R-130 植物の種を集めよう
魔族との戦を終えて15年が経過した。
月で働く戦闘工兵達も世代交代をしたらしく、魔族と戦った経験を持つものが半数程度に数を減らしている。
それでもやたらと士気が高いのが戦闘工兵の特徴だ。1個大隊の半数2個中隊が地球と月を仕事場にして一か月交代で働いてくれている。
大型コロニーが完成したことで一個大隊の常駐も可能なのだが、姉貴の言うことにはまだまだ氷を運ぶ必要があるようだ。
すでに2万t近い氷を運んでいるのだが、こんなものでは直ぐに使い切ると言っていたな。
淡水浄化装置を作っても、少しずつ水は減るとも言っていた。100億人の必要とする真水とはどれぐらいの量になるんだろう……。考えても想像できないってことはあるんだとつくづく考えてしまう。
「まさかマンガン団塊の形で産出するとは思ってなかったわ。金や銀も精製できるからそれなりに連合王国の国庫が潤っているみたいよ」
「瓢箪からコマってやつだね。おかげでマンガン団塊を掘りだす山師も増えてるみたいだよ。ちょっとしたゴールドラッシュということになるのかな」
かつてのハンター達がこぞって北の山脈地帯でマンガン団塊を掘りだしているようだ。危険な大型の獣は近くにはいないとアルトさんが言っていたけど、アルトさん達が2つのチームを作ってハンター達の周辺を監視していると言っていた。
まぁ、アルトさんや嬢ちゃん達なら何が出ても問題は無いだろう。
「ユング達が、第二コロニーの建設場所を探し始めたようね」
「戦闘工兵達も特殊な機械の操作を覚えたということなんだろうな。最低でも100kmは離れた場所にしたいと言っていたのは、共倒れを防ぐのが目的なんだろう。だけどあまり交流できない場所にすると対立しかねないと愚痴をこぼしてたな」
意見が対立するのは民主主義の常なんだろうが、それが暴力的性格を帯びると厄介になる。
距離は離れていても交通手段を確保することで交流を密にできるだろうと姉貴は言っているけど、まぁ、楽観主義的なところは昔からあるからな。とりあえずはそれに頼ることになるだろう。
「地下鉄を作るみたいよ。私達の知ってる地下鉄とは少し違うと言ってるけど、1時間かからずに行き来できるならそんなことにはならないんじゃないかな」
「その時はその時だね。人が多ければそれだけで意見は対立しやすくなる。ある程度ストレスを発散できる方法を探さないとまずいんじゃないかな」
ストレス発散ならスポーツが手ごろだろう。コロニー対抗でやっても面白そうだ。とはいえ、それが原因で対立するかもしれないな。中々難しいところがあるな。
「マールさんとフレイヤさんは上手くやってるんだろうか?」
「動けないときには意見を戦わせていたけど、動けるようになったら案外意気投合してるみたいよ。ユング達を助けてくれてるみたい。なんて言っても両者とも地下コロニーの電脳だったぐらいだから、コロニー建設ではありがたい存在になるわ」
バビロンのマールさんから遅れること1年。ユグドラシルもフレイヤさんを送り出してきた。
完全な無機質の体ではなく、一部に培養した生体組織を用いてるというのがミソになる。サイボーグよりもオートマタに近い構造なんだろうな。
説明してくれたけど俺には理解できなかった。姉貴もそうだろうけど、姉貴が危惧していたのは、そのためにユグドラシルで保管していた胚を使ったかどうかだった。
結果としては、エルフ族の有志から提供して貰った組織を培養したとのことだから、姉貴も安心したみたいだった。
他の命を犠牲にして動ける体にしたとしたら、姉貴はすぐさまユグドラシルの破壊を考えたんじゃないかな?
保管した胚を人工子宮に移して命を作り出すこと自体には、姉貴は何も言わないんだけどね
「俺達の次の仕事は何になるんだい?」
「種を集めることよ。なるべくたくさん、いろんな種類を集めなくちゃならないわ。ジーンバンク自体はバビロンにもあるけど、あれって遺伝子改変の前の種類だから、遺伝子改変の嵐を乗り切った植物の種が欲しいわ。動物についてはユグドラシルに頼んだけど、やはり胚の保管になるのかしら……」
「種なら、薬草ハンターに頼めば良いんじゃないか?」
「連合王国の範囲とアメリカ大陸の北部なら可能だけど、それ以外の植物は無理だわ。やはり私達で行う外に手はなさそうよ」
要するに、地球規模で種を集めるってことなんだろう。中には種を作らないものだってあるんだろうが、そんな植物はどうするんだろう?
ある意味、珍しい植物になりそうだから植物園を作るという手もありそうだ。待てよ、そうなると動物園だって作れるんじゃないか? 水族館も欲しいところだ。養殖場を兼ねた施設になれば食生活だって豊かになる。
そんな話を2人の神官に話したら、かなり大掛かりなコロニーになるとのことだった。
それでも、俺の意図するところをしっかりと汲んでくれたようで、設計を始めてくれたようだ。
あまり大きな動物は飼えないらしいけど、愛玩動物だけでも子供達には人気が出るんじゃないかな。水族館にはネコ族の人達が押し掛けそうだし、植物園は大気の浄化の一環として組み込むことも視野に入れるべきかもしれない。
俺達が世界中の種を集めると聞いて、アルトさんにキャルミラさんが戻って来た。ミーアちゃん達は月のコロニー建設を手伝いに向かったようだ。相変わらず氷河の切り出しは続いているけど、戦闘工兵達がきちんと仕事を続けてくれている。
「また変わったことを始めるのう。だが、獣がいれば狩ができそうじゃ」
アルトさんの言葉にキャルミラさんも頷いている。
「ただ集めるだけじゃダメなのよ。どんな植物なのかをちゃんと記録する必要があるんだから」
姉貴が2人に説明してるけど、果たしてどれ位理解してるかが問題だな。アルトさんよりもキャルミラさんに期待した方が良いのかもしれない。
「じゃが、繁茂する季節、花の咲く季節、種のできる季節は違っておるぞ。それを全て記録するのか?」
「できればそうしてほしいわ。でないとどんな植物になるか分からないでしょう?」
確かに、そうなるよな。……待てよ、大学を作ったはずだ。その中で植物の薬草成分を調べてる連中がいたはずだ。連中を仲間にすればかなり調査が捗るんじゃないか?
「大学を訪ねてみれば良いんじゃないか? あそこならそんな事を調べている連中だっているはずだ」
「そうね。薬草ギルドもおもしろそうね。近場なら薬草ギルド、遠方なら大学が良いんじゃないかな」
俺達の話を聞いて、アルトさん達の表情が輝きだした。要するに一か所にジッとして仕事をしなければ良いってことなんだろうな。それが嬉しいのかもしれない。
「遠方は我等に任せるのじゃ。イオンクラフトを借りるぞ!」
キャルミラさんと共に、アルトさんがリビングを飛び出していった。
まだ、初夏にもなってないぞ。どこで種を採取するつもりなんだろう?
「これで、世界中の種が集まるわね。大学も植物分布の全体像が掴めるから協力してくれるに違いないわ」
「軍資金は大丈夫なんだろうか?」
「キャルミラさんに金貨3枚を預けてあるわ。神殿への寄付を少し減らしてしまったけど、半減はしていないわよ」
連合王国内の投資で毎年金貨50枚近くの配当が得られる。
設備規模が大きくなるにつれて配当が増えたんだけど、ほとんどが連合王国内の民生にかかわる部署へ寄付している。
これからの大計画には、資金も必要になるんだろうが、俺達の寄付で成り立っているボランティアグループもあるんだよな。
「確かに資金は必要だ。戦闘工兵達の給与は連合王国が出しても、衣食住は俺達が考えなくちゃならないからね。そうなると、種の採取をしながら狩をして稼ぐのも一つの方法になるよ」
「私達が言わなくても、アルトさんならやってくれるわ。大学は大騒ぎになるわよ」
いたずらが成功したように、姉貴が小さな笑い声を漏らしている。
「イオンクラフトの定員は6人です。たぶん全員女性を選ぶと思いますが、4人を選ぶとなれば、植物学、動物学、鉱物学等の学部が名乗りを上げると思われます」
ディーが、姉貴が笑った原因を分析してくれた。
となると、イオンクラフトではなく飛行船を使っても良いんじゃないかな。念のために亀兵隊を2個分隊も同乗させれば安心できるし、魔族との戦争を終えたとはいえ、どんな危険な敵対生物が現れないとは限らない。
大学だって、派遣員を1人にすることはできないだろう。5人程度のグループを5つぐらいは要求してくるんじゃないかな。
「場合によっては小型の飛行船を使った方が良いんじゃないかな」
「そうね。確かユングの使っていた飛行船があるわ。あれを改造するなら1個小隊規模で活動できるかもね。ユングには私から連絡しておくから、アキトは大学に連絡してくれない。2時間もしない内にアルトさんが向かうはずだから」
俺達は手分けして連絡を行い、アルトさんの探検隊が組織され連合王国を旅立ったのはそれから一カ月後のことだった。
最初はアメリカ大陸北西部を目指すらしい。ユングの話ではグライザムが群れでいたと言っていたけど、亀兵隊の標準装備はAK47だからね。そうそう後れを取ることも無いだろう。
俺と姉貴は薬草ギルドの助けを借りて種を集める。
名前が分かっている植物であれば、1種類10Lという報酬でハンター達が集めてくれるから助かる話だ。雑草までも種が集まるから確かに資金は必要になる。
銀貨10枚を銅貨に変えて用意していたんだが、たちまち底をついてしまい、ディーに王都で両替してもらう始末だ。
今度は金貨1枚の両替だからしばらくは持つんじゃないかな。
集めた種は、バビロンで作って貰った小さなカプセルに種類ごと収めて保管する。1種類についてカプセル2個は、保管場所を分散させる意図があるのだろう。
カプセルの目録作りは、村の教員を行ってくれてる神官姿のオートマタが行ってくれた。姉貴には絶対に任せられないし、俺だといつ終わるか分からないからね。
こまごました仕事なんだけど、5日で飴の小袋1つで請け負ってくれたのは子供達への小さなプレゼントのためだろう。
教育専門のオートマタと聞いていたんだけど、子供達と暮らす内に感情が芽生えたんだろうと姉貴が言っていたな。