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R-131 自活するのは大変だ


「まったく終わりが見えんのう。大学の連中は喜んでいるのじゃが……」

「飽きてきたの?」


「そうではない。狩の獲物は豊富じゃ。新たな狩場もハンター達に教えることが出来たぞ。それに、獲物が食べられるかどうかを試すのも中々おもしろい」

 

 アルトさんの最後の言葉にキャルミラさんが頷いている。俺と姉貴は呆れて口を開けるばかりだった。

 確かに獲物を狩れば、その有用部位を確認することは必要だろう。とはいえ、むやみに変な獣を食べるというのはどうかと思うな。

 

「一応、バビロンとユグドラシルの装置で毒性が無いことを確かめて食べるから、そんなに驚くことは無いぞ。連合王国の食性を豊かにするためじゃ」

「でも、あまり変わったものは食べてはダメよ。お腹を壊すぐらいでは済まないこともあるんだから」


 姉貴が注意している。だけど、動物学者の卵達も嬉しそうに食べてるのかもしれないな。新たな食用種としての発見に、自分達が寄与する名誉の誘惑もあるんだろう。


「今のところ、有効と思われる種類はアメリカ大陸北部の大型の鹿じゃな。お土産に持ってきた肉じゃが、なかなかであろう」

「あれがそうなの? リスティンかと思ったけど……」

「リスティンの3倍ほど大きな奴じゃ。100頭以上の群れで動いておるが、現地のハンターも中々目にすることが出来ぬそうじゃ」


 かなり北部ということだろう。南北に連なる山脈にはリスティンに似た獣がたくさんいるから、わざわざ北に向かって猟をすることもないんだろうな。


「アメリカ大陸南部については、民間人を連れていくのは問題じゃろう。大陸の監視兵達に頼んでおいたぞ。1種類毎に植物の写真と種で10Lで良かったのじゃな?」

「薬草ギルドへの依頼と同額だからそれでいいよ。ちょっとした小遣い稼ぎになるんじゃないかな」


 アルトさん達も狩の獲物を売ることで、少なからず収入があるみたいだ。それは学生や亀兵隊に分配しているそうだから、姉貴は何も言わないようだ。


「今度はどこに行くの?」

「旧スマトル王国の南を狙おうと思っておる。北部沿岸部と大河の流域は薬草ハンターに任せられるじゃろうが、砂漠を超えた密林地帯は我等の範疇じゃ!」


 確かにそうだろうけど、それって狩の獲物を探しながら、ついでに種を集めることにならないか?

 いつの間にか本音と建て前が逆転してるような気がしないでもないな。

 姉貴も苦笑いをしているから同じ思いでいるんだろう。


 10日程、別荘に滞在したアルトさんとキャルミラさんは、飛行船に乗って再び新たな種を求めて旅立って行った。

 飛行船の運行は、ミーアさんが行っているらしい。ネコ族の飛行部隊への参入はかなりのものだ。

 アメリカ大陸の南部にあるテーブルマウンテンに作ったフギン砦をベースとした、南部の適性生物監視はネコ族の独断場でもある。

 調査用に飛行船を2隻運行して、今でも監視を続けてくれてるんだよな。


 家族があっちこっちに出掛けているから、別荘には俺達とディーが残っているだけになる。

 植物の種集めを任せることが出来たから、俺達の次の仕事は閉鎖空間での農業をどのように軌道に乗せるかを検討することになった。

 検討だけでは十分ではないだろうということで、直径3m、長さ5mほどの強化ガラスで作られたシリンダーの中で実際に農業を行ってみることになった。


「何を育てるの?」

「先ずは野菜で良いんじゃないかな。月で行うなら、取れた野菜は皆で食べられるだろうしね」

「これも、研究テーマになるんでしょう? 大学に頼んでみようか?」


 そんなことで農業研究プロジェクトが発足する。

 大学から研究員が10人出してくれるらしいから、彼らの衣食住を俺達が保証すれば良い。

 農業用のシリンダーは4基作り、内部に入るエアロックと洗浄用のシリンダーも設けることになった。

 農業はシリンダー3基で行い、1基は水の再生や内部空気の分析など行う装置が設けられる。

 水や空気の配管とデータ取得用のケーブルなどをあらかじめ作りあげ、月では接続だけを行えば良いようにしておく。

 組み立ては現地の汎用オートマタが行ってくれるだろう。

 

 このプロジェクトの目的は、閉鎖空間での農業が可能であること。水の消費量、それに空気の浄化がどれほど可能かということだ。

 すでに3万tを超える氷を月に運んでいるが、農業で用いる水が多く必要になるなら、さらに運ばねばなるまい。

 研究生達が少し多いのは、下水処理を考えてくれるらしい。

 都市の下水問題は色々な問題を起こしていることも確からしいから、閉鎖空間での下水処理は良い研究テーマになるんだろう。

 月の現状では、凍結させて地球まで運び衛星軌道から大気圏に射出しているというから驚きだ。大気との圧縮熱で流星のように燃え尽きるんだろう。

 そういえば、地球から持ち込んだものは地球に帰すのが原則だとユングが言ってたな。


「農業がおこなえれば、コロニーを長期間維持できるわ。コロニー内の大気を安定させるためにも是非とも必要な事よ」

「それは分かるけど、問題は光と熱だ。植物は光合成をするんだろう? 出来れば人工太陽を考えた方が良いんじゃないか?」

「人工太陽は、エルフの里にあったでしょう。あれを大型化すれば良いと思うの。設計図をカラメル族に渡しているから、もっと良いものができると思うわ」


 熱は、電気でどうにでもなりそうだ。電路を作るための絶縁体と導体は無機化学の世界だからバビロンに一任ってことになるだろう。

 となると、次は魚の養殖になるぞ。


「淡水と海水のどちらで養殖するの?」

「やはり両者とも必要になるんじゃないかしら。はじめは淡水で十分でしょうけどね。これは隣のカレイム村から協力者を得られるんじゃないかしら」


 カレイム村はエルフの里からやって来た移民の子孫たちが暮らしている。村と言っときながら人口は5万人を超えているんだよな。

 森の中にたくさんの池を作って魚の養殖を手掛けている。


「リリックと黒リックで試したいところね」

「リリック黒リックはどちらも動物食だよ。植物食の水生生物か小魚を餌として養殖することになる。一つの生態系をシリンダーの中に作ることになる感じになるな」


 餌を必要としない観賞用の水槽を作る感じになるのかな? 水草を増やして水草を餌にする水生昆虫、その昆虫を食べる小さな魚、さらに小魚を食べる大型の魚という感じでピラミッドを構築しなければならない。俺達が食べる大型の魚がどの程度の範囲内で漁獲できるかがポイントになりそうだ。

 これは牧畜よりも難しそうに思えるぞ。


「淡水の大型水槽は、水のバックアップとしても使えそうだから、是非ともほしい設備だわ」

「これも農業に似てるんだ。閉鎖空間での水の使用量と空気の清浄にも使えると思う。場合によっては大気中の水蒸気量を安定化させることもできるんじゃないかな」


 明日にでもカレイム村に出掛けてみるか。

 人材を紹介してもらいたいし、どんな設備が必要か考えて貰わなければならないからな。


 翌日。姉貴とディーが牧畜を考え始めたようだから、俺一人でカレイム村に向かうことにした。

 キャンピングカー仕様のイオンクラフトは少し大げさかも知れないけど、俺達の移動手段が限られているから仕方がないだろうな。

 カレイム村の村役場前の広場に降りると、直ぐに珍しもの好きな子供達が集まってくる。


「これこれ! 大事なお客様じゃ。失礼をするでない」

 イオンクラフトの扉を開けると、そんな言葉が聞こえてくる。どうやら長老の一人が俺を出迎えに村役場から出てきたらしい。


「突然の訪問で申し訳ありません」

「何の、我等が大恩人のご訪問となれば、我等一同の誉にもございます。どうぞ中にお入りください。乗り物には見張りを付けますからご心配には及びませぬ」


 いつもこの調子だから、ちょっと村に来るのは躊躇してしまうのだが、今日に限っては、彼ら以外に頼れる者がいないことも確かだ。


 カイラム村の村役場は大きな椎の大木が数本絡み合った中に作られている。

 エルフは森の民。エルフの里で暮らしていたエルフ達も合流したから、かなりの人数になっているのだが、エルフの住居がツリーハウスや幹に空いた穴を利用しているから、普段見るような家がどこにもない。獣道のように細い道が木々の間を縫っている。唯一の広場が先ほどイオンクラフトを着陸させた場所になる。


「さて、本日ご来訪の目的をお尋ねしませんと……」

「実は、カイラム村の産業が魚の養殖にあることを念頭に、お願いがあってまいりました……」

 

 簡単な挨拶を済ませると早速本題に入る。

 俺の説明を聞いていく内に、長老達も考え込み始めた。エルフ族は連合王国で最長の寿命を持っている。ネコ族の2倍はあるのだ。ドワーフ族と比べても50年ほどの違いがあると聞いたことがある。


「なるほど、この大地全体を巻き込むほどの災厄ということですか。我等なれば祈るしか方法はございませんな。そんな災厄を考えるとは……、恐れ入る限りです」

「我等とて、協力を惜しみませぬぞ! かつて北の果てにあるエルフの里から先祖を一人の落伍者も無くこの地に導いて頂いた御恩。決して忘れは致しませぬ」

「さらに、今の産業を我等に教えて頂いたことも確か。となれば我等の持てる力を注いで協力いたしましょう」


 こうなるんだよな。今でも恩を忘れることが無いのはありがたい話だけど、ここまで村を発展させたのはエルフ族であって俺ではない。

 今までいろいろと協力して貰えたんだから、そろそろ忘れても良いんじゃないかな。


「全面的な協力をお願いしたいところではありますが、あまり大それたことは現状で考えてはおりません。資材の全てはこちらで用意いたします。それを使って研究を行って頂ける人材を数人お貸し願えればと」

「我等の養殖場を管理するために、魚の修正などを研究している者達がおります。彼らの中から何人かを派遣いたすことは容易です。ですが……」

「研究の成果はご自由にお使いください。俺達の方は直ぐに役立つとは思えませんが、研究成果を現状の養殖業に反映させることはカイラム村のさらなる発展に寄与できるかも知れません」


 必ずしも寄与できるとは限らないが、それなりに反映はできるだろう。

 それは長老達も知っているに違いない。


 よろしくお願いしますと言って、カイラム村から別荘に帰って来た。

 後は、ユグドラシルに残った神官と機材について調整すれば良いだろう。



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