R-127 月なら使えるんじゃないか
「バジュラなら直ぐにでも行けると思っていたが、そう簡単ではないのじゃな?」
夕食後のテーブルでこれからの事を話し終えると、サーシャちゃんがつまらなそうな表情で呟いた。
ミーアちゃん達も残念そうに顔を曇らせている。
「近くなら問題ないようだけど、宇宙はとっても広いのよ。ユングのダイモスが使えるようにならないと、バジュラを移動させるのは無理でしょうね。でも、その前に何回かは行くことになるわ」
「ユングががんばっている。来年には確実だ」
俺の言葉を聞いて嬢ちゃん連中が急に笑顔になる。現金な性格はちっとも変わってないな。
「あの空に浮かんでいる2つの月に行ける等、想像すら出来なかったが、行けるのじゃな」
少し感動しているみたいだ。嬢ちゃん達がぞろぞろと外に出て行ったのは、お月様を見に行ったんだろうな。
「ユングやミーアちゃん達なら問題ないようだけど、俺達とアルトさんにキャルミラさんはまだ生きてるからね。生命維持装置が無ければどうしようもない」
「宇宙服を着ることになるのね。一度着てみたかったんだ」
姉貴は無邪気で良いな……。とりあえずバビロンの科学力に期待しておこう。
「ところで、姉貴は船団方式を考えてるんだろう? ダイモスでさえ多人数を乗せられないみたいだけど」
「最低でも10億、場合によっては100億となれば船団方式でも無理があるわ。それほどの大船団を統率できるとは思えないし、物資を融通するにも無理が出てくるでしょうね。となると……」
姉貴が右手を上に伸ばした。
天上天下唯我独尊ってわけじゃないよな? 指さした先は空だけど……、まさか、月ってことか!
「エクソダスに月を使うの?」
「それぐらいなら可能でしょ。問題は色々あるけど、アキト達なら形にできるはずだわ」
とんでもないことを聞いてしまった。
あとでユングに教えておこう。バビロンとユグドラシルの電脳神官達にも協力して貰わねばなるまい。
一番大事なのは……、それが現実的かどうかになりそうだな。
「だけど、月は2つあるよ」
「新たな月を使えば良いわ。昔からの月はすでにコロニーが作られているんでしょう? コロニーが滅んだ理由が明確でない以上、それを使うと問題が出そうだわ」
必ずしも、バイオハザードが起きていたわけではないけれど、念には念をということになるんだろうな。場合によっては何十世代と交代して星の海を渡るのだ。姉貴の考えには賛成したいところだが……。
「使えるものは使うんじゃなかったの?」
「物によりけりね。生命維持に必要なシステムは新たに作った方が良さそうだわ。少しバビロンとユグドラシルに宿題を出してるから、それによるんだけどね」
シンプルな生態系を維持するシステムとはどのようなものか? という宿題らしい。ユング達も考えてるらしいけど、どんなものになるんだろうな。ある意味、コンペということだろうが、3つの案が出たところでそれをベースにさらに考えることになるのだろう。
「そういえば、新たな月と旧来の月は、同じだとバビロンの神官さんは言ってたわよね。となると、月面図や地形図も使えるということかしら?」
「調査をしたって言ってたから、そうなんじゃないかな。何かあるの?」
「洞窟を探して、早めに資材を送っておこうかって考えてたの。一番必要なものは水でしょう? 氷の状態で輸送して昇華しないように簡単な容器に保管しとけば、日光さえ当たらなければ零下何十度の世界なんでしょう」
もっと冷えてるんじゃなかったか? 確かに水は重要な資源ではある。月の地下に氷としても存在すると言われていたが、それを掘るのではなくてあらかじめ運んでおくということか……。酸素の供給源にもなるから運ぶことは理解できるが、場所についてはもう少し考えた方が良いのかもしれない。
数日後、ユングに姉貴の話を伝えると、同じ考えなのか俺の話を聞きながらしきりに頷いていた。
「美月さんの考えは悪くないな。月にはたくさんの溶岩トンネルがあると聞いている。月面コロニーのいくつかはそれを基にして作ったぐらいだ。何は無くとも水の運搬は早めに行っておくほうが良いだろうな。嬢ちゃん達に頼むことでアキトは調整してくれないか? 簡単な密閉容器で氷を運べばいい。向こうで大きな密閉容器に移し替えることで大量の氷を用意できそうだ」
「月は大気が無いぞ。氷では昇華してしまわないか?」
「零下200度以上の世界だ。太陽光が当たらなければ簡単な密閉容器で十分対処できる。溶岩トンネルの中なら、太陽光は当たらないし、微小隕石で壊れることもないはずだ」
「密閉容器を使用しなくても良いんじゃないか? 保管は簡易な容器を使用しても、嬢ちゃん達が持っている大型の魔法の袋は1つで2㎥ぐらいの氷なら入るぞ」
「それも、手だな。バジュラの棺が邪魔だけど、あの中に積み込んでも良さそうだ」
となると、どこから氷を持ってくるかということになりそうだ。できればきれいな氷にしたいところだが、資材として利用するなら、見た目がきれいということで満足しなければならないだろう。その氷を溶かして生で飲むようなことにはならないだろう。
「氷の産地は北極と南極になるぞ。南極は、まだ行ってないけど、ひょっとしてコロニーがあるかも知れない。俺の方で調査してみよう」
「北極なら、北極海を取り巻く高山の氷河ということになるんだろうな。分厚い氷河だからかなり切り取れそうだ」
出掛けるとしても、一か月は先になりそうだ。バジュラの改造を長老達にお願いしなければならないからね。
ユングの家から帰ってくると、別荘に入らずに庭のテーブルセットに腰を下ろした。
心象世界を作り出し長老の来るのを待つ。カラメル族の長老に訳を話して、バジュラの改造の内諾を取っておく。一応協力はしてくれる約束だけど、具体的になってきたら、再度お願いするのが筋だろう。
「サーシャちゃん達がお願いに行くと思うのですが、上手く説明できるとは思えません。俺から事前に話を聞いていることは内緒にしといてください」
「あの娘達の気性ではその方が良いじゃろうな。目的は我等の理解できるところじゃ。そのための改造となれば我等の技術者も十分に腕を振るうことが出来よう。心配は無用じゃ」
心象世界での長老との会話が終わったところで、少し胸をなでおろす。
次はバビロンの神官になるのかな? アルトさん達が行きたがるのは目に見えているからね。
別荘の扉を開けると、姉貴とディーの視線が俺に向けられた。
姉貴の隣に座ったところで、ユングと長老の話をする。
「そうすると、今年中には始められそうね。コロニー建設は早めに取り掛かれば、戦闘工兵の協力も得られそうだわ」
「戦闘工兵を月に?」
「工事の専門家よ。土木工事にも長けてるし、場合によっては1個中隊ほど派遣したいと思ってるんだけど」
だんだん付いて行けないくなってきた感じがする。
そのためには、どれだけ事前の準備が必要なんだろう?
だが、姉貴の事だから一旦言い出したら後には引かないからな。ここは俺がその準備を考えなければならないんだろう。
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アルトさん達は野山を駆けまわって狩を楽しんでるから、食卓はいつも新鮮な肉が出てくる。
オートマタの体になったミーアちゃん達は少食だから、獲物の大部分は村の肉屋に卸されるので、肉屋も喜んでいるみたいだ。
ギルドの依頼は、昔のように凶暴な獣の狩は姿を消しているようだ。リスティンさえ大きな群れを作らなくなっているし、ガトルの姿を見るのも稀になってきたらしい。
ハンターが薬草にシフトするのは時代の流れなんだろうな。
ギルドに登録された30人ほどのハンターの中で、食肉用の狩をするのはあるとさん達以外では、もう1つのパーティだけらしい。それも罠猟だとアルトさんが嘆いていた。
「すでにグライザムはこの近くにはいないようじゃな。たまには凶暴な獣も狩りたくなるが、ミズキ達の計画が気になって遠くにも行けぬ」
「まだまだ計画段階ですから、一か月程度ならば問題ありませんよ。でも、その後は色々と手伝ってもらうことになりそうです」
食後のお茶を飲む手を休めて、全員が俺に顔を向けて微笑んでいる。やはり退屈してるぞ。これは早いところ何とかしないといけないな。
「それじゃな? カラメル族から通信が入ったぞ。バジュラを少し改造すると言うておった。空高く飛べるらしいが、その辺りの事はカラメル族に任せる外にないな」
「我等も、星の世界に行けるということじゃな? 待ち遠しいのう」
サーシャちゃんとアテーナイ様は嬉しそうだが、アルトさんは渋い表情だな。アルトさんは生身だからね。もう少し待たねばならない。
「アルトさんや俺達はもう少し後になりそうだ。だけど、仕事は氷運びになりそうだよ」
「何じゃと!」
「サーシャちゃん達じゃないとだめなのよ。私達は呼吸をしないと生きていけないし」
「確かに、話をせぬ時は呼吸はいらぬ体じゃ。そういうことなら、しかたなかろうな」
今度は、しぶしぶの表情だ。
「たぶんアキトが我等の事も考えているに違いない。先ずは行ってみよ。我等も直ぐに向かおうぞ」
アルトさんの言葉に、俺達が頷くとサーシャちゃん達の機嫌が少し良くなってきた。
これは早くにバビロンと調整した方が良さそうだ。