R-126 推力が足りない
俺達の生活費は、アテーナイ様とキャルミラさん、それに嬢ちゃんずが稼いでくれている。
何か、甲斐性のない親父みたいな感じなんだが、「婿殿はやることがあるじゃろう。こっちは我等に任せるがいい」と言われて、狩や採取に同行させてもらえないんだよな。
姉貴は、ディーと一緒に難しい計算を始めたから、ユング達の様子を見てくるか。
ユングも新しいオモチャを手に入れたようだが、その使い方を知っておくのも良いだろう。
そんな感じで、ユングの家にやって来たのだが……。
「軌道要塞とは中々凝ってるぞ。問題は生活空間があまりなかったんだが、3つある航宙戦闘機の格納庫2つを潰して、大型荷粒子砲の1つを潰せば3千人程度の生活空間ができそうだ。もう少し、武装を減らして収納人員を増やせないか検討中なんだ」
「暮らすと言っても、永住は無理なんだろう?」
「そうだな……3か月程度になりそうだ。だけど、どんな航宙船を造るか分からないけど、地上から直接打ち上げるのは得策じゃないぞ。ラグランジュポイント辺りで作りあげて、そこから出発することになる。地球軌道からラグランジュポイントまでの輸送船としては使えそうだ。できれば3隻欲しいところだな」
「やはり火星より遠くにコロニーは絶望的か?」
「たぶんな。こっちの設計に目途が付き次第、木星圏までは調査に向かうつもりだ。ア木星の衛星には水があるらしいから、それなりに自活できそうな話ではあるんだよな」
2人で暖炉傍のソファーに腰を下ろし、タバコを楽しみながら紅茶を飲む。
俺達はコーヒー党なんだけど、ここでは紅茶になってしまうのだが、ユング以外の2人が紅茶党だからだろう。何となく力関係が分かる話だ。
「少なくとも1つ分かったことがある。アルマゲドンの災厄から逃れるために太陽系を出た航宙船は無い。やはり大出力で高効率のエンジンを作ることができなかったらしいな。月や火星で見つけた宇宙船は化学燃料を使用したエンジンだった。あれでは、災厄を逃れて再び地球に帰るのはかなり難しいだろうな」
「行った切りってことか?」
「それに近い。地球に帰還するには、何度も衛星軌道からシャトルで乗員を運ばねばならない。そのための燃料を考えるとかなり難しいと思うぞ。とはいえ、月や火星には帰還用の宇宙船があった。かなり損壊しているけどな。やはり一時的な避難場所と考えていたようだ」
軌道エレベーターがあれば良いのかもしれないけど、そんな代物を再び建造する技術や資材が失われたのかもしれない。
「人道的か、政治的かは知らないけどかなりの人間が逃れたのは確かだ。火星はある程度永らえたが、月のコロニーは暴動もしくは争いがあったようだ。弾痕や、炸裂箇所がいたるところにあったからな」
「ある程度の思想教育も必要だということか?」
「思想教育というよりは、体制的なところもあるんじゃないかな。コロニーに世界を詰め込んだのが問題だと思う」
だけど、姉貴は全人類をまとめて移住させることを考えている。かつて出来なかったことを俺達は出来るのだろうか?
「あまり、考え過ぎるなよ。少なくともこの世界はそれほど緊迫した国家ではないからな。それは今までは魔族が敵対してくれたからなんだろうけどね」
「対魔族戦ということで、人類が纏まっていたと? 確かに、それはあったろうな。ラグナロクはその集大成でもあるんだけどね」
ラグナロクが終わった今、果たして人類は1つにまとまることができるんだろうか?
「まぁ、その時はその時だ。主義主張が異なる連中を1つに纏めるなんてできることではない。残る者は無理に乗せることもないし、乗せたとしてもコロニーを別にすることで直接的な対立を防ぐことは出来るだろう」
「面倒だな……」
「面倒だ。だが、避けては通れんだろう。そっちは明人達に任せるぞ。俺はハード的な対応をしていくからな」
とりあえず頷いておこう。俺の手に負えないときにはそれなりに助けてくれるだろう。
「ある程度、ダイモスが形になったら、アテーナイ様達を一度連れて行ってくれないかな?」
「オートマタだったな。なら問題ない。だけど、アルトさんとキャルミラさんはまだ無理だぞ。生命維持装置は少し面倒だ。小型の物をバビロンで制作中だが、ダイモスの中を空気で満たすのはかなり先になりそうだ」
「小型の調査船を作るということは?」
「最初は、そう考えてたが……。まさか、明人も行くというんじゃないだろうな?」
苦笑いを浮かべて、俺にタバコを勧める。
それは、この計画の当初から考えていたことだ。たぶん姉貴も行きたいと言い出すに決まってる。
「仕方がない。計画を基に戻すとするか。10人乗りの調査船だ。初期の火星探索用の物だが、地上走行が可能で気密室とエアロックを備えている。明人達なら4人だから2週間は十分に過ごせる」
「2週間では足りないな。伸ばせないのか?」
「システムを3重化するか……。それで、一か月というところだ。ラグランジュポイントや月のコロニーなら2週間以上は調査できるだろう。火星は1週間程度だろうが、向こうのコロニーを少し修理していけば長期滞在が可能だ」
あまり無理を言っても始まらない。この辺りで握手しておこう。
ユングがにこりと笑ったのは何だろう?
「だが、結局は太陽系脱出の大問題にたどり着く。大出力の推進装置はアルマゲドンの当時ですら無かったんだ」
「ダイソン推進や光子力推進なんてのがあったんじゃなかったのか?」
「SFだよ。現実には無かった。酸素+水素の燃料が一番じゃなかったかな。ヒドラジン+過酸化水素もあったぞ」
イオンロケットは推力が足りないらしい。効率は良いらしいが……。
となると、カラメル族の技術に頼ることになるんだろうか。
「太陽系に近い恒星の中で一番近い物でも4光年以上の距離だ。光の速さで飛んで行っても4年掛かるんだぞ。なるべく航宙船の速度は早い方が良いんだが、推力が伴わなければダメだ」
「一度、長老と話してみる。だが、確約は出来ないぞ。その時は……」
「試行錯誤、あるいは数百世代が過ごせる航宙船を造るほかに手は無い」
改めてタバコを取り出して一服する。
まったく、とんでもない話だと思う。だが、超生命体となった俺達とユング達には時の呪縛は存在しない。
いつかは必ず、その時が訪れるのだ。
座して死を待つのは俺達には似合わない。やはり、それまでには対策を立てることが必要になるんだろうな。
別荘に帰ると、家に入らずに庭の一角にあるテーブルセットに腰を下ろした。直ぐ隣には、この世界の新しいユグドラシルが緑の葉を揺らしている。
いつものように、ベンチに腰を下ろしてテーブルに両手を乗せると瞑想に入った。
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ゆっくりと目を開いた俺の前に2人の長老が座って、俺に微笑みかけながらお茶を飲んでいた。
いつの間にか俺の前にも、お茶のカップが置かれている。2人に軽く頭を下げて一口口に含んだ。
「我等に相談の向きは理解した。確かに、アルマゲドン時代のこの世界の科学技術であっても、星の海に向かうのは無謀であると我等も思う次第じゃ」
「それで、できればご協力をお願いしたいと思って連絡をしました。高効率で高出力の推進エンジンの技術をご教授願えればと……」
「我等もこの惑星で2千年の年月を暮らしておる。この世界を救うのに努力は惜しまぬ。だが、我等の航宙船は重力波駆動じゃぞ。現時点での出力は我等の航宙船を動かすことができるだけじゃ」
重力駆動というと、ユング達の空を飛ぶ原理に近いものということになるのだろうか? カラメル族でさえも、現在使っているエンジン以上の出力を得られるエンジン開発は出来ぬということになるのだろうか?
「重量1億t以下であれば、動かすことができるのじゃが……」
「やはり船団ということになるんでしょうね。その技術は何としてもお教え願いたいところです」
「とはいえ、アキトでは無理であろう。あの3人組なら可能であろう。我等で接触して作り方と制御方法を教えておく。だが、1億tの壁は我等では破れなかった。それを越えるのは別の方法とならざるをえなかったのやもしれぬ。それを開発していた連中は大宇宙に拡散してしもうた。我等には現状を越えることは出来ぬ」
姉貴やユングが気にしていたのは、このことだったのか……。技術の発展には母数が必要らしい。種の維持と発展に必要な人間の数を探るという方法もあるのだろうが、取り残された人達を見捨てることなど姉貴にできようはずがない。
「お前達の気持ちも理解できる。だが、生体として人類を長期間の旅に出すのは不可能じゃ」
「おっしゃる意味は十分承知しております。ですが、最後まであがくのが我ら人類の特徴かもしれません。姉貴が諦めぬ限り、俺も諦めるつもりはありません」
2人の長老が声を出して笑っている。
そんなにおかしいことなんだろうか?
「いや、アキトを笑ったわけではないぞ。我等を笑ったまでじゃ。確かにその気概が我等には抜けておる。かつてのカラメル族はそうではなかったはず、我等も手伝おうぞ、もがくだけもがいてみるが良い」
身を乗り出してラビ様が俺の肩を叩くと、姿を消していった。
ユングには後で伝えておこう。化学燃料のロケットよりは推力が高そうだ。