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R-140 異を唱える者


 1週間ほどダイモスに滞在した報道陣は、小惑星の破壊を驚愕の表情で眺めていたし、月のコロニーの規模と設備を見学した時には、アナウンサーでさえ大きな口を開けていた。

 衝撃が大きいことは予想していたが、こうなると記事やTV放送が気になるところだ。まだ一般家庭にまではTVが普及してはいないが街頭TVには大勢の市民が集まるんじゃないかな。


「まだサーシャちゃん達は小惑星帯で資源を集めてるのかな?」

「そんなことを言ってたわよ。バジュラで引いてくるんだって!」


 焚き木を集めるわけじゃないんだけど、サーシャちゃん達には同じに思えるんだろうな。

 だけど、それでアルトさん達が不機嫌なんだな。さっきからムスっとして黙ってたからなんだろうと考えていた。


「長い計画じゃったが、一区切りが着いてしもうたな。遊ぶところも作ったし、次が思い浮かばん」

「そうだね。後は維持を考えれば良いわけだし……」


 次に待っているのは、長くて退屈な日々になるわけだ。

 ユング達はカラメル族と一緒に新たな防衛部隊を考えているようだが、俺にはそんな真似ができるとも思えない。

 

「そうでもないわよ。アキトにはどうやって全ての人を月に送るかを考えて貰わなくちゃならないわ。航宙機は出来たけど、航宙機に乗せるまでを考えるのも大事だわ」

「航宙機に如何にして乗せていくかということか……」


 それぐらいは連合王国で責任を持ってくれるだろうと思っていたけど、確かに問題もありそうだな。離着陸場所の確保と避難民の一時的な収容施設。食堂だって必要になるだろうし、大勢が集まるから怪我や急病人だって出そうな感じだ。

 これはとんでもない大問題なんじゃないか!


「俺だけじゃ、無理だ。ここはアルトさんの知恵とキャルミラさんの経験も欲しいところだ」

 俺の言葉にアルトさんの目が途端に輝きだした。


「我とキャルミラであれば知恵もあるし経験もあるぞ。確かにアキト一人では手に負えんじゃろう。とはいえ、直ぐに我等が手を貸すのもアキトのためにはならん。一晩考えて明日にでも我等に相談すべきじゃろうな」


 そんな事を言いながらキャルミラさんと頷きあっているから、姉貴は吹き出す寸前だ。

 俺にだって俺に考える時間を与えるのを理由に、2人で相談しようというのが見え見えだ。


 温くなったコーヒーの残りを一口に飲むと、リビングを出る。

 まだ雪の残る庭だけど、リオン湖の氷はだいぶ融けてきたようだ。少し肌寒くはあるけど、一服を楽しむにはユグドラシルの緑木の下が一番良い。

 ここは考えるにも良い場所なんだよな。


 姉貴の課題は、ある意味ロジスティックということになるんだろう。必要なものを必要な場所にということになる。

 ロジスティックならリムちゃんが一番なんだけど、ここは兄貴のメンツにかかわるところだ。といっても、王国軍の兵站部隊から士官を貸して貰うことはできそうだぞ。エクソダス計画の初期には関わって貰っていたぐらいだからな。

                  ・

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 報道陣に小惑星破壊実験と月のコロニー設備等を公開して一か月が過ぎたころ、特別番組でエクソダス計画が街頭TV等を使って一般向けの番組として公開された。

 合わせて、新聞も特別号外を出して市民達に伝えたのだが……。

 やはり、自分達の意見で偏向した報道を始めたようだ。

 将来の課題ととらえてくれれば良いものを、無駄遣いとしてこき下ろしている。

 おかげで、公開討論会が急きょ開かれる始末だ。

 税の無駄遣いとなると、市民の動きも政庁も気になるんだろう。政庁にはあまり情報開示をしてなかったからな。どちらかというと戦闘工兵の実働をお願いしただけなんだけどね。


 旧モスレム王都の議会に、俺達の計画に反対意見を持つ連中を集めたのは、政庁の役人達だった。

 反対する団体もかなり多いみたいで、各団体から3人に絞ってみても、100人以上の数になる。

 一応、説明は1日8時間で3日の予定だから、あらかじめ計画に対する疑問を提出してもらい、同じ趣旨の質問をまとめることにした。それで最初の1日を使い、残りの2日で各団体に1時間の質疑応答を行うことで了承してもらう。


 それでも質問のリストを送って貰ったらそれだけで数十頁ににもなっている。これに答えるだけで1冊の本ができそうだ。

 この答えを準備して、10日後に会場に向かわねばならない。


「まったく、教育なんぞを始めるからじゃ! 上げ足取りにも程がある」

「でも、逆に言えばこれだけ施政に文句を言える人達に育ったということだ。政治の過ちを正せるなら俺達の介入はある意味お節介でもあるんじゃないかな?」


「アキトの言う通り。ここは前向きに捉えましょう。必ずしも私達が正しいとは言えないのよ。自分の運命を他人任せにするのも問題なんでしょうね。最後まであがき続けるのも人間のさがと言えなくもないわ」


 そんな事を話しながらも、姉貴はディーに口述筆記を頼んでリストの質問に答えているようだ。たまに少し静かになるのは、バビロンやユグドラシルにバックデータを依頼しているのかもしれないな。


 約束の当日。旧王宮跡に建てられた政庁の中庭にイオンクラフトで出掛けると、政庁側の担当者が俺達を出迎えてくれた。

 まだ若い男性なんだけど、1個分隊の治安部隊を従えている。


「ようこそ。お待ちしておりました。まだ1時間ほど間があります。こちらでご休憩ください」


 担当者の名前はバリアスというらしい。学院を3年前に出ると連合王国の治安部隊に入り、今ではモスレム市の治安を預かる役職についているそうだ。

 さすがに長官にまではなっていないが、8つある分隊の1つを預かるほどだから将来が楽しみな奴だ。


 案内された会議室でお茶を飲みながら雑談を始める。

 バリアスも俺達の仕事に疑問を持つ一人のようだ。俺達の案内を引き受けたのも自分の疑問を直に聞きたかったのかもしれないな。


「1つだけ、お聞きしたい。月に避難する人間をどうやって決めるつもりだったのですか?」

「決めることが出来る人はいないと思いますよ。私達はこの地上にいる人達を全員運ぶつもりです」


 姉貴の答えにポカンと口を開けている。

 市民の選別を考えてたのかな? それをしないことが前提だからこんなに時間が掛かってしまったのも確かなんだよね。


「全員ですか?」

「全員です。バリアスさんなら選べますか?」

 

 今度は唸ってる。直ぐに感情が出るのは性格なのかな? 悪い事は出来そうもないから、治安維持を担当するには丁度良いかもしれないな。


「選べませんね。選べる者などいないでしょう。……となると」

「大きな設備が必要になりますよねぇ」


 姉貴がにこりと微笑んでいる。

 ここは姉貴の独壇場だな。隣でのんびりしていよう。


 1時間後に始まった公開討論会だが、前列に各団体の代表が集まり、抽選で選ばれた一般人が後席を占領している。数台のTVカメラが質疑応答の様子を捉えようと待機している。


 進行役の政庁の代表者が質問をまとめたリストを読み上げ、姉貴がそれに答えていく。

 初日はセレモニーに近い。確信を突くような質問は1つも無かったからね。


 2日後に、いよいよ公開討論会の本番が始まった。昨日の内容を踏まえてのことだろうから姉貴もいろいろと準備しているし、ディーを通してバビロンとユグドラシルのバックアップも完全のようだ。


「まずお聞きしたい。この大地から人間がいなくなるという事態が本当に起こり得るのでしょうか? もし過去に何度も起こっていたなら、今の我々ここにいないのではないでしょうか?」


 太り気味の壮年の男は、商人の代表のようだ。ブラザーフォーの時代は過ぎたのだろう。既に商会も存在しないとアルトさんが言っていた。


「アルマゲドンの前に数回、その後は起こっておりません。魔族大戦が我等の勝利で終わっていますが、あの時に東と西の堤防が破られていたら、それに近い状態になっていたはずです。

 次の質問ですが、最大の災厄が発生した時には地上の生物の9割以上が死に絶えました。残った生物が多様化して現在に至っています。もし、我々人類が全て無くなったとしても、長い年月を経れば知的生物は生まれるでしょう」


「では、何も急いで逃げ出すことはないんじゃありませんか?」

「私なら、そのような災厄を見たなら逃げ出しますよ? 座して死を待つというお考えならそれで良いんでしょうけど……」


「いや、何も死を前にして逃げ出さないとは言いません。でも全ての人が逃げる必要もないかと……」


 どうやら本音が出たようだ。

 自分は助かりたいけど全てを対象とするような計画には反対、という自分勝手な団体ということになるんだろうな。


「私の質問は建設費にあります。人類全てを救おうというお気持ちは理解できなくはありません。ですがその建設費を連合王国が我等に黙って出したとなれば問題ですぞ。それだけの予算があればどれだけ民生に寄与出来たかを考えませんでしたか? 1日3食を満足に食べることが出来ない孤児がどれだけいると!」


「そうですね……。確かに莫大な建設費用ですね。考えたこともありません。ですがこれからは考えなければなりませんよ。地上の人々を全て月に送って暮らせるだけの設備を作りましたが、私達に出来ることはここまでです。この設備の維持は地上に暮らす人達に等しく負担してもらおうと考えていますから」


「だから無駄な設備だというのだ。いったいいくら国庫より供出したのだ! その額によっては、我等の団体がお前達の告訴を行うぞ!」

「国庫からの供出は、数百年前に軍の予算から分担して頂きましたが、今では軍の訓練を兼ねて貰っています。頂いた額の総額は500万L程度になるでしょう」

「金貨500枚だと! とんでもない無駄だ」

「そうでしょうか? 私達が教団を通して福祉に回す額は年間200万Lですよ。そこまで言われるなら、来年度の寄付は行わずにその金額をコロニー維持に回すことにしましょう」


 500年間の総額が俺達の寄付金3年分程度だと知って、次の団体の代表者が驚いている。それが自分の質問で無くなるというのでは顔が青くなるのも理解できるな。

 どの団体の代表者が質問をしているかをリアルタイムで放送しているから、この団体の将来はどうなるんだろう?


「虹色真珠を持つ者の伝説は承知しております。そんな人物が言う言葉ですから災厄は何時かは訪れるのでしょう。その時を座して死を待つことがないようにとのお考えは我等にたいする慈悲であるとも考えるところです。ですが、あえてお聞かせください。誰を連れていくのですか? 地上の人口はすでに5千万に近づいています。全て月に送ることは不可能なのでは」


 少し歳を召したご婦人の話に、姉貴が大型スクリーンに簡単なアニメーションを交えて説明を始めた。

 大陸間の荷を運ぶ航宙船は一度に2千人を運べる。地球の静止衛星軌道に乗せたプラットホームまで送り届け、次の航宙船に乗り継いで月のプラットホームに向かう。月のプラットホームから月面の基地までは軌道エレベーターで移動すると説明していた。


「静止軌道上には3つのプラットホームがありますし、月にも3つ設けています。2種類の航宙船は、旅をする場所が異なることから、効率を考えた次第です。現在の航宙船の数は、月までが5隻、静止軌道までが10隻ですが、最終的には倍増する考えです。十分に送り届けられると思います。ですが、100日は掛かりそうですね」


「時間的な制約はありますが、それを無くす努力を継続しておられるのですね。私共はそれが分かれば十分です」


 穏やかな団体だな。少し宗教がかったようにも思えるけど、俺達が人類全体を対象としていることを知って安心したようだ。

 こんな団体ばかりだと良いんだけどね。


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