R-142 先ずは人集め
テロ対策はサーシャちゃん達に任せて、俺達はそれぞれの仕事を始める。
姉貴はコロニーの維持を連合王国と調整しているみたいだし、俺はとある団体といかに効率的に人々を誘導するかについて調整を始めることにした。
討論会で俺達の計画に好意的な団体だったが、少し宗教色を持っていることに初めは危惧していたことも確かだ。
一度代表と話をしてみると、教団のボランティア組織が母体となった団体とのことで、俺達のしてきたことを詳細に知っていることに驚いたものだ。
「私達の大部分は、マリアンヌ修道会に属しております。アトレイム地方の岬にある修道院ですよ」
「あの修道院ですか! 昔よりもはるかに立派になりましたから、たまに別荘に訪れる時に驚いたものです」
俺の言葉を聞いて、年老いたシスターはにこりを顔に笑顔を浮かべる。
「あの地に修道院を建ててくださった御恩は我等一同、延々と語り伝えております。今では、立派なブドウ畑に育ちました。我等で消費出来ない分を使って、連合王国の孤児達を援助しております」
マリアさん達の苦労が後々に役立ったということなんだろうな。あの暑い日差しの中で、黙々とブドウの苗を育てていたのを今でも思い出すことが出来る。
「現在では、他の神殿のシスターそれに敬虔な信者達と一緒にブドウで得た資金を効率的に使うための団体を作っています」
「今回の申し出に、1つ気になることがあります。月のコロニーには神殿がありません。作ること自体は問題が無いでしょう。ですが、土の神殿を優先するということは出来かねます」
俺の話を面白そうに数人のシスターが聞いていた。
俺の勘違いということか?
「修道院が母体とはいえ、そこまでの要求は致しませんわ。でも、魂の安らぎを求めるものがいないとも限りません。何らかの形でそれに類した物を作ることは大事に思えます」
精神的な支えということか……。確かに失念していた。というか、コロニーで亡くなった人はどうなるんだろう? 百代以上コロニーで生活するとなると、亡くなった人が持ち出す資源もかなりの量だ。体の6割が水分だとすれば、体重50㎏の人間なら30ℓ近い水を捨てることにもなる。毎年1万人が無くなるとなれば300tの水量になるぞ。
「少し、見過ごしていました。計画の責任者に提言しておきましょう。それと、ここだけの話としてお聞かせ願いたいのですが、遺体を埋葬することは必要でしょうか?」
「アキト様らしいお話ですね。連合王国の過去には土葬という風習があったと聞き及んでいます。今では火葬ですね。残された骨は生前に信仰していた神殿によって海や山に散骨されます」
火葬と散骨が出来れば良いということか。これもシステムの概要を考えて神殿と調整する必要がありそうだな。骨は土に還ると聞いてはいるけど、その時間も考えなければなるまい。場合によっては、メモリアル公園の建造もあり得るが、そこで散骨される量が半端じゃないからな。
「交換条件ということではありませんが、俺達の計画に協力いただければありがたいのですが」
「たとえ、コロニーに神殿を作らずとも、私達は協力を惜しみません。私共に神の手助けを行える機会を与えてくださるのですから……」
善い行いをすれば、困った時に助けてもらえるという典型だな。
シスター達に深く頭を下げて、次回の会合の日取りを決めて別れたのだが、会合は岬の別荘でということになった。
今でも俺達の別荘はシスター達が維持してくれている。
それは、修道院の始まりをシスター達が今でも感謝してくれているからなんだが、そろそろ手放しても良いと思うんだけどね。修道院の別館としても良さそうだけど、アルトさんが反対しているんだよな。
あそこに行けば、ザンダルー釣りが楽しめるからなんだろうか?
別荘に戻ったところで、姉貴に神殿をどうするかについて聞いてみた。
姉貴が驚いたような表情で俺に顔を向けたから、綺麗さっぱりと忘れていたに違いない。
「そうだね。絶対に必要よ。総本山をどこかのコロニーに作って、分神殿は各コロニーに1つは必要だわ。これはアテーナイ様に頼みましょう。それと、遺体の処理についてはバビロンとユグドラシルに相談しましょう。どちらも地下コロニーだから同じ悩みを抱えていたはずだわ」
姉貴も遺体の持つ資源を無視することは出来ないようだ。確かにバビロンは数万人の人達が暮らしていたはずだから、遺体の措置をどうするのか考えていただろう。ユグドラシルの場合はバイオテクノロジーが発達しているから使える臓器は医療用として使われてたのかも知れないけどね。それでも残った遺体の措置については考えていただろう。
「サマルカンドは勘弁してほしいな」
「まさかでしょう。でも、総本山的な神殿はデラックスに作りたいわね」
ここは、アテーナイ様の良識に期待しておこう。姉貴に任せると再びサマルカンドが出来かねない。
数日後、別荘にアテーナイ様が訪ねてきた。
姉貴の頼みを聞いてくれたようだが、アテーナイ様なりに、信仰をどうするかについては悩んでいたようだ。
「すでに鬼籍に入っておる身であるからのう。あまり表に出てとやかく言うこともはばかれると思うておったのじゃが、婿殿が気付いてくれたとはありがたいかぎりじゃ」
「交渉先も私達では思いも付きませんが、よろしくお願いいたします」
「うむ。任されたぞ。それで、もしも作るとなればそれなりの施設を作ることになるじゃろうが、それは構わぬのじゃな?」
総本山とも言うべきコロニーと分神殿の構想を話すと、一々頷いてくれたから、俺達の考えと大きなかい離は無いのだろう。
ついでに、遺体の措置についてバビロンの神官達と協議中であることを話しておく。
「遺体は土に還るか、海に還るもの。その線で動くのであれば問題はあるまいが、人1人がそれほどの水を持つとはのう……。いくらアルト達が氷を運んでも間に合うまい。軽く話をするぶんには構わぬであろう」
これで少しは安心できる。サーシャちゃん達とアルトさんは連携を取りながら情報収集を行っているようだ。
たまには様子を見ておくとアテーナイ様が言ってくれたから、少しは安心できる。そうでもないと、どんな作戦を始めるか分かったもんじゃないからな。俺達の精神衛生上にもありがたい話だ。
「それにしても、マリア達の後継は使えそうじゃな。神殿の神官達にも協力するように話しておこうぞ」
俺の話を聞いてそんな感想を言いながら、パイプを楽しんでいる。
姉貴も肩の荷が下りたようでさっぱりした表情でコーヒーを楽しんでいた。
「とはいえ、政庁との調整は面倒ではありますね。基本的には現状維持ということですから、亀兵隊の2個大隊のみが施設維持管理に協力してくれることになります。コロニーでの農業生産を増やすのは、あまり良い手ではありませんし、月面の資源開発は将来のために行っていませんから」
「手っ取り早く、資金を調達せねばならないということじゃな? ならば、おもしろい手があるぞ」
アテーナイ様の提案したのは、月世界旅行だ。
報道陣を宇宙に連れ出したことで、宇宙は面白いところだということが広まっているらしい。
「コロニーの一部を使って月に数日滞在させても良かろう。せっかく作った娯楽施設も稼働せねばおもしろいかどうかも判断できぬ。
航宙機の操縦経験を多くの兵士に学ばせることも可能じゃ。何より、数十人の案内が勤まらぬようでは、万が一の時に数千万の人間を案内などできぬ話じゃ」
確かに、それも言えるんだろうけど、問題は誰に担当させるかだ。
「かつての商会が旅行業を最初に作っておる。商会は無くなっておるが、旅行会社は今でもあるようじゃ。ついでに話しをしてくるが、問題は無かろう?」
「是非ともお願いします!」
姉貴が即答している。やはり資金不足は深刻なようだな。
旅行が盛んになってきたのは、アトレイム王国からテーバイ王国までの大運河が完成してからのような気がする。
港を持つサーミスト王国からモスレム王国までの運河が最初だったが、その運河が完成したのは、運河工事を初めたクオークさん達が亡くなった後だった。死の床で情けない表情で王子に運河工事の継続を頼んでいたな。
次期王子の時代で2つの王国が運河で結ばれ、その後の100年で現在の運河の形が出来た。
『運河は王国間を堅固に結び、その垣根を取り去るだろう』
生前、クオークさん達が良く口にした言葉だ。俺が作ればやがて見えてくる、と言った言葉の回答に違いない。今では、最初に運河工事を初めて、その運河の閘門が上手く行くかどうかを実験したモスレム地方の郊外の石碑に刻まれている。
その運河を利用して、物流が加速したことは確かだ。
やがて、運河を行く船に商人達以外の一般人が乗船しだしたのは、それほど時間を必要とはしなかった。
それに目を付けた、商会と御用商人達が各国の名所めぐりを行う旅行会社を開いたのは、さすがに先を見る目を持っているということだろう。
アテーナイ様の話によると、その旅行会社は今でも残っているようだな。
確か俺達も幾分かの株を持っているはずだ。たくさんの株券を持っているけど、管理を商人ギルドの銀行に一任しているから俺も姉貴も忘れていたんだろう。
果たして、どんな企画書を持ってくるのか、少し楽しみになってきたぞ。
これで、航宙船に人をどのように乗せていくかを考えるだけで済みそうだ。
新たな課題が出た時には、再度皆を集めれば良いだろう。
とはいえ、まったくの孤立無援では考えようもないので、王国軍の本部を訪ねることにした。
兵站部門からは、今でも何人かを月に派遣して貰っている。人も物も一緒だと考えるのは乱暴ではあるけれど、物資の集積と輸送を考える部門であれば、良い考えを持っているかもしれない。
エントラムズ市の郊外に連合王国軍の本部を設けたのはサーシャちゃん達だった。亀兵隊達の駐屯地は各王国に持っているが、本部はエントラムズ市になる。兵舎から少し離れた場所には、かつてバジュラ像の墓所があったのだが、今では基台が残されたままになっているはずだ。
連合王国軍の本部前の広場にイオンクラフトで下りたつと、直ぐに衛兵が駆け付けてくれた。
衛兵の案内で、総指揮官の部屋に案内されたのだが、すでに数名の士官が俺の到着を待っていたようだ。
「ようこそおいでくださいました。現総指揮官のサミーアと申します。例の特番がありましたから、早々にやってくるのではと思っていたのですが……」
「いろいろと問題も出てきたというところです。その内、アルトさんが訪ねてくるかもしれません。よろしくお願いします」
俺の言葉を聞いて嬉しそうに頷いているということは、一戦を楽しみにしてるってことか? ちょっと、問題のありそうな女性の総指揮官殿だ。
「先ずはお掛けください。戦闘工兵、強襲兵の指揮官をあらかじめ呼んであります」
部屋の窓際にある応接セットに俺達が腰を下ろすと、当番兵がコーヒーを運んできてくれた。
ありがたく、一口頂いたところで話を始める。
「実は……、兵站部門の指揮官を1人紹介してください。俺に任された仕事がいかに効率よく人を集めて航宙船に乗せるかになりますので。
集める単位は多い時には数万人を超えることも予想されます。5千万人を100日で動かすことを考えられるのは兵站部門が最適でしょう」
5千万人を100日と聞いて、結構驚いた表情をしているということは、連合王国軍としても、姉貴の計画を本気と考えていなかったようだ。
「理想と現実の乖離を考えていたのですが……、本気でしたか。となれば、我等一同、協力するにやぶさかではありません」
当番兵を呼び寄せて、直ぐにどこかに走らせたのは、兵站部門の士官を呼ぶためなんだろう。
「アルトさんはここではなく、モスレムの亀兵隊の駐屯地に向かうかもしれません。テロ対策と言えば分かってくれますか?」
「エイダスの部隊が動いたと報告が来ています。なるほど、そういうことですね」
総指揮官とあらかじめ待機していた士官達がにやりと顔をほころばせる。
かなり勘違いしているようにも思えるけど、アルトさんの訪問の話を聞いてその度合いが高くなったんじゃないかな?
早めに誤解を解いとかないと、別の危惧が発生しかねないぞ。