R-129 バビロンのマールさん
お正月を月で過ごした俺達は、地球に戻ると鉱石探しを始めることになった。
キャルミラさんと嬢ちゃん達が相変わらず氷河から氷を切り出してくれているけど、まだまだ十分ではないらしい。既に5千個近い一辺が1mの氷を月に運んでいるのだが、住民の生活維持を図る上ではさらに運ぶ必要があるらしい。
「おかげで、極近くの珍しい獣を狩れるらしいから、退屈しないでいるんでしょうね」
「こっちの方が面白いなんて言わないだろうな?」
珍しいことには直ぐに飛びつく性格だからな。アテーナイ様の手腕が気になるところだ。ディーをこっちに呼び寄せたから戦力ダウンのはずなんだけどね。
「それで、イオンクラフトの改造は出来たの?」
「一応、終わったよ。地下10mまでの簡易探査装置だけどね。操縦席と荷台を一体化してキャンピングカー仕様になっているから、10日程の調査であれば十分らしい。キャンピングカーの屋根に燃料カートリッジを積めば一か月程度は大丈夫だと言ってくれたけど、先ずは近くを探すことになりそうだね」
「となれば、昔の産出地が最初の目的地ね」
「どちらも産出した国はロシアになるな」
アクトラス山脈を越えたところで、東西に動きながら調査することになりそうだ。
ディーが大量の食材を抱えて帰ってきたから、明日にでも出かけることになるんだろうな。
「おかえりなさい。あら? 隣の娘さんはどなたかしら?」
「バビロンの神官でした。どうにかCPUを結晶体に複写できましたから、移動体として行動できますよ」
また一人、変わったオートマタが出来たということになるんだろうか?
だけど、鉱石分析装置情報を分析するには一番の適任じゃないか? 少し安心できる存在には違いない。
「戦闘用……、ということはありませんよね?」
「汎用の発展型です。それなりに戦うこともできますが、貴方達とご一緒であればそんな機会は無いと思いたいですね」
汎用と言ったって、ミーアちゃん達の性能は戦闘工兵1個小隊なら即座に壊滅できそうだからな。何でもできるというのが汎用ということなんだろう。
かえって、アテーナイ様のように戦闘特化だと他の事はあまり出来ないのかもしれないな。
バビロンの神官は、俺達の仕事が始まるのを知って急きょやって来たらしい。
「ところで何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
姉貴の問いはもっともなところだ。
着てる服は神官服だけど、金髪を肩で揃えた端正な顔立ちは20歳を少し超えたぐらいにしか見えないんだよな。
「マルドゥクと名乗りたいところですが、マールと名乗ることにしましょう」
確かバビロンの創造神の名じゃなかったか?
マールさんなら呼びやすいし、皆からも親しまれるに違いない。
「マールさんがここにいるとなれば、バビロンには誰もいないということですか?」
「施設の維持管理も必要ですし、ユング殿よりいろいろと注文も受けています。オリジナルの神官はそのまま残ってくれました。『アマル』と自らを名付けてましたよ」
確かマルドゥクのもう一つの呼び名がアマルトウじゃなかったか? アマルという名はそこから取ったんだろう。バビロンの電脳は男女の人格を持ったということになりそうだな。
「そうなるとユグドラシルの方も動くことも考えられますね」
「たぶん今年中には移動体として協力をすることになるはずです。オートマタの製作ではバビロンが一歩先んじていましたから」
電脳同士が動くとなれば、全体計画の調整もかなり楽になるんじゃないか。
ディーの持ってきたお茶のカップを受け取り、美味しそうに飲んでいるから味覚もあるんだろうな。
翌日。朝食を追えると、家の中をとりあえず綺麗に掃除したところでイオンクラフトに乗り込んだ。
このイオンクラフトは何世代目になるんだろう?
魔族との戦をしていた時は軽トラック程の大きさだったが、二回りほど大きくなったように思える。
室内は前に操縦席があるけど、足元まで強化ガラスで覆われていたから眺めが良い。
その後ろに4人が座れるテーブルがあって後ろに続く扉がある。扉を開けると通路を挟んでトイレとシャワー室が小さいながらも付いている。その後ろはベッドルームだが、寝るのは俺と姉貴になりそうだ。
テーブルセットもテーブルを格納してソファーのような椅子を動かせばダブルベッドになるようだ。
テーブルセットの反対側に簡単なシンクとレンジが備えられている。
もう少し大きければ嬢ちゃん達も一緒に乗れるんだけどね。
「探査ルートはこれで良いんですね?」
マールさんが姉貴に確認している。姉貴と並んでソファーに座り互いにテーブル越しに大きく仮想スクリーンを展開しているようだ。
コーヒーを入れた容器はこぼれないように蓋が付いている。同じ容器が俺とディーの間のカップホルダーにも収まっているから、外の風景を楽しみながら頂くことにしよう。
「出発します!」
ディーが大きく声を出すと、一呼吸おいて操縦桿を引いた。
ゆっくりとイオンクラフトが上昇して、高度500mほどになったところでアクトラス山脈を越えるべく北に向かって飛行していった。
イオンクラフトの飛行距離は昔に比べて伸びたとはいえ、1日で500kmということだ。尾根を抜けて北に向かったが下界には人の生活した跡がない。
昔は、ノーランド王国や地下のレイガル族がいたんだけど、すでに滅んでしまったらしい。一時は連合王国と戦をすべく動いて種族なんだが、栄枯盛衰は世の習いってやつなんだろうな。
俺達の別荘から北西に400kmほどの平原で今日は野営になる。
近くには焚き木となる藪すらない平原だ。ディーがアクトラス山脈近辺身まで出かけて、カゴにたくさんの焚き木を運んできてくれたから、イオンクラフトの傍で皆で焚き火を囲むことになった。
「やはり、目ぼしい鉱脈は無かったわ」
「最初から見つかるとは思えないな。一か月ぐらいを俺は考えてたよ」
そんな話をしながらディーが付くてくれたスープを頂く。俺と姉貴にはパンが付くけどディーとマールさんはスープのみのようだ。
それでも、皆と同じ焚き火を囲みながらの食事はマールさんには新鮮な経験になるんだろう。笑顔でスープを頂いていたからね。
最初はロシア地方を調査するはずだったが、姉貴の我がままのせいでだいぶ予定が狂ってきた。
アルトさん達が氷河の切り出しを行っている場所を目指して、東西200kmほどの範囲で地中の鉱物を探索している。
「姉さん、やはりヨーロッパには無さそうだけど?」
「無いことを確認することも大事なのよ。それに、アルトさん達の仕事だって一度見解く必要があるわ」
アテーナイさんやキャルミラさんがいるから問題は無いと思いたいが、やはりちょっと不安があることは確かなんだよな。
ユグドラシルの協力者達と上手くやっていれば良いんだけどね。
夏の盛りにアルトさん達ががんばっている氷河の切り出し現場を見ることができた。
見上げるばかりの北の山脈の中腹は、標高2000mにもなる。夏でも日中の気温は10℃を下回るし、夜間の気温は零下になるから、氷河は後退する気配すらなさそうだ。
「やって来たな。あんな感じで切り出しておるが、直ぐにくっ付いてしまう。積み込む際にもう一度切り離すのが面倒じゃな」
そんな説明をしてくれたけど、レーザーで溶かしてるんだからそうなるだろうな。
それでも、20個近くは個別に丸太の台に載せている。氷同士をピタリとくっ付けなければ良いだけなのにようやく気が付いたんだろうか?
凍えているかと思っていたけど、アルトさんやキャルミラさんも元気そうで何よりだ。
二重のテントは空気で膨らませるタイプだから、温かく過ごせる場所があるのが良いみたいだな。中をのぞいたらしっかりとコタツが作られていた。電熱器タイプらしいから一酸化中毒にはならないだろう。ちょっと安心できた。
その夜は、持ってきたリリックや黒リックを皆にご馳走する。
サイボーグの連中も食事ができるらしく、焼いたリリックに舌鼓を打ってるし、ミーアちゃんも久しぶりの味を懐かしがるように食べていた。
ネコ族の嗜好は今でも健在なんだろうな。
ぐっすりとイオンクラフトで眠ったところで、アルトさん達と別れて再び調査を始めようとした時だ。
「ちょっと待ってください! かなりの量のクロムとニッケルがありますよ」
「どれどれ……、確かにありますね。アキト、ゆっくりと周囲を周回してみてくれないかな?」
スカンジナビア半島には金属鉱床がいろいろあったらしいから、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。
言われるままに、地上から100mほどの高さで金属鉱床の探索を始める。
アルトさんから、通信が入ったようで、ディーが状況を説明している。飛び立ったと思ったら周囲を旋回し始めたからな。地上の連中には奇異に映ったに違いない。
10回ほど周回したところで、再度地上に降りて姉貴達が得られたデーターの解析を始めた。
少し外に出てタバコを楽しむか。
イオンクラフト近くの岩に腰を下ろしてタバコに火を点けると、周囲の風景を楽しむ。
標高が高いだけあって、遠くまで見通せるが、南に緑の絨毯が見られるぐらいで変化に乏しい場所だな。アルトさん達もたまに交代させなければ気が滅入るに違いない。
姉貴と作業のローテーションに付いて少し考えた方が良いかもしれない。
そんな事を考えていると、上空から大型のイオンクラフトが降りて来た。
俺達の乗るイオンクラフトの数倍以上の大きさがある。
あれが、月を往復している輸送船ということになるんだろう。そろそろ2機目ができるらしいから、アルトさん達の仕事が増えそうな感じもするな。
月から交代してくる戦闘工兵達の仕事としても良いんじゃないか。