R-143 病人もいるんだよな
紹介して貰った兵站士官はバイトさんという人間族の若者だ。
俺の話を聞いて、協力を約束してくれたので、早速にアトレイム地方の南端の岬にある別荘に招くことにした。
「もう2名を連れていきます。10日後でよろしいでしょうか? 引継ぎをきちんと済ませねばなりません」
「助かります。別荘の隣にある修道院のシスター達がこの話に名乗りを上げてくれました。信仰心にまで頼ることになってしまい、お恥ずかしい限りです」
軽く握手をして別れたのだが、なかなかの好青年だ。事務方ではあるのだが、それなりの身のこなしができるようだ。最初から兵站部門で働いていたわけはないのだろう。
姉貴に連絡して、しばらくアトレイムの別荘に滞在することを告げておく。
イオンクラフトで別荘に向かっても2時間も掛からずに着いてしまう。まぁ、早めに到着するのは問題はないだろう。
別荘の中庭にイオンクラフトを下ろすと、管理人が直ぐに迎えてくれた。
「サミーア様からうかがって直ぐに準備をいたしました。来客はアキト様とバイト様方御3方だけでしょうか?」
「場合によっては、遠方のシスター達がやってくるかもしれない。一応約束日は10日後になるんだ」
「分かりました。シスター達の人数は修道院よりうかがっております。都合4人ということでしたよ」
別荘のリビングに案内されると、昔ながらの眺めだ。調度品等も変化がない。壊れても同じものを作って維持してくれている。
少し変わったのは、リビングから南に続く石畳の庭だ。真ん中に小さな花壇が作られている。南の地だから水さえあればいろいろな花が育つのだろう。
管理は今でも修道院が行っているから、管理人はシスターが受け持ってくれている。3人のシスターが交代して掃除をしてくれているらしいのだが、来客があれば調理人や侍女を東にある町から一時的に雇うのは昔と変わらない。
「数日後に、町から調理人達がやってきます。数日はつつましい食事になりますのでお許しください」
「こっちこそ申し訳ない。シスター達の瞑想の邪魔をして迷惑以外の何物でもないけどね。食事は、ハンターに贅沢は禁物だ。でも、コーヒーだけはお願いしたいね」
そんな俺の返事に、シスターが小さな笑い声をフードの中で堪えているようだ。
「それは、だいじょうぶです。ワインとコーヒーは切らしませんわ。直ぐに、コーヒーをお持ちします」
急いで、リビングを去ったのは遠くで笑い声を上げるためなんだろうな? シスターの動きは滑るように歩くんだけど、パタパタと足音を立てていたぐらいだ。
テーブルに灰皿が置かれているのは、俺の喫煙癖を知っているからなんだろう。
タバコを取り出して火を点けると、端末を取り出して仮想スクリーンを開く。
数日後の打ち合わせをどう進めるかについて少しは考えなければなるまい。
バイトさんが兵站のプロであっても、人を動かすのは初めてのはずだ。シスター達の協力については協力を依頼する項目だけでも考えておく必要がある。シスター達だけでは抜けがあると後々取り返しができなくなりそうだ。
2日程、頭を捻っていたんだが、3日目に気分転換に町に出てみることにした。
別荘から東に下る階段を進めば1時間ほどで漁師町に行くことが出来る。
夕食時には戻るとシスターに伝えて、昔とだいぶ風景が変わってしまった道を歩いていく。
今時、長剣を持つ連中は稀だから、腰のM29とグルカナイフだけの簡易な武装だ。植林された林が道の左右に並んでいるが、計画的な伐採の跡が見える。
この林を育てたのもマリアさん達なんだよな。今では町の資源として利用されているようだ。
林が突然途切れると、すぐ目の前に町が見えてきた。
町の入口の門番も今ではどの町も置いていない。それだけ平和になっているのは良いことなんだろうけど、町の案内所も兼ねていたことは確かなんだよな。
その任を担っているのは、警邏隊なんだろうけどね。だけど強面の連中だから、道を尋ねる人があまりいないらしい。
さて、だいぶ街並みも変わってるから、酒場を探すのも悩むところだ。
「どっからやって来たんだ? あまり見ない服装だが」
背中からの質問に、思わず一歩前進して後ろを振り向く。左手はグルカナイフの柄に手を持って行ったのは仕方がない条件反射というやつだ。
驚いて俺を見てるのは、警邏隊の2人だった。俺をお上りさんだと思って声を掛けてくれたんだろう。
ホッとして臨戦態勢を解くと、警邏隊の2人に丁寧に頭を下げた。
「いや、びっくりしましたよ。話に聞く強盗だと思ってしまいました。申し訳ありません。モスレムの田舎から修道院に用がありましてやって来た次第です。しばらくの滞在を許されましたから、町の話を聞いて酒でも飲もうと……」
「あまり羽目を外すと追い出されるぞ。酒場はそこの通りを右に入ればすぐにわかる。しかし、ハンターだったとはな。お前なら強盗を返り打ちできそうだ」
豪快に2人で笑いながら俺を後に歩いて行った。
あれでは道を聞く人はいないだろうな。でも勇気を出して聞けば親切に教えてくれそうだ。治安維持には最適だけど、もう少し考えるところがありそうな気もする。
とりあえず、教えられた道を歩いていくと、串団子にワイングラスという変わった看板が目に入る。
昔の屋台の看板を思い出して苦笑いをしながら店に入ったのだが……。
10卓程あるテーブルにいるのは若い娘さんと、ご婦人方だ。男性はいないのかと見渡すと、端の方の2つのテーブルで酒を飲んでいる。
甘味所と酒場を一緒にしてるのか? かなり変わった店だな。
カウンターには誰もいないので、カウンターの端に座ることにした。パイプのマークが椅子の背中に付いているから、喫煙席ということなんだろうな。
やって来たお姉さんにワインを頼んだら、「串団子はいかがですか?」と聞かれてしまったが、この町では団子を肴にワインを飲むようになってしまったんだろうか?
とりあえずお願いすると、懐かしいアヤメ団子が3串皿に乗ってワイングラスと共に出されてきた。
懐かしく1本を手に取って口に入れると、昔の狩猟期の屋台の光景が目に浮かぶ。味も昔のままだな。俺達が苦労して作った串団子が今ではアトレイムの田舎町でも食べられるようになったみたいだ。
「ねぇ、あの放送見たでしょう?」
近くのテーブルで娘さん達の話声が聞こえてきた。
耳を澄まして聞いていると、どうやら宇宙に行ってみたいらしい。災厄に備えたエクソダス計画の一部を放送したんだけれど、報道機関の意に反して多くの人達は宇宙への興味を持ったということなんだろうな。
「それで、明後日からアルバイトなんだよね」
「岬の別荘で求人なんて久しぶりよね。お母さんが昔2回働いたと言ってたわ」
「この町の給金と違ってアトレイム市と同じだけど、募集要項が特殊だから、私達にはありがたい話だわ……」
どうやら、次女としてあのテーブルの娘さん達が働いてくれるらしい。声は大きいけれど、漁師町の娘さんだから日に焼けた姿は昔のこの町を思い出させてくれる。
散々世話になった船大工や漁師の元締めはすでにこの世を去ったけど、漁船を作る工場は残っているようだし、漁業も盛んに行われている。
別荘で出される海の幸の料理はどれも美味しく頂いているからね。
「それで、カウエル達は出掛けたのかしら?」
「あいつらがいなくなったおかげで、町が静かになったとお母さん達が近所のおばさんと話してたわ」
「町の警邏の小父さんも気が楽になったでしょうね。でもどこに行ったのかしら?」
娘さん達の世間話は次々と話題が変わっていく。とはいえ気になるは無いだな。
町のごろつきが消えたということか?
ひょっとして、他の町はどうなんだろう? アルトさんに伝えておいた方が良さそうだ。
ワインを1杯飲んだところで、砂浜に出てみる。スマトルの軍船がやって来た面影はすでにない。
大きな入り江の一角に突堤が突き出しているのは、その向こう側に船溜まりがあるのだろう。
砂浜では子供達が遊んでいるのは昔と変わらない。夏になると大勢の観光客が押し寄せてくるんだろうな。
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別荘のリビングで仮想スクリーンを開き、確認事項の整理をしていると、日焼けしたメイド姿の娘さんが大きな声で来客を教えてくれた。
やって来たのはバイトさんだ。後ろに若い士官を連れてきてるけど、部下なんだろうか?
「遅くなりました。私の副官のマデスとカリンです。マデスはテーバイ出身。カリンはエイダスからの派遣ですが、能力に問題はありません」
マデスと紹介された士官は士官服が破れそうなほどの腕の太さだな。カリンはネコ族の女性だから信用は置けるけど、性格はどうなんだろう。
「先ずは座ってほしい。俺がこの計画の責任者だけど、最終的には誰かに託さねばならないだろう。すべての人々を100日間で集めて無事に航宙船に乗せるまでの段取りを考えるのが俺達の仕事になる」
「私達も兵舎でいろいろと議論を戦わせてきました。それで、確認すべき事項が多いことも分かったつもりです。先ずはそこから始めたいと思いますが?」
「それは明日で良いと思うな。修道院のシスター達もやってくるはずだ。4人と言っていたけど、たぶん各神殿を代表しているに違いない。今回の計画には神殿の力を借りるつもりだ」
「できれば軍の総力を上げて対処したいところですがそれだけではどうにもなりません。5千万人とはそういう数字であることを実感しました」
別な侍女が2人で俺達にコーヒーを運んでくれた。ちょっとしたお菓子が皿に乗っているのがありがたい。
簡単な問題を話しながらコーヒーを頂く。
コーヒーはテーバイ地方で作られているから、かなりコーヒーを飲むものも多くなってきているな。
そんな話で興味を引いたのは病院船という概念だった。
今でも医療技術が進んだとは言えないけれど、薬草や手術で命が助かる者も多くなっている。ということは、入院患者もそれなりにいるということになる。
乗り換えが前提の俺達の計画ではかなりの問題が出そうだ。
早めに伝えることになるだろうが、ユング達に任せて良いんだろうか? これも早めに姉貴に伝えるべきことだろう。