R-125 夢の跡
「出掛けてくるぞ!」
端末にメールを入れて、ユング達は旅立っていった。
どれぐらいの調査期間を掛けるのかを、まったく言わないんだから困ったやつだ。たぶん春までには帰ってくるんじゃないかとは思うんだけどね。
「かなりの長期スケジュールになりそうだけど、私達である程度は考えないとね」
「だけど、本来ならばこの世界の住人達が考えるべきことなんじゃないかな? 俺達で全て賄ったりしたら、いつまでも俺達を頼ることにならないか? それはこの世界の文化の発展には負の因子になりかねないと思うけど」
たぶん姉貴だって俺の考えを持ってはいるはずだ。だが、その加減が難しい。
「私達を頼りにしないように、でも、参考書的な助言は惜しまずにここまで来たはずよ。ある意味、文化の方向性を選択したところもあるわ。それはアキトの言う通りなんだけど……。でも、なるべく早い段階でエクソダス計画は持っているべきだと思うの。この世界の人達だけでそれができるようになれば、段階的に私達の計画を縮小していけば良いわ」
そうすることで、全世界の人達を対象とした地球脱出計画を保とうとするわけか。だが、この世界の連中が宇宙船を作れるのは何千年か先の話になるんだろうな。
それまでの間に大型隕石の落下が起こったら、確かに問題ではある。やはり俺達だけである程度の事はしておく必要があるのだろう。
「水は氷の形で長期間維持できそうだ。彗星を構成する物質の大部分が氷らしいから、ある程度は補給できそうな気もする」
「でも、量が問題なのよねぇ……」
水を分解して核融合の燃料にもできるし、酸素を得ることも可能だ。植物性プランクトンを使った光合成を行えば酸素の補給量はかなり抑制も可能だろう。地球を出て行った人達の多くはこのシステムを使ったに違いない。問題点がどんな形で生じたのかを探る目的もユング達は帯びているのだ。
「食料はどうするの?」
「閉鎖空間の中で農業をするほかに手は無さそうね。食肉用の獣や鳥、魚も飼わなければならないし、それらを自然な状態で維持することも必要になるわ。地下空間での農業はバビロンやユグドラシルも行っていたから参考にできるでしょうけど……」
あくまで、地球という世界があってのことだ。不足する物質があれば容易に周囲から抽出してきたんだろうが、それができない場合の対策も考えないといけない。
とはいえ、バビロンの地下農園は2千年の歴史を持っている。その辺りのノウハウやデーターも蓄えられているに違いないな。
そんな地下農園の管理データーを見てみると、何度か致命的なトラブルを起こしているのが分かった。
土中細菌のバランスは極めて脆弱なものらしい。水耕栽培も養分の管理方法の不手際で収穫が皆無ということも何度かあったことが分かった。
バビロンだけではなく、ユグドラシルが反映していたころのデーターを見たが、やはり同じことが何度も起きたようだ。住民の一時的な冬眠までも行ったらしいからかなり深刻な事態ということになるな。
それでも、農業の危機管理がその都度行われたことで、深刻な事態はある程度回避できるようになったらしいが、その対策が複数のプラントを独立に動かすことだったようだから、根本的な解決ではないようだ。
食料を生産する農園は複数用意しなければならない。ダブルでは不足だ。三重もしくは四重に作らなければならないだろう。それだけでも、途方もない資材が必要になってくる。
だが、短期的に危機管理を行えるなら、食糧倉庫に収穫サイクルを賄える量を蓄えるだけで何とかできそうだ。
農園も最初から四つ作る必要もないだろう。二つ作って倉庫に蓄えていけば、長い放浪の旅の間に農園を増設することだって可能なはずだ。
「ねぇ……。空気って運べるのかな?」
「俺達の時代の宇宙ステーションは空気を作れなかったはずだ。地球から液化して持って行ったはずだよ」
「液化? ああ、冷やしたのね」
持っていくにしても、その量はどれぐらいなんだろう? それだけで一つの工場を作ることになりそうな気もするな。
水の電気分解で酸素も得られるだろうし、光合成での酸素も使えるはずだ。この辺りの情報は、宇宙に進出した人類の足跡を調べれば少し分かってくるだろう。
「お肉はあまり食べられないわね。合成食品が多くなりそうだわ」
「とはいっても、小規模な畜産は必要になるんじゃないかな。問題は世代交代をどうやって管理するかだけどね」
すべて合成では飽きてしまうだろう。新たな惑星を見つけた時に困らないような手段も考えておく必要がある。今の獣の胚も用意しておく必要がありそうだ。
新たな惑星に、必ずしも俺達の食料となる獣がいるとは限らない。
俺達のデーターベースに次々と実現しなければならないことと、その規模が書かれていく。
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ユング達が出発して二か月が過ぎようとしたころ、雪の降る朝に、ユング達3人が俺達の別荘にやってきた。
どうやら調査が終わったらしいが、それなら事前に連絡位してくれても良かったように思うな。
「ごくろうさん。話をゆっくり聞かせてくれ」
ユングに握手をしたところで、暖炉の前のテーブルに案内する。
ディーが俺とユングにコーヒーを出してくれた。他の連中に紅茶が配られるのを待って、ユングとカップを合わせる。
「それでどうだったのじゃ?」
アルトさんが待ち切れずに問いかけてる。ユングがアルトさんに笑顔を向けたところで、フラウがバッグから端末を取り出した。
映像を見ながら解説してくれるということだろう。
「最初はラグランジュポイントにある3つのスペースコロニーだ。遠景でさえ破損の跡が見える。どうやら地上で始まったアルマゲドンの余波をこうむったようだ。3重の耐圧カプセル状になった構造体だが、ミサイルでの攻撃を受けたのだろう。あちこちに破壊口が開いている……」
中の映像は廃墟そのものだが、経過年月が感じられないのは空気による酸化が起こっていないためなんだろう。遺体もあちこちに見受けられるけど、衣服が妙に新しく見える。遺体そのものはミイラ化しているようだ。
「動態反応は全く無かった。とはいえ、施設の状態は良い。物によってはそのまま使えそうだったぞ。コロニーの維持管理を行っていた電脳の記録は持ち帰った。データの解読はバビロンに依頼したから、その内に見られるはずだ」
3つのコロニーの住人は全て滅んだということになる。地球に近かったせいもあるんだろうな。自衛の方法は無かったんだろうか?
「次に、月のコロニーだ。2つの月があるが、大きなコロニーのある方が元からの月なんだろう。もう一つは、コロニーを作る途中だったようだぞ……」
月のコロニーは規模がかなり大きい。地上に作られた施設だけでも直径は1kmを超えていそうだ。
地下の状態は……、かなり傷んでいるな。これは内乱でも起きたように見える。
「月の地球側と北極付近、それに裏側の3つのコロニーがあった。新たなコロニーの建設が始まっていたようだが、まだ工事が始まったばかりのようだったぞ。戦争でも起こしたみたいで破壊の跡がいたるところにある。裏側のコロニーでようやく無傷の管理用電脳にアクセスできた。フラウの簡易解析では、コロニー間で戦をしたらしい。原因は食料の確保のようだ。これもバイロンにデーターを送っておいた」
やはり、コロニーで維持できない人口まで、地球から人々を送り込んだみたいだな。
結果が分かりそうなものだが……。
「火星は、少し状況が違ってたな。少なくとも数世代は何とかなったようだ。それにダイモスもおもしろい改造がなされていた。できればしばらくダイモスで暮らしながら設備の復旧を行いたいところだ……」
火星も、地下コロニーであるのは月と同じだ。小さな隕石が降ることを考えれば地下に潜るのは致し方のないことだろう。
「これが食料生産と酸素の供給減だったらしい。直径20m長さ200mの円筒形の構造体だ。コロニーは1つだったが、このような構造体がコロニーの周囲に放射状に作られていた。数は30を超えているだろう。
この辺りが居住区になる。誰も住んでいないのは、穏やかな衰退が起こったせいだろうと考えている。居住区のベッド数は、およそ3万だ。ある程度の文化を維持できる数ではあるんだが……」
滅んだ原因はユング達の調査では判明しなかったようだ。だが、コロニー自体は今でも生活できる環境だという。
「今ではこんな現場になっているが、食料生産を行う農園は最後まで機能していたようだ。電脳も、エナジーを供給すると動き出したぐらいだから、滅んだ原因はデーターの解析を待つほかにないな。それで、ダイモスなんだが……」
どうやら軍事基地として機能していたらしい。
核融合炉の燃料枯渇で放棄されたみたいだが、ダイモスを宇宙船として改造していた途中らしい。
「あまり人を乗せることは出来ないが、カラメル族の航宙船よりは大きくできる。最低限のエクソダスを考えるには丁度良さそうに思える」
とは言ってるが、ユング達にとっては良いオモチャを見つけたってとこだろう。だが、それをベース基地として大型コロニー作りを始めることもできるんじゃないか?
それに、似たような隕石を探して船団化することもできそうだ。
先ずは、ダイモスを使った閉鎖コロニーの具体化を行って、それを人類の数に合わせるということで考えれば良いのかもしれない。