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R-144 避難計画を作ろう


 翌日、リビングにホワイトボードを運び入れて、コの字型にテーブルと椅子を並べた。

 メモを取る必要も出てくるだろうし、コーヒーだって飲みたいところだ。窓際の席を取ってサイドテーブルに灰皿を用意してもらうと、俺の横にバイトさんが座った。彼も喫煙をするということだな。

 議事録は皆が集まってからということで、コーヒーを飲みながら待っていると、次女が来客を告げる。

 やって来たのはシスターが5人だった。

 

 早速互いに挨拶をすると、どうやら隣の修道院のシスターが議事を控えるために加わったらしい。コピー機も修道院にあるとのことだから、これは俺達にとっても都合が良い話だ。

 全員に紅茶が出されたところで、簡単に何をなすべきかを説明する。

 5千万人、100日というところが強調されてはいるけど、将来的には人間の数が増えるだろうと話しておく。


「とてつもない計画であることは理解しました。アキト様達の考える災厄は私達への神の試練だと私達は認識しております。神の試練に耐えられるよう我等一同努力を惜しむ気はありません」


「さて、それでは具体的な話を始めましょう。少し私の方で考えたところがあります。これは軍隊の物資の郵送を基本に考えていますから、人道的な要素はまるでありませんが、基本の流れを考える上では参考になるでしょう……」


 バイトさんの話では、脱出計画が始まっても、最初の数日は動けないとのことだ。

 放送設備や小さな町や村に通告したとしても、今までの生活を直ぐに放り出すことはできないとの話は説得力がある。

 次に、航宙船の発着場とその場所を往復する航宙船の数が問題になる。

 3番目は、発着場所までの交通手段。

 4番目は、集まった人達の食事と休む場所の確保になる。


「まだまだありますが、先ずはこの辺りまでを考えませんと先に進みません」

「町全体が移動するとなると、交通手段も準備せねばなりませんね……」


「問題は、月での暮らしにも関係します。地上での暮らしは全て忘れる気持ちが必要です。というのは、持っていける荷物の量をできる限り減らしたい。とはいっても思い出の品もあるはずです。1人の荷物の量はこのバッグに入るだけにしたいところです」

 

 あらかじめ用意したバッグを取り出した。縦横1D(30cm)幅は半D(15cm)ほどだ。

 それを見て全員が驚いている。まぁ、そうなるだろうな。もっと持って行けるものと思っていたに違いない。


「それで月で暮らせと?」

「衣食住全てを準備していますし、仕事もたくさんあります。贅沢はできませんし、お金を持って行ってもお店はありませんよ。それに、たくさんの荷物を持つということは、運べる人間の数を減らすことに繋がります」


 もう少し、大きなバッグにすべきだったかもしれないな。だけど、姉貴やユングは身一つでも問題ないと言って、荷物の必要性を認めなかったんだよね。

 この大きさだけでもかなり頑張って譲歩してくれたんだけど、やはり問題があったか……。


「新たな出発ということでしょう。だけどこの地で生きてきたことを思い出す品であるなら、その大きさのバッグで十分でしょう。私達は同意いたします」

「問題は、このことをいつ周知するかでしょうね。かなり混乱すると思いますよ」


 確かに、問題だろうな。

 あらかじめ告げるか、はたまた、その時が来るまで黙っているのか。

 これも重要な案件に違いない。


「次に発着場となる場所ですが、毎日数万の人が移動してくることになります。場合によっては、分散させることも考える必要が出てくるでしょう」

「今の計画では軍の駐屯地を間借りすることを考えています。航宙船の大きさは皆さんご存知のことでしょう。重量もありますから、荒地では航宙船を破損しかねません」


 どうやら、地方を航宙船の何隻かで回りながら人々を乗せていくことを考えていたようだ。

 もう少し小型であればそれも可能かもしれないな。航宙船の世代交代を行う際に考えた方が良いかもしれない。


 しかし、いろいろとあるものだ。このままではせっかくの計画で運ぶ人数が半減しかねない。

 課題が出た段階で、姉貴に対策方法を考えて貰わねば俺一人では対処しきれなくなりそうだ。

 早急に考えなければならないのは、病院船と辺境の町や村を回る交通手段だが、軍の協力を合わせても少し足りないところが出てくるかもしれない。

 昔の飛行船があれば少しは役立つかもしれないな。あれは広い場所なら着陸も可能だが、ユングに言わせるといろいろと問題もあるらしい。


 次に集まった人達に対する食事の提供だが、これは軍用のキッチンカーが役立つだろう。近くの屋台にも協力して貰えばかなり楽になりそうだ。


「食料の備蓄と井戸も準備する必要があります。それに、乗船待ちの人達が一時的に休める休憩場も必要ですよ」

「エントラムズ市を想定して一度簡単な図上演習をしてみませんか? およそ50万が暮らす市ですから、これで新たな問題が分かるかもしれません」


 リビングのテーブルにエントラムズ地方の地図を広げると、連合王国軍の駐屯地の広場までの距離を測る。およそ40kmだから、軍用車両でピストン輸送ができそうだ。

 演習場が発着場となれば、直ぐ近くに休憩所を設けて、乗る順番を決めることもできる。大型テントを使えばテント毎に順番待ちも可能だろう。テント1つに100人とすれば20個を作れば良いのだろうが、次の順番までを考えて40個を張ることになりそうだ。


「テントを張るだけで2個小隊は必要になります。集まる人々を誘導するのにも1個小隊は必要ですね」

「直ぐに送り出すことが出来ないということになりそうだが、1隻を先に着陸させて乗せてしまうことはできるんじゃないかな?」

「パニックが起きないとも限りません。あらかじめ離着陸場に立ち入ることが出来ないようにしておく必要もあるでしょうね」


「誘導であれば、私達も協力できると思います。神殿のシスター達を合わせれば聖職者の数は300人を超えるでしょう」


 パニック防止にも一役買ってもらえる可能性あるな。ここはありがたく使わせてもらおう。


「各駐屯地の軍用トラックの数は50台を超えるでしょう。当然、周辺の町や村の人達も集めなければなりませんから、使える数は制限することになります」

 10台というところだろうな……。

 航宙船の数は3隻8時間後に再び戻ることにして、発進間隔は2時間とすることにした。


 演習を初めて3分後に最初の課題が出てきた。子供をどうするかだ。

 椅子に座れればシートベルトで固定できるけど、乳幼児はそうもいかないし、母親が抱いていることも難しいだろう。

 その5分後には歩行困難な老人が問題になった。

 次々と市から搬送用のトラックに乗せるまでの課題が山積みされる。


 一旦休憩を取って皆で頭を整理することにした。

 熱いコーヒーを頼んで先ずは一服だ。まったくとんでもないことになったものだ。解決するには別のチームが必要になってくるんじゃないか?


「いやぁ、いろいろとありますね。これは一生の語り草に出来そうです」

「解決できる課題と、少し対策を取る必要のある課題があるな。俺達で解決できそうにない課題を至急まとめてくれないか? 別のチームを作るよう報告するつもりだ」


 バイトさんがタバコに火を点けながら頷いてくれた。明日には課題のリストができるだろう。それを姉貴に送って別のチームを作って貰おう。

 とはいっても、俺達の仲間にこれと言った適任者がいないんだよな。人材不足は何時になっても解消できない。


 軍用トラックで運べる人数は一度に40人。10台だから400人になる。乗り込み時間と運行時間それに降車時間を考えて1往復に4時間掛かると想定する。1日での輸送人員は2400人、50万人を運び終えるには、208日……。


「問題ですね。これほどとは思いませんでした。軍用トラックの数を3倍にしなければ無理が出てくるでしょう。トラックの整備や点検の時間は無視していますからね」

「バスも使えそうだな……」


「民間の輸送トラックもありますが……。そういえば、自家用車はどうするのですか?」

「自家用車は厳禁です。止める場所が無くなりますからね。下手に許容すれば収拾がつかなくなります」


 俺の言葉に納得してくれた。アトレイム市だけで数千台はあるはずだ。それで乗り付けられると考えただけで恐ろしくなる。


 それにしても問題となりそうなのは病人や老人の移動になりそうだ。病院船を作ったとしても、やはり航宙船までの移動が問題だな。救急車はあるけど、とてもじゃないがそれでピストン輸送は出来かねる。


「食事は、簡単なスープと非常食で我慢してもらいましょう。それなら非常食の備蓄と燃料の備蓄で何とかなります。とはいえ、食事は多くても2千人単位程度になるでしょう。それだけでも1個小隊規模の人間が必要ですよ」


 ボランティアをかき集める事態になりそうだ。ギルド経由でハンターを動員するのも方法だろう。ハンター登録人数も確認しておく必要があるな。


「食事は1日2食と想定しても、200万食は必要になります。それだけの携帯食料を準備するのは大変ですよ」

「具だくさんのスープで賄うことも可能では? 地上から持ち出せないのですから、生鮮食料を移動して頂ければなんとかなるようにも思えます」


 アトレイム市の八百屋と肉屋の在庫を、全て頂くことも考えねばなるまい。

 超法規的な措置が果たして受け入れられるのだろうか? これも課題の1つになりそうだな。


 アトレイム市の調査を副官のカリンさんが市の総務と直通回線を通じて調べてくれる。いろいろと数字の調査が飛び出すからかなり苦労しているようだが、アトレイム市の方も俺達のために調査チームを作ってくれているようだ。

 それほど時間を掛けずに、具体的な数字が返ってくる。


 3日後に得られたアトレイム市から発着場までの脱出日数は、75日まで圧縮することが出来た。

 計算式のファクターを、各地方の都市の状況に入れ替えれば、その都市の脱出日数が求められる。

 最低日数はエイダス王国のパラム市で35日。最大はモスレム市の95日になる。

 モスレム市の時間猶予は後半になれば航宙船を増便できるであろうから、90日を下回ることは間違いないだろうな。

 とりあえず胸をなでおろすことが出来たが、山積みになった課題については一覧表を作って考える時間を持つことになった。

 

 それぞれが元の場所に戻って10日後に再びここに集まることになったのだが、出てきた課題は100個以上にものぼるし、関連する課題もたくさんあることも確かだ。

 翌日、イオンクラフトで一路ネウサナトラムの別荘に向かう。

 宿題が多すぎるから、果たして姉貴が何と言うか……。


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