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R-139 維持管理も大変だ


 静止軌道上のプラットホームに向かうのに、地球を半周することになるとは思わなかった。

 航宙機の速度がプラットホームの対地速度と合致しないとドッキング出来ないのは分かるけど、ゆっくりと速度を上げたせいなのだろう。ユング達なら30分も掛からない旅が、3時間以上にもなってしまった。

 月への脱出者が必ずしも体力のある連中だけとは限らない。お年寄りや子供もいるのだから、実際の運用もこのような旅になるのだろう。

 

 空の色が青から黒に変わり、窓にシャッターが下りるのを不安そうに報道陣が眺めていたけど、クルーの案内者が太陽光を直視しないためですと説明していた。

 大気圏外を抜けた太陽は、俺達に優しくはない。どちらかと言えば荒ぶる神その者だからな。


「もう少しで、サリュート01に到着です。万が一の場合でも、このような飛行を行って静止軌道上にあるプラットホームまでの旅を行って頂きます。その時は、今回のような少人数では無く、2千人以上が乗り込むことになるでしょう」

「プラットホームに名前を付けたのかい?」


 俺の質問に、クルーが笑顔を見せて、説明してくれた。

 連合王国とアメリカ大陸、それにユーラシア大陸の東の赤道上空にプラットホームが設けられる計画は変わらない。

 バビロンからの情報を基に、昔の宇宙ステーションの名を付けたようだ。サリュートというからにはソ連ってことだろうな。

 01番はユーラシアの東南上空ということになる。02番と03番はラグランジュポイントで艤装を継続中とのことだ。

 

 客室内に大型の仮想スクリーンが設けられて、だんだんと近付いてくるサリュート01の姿を映し出してくれた。

 見た目はジャガイモの周囲を4か所、V字型に切れ目を入れたように見える。その切れ目をプラットホームとして使う構造だ。


 小さく見えていた物がだんだんと大きくなり、Ⅴ字の切れ込み部分にいろいろな装置類が設けてあるのを見て、その大きさに驚いている。

 俺達を乗せた航宙船は、ゆっくりとV字型のプラットホームに近づくと、プラットホームから延びてきた接続用のアームに固定される。

 速度合わせがキチンと行けばドッキングはスムーズだな。この辺りはさすがに自動化されているんだろう。


 数分も経たずに、俺達が乗り込んできたエアロックの扉に緑の表示ランプが点灯した。

 ミュールから延びた通路が接続されたようだ。

 大型のエアロックだから、一度に全員が入れるのだが……。何といっても無重力だからねぇ。制御室から出てきたクルーにも手伝ってもらって、どうにかミュール内の低重力区域に足を乗せることができた。


「いやぁ~、話には聞いてましたが、本当に体が浮いてしまうんですねぇ」

「慣れれば、無重力でもそれなりに行動できるんですが、初心者をどのように誘導させるかは今後の課題になりますね」

 

 10人を200mほど移動させるために介添人が3人で10分近く掛けている。これでは、2千人を1時間以内で移動させるのが無理な話になってしまう。


「ここで、私達のような服装に着替えて貰います。体形に合わせて5種類が用意してありますよ。着替えた私服は袋に入れてくだされば、帰りにそのままお渡しします」


 俺達も一緒になって着替えたけど、報道陣達は白のツナギだったから、どうやら一般客の宇宙滞在時の標準品となるのだろう。

 

「私達は黒なのね。このサリュートの人達は、赤と緑のようだけど……」

「赤は防衛軍の航法要員、緑は保全要員です。広域監視を行っている天文部局の研究員は白に黄色のサイドラインを付けていますよ」

 

 となると、黒の区分が微妙になるな。たぶんユングの趣味なんだろうな。


「黒は私達だけになりますね。その外には、グレーの保安要員とブルーの特殊技術要員、オレンジの施設管理員になります」


 ディーが説明を続けてくれたけど、将来的にその区分で行けるかどうかは微妙なところだろう。見直しは必要だろうし、その他の部局を識別する必要も出てくるに違いない。

 

 報道陣の連中は、窓から見える地球の姿に見入っている。写真をたくさん取っているけど、フィルムもたくさん持ってきたんだろうな。


 サリュートからダイモスまでは、小型の航宙船で向かうことになる。

 およそ1日の距離だが、無重力空間で過ごすことになるから、報道陣に姉貴がいろいろと説明しているようだ。

 食事もゼリー状のものだし、水だってチューブ入りだ。


 報道陣の連中が出された食事に驚いていたけど、無重力状態ではスープ皿のスープをスプーンで取ることなど出来るはずもない。

 この辺りの工夫はユグドラシルから技術供与がなされたんだろう。

 食事のとり方や船内での注意点を、同乗している航法要員が丁寧に説明してくれる。

 

「基本は以上です。万が一の場合は、シートの下に収納してある簡易生命維持装置に入ってください。1時間は十分に呼吸をすることが出来ますから、その間に私達が対応することになります」


 席の前の方で、簡易生命維持装置の風船のような球体内に入る方法を実演してくれる。

 少し大きめのポットのような形だけど、横のスイッチを横にするとカプセルが割れて膨らむようだ。直径2mほどの球体内に入ったところでファスナーで閉じる。カプセルの緑のスイッチを押せば、中で1時間ほど呼吸することが出来る。


 俺達はのんびりしたものだが、報道陣は見る物すべてに興味を持った感じだな。

 通常のロケットによる宇宙への進出経ずに、一般人が簡単に宇宙に出たから、宇宙の脅威についてはあまり知る機会が無かったのかもしれない。


 静止軌道上からラグランジュポイントまでの工程はおよそ20時間だ。

 航宙機は宇宙空間であればかなりの速度が出せるらしい。


「どうにか見えてきたわね。無重力も時間が長いと不便に思えるわ」

 姉貴のぼやきも少しは分かる。ゼリーの食事に俺も飽きたところだ。


 ダイモスの航宙機格納エリアに入ったところで、サリュートと同じように伸縮式の通路が伸びてくる。通路を出れば、ダイモスの疑似重力があるから少しは足を地に着くことができるだろう。


 ここまで来れば、乗り継ぎは無い。居住区の部屋番号を教えて貰い、俺は単独行動をとることにした。

 正直、タバコを我慢するのも限界があるな。ダイモスの喫煙室の1つに向かって、扉を開けると同時にタバコに火を点ける。

 喫煙室には先客がいた。ユングにアテーナイ様が俺の到着を待っていたようだ。


「やって来たな。まぁ、座ってくれ。コーヒーはポットで用意して貰った」


 小さな体育館ほどもある喫煙室には、いくつかのテーブルセットが置かれている。その中の窓際あるテーブルにユング達は座っていた。

 席に着いたところで、マグカップに角砂糖を3つ入れてコーヒーを注ぐ。

 喉が渇いていたから助かるな。


「ひとまずはこれで十分だ。実はすでに試験を終えている。だけど美月さんには秘密にしてくれよ。嬢ちゃん達にも言い聞かせているからだいじょうぶだとは思うんだけどね」

「報道陣に無様なところを見せたくないってことだろう? それぐらいは姉貴だって気付いてるんじゃないか?」


 俺だって、それほど驚かなかったからな。報道陣に見せることを了承するということはすでに結果を得ているということに他ならない。


「そうは言ってもなぁ……。まぁ、黙ってれば良いか」

 そう言って、少し安心したのか表情を和らげてタバコの箱に手を伸ばした。

 アテーナイ様は愛用のパイプを咥えている。俺もバッグからシガレットケースを取り出してタバコを楽しむことにした。


「ユングの心配は問題ではあるまいが、報道陣は厄介じゃ。報道は必ずしも好意的とは限らんぞ」

「十分承知してます。姉貴もそれを知っているからこそ、呼んだのではないでしょうか? 俺にはエクソダス計画の維持を誰が責任を持ってくれるかを姉貴が試すつもりなんだろうと思っています」


 そもそも、とんでもない無駄使いに見えかねない。

 いざという時に無くては問題なんだけど、それが何時必要になるかも分からないとなると維持する意思さえ持てないんじゃないか?


「試すと? なるほどのう……。無駄であるとの報道をすれば、我らは責任を取らずに済む。必要であるとするなら連合王国に設備の移管をする腹じゃな。まったく、相変わらずの策士じゃ」


 ユングが俺にキョトンとした目を向けたので、アテーナイ様の考えに少し補足して説明してあげた。


「確かに維持管理はとんでもない予算が必要になるな。俺達を否定する報道であれば、その時に誰を選ぶかを報道機関に一任するってことか。報道機関の関係者以外というのも面白そうだ」


 まさか、否定しておいて乗せてくれとは言えないだろう。そんないい加減な連中なら、後々も役には立たないだろうからな。

 細々と施設の維持を行なった場合でも、その時に乗せられる空きがあれば良いんだけどね。


「じゃが、ミズキのことじゃ。落としどころは心得ておる。それほど心配しることも無かろう」

「確かに維持は問題だな。汎用オートマタが2個中隊、保全用オートマタが1個中隊とサイボーグが1個中隊だ。今は戦闘工兵1個大隊に管理人を1個中隊雇ってるけど、兵達達はかりものだからな」


「維持に必要な人員は?」

 改めてユングに確認した。

 少し考えているように見えるが、姉貴達の案内をしているフラウと通信を取り合ってるんだろうな。


「5個大隊は必要だ。オートマタやサイボーグ以外でだぞ。今のところは手直ししているだけで済むが、老朽化が一気に始まることが考えられる。できればスクラップ・アンド・ビルドで対処したいところだな」

「将来を考えると不安になるな」

「予備のコロニーで対処できるだろう。さすがに同時に3つのコロニーを解体して再組み立ては難しいだろうな。精々2か所に留めたい」


 それによって減る資材も出てくるはずだ。それを早めに見つけて準備することも必要だろう。旅が始まれば、調達できる可能性は限りなくゼロに近い。


「一体、いつまで資材集めをしなくちゃなんらないんだろうな?」

「俺も、明人も貧乏性だからなぁ……。ここは、アリを見習おうぜ」


 そういえば、アリもコロニーを作るんだったな。ユングも中々上手いこと言う。


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