R-128 月人の誕生
魔族、その後のグリードとの戦を終えて2年が経過した。
新年恒例の連合王国の会議は、アメリカ大陸への進出について盛り上がっている。農業と工業が一気に進むんじゃないかな。
テーバイ州の東にある堤防での戦も下火になっているらしい。今では2個大隊程度の兵力で魔族を相手にしているようだ。来年には監視部隊が残るだけになるかもしれない。
「はぁ……。やっと終わったわ。私達の助言はもう必要ないかもしれない。でも、エクソダス計画について予算を割り当ててくれたのは助かる話ね」
別荘の大きなテーブルに突っ伏して姉貴がぼやいている。
連合王国全体の1%になるらしいが、それで何を作るんだろう? 姉貴は避難計画だと説明していたけど、誰を何処にということには答えていなかった。
重鎮達が勝手に解釈しているに違いないけど、現時点で脅威を感じる対象物が無いことは誰もが知っていたはずだ。
「だけど、誰も信じてはいないんじゃない?」
「急に、そんな事態が出ておろおろするよりはマシよ。予算もありがたいけど、戦闘工兵1個大隊を訓練名目で来年から借り出せる方が嬉しくなるわ」
10人で1分隊、それが4つで小隊になって、さらに4つの集団が中隊になる。4個中隊が1個大隊だ。指揮系統に若干の士官が付くから、750名程になる。
元が工兵だからコロニー建設に調度良い感じもするな。姉貴が喜んでるのも分かる気がする。
「資材調達については、ランドル中佐が担当してくれるわ。部下を1個分隊率いて、ネウサナトラム村にやってくるわよ。宿舎は別荘の兵舎を使うと言ってたから、助かるわ」
魔族との戦の兵站を支えてくれた士官だが、中佐に昇進したんだな。俺達の計画の見積もりを上手くコントロールしてくれるに違いない。
「となると、来年までには月のコロニー建設現場に兵舎を作らなくちゃならないぞ。ユング達が先行して工事をしているけど、それほど大きなものではなさそうだ」
「反重力機関とイオンクラフトを併用した、宇宙船がもうすぐできるわ。先行試作型だとユングが言ってたけど、輸送人員は1個小隊と積荷3tということだから、今年中には2隻は稼働できそうよ。それで戦闘工兵を運べるし、バジュラを使って火星のコロニーから使える資材をサーシャちゃん達が運んでるでしょう。夏には1個大隊の兵士が生活するコロニーを作れると思うわ」
かなり楽観的な考えだけど、バビロンから貸与されたオートマタは工作整備用が1個分隊、汎用が2個分隊だ。古いコロニーから外してきた機材を組み立てて、月の地下に新たなコロニーを作っている最中だ。
アルトさん達はディーを連れて、ユグドラシル近くの氷河から氷を切り出している。
ユグドラシルから1個分隊のサイボーグを借り受けているけど、彼らは元半魚人として暮らしていた人々だ。ゆっくりとDNAを変化させながら元の人間の体に戻そうとしているらしいが、完全に元に戻るには100世代以上必要ということらしい。
すでに全身のウロコは無くなっているけど、目の構造や、呼吸器官等には俺達とかなりの相違があるとのことだ。
「毎日、20個の切り出しは大変でしょうね」
「それでも、休暇は楽しんでるみたいだよ。スノービューの毛皮を手に入れたと連絡があったわ」
ディーが一緒だから安心できることは確かだけど、あまり危険な狩はしないでほしいな。 次はマンモスの牙なんてことになりそうな気もするんだよね。
「カラメル族に頼んでいた、航宙タトルーンがそろそろ完成するはずよ。船倉に50t程の荷を積めるらしいから、切り出した氷を運べるのも早い時期になりそうね」
「その辺りの工程はユング達と調整できてるんだろうね? 運んでも月に倉庫が無ければ後で苦労するよ」
とは言ってみたが、太陽光が無い場所での温度はマイナス100℃以下になるらしい。簡単な密閉空間を地下に作れば十分だとバビロンの神官が話してくれたな。
「場所は決めてあるわ。月の洞窟を調査して、深さと最深部の広さを勘案して10か所ほど候補地を決めてあるの。ユング達のコロニー建設の邪魔にはならないし、月での輸送は重力が低いから意外と簡単なのよ」
「となると、水資源の維持管理をどうするかだな」
「バビロンで1個分隊のオートマタを出してくれるそうよ。現在ユング達と一緒に働いてくれているタイプと同じらしいわ」
汎用型ってことだな。バビロンの神官達もご苦労な事だ。
将来は自分達も移動することを考えているらしいから、その内端末での映像だけでなく、神官と直接話を行うことが出来るのだろう。
それはユグドラシルの神官も同じらしい。やはり、この大地と共に運命を共にする考えは無いようだ。
そういう意味では、今でも人類の導き手となる自覚を持っているということだろう。
進化したAIではあるが自意識を持つ以上、同じ人として遇しなければなるまい。
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最初の地下コロニーの完成は、魔族との戦が終わってから10年が経過していた。
月の山岳地帯にある小さな溶岩洞窟を起点として作られたものだが、大きさは直径50m長さ200mの円筒形の構造体が高さ1000m級の峰の地下2000mに3基作られた。
完成祝いは俺達の別荘で小さく行ったけど、このコロニーが100億人規模のエクソダス計画の要になることは間違いない。
「まだ完全に自立できないのが難点だけど、アキト達も長期間暮らせるぞ。地球で俺達のバックアップをしてくれるのはありがたいが、少しずつ拠点を移動することも視野に入れてほしい」
「現状での生活人員はどれ位なんだ?」
「200人を想定している。隣接して直径80m長さ300mのコロニーを建設中だ。これが完成すれば、1000人までなら何とかなるぞ」
一個大隊をそっくり移動できそうだな。コロニー建設に拍車がかかりそうだ。打つ撃服を着装してのコロニー建設のノウハウを戦闘工兵がマスターすることになるとは作った当時考えることなどできなかったことだ。
「現在は小隊規模に派遣だが、今回のコロニー完成で中隊規模になった。来年には大隊規模に持っていけるな」
「月の南極と北極に小さな観測基地を神官達が作りたがってたわ」
「分かる気がするな。設計図と観測資材それに取説があれば何とかするよ」
そんな話で盛り上がる。
ここまで来たからには、後は作り続けることになるのだが、俺達には時間はたっぷりある。
建設に協力してくれる戦闘工兵は、世代を交代しながらも俺達につきあってくれるだろう。すべての完成を見ることは無いだろうが、そんな戦闘工兵の名をプレートに刻んでコロニーの壁に張っているそうだ。完成までにどれだけの名が刻まれるのだろう。それを眺める子孫達に誇れるように彼らは頑張ってるんだろうな。
「ところで、月人が現れそうだぞ」
「なんだ、それ?」
「宇宙人ってこと?」
ユングが俺達の反応を面白そうな表情で見ながら煙草を咥えている。
いつもの悪い癖なんだよな。フラウも近頃は同じようなところが出てきたから注意しないといけないところだ。
「宇宙人ではなくて、月で子供が生まれそうだ。エイルー隊長が身重なんだけど、今更地球には戻せないから、月で産むことになる。バビロンの連中が介添えしてくれそうだからだいじょうぶだろう」
「エイルーさんって、結婚してたの!」
元気でわがままな大隊長だったけど、誰からも慕われてたっけな。
何か贈り物をしたいところだが、その辺りは姉貴に任せておこう。
「初めての誕生じゃな。かつてはたくさんいたのじゃろうが、すでに亡くなっておるし記録も無い。ある意味、初めての経験になるのであろう」
アテーナイ様も自分の子供のように喜んでいる。嬢ちゃん達も何か相談を始めたから祝ってあげることに賛成してくれてるんだろう。
そんなことがあってから3日目に、エイルーさんは無事に女の子を出産したようだ。戦闘工兵には夫婦で参加してる連中も多いから次々と生まれるに違いない。問題は、月と地球で生まれた人達に違いがあるのかどうかだ。
重力が六分の一の環境下で育った場合は、地球での暮らしが出来ないんじゃないかな?
それも今後の課題になるんだろう。ユグドラシルの神官にその課題を託したんだけど、生体工学の権威だからね。まさかサイボーグ化しようなんて思ってはいないと思いたいんだが……。
数か月が過ぎたところで、月で生まれた子供達を母親と共に地球に戻すことになった。
将来的には人工重力を考えるそうだが、今のところは地球で育てる方が良いということらしい。低重力で体が慣れてしまうと地上に戻って所で体が動かなくなってしまうらしい。
戦闘工兵達は3か月おきに地上と月の勤務を交代させているから今のところは問題ないらしいが、地上に戻って一か月間ぐらいはそれでも苦労するとのことだ。
ユング達にはそれが起きないけど、俺達はどうなんだろう?
一度長期に月で暮らして隊長の変化を確認せねばなるまい。
その年の年末は月のコロニーで過ごすことになった。
姉貴が地球の出を見たいと突然言い出したのが発端だ。まったく、いつまでたってもこの癖は治りそうもない。
それで、月に来てはみたのだが、コロニーは地下施設だから地上に向かうにはイオンクラフトを使うことになる。
体重が減ったと喜んでるけど、あまり食べると地球に戻った時に俺にもとばっちりが来そうで怖くなる。
「だいぶ出来てきたろう? だけど、今作っているコロニーを5基作ったところで、少し停滞することになりそうだ」
「資材が尽きるってこと?」
「あぁ、ラグランジュポイントからの資材移動が一段落する。それに動力源はカラメル族の担当だ。水素核融合炉の建設はそう簡単ではないからね」
もう一つの月や火星からも運ぶんだろうが、破壊の程度が進んでいるらしく、そのまま使うことが出来ないらしい。
となると、いよいよ地球からも建設資材を運ぶことになるのかな?
「建材はニッケルとクロム合金だ。鉄をあまり使わないの酸化を考えたんだが、連合王国の技術では今一つなんだよな。バビロンの方で少し作れるだろうけど、施設的に大量に作ることはできない。となると、月で作ることになる」
「できるのか?」
「カラメル族が、コロニーから離れた溶岩洞窟内ですでに建設を始めている。だけど、生産開始にはしばらくかかるだろう。明人達には地球に戻ったらニッケルとクロムの鉱石探索をしてもらうことになりそうだ」
快諾はしたんだけど、俺と姉貴達で鉱石探査なんてできるんだろうか?
一度地表がかなりダメージを受けたはずだから、昔の生産国は参考にならないと言っていたけど、少しは役立つに違いない。まったくないような場所で見つかるとは思えないからね。