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R-132 移動するための方法は


 直径5m、高さ4mの密閉型水槽が3つに、エアロック用のチャンバー、それらをつなぐ蛇腹の通路……。

 ユグドラシルが魚の養殖のために用意してくれたのはそんな機材だった。

 そのほかに、大きな木箱に入った機材の中には解剖セットや顕微鏡などがたくさん入っている。

 俺達にいったい何をさせようというんだろう? 魚を養殖したいだけなんだけどな。


「成長過程で各部の発達を観察せよ。と言うことなんでしょうね」

 機材のリストを作っていたハモンドさんが呟いている。

 ハモンドさんは数人の男女で構成されたエルフ族の養殖研究所の職員だ。月の養殖場を作るために派遣されてきたのだが、先ずは小さな水槽から始めるということでネウサナトラムにログハウス風の研究所を作ってくれた。

 

「一気に大きくすることは危険が伴います。小さなことからコツコツやるのが一番ですよ」

「でも、農業は月で始めてるんだけどね」

「植物と動物の違いは大きいですよ。先ずは植物、次に動物ですね」


 40cm四方くらいの水槽を10個以上備え付けて、いろんな水草を育てているようだ。さらに水槽が増えそうな気配がするけど、聞いてみたら小さな虫を育てると言っていた。プランクトンのことだろうか?

 俺にはとても理解できないから、早々に退散して後を託すことにする。

 とはいっても、課題があれば相談してくれと話しておいたから、その時にはユグドラシルの神官に骨を折って貰うことになるだろうな。


「どうだったの?」

「さすがと言えば、さすがだな。魚の養殖はハモンドさんに託せばなんとかなるんじゃないか」


 姉貴の質問の答えになったかどうか疑問ではあるが、それ以上の質問は来なかった。

 ディーの入れてくれたコーヒーを飲みながら、タバコに火を点けた。

 次は何になるんだろう?


 姉貴とディーが仮想スクリーンを見ながら額を寄せているのは、何か問題が起きたということになるんだろうか?


「どうかしたの?」

「うん、今すぐというわけじゃないんだけどね。アルトさん達が送って来た画像を見てたのよ」


 そこに映し出されていたのは、巨大な原生動物だった。クリャリンスクの地下にいたものと同じに見える。そういえば、レイガル族の地下王国の崩壊もこいつの仲間のせいだったんじゃなかったか?


「今は旧インド辺りにいるらしいけど西に動いているらしいわ。無反動砲で攻撃したらしいけど核を破壊できなかったそうよ」

「だったら、サーシャちゃん達を呼べば簡単に解決してくれるよ。バジュラの口から放つのは荷粒子砲だ。あの直撃に耐えられる生物はいないんじゃないかな?」


 直ぐに姉貴はアルトさんと通信を始めたようだ。

 そう言えばミーアちゃん達は何をしてるんだろう? 正月には顔を合わせたけど仕事の事は話してくれなかったんだよな。


「とりあえず、何とかなるわね。ありがとう」

「あれからだいぶ時間がたってるからね。姉貴だって忘れてるぐらいだ」


「種を採取するのが目的だったんだけど、今では全世界狩猟の旅に変わってるんだもの困った人達だよね。でも、おかげで動植物の分布がかなり詳細化されたことは確かよ。ユングの東方見聞録を超える動物図鑑も完成しそうね」

「キャルミラさんの良識にすがったつもりなんだけどな。でも、種の採取が行われているなら問題は無いはずだ。おかげで大学の方も協力的なんだろう?」


 俺の疑問に姉貴が頷くことで答えてくれた。

 それぐらいは許容すべきじゃないかな。何といってもアルトさんだ。今でも少女の心を失うことが無い。……成長してないとは思いたくないな。


 三日後に送られてきた画像は怪獣映画の一場面の姿そのものだ。別荘の2倍ほどあるプリンのような原生生物にバジュラが口から碧く輝くプラズマの塊を放出すると跡形も無く蒸発してしまった。

 どうやら、群れがあったようで数体を倒したところでバジュラが大空高く飛んで行った。


「小惑星でレアメタルを探してるみたいだわ。ついでに木星のコロニーを調査したみたいだけど……」

「やはり滅んでいたということか」

「永続的に食料を作ることが困難だったらしいわ。木星コロニーが滅んだ原因は飢餓ということよ」


 むごい死に方だな。食料の生産と備蓄は両輪で進める必要がありそうだ。


「保存食についても考えなくちゃならないわね。保存食と言えば……オモチ?」


 いや、オモチも使えそうだけど、クッキーみたいなものじゃないかな? 軽くて日持ちがして、しかも小さくて高カロリー、ビタミンやミネラルも添加しとけば完璧だ。

 そう言えば、軍用の保存食をあまり考えなかったな。近場の戦が多かったからだろう。精々乾燥野菜に干し肉ぐらいなもんだ。

 

「保存食は軍で考えて貰うことにすれば良いんじゃないかな。幸いなことに連合王国には地震や暴風雨とは無関係だけど、魔族との戦が無くなったから、開拓に出る連中が多いことも確かだ。その先にはどんな自然災害があるか分からないからね」


 軍を派遣するのも、住民の当座の暮らしを立てさせるためにも、非常食は役立つに違いない。


「そうね。その手があったわね。私から軍の指揮官に提案しておくわ。そうなると……、私達の次の仕事は……」


 今度は、仮想スクリーンに映し出されるリストをスクロールしている。

 あんなにやることがあるんだろうか? というよりエクソダス計画全体との整合性を考えているんだろうか?

 ちょっと気になるところだな。少し外で頭を冷やしてくるか。


 結局、俺達が始めたことは人口分布の調査方法について考えることだった。

 連合王国で生まれた者と亡くなった者は、その土地の神殿が管理している。それが基本にはなるのだろうが、いまだに神殿や分神殿、祠すら持たぬ村も多いのだ。


「神官不在の村では村役場がその役を担うはずだ。移動神官が立ち寄った時に、その記録の確認をしているみたいだよ」

「要するに、記録はあるけど、現時点での住民の数が分からないってことかな?」

 

 俺の質問に姉貴が頷いた。

 確かに問題だ。王都の住人は10万人と言われているが、誰も数えたことが無い。

 一度、住民の数をきちんと把握する必要があるだろうな。だけど、税を考えると意外といい加減なところが今でもあるんだな。


 姉貴の提案した方法は個別訪問になる。地図を頼りに全てを確認するとのことだ。住所不定のハンターみたいな連中は、各町や村のギルドで確認することになる。未確認おのハンターが出ないように、ある期間を設けることも必要になりそうだ。行商人達も商業ギルドで把握して貰おう。

 それでも、抜けてしまう人達が出るかも知れないが数パーセントに満たないのであれば現時点での人口分布調査の問題は無いだろう。5年程度のインターバルで実施すればエクソダス計画の航宙船の運航計画を立てる上でも役立つに違いない。


「次の新年の年頭計画に提案するわ。それまでに案を私達がまとめるから、アキトは航宙船の基本計画をまとめてくれない? 運行計画も考えてほしいわ」

「俺一人では無理だ。バビロンとユングにも一枚噛んでもらうけど?」

「そうね。アキトだと10万人乗りの宇宙船なんて非現実的な考えを持ちかねないからね」


 さすがに10万人は考えなかったな。1万人は考えてたけどね。

 俺の考えることは、現実的な航宙船の大きさと、その数ということになるのかな? それが分かれば月のコロニーとの往復時間から1日辺りの延べ輸送人員が割り出せる。人類全体のエクソダスに要する時間が算出できるということになるんだろう。


 端末を持ってリビングを出る。外は秋の昼下がりだ。紅葉の季節がすぐそこまで来ているのは、リオン湖に映るアクトラス山脈の紅葉で知ることが出来る。

 青々と葉を茂らせるユグドラシルの下にあるテーブルセットのベンチに腰を下ろして、持ってきた端末を操作して仮想スクリーンを展開した。

 ユングのアドレスを入力してユングを呼び出すと、直ぐに仮想スクリーンにユングの姿が現れた。


「よう、どうした?」

「忙しいか? 少し相談したいんだが……」


「わざわざ相談を連絡するってことは相当困ってるな。こっちは戦闘工兵達ががんばってくれるからそれほど忙しくないし、なんて言ってもアテーナイ様がいるからな。たぶん一筋縄ではいかない話だろう。明日にはそっちに戻るよ。朝食を終えたら俺達の研究所に来てくれ」

「すまんな。バビロンの神官とカラメル族の長老も一緒で良いか?」

「あぁ、良いぞ。マールさんを連れていく」


 翌日。朝食を終えたところでユングの研究所に向かう。

 相変わらずの部屋だが、暖炉とソファーがあるのがこの部屋のおもしろいところだ。

 少し応接セットの間隔を広げてあるのは、横になるためのソファーが増えたためだろう。おかげで6人が一緒に会してもゆったりと座れる。

 カラメル族の長老はヨハン様というらしい。レビト様は霊体のように少し透けた姿でヨハン様の隣に腰を下ろしている。


「これで、全員だ。お茶も出てきたから、そろそろ明人の困りごとを話してくれても良いんじゃないか?」

「実は、エクソダス計画の根幹にも関わることなんだ……」


 地上の人類の総脱出を考えると、総人口と脱出用の航宙機の収容人員、往復の時間が問題になる。総人口調査は来年から数年おきに行えばわかるだろうが、航宙機の性能をある程度見極めないと、いかんともしがたいと説明したのだが、分かってくれただろうか?


「前に、軌道上にプラットフォームを作って、地上とプラットフォーム、プラットフォームから月という輸送計画を話したことがあったよな。基本はそれで良いんじゃないか? 利点は、大推力のエンジンを作らずに済むことだ」

「化学ロケットエンジンであれば、数十人を乗せるだけでも3段ロケットを考えることになります。まったく異質なエンジンを作らねば月に送る人類は多くても千人程度になるでしょう」


 ユングの言葉を否定するように言ったのはマールさんだった。バビロンの科学力ではそうなってしまうんだろうな。


「そこで我等の重力場航行の技術を提供する。少なくとも千人単位での乗船はかのうじゃろう。我等の航宙船のエンジン修理も急いでいるところじゃ。オートマタを分隊単位で送っていただければ、技術の習得もそれほど難しいこととは思わぬ」


「だが、千人では不足だな……。最低でも3千、出来れば1万にしたいが?」

 ユングの考えは俺とさほど違いがないな。

「先ずは千人で良いのでは? それが出来れば規模を大きくすることも可能と考えますが」


「次にプラットフォームの構想じゃな。考え方は悪くない。だが、それなら月にも設けるべきだ。大型航宙船を月に着陸させることよりも月を回るプラットフォームに接岸させるべきじゃろう」

「月と月を回るプラットフォーム間であれば、軌道エレベーターの技術が使えそうですね。距離も短くて済みますし、既存技術で可能です」


 やはりこのメンバーが集まれば課題の解決策は結構出てくるな。

 夕暮れまで案を出しながら、ラミィがそのデーターをユング達の電脳で確認していく。

 深夜になって、どうにかまとまったのだが、かなりの資材を投入することになりそうだな。

 

 地上から地球の静止軌道上に設けるプラットフォームの大きさは直径2kmにもなるものだ。小惑星帯から金属含有率の高い小惑星を運ぶことになるだろう。

 一時的な滞在とはいえ、5万人規模の生命維持を図るための設備が必要になるし、地上からと月からの航宙船を係留する桟橋も必要になる。その桟橋だって、各々2基は必要だからな。

 常駐するスタッフも中隊規模では済まないんじゃないか?

 

 月軌道のプラットフォームは割と小型になる。それでも直径500mの大きさだ。

 月面の基地との間を高張力のワイヤーで接続して5階建ての軌道エレベーターが往復することになる。5層構造の3層に人が乗り込むらしいが、万が一を想定して小型のカプセルに入るとのことだ。一回での輸送が300人となるのはそれが原因らしい。できれば500人以上乗せたいところだ。


「エクソダスの要は地上から静止軌道までの人員輸送になるでしょう。カラメル族の重力場エンジンを使った簡易計算では脱出に要する時間は、乗船に1時間、到着に2時間下船に1時間の4時間になります。点検と下降時間に同じ時間を要するなら、1隻の航宙船が1日往復できる回数は3回となります」


 ラミィが要約してくれたけど、千人規模の航宙せんだとすれば、3千人ということか……。

 10隻で3万人だが、俺達が災厄を発見してから残された時間はどれぐらいになるんだろう。


「かつての我等の故郷に災厄が訪れた時、それに気付いたのは半年も前のことであった。ラグランジュポイントと月に監視装置を常備すれば、惑星破壊につながるような災厄を早期に発見できるだろう。脱出期間は100日を想定すれば十分に思えるが?」


 経験者が言うんだから説得力があるな。

 それでも、300万人になる。これを100倍以上にするというんだから、先が思いやられることになりそうだ。



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