R-124 脱出総数は10億人以上
アルトさん達はアクトラス山麓で狩を楽しんでいるようだが、獲物を持ってくることは無い。どうやら狩猟期に備えて獲物の分布を調査しているみたいだ。
「我らが狩るのは容易いが、参加するハンター達に少しでも獲物を狩らせるのも我等の役目に思える」
そんな殊勝な事を皆で言ってるから姉貴は感動してるけど、俺は騙されないぞ。ハンターに狩れそうになければ最終日にすべて狩りつくすぐらいのことは企んでるに違いない。
狩猟期まで1週間ほどに近づくと、今度はリオン湖でトローリングを始めたようだ。昔から比べるとだいぶ小さな魚体になったけど黒リックが相変わらず良く釣れる。
俺達の冬越しの食料を得るために、村の宿屋に届けるのが昔からの習わしだ。
しばらく途絶えてしまったけど、宿の客達には人気があるらしく喜んで引き取ってくれる。
その辺りはアルトさん達に任せておこう。
ユングの様子を見に、研究所へと足を運ぶ。
「よう、しばらくだな。入れよ」
俺を快く出迎えてくれたユングが、暖炉の傍に案内してくれた。
ラミィが運んできてくれたのは紅茶だけど、ユングは紅茶が苦手みたいだ。それでも、笑顔でラミィに礼を言っている。
「で、用は何なんだ?」
「様子見さ。どうなってるかと思ってね」
「かなり良いところまで来たぞ。気密室が問題だったけど、バビロンに作って貰った。エアロックもあるから船外活動だって可能だし、さらに気密服もダース単位で受け取っている。来年早々には出発するけど、連絡はしなくとも構わないだろう」
かなりのところまで来たってことだな。
タバコを2人で楽しみながらバビロンの資料の話を始めると、ユングも興味を示したようだ。
「すごい物量になりそうだな。やはり、限定した数は美月さんは嫌うだろう。それは、俺も分かってるつもりだ。その資材の内訳をもう少し調査してみるべきだ。たぶん、土そのものがあるんじゃないかな」
「水耕栽培では無理なのか?」
「無理というか……、限界が出てくる。単に肥料を与えれば良いというわけじゃないんだ。いろんな元素が土には含まれてる。森を考えてみろ、木々は葉を落とし、葉腐らせる細菌がいて土に帰すんだ。それと石や土に含まれる微量元素を使って植物は育つんだぞ」
それぐらいは分かってるつもりなのだが……。となると、植物育成に必要な元素類も用意しなくてはならなくなる。
旅の期間をある程度決めておくことも必要に思えるな。姉貴がタンカー1千隻とメモしたところをみると、旅は1千年程度を考えてるんだろうか?
「やはり一時的な避難ではなく、脱出ということになるんだろうな」
「エクソダスは過酷な旅だぞ。たぶんカラメル族もそんな旅をしてきたに違いない」
「ああ、かなり大きな隕石が衝突して、惑星が飛散している。ぎりぎりまで星間船を造って住民を脱出させていたようだ」
俺の話にユングが深いため息を吐く。
「衝突を知ってからでは間に合わないだろうな。だから、美月さんが今から準備を計画してるってことに違いない。まさか本気だとは思ってなかったけど、美月さんはこの惑星の住民すべてと考えてるに違いない」
「すでに1千万に近い数字だぞ! バビロンに確認した結果では1つのコロニーで3千人程度だったらしい」
「それだけの人数では種を維持するのは難しいな。最低でも強い十万人は欲しい。俺はそれぐらいを考えてたんだが……」
簡単な数字ではないな。それに、現時点での人口だ。将来的にはどんどん増えるんじゃないかな。
ある程度人口をコントロールしたいところだけど、それはどうなんだろう?
昔の世界では人口減少が始まっていたけど、意図的ではなかったようだ。おじいちゃん達の兄弟は多かったらしいけど、俺が暮らしていた時代では兄弟の数は多くて3人ぐらいだった。
「宇宙に進出した連中のコロニーのその後には興味があるな。1つは、コロニーをその後どのように改造したか。生命維持システムの多重化と故障頻度、生産性……」
「分かってるって。明人の疑問は俺の疑問でもある。それによって全体システムも見えてくる。明人の方はバビロンやユグドラシルのそれを調べてくれ。データの開示はされても、その中で何を探すかは俺達だからな」
現場はユングに任せる外にないだろうな。俺と姉貴はバビロンの情報を調査することになりそうだ。
ユングに付いていきたいところだが、生身の体では問題があるからな。嬢ちゃんず達の動向が気になるところだが、少し様子を見ておかねばなるまい。
「そうだ。少し気になってラミィが調査したんだが、バジュラは宇宙に行けるぞ。興味本位で宇宙に出ることがないようにしといてくれよ」
「今、それを考えてたんだ。だけど、将来的には行かせてやりたいな」
「初歩的な調査は有害な生物の調査を含んでいる。再びバイオハザードを地球で起こしたくはない」
微生物なら今でも生存してるってことか? 休眠状態なら過酷な環境でも生存できるらしいから、ユングの調査結果が今後の調査の方向性を決めそうだ。
ナノマシンの体なのに、気密服の必要性を考えてたのはそれを考慮してのことだったらしい。
「危険性は高いのか?」
「分からん。だから調査する。俺達ならいざとなれば炎に包まれても問題ないからな」
それも凄い話だが、千度近い熱でも数分は体表面のナノマシンを維持できるらしい。
未来の戦闘を意図したのかどうかは分からないけど、嬢ちゃんずの体を構成しているナノマシンはユングからすれば旧世代ということだから、ユング並みの性能を期待してはいけないだろう。
「簡易な微生物の捕獲装置を手に入れた。情報をバビロンに送れば、解析してくれるだろう」
「ありがたい話だな。だが、細菌の遺伝子変異までは分からないぞ」
「その時は、それ以上の調査は中止するよ。どんな些細な不注意でこの地球を汚染しかねないからね」
ユングなりにかなり気を使ってるように感じるな。自分達には全く影響はないんだからおざなりにすると思ってたんだけどね。
「出発は年明けだと思ってたが、バビロンの協力で早めに発てそうだ。挨拶は無しで出掛けてくる」
「ああ、姉貴には俺から言っておくよ。それとだ、……ちゃんと帰って来いよ。ユングがいないとつまらないからな」
「俺もだ。大丈夫だ。任せとけ」
互いに手を伸ばして固く握りあう。見てるのはユングの仲間だけだから、文句を言われることもなさそうだけど、たまにギルドで握手してるところをアルトさん達に見られたりしたらしばらくは冷たい目で見られてしまうからね。
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ユングが地球を飛び立ったのは、狩猟期が終わって、村に初雪が降るころだった。
軌道コロニー、月、火星のコロニーを巡ってくる計画だが、場合によっては小惑星帯にも足を延ばすと言っていたな。
「行っちゃったね。たぶん生き残りはいないでしょうけど、地球を離れて暮らした人達のその後が分かればうれしいわ」
「どれぐらい生き残れたか、ってこと?」
「バビロンやユグドラシル科学の限界だと思うの。アルマゲドンからバビロンの科学はそれほど進んでいないわ。科学の発展にはある程度の人口が必要なのよ」
いくつかの集団が刺激しあって科学は発展するらしい。1つの閉鎖的な社会を作った時に科学の発展は停止することになるんだろう。とはいえ、ある程度はいくつかのコロニーが生き残ってたんだよな。ユグドラシルとバビロンの科学力の違いはそれで起きたんだろうか? 気になるところだ。
「それで、姉貴の方は?」
「人口の増加予測と緊急避難に必要な乗り物はどんなかな? と考えてたんだけど……。先ずはこれを見て」
緩やかな人口増加はそれだけ平和ってことになるんじゃないかな。
ん? グラフに幅が幅があるぞ。年数が経るにしたがってその幅が広くなっている。縦の数字は総人口で横が経過年数だから……、1千年後には2億から5億の総人口になるのか!
「人口制限はすべきではないから、その数字をある程度参考にすることになるわ。でも2億と5億ではかなり違うわよね」
「ちょっと、問題な数字だね。さらに年数が経てば人口も増えるんだろう? 10億をとりあえずの目標にしたいけど、1千年後にはその数倍を考えることになりそうだ」
そんな人口の移動手段について考えるのも、確かに大事な話になる。
大きな都市に集合させて、順番にコロニーに移動させるとなると、短距離、中距離、長距離の3つの段階で考える必要もあるだろうし、ターミナルの規模だってかなりの物になるんだろうな。
そんな話を姉貴に伝えると、次々に画面に似たものが登場する。
短距離の移動手段はバスや鉄道になるようだ。中距離は地球の衛星軌道までの移動になるから軌道エレベーターということになりそうだ。
遠距離はロケットになるようだが、コロニー間を結んでいた定期ロケットの上院は100人以下のようだ。これは大型化しなければなるまい。
ターミナルは空港の感じだな。ある程度の宿泊可能設備までも必要になるらしい。
「確かにとんでもない計画になりそうだぞ」
「ええ、でもね。ちゃんと考えとくべきよ。いずれは必要になるんだから」
そのいずれが、数十年先なら誰も問題にしないんだろうな。
俺達やユング達のように、ほとんど無限の命を持った者達の宿命的な課題なんじゃないか? それを乗り越えてこそ人類の発展があるはずだからね。