R-122 ユング達の計画
久しぶりの海鮮料理を味わったところで、アトレイム国王夫妻に礼を言った。
国王と言っても、今ではアトレイム地方を代表する国政の監視者という身分に落ち着いているようだ。
かつての王国は自治を民衆に譲り、今では国政のアドバイザー的な役目を担っている。それだけ民衆の国政参加がスムーズに移行したことに驚いた時期もあったけど、やはり教育の成果なんだろうな。
「テーバイの東の堤防の戦力も減らしているようだ。さらに西の大陸の大戦が終われば軍縮を考えねばなるまいな」
「平和が長く続くと良いですね。俺達も湖の別荘でのんびり暮らしますよ」
そんな話にグラスを傾ける。
王族が民衆の中に埋もれるのも、以外と早い時期になるかもしれない。だが、民衆の終結する旗印としては残しておきたい気持ちもあるな。
たくさんの海産物をお土産に持たされて、俺達は翌日ネウサナトラムにイオンクラフトで旅立った。
アクトラス山脈が色づいて見える。下に広がる畑も刈り入れ間近のようだ。だいぶ長く熱帯地方にいたせいか季節感がなくなっていたけど、俺達は秋に帰って来たようだ。
となると、狩猟期がもうすぐやってくるんじゃないか? 昔を思い出してふと笑みがこぼれる。あの頃は楽しかった気がするな。
ネウサナトラムの北門の前に広がる大きな広場は、かつて嬢ちゃんずが亀兵隊を鍛えたところだ。今では子供達の遊び場になっているけど、北門の見張り台にはいつも2人の兵士が広場を監視しているし、見張り台の下にある兵舎には1個分隊が待機している。森からたまに獣が現れるようだが、ちゃんと子供達を誘導して獣を退治しているようだ。
その広場の片隅にイオンクラフトが降下したところで、俺は飛び降りた。
すぐにイオンクラフトが飛び立ってリオン湖の上を進んでいく。俺達の別荘のテラスにはすぐに到着するんだろうな。
「ごくろうさま!」
「お戻りですか。ご苦労様でした」
門番に挨拶すると、すぐに返事が返ってくる。
昔は元ハンターの老人の仕事だったが、今では軍に代わっている。姉貴の両親がテラスの一角に根を下ろした時からだったな。
今でも俺達を見守ってくれる常緑樹なのだが、不思議と大きさが変わらないし、花も咲かないんだよね。
アカデミーの連中が興味を示して、調査を願い出てくるのだけれど断るのに苦労したものだ。今でも時々やっては来るのだが、彼らに理解できるとは思えないな。
北門の内側は昔よりも二回りは広くなったはずだ。狩猟期のお祭り騒ぎのメイン会場だからなんだろうが、広場から東門に向かう通りも今では馬車がすれ違えるほどの広さになっている。
その一角にミケランさんとセリウスさんが住んだ家があったのだが、今では石作の家が建っている。住んでいるのはミケランさん達の遠い子孫なんだけど、住んでいるご婦人はかつてのミケランさんのようなさっぱりとした性格の人だ。たまに野菜を持ってきてくれるんだよな。お返しに魚を釣って渡しているんだけどね。
アテーナイ様が住んでいた別荘は今でもモスレム王族のものだが、連合王国の総指揮官に対しては部屋を提供しているようだ。今でもログハウスなんだけど、何回立て直したか、すでに数えるのを辞めている。
通りは湖の反対側を広げているから、通りからは深い林の木々で湖が見えないんだよな。湖を敬って最初の村人は湖の傍に家を作らなかったのかもしれない。
今でも、湖に面した建物は、俺達の別荘と王族の別荘、それにユング達の研究所に天文台だけだからね。
苔むした石像の口にキーを差し込むと、林が両側に退いて道ができる。
この道を歩いて尋ねてくるものが少なくなってきたのが寂しく思える。
曲がった道を進んでいくと俺達の小さな別荘が俺を待っていた。入る前に、テラスの一角にあるベンチに腰を下ろして、湖越しにアクトラス山脈を眺めた。
だいぶ紅葉が始まっているな。あの紅葉が湖の岸辺まで下りてくると狩猟期が行われるのだ。
「終わったようじゃな」
「ええ、どうにかです。新たな生物が現れないとも限りませんが、俺達の生活に害を及ぼすようであればヨルムンガンドに達する前に何とかできるでしょう」
「これからは我等とのんびりと過ごすことになりそうじゃな」
「そうしたいところですが、姉貴の計画が残っています。場合によってはお力をお貸し願うことがあるかもしれません」
カラメル長老の思念がいつの間にかテーブル越しに俺をながめている。穏やかなレビトさんの目はいつも俺をも守ってくれているようで心強い。
「かなり先の話ではあるが、我等もその計画に参加することになるであろう。バジュラはそのために改造をしておる」
どんな改造をするのかはちょっと怖くなって聞くことができなかった。
サーシャちゃん辺りの要請だとすると、かなり問題になりそうだぞ。
レビトさんに目を向けたら、いつの間にか姿が消えている。挨拶程度ってことなんだろうな。たばこを携帯灰皿に投げ込んで、別荘の玄関に歩いていく。
玄関の扉を開くと、昔に戻ったような錯覚を覚えた。嬢ちゃんずが並んで席に座り、アテーナイ様と姉貴達が大きなテーブルに着いてお茶を飲んでいる。
俺が席に着く前にディーが立ち上がって俺にコーヒーのマグカップを運んでくれた。
「遅かったな。これで全てじゃ。部屋の数が限られておるから、我ら4人は昔の部屋を使うぞ。キャルミラとディー、それに母様は隣の部屋じゃ」
「すまんのう。今更、王族の別荘にも行けぬし、最後に暮らした離れも老夫婦が住んでおる。我の住まいじゃとは言い出せぬ」
引退した王族の住みかとして定着している以上、追い出すことはできないだろうな。部屋が何とかなれば、ここで十分だろう。
「皆で暮らした方が賑やかです。ところで、姉さん。明日はのんびりしていて良いんんだろうね?」
「ギルドの方はアルトさんが確認してくると言ってたわ。アキトには特にないかな……、そうだ! ユング達の様子を見てきてくれない。先に帰ったはずだし、遠くに行くような話もしてなかったはずよ」
俺にはとんでもなく遠い場所に向かうことを話してたぞ。だけど準備もあるから直ぐということではないんだろう。
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翌日。朝食を終えたところでユングの研究所に向かうことにした。
姉貴達は、年明けのラグナロク終了宣言に向けて、いろいろと忙しいらしい。そっちは姉貴に任せて、ユングのところで油を売るのも良さそうだ。
通りを東に向かい、ギルドを横目に見ながら先を急ぐ。ギルドのホールでは嬢ちゃんずの連中が騒いでいるんだろうな。昔と掲示板の依頼書が様変わりしているのにサーシャちゃん達の目にはどう映るんだろうか?
東の広場から北に続く通りを歩く。最初のでこぼこ道には吃驚したけど、今ではきれいな道になっているし、花を付けた低木がずっと続いている。王族の連中が今でも維持している別荘だからきれいに使っているようだ。
別荘を抜け出すと、少し離れてユング達の研究所が見えてくる。ドーム構造だというのが何となくちぐはぐなんだけど、その奥にある天文台のドームが見えるから不思議と違和感が無いんだよな。
広い前庭は石畳が広がってるだけなんだが、この地下にユング達のイオンクラフトが格納されている。まったくテレビの見すぎだとしか考えられない発想なんだけど、ユングによればお約束には従うものだと力説されてしまったのを覚えている。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉が開いた。厚さ10cmもある扉なんだが、昔は普通の扉を使っていたらしい。ある日、ひょんなことでアテーナイ様の要求に答えたら、別荘の侍女達がユング達の留守の間に部屋の整理整頓をしてくれたそうだ。
「まさか、本当にやるとは思わなかったんだよな」そんなことを言ってたけれど、それ以来誰にも開けられないように耐圧隔壁仕様の扉にしたらしい。
「明人さんでしたか……。どうぞ、こちらへ。すぐにマスターをお呼びします」
「様子を見に来ただけだから、忙しければ日を改めるけど?」
「いつものことですから、気にすることはありませんよ」
オートマタ達のユングに対する評価も微妙なところがあるな。そんなことを思いながらも暖炉近くのソファーに腰を下ろした。
暖炉の火に変わりはない。ユング達もここで休息を取るんだろうが、この部屋以外は実験室に工作工場だと言ってたな。たまにはベッドで横になれば良いんだろうが、ユング達には必要のないことらしい。
「よう。やっと帰ってきたか。フラウ、コーヒーを頼む」
俺の前に座りながらフラウに指示してるけど、そういえば風呂も無かったんじゃなかったか? ユングの顔はあちこち油で汚れている。
コーヒーが運ばれ、俺の前に3人が座った。フラウとラミィは紅茶のようだ。そのままジッとしといてくれと言って、3人に【クリーネ】を掛ける。
「すまん。そういえばしばらく顔も洗わなかったな。たまに天文台の職員に【クリーネ】を掛けてもらってるんだけどね」
「そんな事を姉貴の前で言った日には、毎朝押し掛けてくるぞ。少なくとも、顔は洗っとけよ。裕子さんが見たらがっかりしそうだ」
「だな。今では遥かな過去の人だが、この顔はあの人の顔だ。それなりに敬意はいるだろうな。ところで?」
ユングの問いに、様子を見に来ただけだと答える。
すると、暖炉方向に仮想スクリーンが展開された。言葉だけではなく映像で教えてくれるらしい。
「目指すは月と火星だ。その先もありそうだが、火星で全てが分かると思っている。火星で長期生存が不可能ならばどこに行っても同じだろう。問題はそこに至る方法だ」
イオンクラフトの燃料が足りないらしい。それにユング達の活動時間も問題だ。気密室を設けることになるらしい。エネルギーの不足分を気密室で取り、さらには太陽電池パネルを展開して自分達のエナジー低下を防ぐ魂胆らしいのだが、なかなか上手くいかなようだ。
「少し時間は掛かるが、バビロンの助力もある。雪が降る前には月を目指そうと考えてるところだ。月ぐらいなら、時間は掛からないからね。一応、5日の予定で向かうつもりだ」
「往復に2日として、3日間で調査できるのか?」
「俺達なら24時間すべて調査が可能だ。それに、何かつかめれば再度出掛けても問題はないぞ」
とは言うものの、仮想スクリーンに映し出された画像はアポロ計画の月着陸船そのものだ。これもお約束の範疇なんだろうか? やはりオタクは奥が深いんだと感心してしまう。




