R-138 報道陣に公開
小惑星破壊実験はユング達が考えてくれてるから、俺達は特に何もしないで済む。
ネウサナトラムの小さな別荘に俺達が住んでいると聞いて連日のように報道関係者が押し寄せてくるのは時代の流れを感じてしまうな。
アルトさんとキャルミラさんは早々にダイモスに向かっていったが、機動要塞内の見学で時間を潰すつもりなんだろう。
残った俺達3人は、報道陣を前にてんてこ舞いだったが、連合王国の方針でTV局1社と新聞社1社に会見を限定してくれたからかなり助かっている。
当初の数日間は俺達も逃げ出そうとしたぐらいだったからね。
報道機関との会見は、午後13時から4時間の枠内で行うことにしている。おれたちだって、コロニー計画に抜けが無いことを細部にわたって検証しなければならないのだ。
将来的には報道官を作るべきなんだろう。
「すると、これからは人口増加に合わせてコロニーを増やすということなんですね。それにしても5千万人規模のコロニーを作られたとは驚きです」
「当初は10億を想定していました。人口増加率が近頃鈍ってきましたからね。おかげで早くに計画の大部分を終えることが出来たんです」
記者達がメモったところをちらりと覗いてみると、人口増加の鈍化の原因は? と書かれている。たぶん連合王国の庁舎で詳しく聞いてみるのだろう。情報は関連付けすることで深く知ることができるからな。
「それにしても、そんな災厄がやってくるんでしょうか? ある意味無駄にも思えてなりません」
「確かに無駄以外の何物でもないでしょう。ですが、今の皆さんがここにいるのは、かつて作られたバビロンとユグドラシルの2つのコロニーのおかげでもあるんです。他にもあったのでしょうが、今の人類の繁栄の元になったのはこの2つのコロニー以外の何物でもありません」
「それ以外のコロニーは?」
「アルマゲドンによって破壊されたか、もしくはその後のコロニー内の問題で滅んだようです」
月や火星、ラグランジュポイント、さらに木星の衛星軌道にまで人類は進出していたことを姉貴は説明している。
そのコロニーでさえ数世代を経て滅亡したことを告げると、記者達の顔が青ざめていくのが分かる。
「アルマゲドンで地上の全生命体のほとんどが死に絶えたことは確かです。それは数千年も前の話ですが、人類の科学技術が発展して互いに反発しあえばそのような大戦が起ります。これを防止するのは皆さんの務めでしょう」
人類同士の戦なんて、歴史で知るしかないだろうな。記者達が互いに顔を見合わせているぞ。
「戦争以外でも、全世界的に地殻変動が起きた場合や、大きな隕石が地表に落下した時には同じように大量絶滅の可能性もあります。バビロンの歴史書にはそのような出来事が数回あって、最大のものは地上の生物の95%近くが滅んだこともあったようです」
「ある意味、運命のようなものでしょうか? それを受け入れるという選択肢もあるように思えるのですが」
「それも選択の一つでしょう。ですが、何としても生き残りたいと望むものだっているはずです。私達の計画はそれが基本ですから、全人類の脱出を基本としております。ですが、直ぐに全員を脱出できるものでもありません。私達は100日を掛けて脱出することを考えています」
想定される災厄が隕石の落下だとすれば、事前に隕石の軌道を計算して衝突する日時を特定できる。
そのための観測網の充実がすでになされていることを知って、記者達が汗をぬぐっている。
「どれほどの大きさの隕石が落下した場合、我等は箱舟に乗ることになるんでしょうか?」
「直径10km。宇宙ではありふれた大きさです。地球への落下の確率はおよそ数十万年に1回と考えています」
「明日かもしれないし、数十年後かも知れないと?」
若い記者の呆れた表情に、姉貴が微笑みながら頷いている。
それならどうでも良いだろうという連中も出てくるだろう。
それでも良いと思う。その時に、助かる手段があれば良いのだから、今すぐに作っても利用されることが無い施設には違いないだろう。
「それより小さな隕石の落下確率は大きくなりますよ。毎日、地表のどこかに隕石は降っています。大きいか小さいかの違いでしかないんです」
直径が10分の一になれば、衝突確率は10倍以上に上がっていく。数十m級だと1000年に1回程度になるんじゃないか?
「小さなものでも、我等に暮らしに影響が出ないとも限らないと?」
「直径100mほどの隕石が海上に落下したら大津波が発生します。都市に落ちたら都市そのものが無くなってしまうでしょうね」
そんな小惑星を破壊する実験を行うと説明したら、たちまち記者達が食いついてきた。
どうにか10人以内で調整して貰うことにして、ユング達に状況を伝える。
向こうも呆れているようだったが、10人であればとの承諾を得たところで少しホッとすることも確かだ。
最後まで内緒の計画にしといた方が良かったかもしれないな。
だけど、姉貴によれば連合王国の発展で同じようなエクソダス計画が出来上がるなら、俺達の計画は縮小することを考えている。
やはり俺達は小さな幸せを喜びながら、辺境で暮らす方があっていることも確かだ。
ユング達の準備が整ったと連絡が入ってきたのは、翌月になってからのことだ。連合王国へのリアルな報道を考えたようで静止衛星のプラットホームの送受信設備を強化したらしい。
ダイモスからの中継映像を受信して王都近郊にある電波望遠鏡で受信すると言っていたから、フラウやバビロンのオートマタ達ががんばってくれたに違いない。
王都の亀兵隊の駐屯地にイオンクラフトで移動して、イオンクラフトを亀兵隊に託す。既に、報道関係者達は兵舎の1つに集まっていた。
責任者が1人にカメラマンが2人、アナウンサーと補助者が2人ずつ、残り3人は新聞社を代表する記者というところだろう。
「アキト様ですか? 責任者のレブナンと言います」
他人が見たら初老の男性が俺に頭を下げるのは奇異に思えるだろう。今でも18歳当時の容姿を保ったままだからな。
レブナン氏に握手をして俺達の仲間を紹介すると、報道陣の連中の名を教えてくれた。ディーが全て覚えてくれただろうから、俺は顔を覚えておけば良いだろう。昔から俺も姉貴も、名前が覚えられないことで有名だったからな。
亀兵隊の兵士が運んできたお茶を頂きながら、ストーブを囲んで雑談を始める。
航宙船の到着時間には、まだ1時間ほど間があるようだ。
「すると、大陸間を結んでいる、あの新しい航空機で宇宙に行けるのですか?」
「1隻で2千人を収容して飛び立てます。それぐらいの積載能力がありますから、昔の飛行船を使った輸送に比べて10倍以上の能力がありますから、遊ばせておくより良いでしょう」
「我々はこの服装で良いのでしょうか?」
「静止軌道上のプラットホームで着替えるか、その先のダイモスで着替えるかのいずれかになります。荷物の大きさについてはあらかじめ伝えましたが守っていただけましたね?」
「カメラ機材が亀兵隊の標準トランク3個分。我等は個人荷物として亀兵隊の小型トランク1個分でしたね。この駐屯地でトランクを受け取って無理やり詰め込みました」
今回のアナウンサーは全員が女性のようだ。補助者も女性だな。服装は、スカートをはかずにチノパンを着用してるし、靴も全員がスポーツシューズを着用している。これなら低重力でも動けるだろう。
月のコロニーについて記者達が姉貴に質問を投げると、意外と丁寧に答えてる。俺にもあんな感じで説明してくれると助かるんだけどな……。
低い音が外から聞こえてきた。
まるでハウリングするように聞こえてくる音は、航宙船の重力場航行装置が地球の重力を中和する干渉音だな。
初めて聞いた時には壊れたのかと思ったけど、あの音が響きで重力場発生装置の健全性が判断できると聞いた時には驚いたものだ。宇宙では音は聞こえないから、振動センサで捉えた船体の振動を解析しているらしい。
「どうやら、やってきましたね。トランクは運べますか?」
「自分で運ぶことが出来る者を選んでおります」
レブナン氏が立ち上がり、自分のトランクを持つ。大きさはスポーツバッグよりも少し大きい位だ。撮影機材を収めたトランクは下に車が付いているから押していけるだろう。
俺達がほとんど荷物を持っていないのを不思議そうに見ているけど、魔法の袋はこの時代では高価になってしまってあまり持つ者がいなくなってしまった。魔石を使うのが問題なのだろうか? 今でもエイダス島の洞窟で採取できるのだが……。
航宙船が飛行機というよりも小さな客船と言った方が良いだろう。
船と異なるのは左右に張り出した三角形の翼なのだが、飛行機のように長くは無い。
直径15m長さ100mの船体の中央から正三角形の形で左右に20mほど伸びている。翼の厚さは1m近いからよく見れば航空力学的な作りで無いことが分かるはずだ。
丁度翼の前方付近に扉が開き、用意されたタラップが伸びていく。地上から3階に上る階段のようだな。エレベーターを使う方法もあるのだが、今回はタラップを使用するらしい。
船室内は大きながらんどうにも見えなくはない。客室兼船倉は3つあって、3層構造になっている。
現在は貨客船として使われているのだろう。船首部分のみに席が備えられているようだ。
「他の客はおりませんから、適当に座って頂いて結構です。トランク類は座席のベルトで固定してください。……そうです。それで十分です」
船首部分の制御室から出てきた、クルーの一人が報道員達がきちんと座席に付いて、荷物を固定しているかを人る一人確認している。
「これで出発の準備は完了です。私は一番前の席におりますから、何かあれば声を掛けてください。窓は小さいですけど、景色は楽しめるはずです。それでは1000時に出発します」
大きな声で、俺達に伝えた後で、席の前方に移動して、壁のインターホンを使って制御室と通信を行っている。
いつもはユングの船に乗せて貰ってるから、この船は初めてだな。ユングの改造したイオンクラフトだと、強引に宇宙に飛び立つ感じがするんだが、この船はどうなんだろう?
そんなことを考えていると、重力場推進装置の奏でる振動が少しずつ大きくなってきた。
「地面を離れたぞ!」
若いカメラマンが大声を上げて、窓の外を見ている。
手元に仮想スクリーンを開いて姉貴と船外の状況を眺める。ディーが一緒だと、仮想スクリーンを任意に作れるから助かってしまう。
高度を2000mほどに上げたところで、ロケットエンジンを点火させたようだ。軽いGが体に掛かるからシートに体が沈んでいくのが分かるな。
船体の前方を上げたみたいだ。ゆっくりと上昇していくのが、仮想スクリーンの右上の数字で判読できる。