R-013 キャルミラさん
ユングが転がしてきたステンレス製のタンクは、まるで新品みたいに見える。窒素ガス雰囲気で保存されていたから腐食が全く無いな。
配管やバルブも同じように見えるが、パッキンはフラウが合成したと言っていた。大掛かりなものでなければ容易に作れるようだ。
「これだと、全体重量は1000G(グル:2t)近くになりそうですね」
「木製のヤグラでは持たないだろうな。石で積上げることになりそうだ」
「ウミウシの体液は3タルを持参しています。面倒ですが、ちゃんと作れば長く使えますよ」
戦闘工兵の分隊長は4人の兵士とキャルミラさんを連れて朝食後に本部を出発している。アルトさん達も定員4人のイオンクラフトに屯田兵6人を乗せて出発して行った。
簡易荷台の積載量が200kgだから、兵士2人が乗せられるのだが、途中で落ちないか心配だな。一応、手すりにロープで腰のベルトを結んではいたようだけど。
ユング達はジェリ缶を持って、文字通り飛んで行った。あいつらのことは心配することも馬鹿らしくなるな。ジェリ缶10個に水は確保してあるからしばらくはもつだろうが、半分程になったら、イオンクラフトで水汲みをしなければなるまい。
「場所はこの辺りでいいんだろうけど、問題は材料の石運びになるな」
「ですね……」
一辺が1.5mほどの石組みを作らねばならない。崩れたり、歪んだりしないように底面は広げて掘り下げねばなるまい。それを考えると、ジェリ缶が沢山という選択は正しく思える。ここに作るのは長期的な拠点ではなく、拠点を作る為の一時的な仮設基地のようなものだ。
「どうした?」
水汲みを終えたユングが咥えタバコで歩いてきた。
石組みの石を運ぶ必要がある事を告げると、笑いだした。
「フラウにブロックを切り出させる。戦闘工兵ならそれを組むぐらいは容易だろう。任せておけ!」
そう言うと、俺達をおいて戻って行った。
ユング達のレーザービームでこの岸壁を切り出すつもりか?
俺達が顔を見合わせていると、ユング達が3人連れで戻って来た。
「この岸壁を切り出してよいのですか?」
「ああ、戦闘工兵以外もいるから、少し小さめにブロックを作ってくれ」
ラミィが俺達を岸壁から下げると、ユングとフラウで岸壁の両側をクサビ形に数m程の高さまで切り込んで正面から升目状にレーザーで岩を掘ると、今度はクサビ形の場所から横方向に切り刻んでいく。
ばらばらとブロックが岸壁から剥がれ落ちていく。ユング達なら良い石切場が経営できそうだな。
「こんなもんでいいんじゃないか?」
「ああ、十分だ。だが、中継点を本格的に作るときは、またお願いしたいな」
そんな俺の言葉に笑って手を振ると、作戦指揮所となる天幕に歩いて行った。
たぶん、姉貴に探索に向かうことを告げるんだろう。
「さて、始めるか。ブロックは豊富だからな」
磨いたような岸壁と山になったブロックを放心したように見ていた連中に声を掛ける。ユングの能力はあまり知られていないからな。
それでも、現実に戻れば戦闘工兵の能力は高い。たちまちタンクの台座が積上げられ、昼過ぎにはタンクの据え付けと配管の工事までが終了した。落差を利用したろ過器が付けてあるから、飲料水もこれで確保できたことになる。
ユング達が運んできたジェリ缶の原水をタンクに入れたけど、6個分でも半分近くだ。このタンクの容量は1㎥を超えていそうだな。
俺達が焚火の周囲で休んでいると、アルトさん達が帰ってきた。
本部を中心とした直径3kmの範囲に監視装置を仕掛けてきたらしい。
「やはりこの近くには大型の獣はおらぬようじゃ。昨日と同じ獣を3匹狩ってきたぞ」
得意げにそう言ってるけど、銃声はなかったよな。槍で狩ったのか?
「槍を使ったの?」
「いや、これを使った。昔、サーシャに貰ったものじゃが、ガルパスを使った狩では意外に使えるのう」
バッグの中からジャラリと鎖をつまみ出した。なつかしい品物だな。毛皮に傷を付けずに狩りをする為の道具だ。銃を使わずに済めばそれでいい。銃声で敵を呼び寄せないとも限らないからな。
夕暮れ時になって姉貴も天幕から出てきた。
俺の隣に座ると、屯田兵が渡してくれたお茶を美味しそうに飲んでいる。
「これで、周囲の監視が出来るわ。調査に出ない屯田兵で監視をお願い。戦闘工兵の半数は、私とアルトさんと一緒に明日は調査隊の支援に同行します。アキトとキャルミラさんで本部の留守番を頼むわ」
ディーとアルトさんを連れて行けば、姉貴も安心できるだろう。残った10人の兵士と俺達2人で本部を守ることになりそうだが、日中だけだから大きな問題は起こりそうもない。ユング達はしばらく帰ってこないだろうけど、あいつ等なら単独行動をとってもなんら問題はないだろう。この大陸で一度戦っているからな。
夕食を終えて一服している時分に、南の方から青白いイオン噴流をなびかせて調査隊が帰ってきた。
夕食を食べながらの報告が行われる。
「予定地2箇所の状況確認を終了しました。土壌サンプリングの分析は本部に任せて、更に周囲の調査ともう少し南の状況を確認したいと思います」
中継点となる地点を即決しないということは、どっちもどっちということだろう。それなら農地に適しているかの方が重要になるな。
単純な分析だから、ディーが行ってくれるだろう。
「どの辺りまで出掛けるの?」
「南の候補地から500M(75km)程度南まで行こうと思っています。山脈の形から、流れがあるのではないかと……」
拠点の維持と農業には水利が是非とも必要だ。屯田兵の開拓魂がそんな地理的条件を追加するのだろう。
明日からはイオンクラフト2機になるし、姉貴も一緒だから心配は無い。
残った俺達は12人だけど、留守番だからな。精々周囲の森から焚き木を集めるくらいの仕事でしかない。
ジッとして時を過ごすのは俺達の主義ではない。
本部の拡張を自発的に行うことにした。柵を新たに作って柵の囲いを200D(60mほど広げる。これで岸壁から210m程に仮設拠点が広がる。柵作りで余った材木は、まとめておいて焚火の焚き木に使えるようにしておく。
盾を並べて塀も広げたいところだが、残り数枚ではそれも出来ない。たぶん次の輸送便で運んでくるんだろう。
焚き木も山積みになるほど集めておいた。このまま、この地で冬越しも出来そうな気がするな。
「どうでしょう。ログハウスを作ってみては?」
焚火に集まった兵士達とお茶を飲んでいると、そんな提案がバリナスから出された。
確かに、天幕で暮らすのはなぁ……。
「材料はあるのか?」
「ログハウスなら、板を作るのが少なくて済みますからね。さすがに2階建ては無理ですが」
戦闘工兵なら、前線での砦作りなど容易に行える。その技術を使えば確かにログハウスは簡単な部類なんだろう。
「今夜、姉貴と相談してみる。この地にはそれ程長居はしないはずだ。折角作っても使わず終いになったらもったいないからな。だが、木材は将来的にはかなり使うことになるだろう。今から準備しておく分にはかまわない筈だ」
「調査次第ということですか。それでも必要性があるのでしたら、早速材木を用意することにします」
先頭工兵達は周囲の森に出掛けて行った。
残った屯田兵達が通信機の番をしながら本部周辺の監視を行なっている。
焚火の傍に残ったのは俺とキャルミラさんの2人だ。
何かあれば即応出来るように背中に銃を背負っているのだが、戦闘服を着て、銃を背負いながら一服しているネコ頭の女性というのはシュールな光景だ。
模擬戦ではアルトさんを凌ぐ戦闘力を持ってるからな。【アクセル】を使用しないで、【アクセル】状態の通常姿のアルトさんを軽く打ち負かせる。成人姿のアルトさんだと、さすがに【アクセル】を使わねば対応できないらしい。
瞬発力が異常に高い。やはりネコの遺伝子を色濃く残しているようだ。
その上、使う魔法が少し変わっている。攻撃魔法の【炎弾】は【メル】に似ているが、非常に小さな火炎弾を相手に貫通させて内部で炸裂させる。
回復魔法である【治癒】は【サフロ】より威力が無さそうだ。傷口が残ってしまう。
そんな魔法をまだ持っているらしいが、あまり使わないようだ。身体能力が極めて高いから、俺達と一緒ならば使う機会があまりないのだろう。それに、ネコ族の人達の持っている魔法力は人間族に比べて遥かに低い。ネコの姿を色濃く残しているキャルミラさんは猫族の人達よりも魔法力が低いのかも知れない。
『長命ということは、果たして良いことかどうか迷うことがある。アキトはどう思っておる?』
「そうですね。ある意味罰にも思える時があります。親しく過ごした人達と永遠に別れねばなりませんからね。それでも、今では同じような境遇の連中がいます。互いに助け合いながら生きて行けば、これからの年月も楽しく過ごせるでしょう」
キャルミラさんは、改造された人間の遺伝子を使って、ネコから生まれたと聞いたことがある。少しずつ遺伝子を変えた仲間が大勢作られたんだろうが、その仲間で生き残ったのはキャルミラさんただ一人だ。自分の生体代謝能力を低下させてエイダス島の地下神殿で眠っていたのも少しは理解出来る。眠りの中で、かつての仲間達と遊んでいたんだろうな。
『少しは外を見るべきであった。心象世界の中にはかつての友はいないが、おもしろい人物が大勢おる。その中でまだ見ぬ3人とあうのが、の今のたのしみだ』
俺が会うのは、カラメル族の長老とアテーナイ様だよな。他にも色々いるのだろうか?
アテーナイ様なんか、俺達と一緒の時よりも数段若返ってるから、未だに模擬戦で勝てないんだよな。
「相変わらず覇気がないのう!」なんて呆れられてるし……。ひょっとして勝てないのは覇気が足りないのか?
『覇気とはおもしろい例えだ。確かに一言で言えばそうなる』
「それだけではない。ということですか?」
『我は、なぜそこで止めるのか? と疑問を持っておった。例え心象世界での模擬戦といえども、アキトは相手に止めを差さぬ。それに致命傷を負わせることは避けておる。
覇気と言えばそれまでだが、我には情けが邪魔をしているようにも見える。決して悪いことではないが、それが戦いで邪魔をしているようだ』
心を鬼にせよと? 剣を交えたなら、目の前にいるものは例え仲間であっても倒すべきだという事か? 確かに姉貴は俺に対してそういった行動を取る。俺が、手刀で首筋を皮1枚切ったところで止めても、俺の腹を掌底で打ち抜くことはするんだよな。
俺の技量が足り無い事を知らせようとして遣ってる訳ではないということなんだろう。あれが、戦いの基本ということか?