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R-133 月の農業の始まり


 地球脱出の基本フローをラミィがまとめてくれたので、それを使って姉貴に説明する。

 脱出に許容される時間が100日と聞いて少し眉をしかめていたけど、姉貴はもう少し余裕を見てたのかもしれないな。


「これは問題ね。一応解決策もあるんでしょう?」

「現状では地上と上空のプラットフォーム間を往復する航宙船の規模を大きくすること、数を増やすこと、それと往復に要する時間を短くすることの3点だ。バビロンで1隻を作ってダメ出しをすると言っていたな……」


 静止軌道のプラットホームは嬢ちゃん達に頼むらしい。小惑星帯の鉱山開発ように作られた施設が使えそうだと言ってたからね。


「それで、姉貴が考えてた牧場はどうなってるの?」

「ある意味、農業と併用になるんでしょうけど、構想はまとまりつつあるわよ。農場用のコロニーよりも規模は大きくなるけどね」


 高さ50m、直径1kmほどの円盤状のコロニーになるらしい。廃物処理に同じ大きさのコロニーがいると言っていたから、大規模な農場になりそうだな。

 でも、環境が良ければちょっとしたピクニックの場として人気が出るんじゃないか?


「肉と乳製品を得るためだもの。きちんと作れば閉鎖空間でもだいじょうぶだと思いたいんだけどね」

「人が暮らせるなら家畜も育てられるよ。問題は養魚場だな。かなり試行錯誤しているみたいだ。淡水であれだと海水には早々取り掛かれないだろうな」


 コロニー内を想定した農業、漁業、畜産業については、いつの間にか大学での研究テーマになっているようだ。それぞれに研究者が集まり、いかに閉鎖空間で効率的に行うかを考えてくれている。


 まだまだ先が長いけど、20年目を迎えると世代交代が始まる。

 エイルーさんも今は悠々自適に孫と暮らしているそうだ。エイルーさんの後任は屈強なトラ族の娘さんのデリーさんだ。

 トラ族らしい実直な性格は皆から好かれているし、指揮能力もそれなりに高い。統率力ではエイルーさんが優れてた気がするけど、あれは気性にもよるんだろうな。


「学会は賑わっておるそうじゃ。いろいろと論文が書けたと同行した連中は喜んでおる」

「これからも協力してくれるのかしら?」

「どちらかというと、増えそうじゃな。動物、植物、鉱物……。単に調べるといってもいろいろあるのじゃな」


 アルトさんの話を笑顔で聞いているのはアテーナイ様だ。アテーナイ様は月で亀兵隊の総指揮を執っているのだが、新年は俺達の別荘にやってくる。

 サーシャちゃん達は小惑星帯でプラットホームに出来そうな小惑星を探しているようだけど、レアメタルや有用金属の小惑星を見つけては月に運んでいるそうだ。


「まったく先が見えぬがミズキの計画は進んでおるのか?」

「カタツムリみたいだけど、ちゃんと前に進んでるわよ。皆のおかげでね。既に月のコロニーの収容量は5万人を超えているわ。管理人を置かないといけないかも知れないわね」

「亀兵隊を除隊した連中なら使えそうじゃ。我等との気心も知れておるしのう」


 一般人よりもその方が良いだろうな。半年交代ならば雇用の確保にも繋がるだろう。となると、新たな収入を得る方法も考えないといけないんじゃないか。


「これが使えそうです」

 ミーアちゃんがバッグから取り出したのは、ガラスの破片みたいなものだったが……。


「原石ってこと!」

「小惑星帯に結構あるんです。使ってください」

 宝石の原石ってことか! ならばそれだけでかなりの値打になりそうだ。


「ありがたく使わせてもらうわ。株を売る外に無さそうな感じだったの」

「あれは、持っておくべきじゃ。配当で連合王国の教育を援助しておるからのう。我も、今年は、狩に力を注ごうぞ!」


 対抗意識が湧いてきたようだけど、アルトさんだって学生達と種を採取する仕事は継続してほしいな。

 今年は、土中の微生物を研究している研究者達も名乗りを上げてるらしいから、アルトさん達の飛行船の乗船枠を巡って大学では学部の争いが激化していると村の神官が教えてくれた。


「値崩れも問題でしょう。これを上手く使ってください」

 ミーアちゃんがドサリとテーブルに革袋を乗せたけど、全て原石ってことなんだろうか? とんでもない資金が舞い込みそうだな。


「そうしたら、早めにコロニーの管理人達を集められるわね。アキトに王都で換金してもらうことにして、私は1個中隊ほど除隊者を集めるわ。衣食住込みで月に銀貨5枚で集めるからね」


 1年で金貨100枚近くになりそうだ。軍が金食い虫だとは知ってるけど、それだけの給与を与えるのは大変な話になるな。


 そんなことで王都の宝飾店に出向いて宝石の原石を売ったのだが、売却値段は金貨150枚にもなってしまった。

 見つけたら必ずここに来てください、と念を押されて戻ってきたけど、もう少し高めに要求しても良かったのかもしれない。

 とりあえず、雇用は何とかなるみたいだ。

                  ・

                  ・

                  ・

 魔族との戦を終えて20年が経過した。

 すでに月のコロニー建設は戦闘工兵達の手に委ねられており、出来上がったコロニーの維持管理はエイルーさん達が行っている。今でも現役と同じぐらい元気に飛び回ってるのは重力が六分の一に低下しただけではないのだろう。


「昼の巡視が終わったにゃ。今のところはどこにも問題が無いにゃ」

 たまに月の状況を見に行くと、保全部門の指揮所に常駐しているエイルーさんが元気に報告してくれる。

 孫が5人もいるおばあちゃんなんだけど、昔のままなんだよな。


「農業コロニーは順調なの?」

「野菜はどうにかにゃ。今年は麦に挑戦するにゃ」


 いろいろと作物を変えているようだ。3つのシリンダーでは分隊単位で、草取りをしている光景が仮想スクリーンに映し出されている。取り除いた雑草は有機肥料として使用するらしい。地球から土を何千tも持ち出しているから、今のところは大丈夫のようだな。


 月のコロニーは俺にとって大きな問題があるのが分かった。

 タバコが吸えないらしい。大気浄化用のフィルターに問題があるらしいのだが、何とか早く解決してもらいたいところだ。

 電子タバコなるものをユグドラシルの連中が作ってくれたけど、吸うと余計に吸いたくなってしまう。


「こっちに来てたのか? 俺の航宙船に来いよ!」

 ユングから連絡が入ったので、急いで離発着場に向かう。ユングの航宙船は、キャンピングカー仕様のイオンクラフトの2倍ほどの大きさだ。

 中に入ったところで、1つしかない船室へエアロックを通って入った。


「ここならタバコが吸えるぞ。タバコは宇宙ではかなり問題になるな。ユグドラシルに対策を考えて貰ってるから、もうしばらく待ってくれ」

 

 差し出されたタバコの箱から1本抜き出して火を点ける。

 ホッとするな。愛煙家には過酷な環境だけど、命には代えられない。


「ようやく嬢ちゃん達が候補の小惑星をいくつか選んだようだ。バジュラで引いてくると言ってたけど、小惑星にも簡易なエンジンを付けたんだろう」

「地球と月に1個ずつということか?」

「地球は1個だが月は3個設けることになる。軌道エレベーターの試験もあるしね。地球と月間の航宙船も最初のモデルがカラメル族の手で作られている。地球と静止軌道間の航宙船はどうにか設計を終えたところだ」


 完成は3年後らしいが、完成予想図は大型の飛行船のような構造だ。大陸間を結んでいる飛行船と大差ないように見える。


「一応、2千人を乗せられる。5日程度の飛行が可能だから、最後はプラットホームに寄らずに直接月を目指すことも可能だ」

「問題は維持だよな……」

「椅子を取り外せば巨大な船倉ができる。大陸間の荷役輸送で維持費を稼ぐのもできそうだし、将来の脱出に向けて乗員の訓練もできるぞ」

「軍用にもできそうだな?」

「二回りほど小型のものを作ればアメリカ大陸の南を監視するに十分だ。何といっても、飛行船より速度が速いし、風の影響をほとんど受けないからね」


 アルトさん達に使ってもらっても良いだろうな。飛行船の乗船枠を巡って大学内での対立も起きているようだし、他の大学からも調査隊への参加の打診を受けていると、アルトさんがボヤいてたからな。


「ダイモスの改造は順調なのかい?」

「駆動を重力場エンジンに改装して貰ってる。重力場推進というのがどうにも実感がわかなくてな。俺達が空を飛べるのも重力場を使ってはいるんだが、ブラックホールを生成するわけではなさそうなんだ」

 同じ推進方法でも手段が異なるということなんだろう。

 

「その他の部分は大体終わったぞ。イオンクラフトの離着陸場は少し大きくして、この航宙船が出入りできる。とはいっても、2隻だな。イオンクラフトは1個中隊を確保できる。偵察用の機材と解析用電脳も準備が出来た。核融合炉の運転はまだだけど、米津用の原子炉はすでに稼働している」

「原子炉だと燃料が面倒だぞ」

「溶融塩炉を使ってる。その辺りは考えてるよ」


 たぶんダイモスもプラットホーム化されるんだろう。とはいっても、乗員は2個中隊規模らしいし、民間人の搭乗数は最大でも3千人を超えられないと言っていた。

 その原因は生命維持装置の仕様上の問題らしい。定常の10倍以上に乗員を乗せられないのは何となく理解できるところだ。


「地上の方は上手く行ってるのか?」

 新しいタバコに火を点けてユングが聞いてきた。


「問題がいろいろと出てくる。養魚を考えてる連中はようやく閉鎖空間で養魚の実験を始めたところだ。畜産の最大の課題はし尿処理だけど、バイオ工学で何とかしようとユグドラシルの連中ががんばっている。氷を今でも運んでいるが、やはり水が最大の資源であることは確かなようだ」


「協力者が多いから何とかなりそうだが、閉鎖空間というところが問題なんだよな」

「今のままでは海水魚の養魚はかなり困難だといえるだろうな。リリックと黒リックで我慢するほか無さそうだ」

「食の材料は多い方が良い。まだまだ時間はありそうだ。諦めるのは止すんだぞ」


 諦めるというのは俺達の辞書にない言葉だ。タバコをもう1本頂いて、最後にコーヒーをご馳走になる。

 そのまま地球に送り届けて貰ったのは、ユング達にもいろいろと地球で手に入れなければならないものがあるらしい。


「ただいま」

 別荘にいたのは姉貴とディーの2人だった。

 相変わらず仮想スクリーンを何枚か開いてディーと相談をしているようだ。

 姉貴の隣に座った俺を見て、3人分のコーヒーをディーが入れてくれた。


「どうだったの?」

「今のところは順調かな? エイルーさん達がいろんな作物を試していたよ」

「もう少しで農作物は何とかなりそうね。私の方も少し目途が立ってきたわ」


 姉貴の言っていることは畜産業のことだろう。し尿廃棄物の処理と大気の安定を考えねばならないから面倒な事この上ない。


「基本は同じ規模の牧場を3つ作って、半年ごとに移動するということだけど、かなりの面積が必要になるわ」

「土地は十分にありそうだ。それに階層構造を取り入れれば1つの平面積で済むし、距離を離していくつか作るんだろう?」

「最低でも3つ。できれば5つは必要だわ」


 それで飼育できるリスティンやヤギの数はどれほどなんだろう? 過密飼育は姉貴が嫌うところなんだが、ちょっと予想出来ないな。



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