが、用意された航宙機の数が10隻だからこの配分を考えなくちゃならないな。
今回もいろいろと課題が出てきた。一番の課題は月の方でやってくる避難民をきちんと各コロニーに分配できるのかということだ。
やはり、ある程度先行して月に住む人達を確保することが必要になってきそうだ。各コロニーに数百人規模で人を配置するとなると、家族も一緒だろうから数倍の規模に膨れ上がる。コロニーは30万人から50万人規模で150基が作られているから、最初から数万から10万人が住むということになりそうだ。これはかなりの問題だ。
アトレイムの別荘から、ネウサナトラム村の別荘に帰ってくると、村はすでに雪に包まれていた。
ラミィをユング達の家の前で下ろすと、ユング達が出迎えている。ユングもちゃんと家族を楽しんでるようだ。そんな彼らに手を振ると、ユングも片手を上げて答えてくれる。
俺達の別荘の庭にイオンクラフトを下ろしたけど、大きいからなぁ、後でどこかに保管して貰わないと困ってしまいそうだ。
そんなことを考えながら別荘の扉を開けると、リビングにいた連中が一斉に俺を見る。
「ご苦労じゃった。婿殿が最後じゃな」
アテーナイ様の言葉に皆に笑顔が戻る。どうやら、新年を迎えるために集まっていたようだ。それぞれの仕事が一段落したってことだろう。
姉貴の隣に腰を下ろすと、ディーがマグカップでコーヒーを出してくれた。
ありがたく頂きながら皆の様子を見ると、アルトさん達は暖炉の周りでスゴロクを楽しんでいる。アテーナイ様と姉貴はのんびりとチェスを楽しんでいたようだ。
俺が返ってきたので、勝負はお預けみたいだな。チェス盤を横にどかして姉貴達もコーヒーを飲み始めた。
「今度は上手く行きそうなの?」
「まあまあってところかな。来年で避難者の輸送計画が纏まりそうだ。だけど、いろいろと問題にも気付いたよ。送りだす方にも問題はあったけど、受け入れる方にだって計画が必要じゃあいかな? 毎日100万人単位で月に向かうんだよ」
俺の言葉に姉貴達も頷いている。ということは、薄々気付いていたということになるな。
「数十万人を先行して住んでもらうことになりそうだわ。その事はアテーナイ様から教えて貰ったんだけど、教団がその問題に早くも気が付いたみたい」
「教団の神官達は妻帯はせぬからのう。彼らを永住させることはできぬが、良い瞑想の場にはなりそうじゃというておった」
まぁ、静かな事は確かだろうな。だけど、神官の総数は精々1千人に満たないはずだ。送り出しても数十人ということだろうに。
「教団の神官達が受け入れ者となる永住者の面倒を見てあげると言ってくれてるのよ。数十人の神官なら開拓村を指導することは可能でしょう。数人で200世帯ほどを見守ってくれるわ」
「1万人規模ってことだね。……だけど、俺達が考えた数字は10万人規模になる」
「先ずは1万人、少しずつ増やすこともできるわ。月での生産設備の維持管理も必要でしょう?」
ある程度、月に送り込んでおくということなんだろうか? 人口増加が少なければ、月で暮らす人数分が地上から送り出す人数を減らせることになる。その分、脱出するための日程も少なくできそうだ。
「だけど問題もあるんじゃないか? 何といっても無政府状態だ。ある程度の統治システムを考えてからの方が良さそうにも思えるよ」
「月での統治は、一時的に長老政治を取ることになるわ。各部門の長老と連合王国軍、それに私達の代表、バビロンやユグドラシルの神官とカラメル族の長老で行おうと考えてるんだけどね」
検討中なんだろうな。民主主義から少し後退するかも知れないけど、コロニーの維持管理は絶対だ。テロや犯罪は厳罰で臨むことになるのかもしれない。
「閉鎖空間の政治は難しいだろうな。新たな星に向かう進路が政権交代でコロコロ変わるようでは本末転倒だ」
「場合によっては、専制主義をとっても良いと思うぞ。婿殿なら問題も無かろう?」
姉貴が一緒になって頷いてるけど、そんな自信は全くないな。どこまでも周囲に流されそうな気がしてならない。
だけど、姉貴とアテーナイ様がそんな話をしているとなると、新年の会合はそれが大きく問題提起されそうに思えてくる。