R-120 フギン砦
10日も過ぎると、早くも南面の石塀が形になってきた。
レーザーで切り出す石のブロックは縦横30cmで長さが60cmの大きさだ。トラ族の戦闘工兵達は両肩に1個ずつ乗せて運んでるけど、1個で150kgはあるんじゃないか?
地下10m程の場所に空間を作っているようだが、すでに体育館程の大きさになっている。
「まだまだ掛かりそうだ。もうすぐ、貯水タンクを設置する区域ができあがるぞ」
「俺はここにいるだけで良いのか?」
「この山の周囲の監視を頼む。一応、12カ所にプローブを設置した。カメラもついているから仮想スクリーンで監視できるだろう?」
確かにできるんだが、変化の無い場所なんだよな。小さなトカゲが1度センサーに引っ掛かったぐらいだからね。
アルトさんはキャルミラさんと戦闘工兵5人を連れて、南の山脈に出掛けて行った。雪を頂いた山々が続いているから、雪解け水を運んで貰う事になっている。
「小さな湖はあるんだけど、少し危険な気がするからな。雪解けの水ならそのまま飲めるだろう」
「これもそうなのか?」
ユングがコーヒーカップを持ち上げ、俺に聞いてきたので頷く事で答えた。
「ところで、例の宿題だ。カラメル族の恒星船のデーターを貰ったぞ。俺の端末に入っているから、コピーしとくと良い」
「助かる。で、使えそうなのか?」
「難しいな。環境を合わせるのが難しいらしい。俺達で閉鎖環境を作れないことも無いだろうが、乗員は30名程度と言っていたな」
ユングがため息を吐いた。もう少し多い数字を期待してたんだろう。
俺は温くなったコーヒーを飲んで、ユングの言葉を待つ。
「問題だな……。種族を維持させるには最低でも万単位は必要だ。それに、美月さんならば、この世界の人類全部を想定しててもおかしくない」
「カラメル型の恒星船を何隻も建造することも難しいらしい。カラメル族でさえ、もう1隻の恒星船を作らないと全部を連れだせないと言っていたが、それでも千年を越えると話してくれたよ」
「一時避難ではダメなのかな? 火星辺りに疎開させて、地球が再び元に戻るのを待つという選択肢もあって良いような気がするが?」
「アルマゲドンでは、ラグランジュ・ポイントのコロニーや月のコロニー、火星のコロニーに向かった連中もいるらしい。だがその後彼等がどうなったのかは記録に無いんだよな。もし生き残っていたなら、何らかの通信を送って来るだろうけど、バビロンはその通信を受けたことが無いらしい」
ひょっとしてユングは、そんな連中のその後を考えているんだろうか?
地球規模の災厄ならば、月やスペースコロニーでも被害は免れそうにないだろう。火星はかなり有望と思うけど、バビロンはその後の彼等の消息が確認できなかったらしい。さらに遠くの惑星の衛星も有望ではあるが、果たしてそこまでの科学技術を当時持っていたのだろうか?
ディーを見ても、高度の科学技術があったことは認めるが、人類の宇宙進出はまだまだ荷が重かったに違いない。
「ウルドを囲んでいるグリードの掃討が終わったら、一度宇宙に出てみても良さそうだ。俺達なら酸素が無くたって活動できるからな。イオンクラフトを改造して簡単な気密室を作れば行けると思うな。月と火星は行ってみる価値があると思う」
「だいじょうぶなのか? まだまだお前を失うのは早いんだが」
「俺達なら心配ない。それに目標があるのは良い事だろう? 残された物だってあるかも知れないし」
お宝さがし気分で出掛けるつもりだな? 確かにユング達なら可能かも知れないけどね。
「明人の欲しがりそうな物も見付けて来るさ。うん、これでおもしろそうな暇つぶしが出来そうだ」
咥えたばこで歩いて行ったぞ。全く性格は昔から変わっていないな。
少しはラミィを見習っておとなしくすれば良いんだけどね。
夜間の周辺監視はユング達が行ってくれる。
おかげで、夜はぐっすりと眠れるから工事も捗っているみたいだ。
2か月が過ぎると、石塀の形が現れ始めたし、見張り台の工事も始まったようだ。これを屋根に着けるとユングが運んで来たのは避雷針のようだ。この辺りは雷雨が激しいのだろうか?
雷雨に備えて地下に宿舎群を作ったのかもしれないな。
「地下は、丁度「田」の字に作ってある。4つの区画と中央回廊それに周辺回廊だ。真上に離着陸場があるから、荷重を支えるためにこんな配置になってしまった」
「この頂点から伸びてるのが4つの見張り台への通路になるんだな?」
「そうだ。この辺りの気象は良く変わるんだ。外にはあまりでない方が良いぞ」
確かに台風並みの風が吹いて来たことがあるからな。アルトさんとキャルミラさんを急いで地下の工事区域に避難させたことがあるし、雨だって100m先が見えないくらいの豪雨になる。
地下区域への浸水は入口の堰と排水路で何とかなったみたいだけど、あの豪雨が1時間長く続いていたら、工事区域にも流れ込んだんじゃないかな。
慌ててユングが新たに4カ所に排水用の貫通孔を作っていたけど、あれでだいじょうぶかどうかは誰にも分らない。
「俺には監視所として向かない場所に思えるんだが?」
「何もここで見る必要はないさ。監視の主体は複座式イオンクラフトだ。将来は襲撃機を改造することになるんだろうけどね」
監視の中枢として機能させれば良いということか。この陣を基点に200kmの範囲は可能だろう。燃料の搭載量を増やせるならさらに広げることができる。
「地下だから、換気は十分に考えてある。バビロンのシミュレーションでは、地下で焚き火を作ってもだいじょうぶだぞ」
「そこまではやらないと思うな。だが、食堂建屋は地上に作ったのか?」
「地下倉庫へ荷物を運搬するための建屋だが、ついでに食堂を作っただけだ。全てが空輸と言うのも問題ではあるけど、地上は物騒だからね」
確かに地上は物騒だ。だからこんな場所に陣を敷いたんだよな。
「そうそう、美月さんがこの場所に名前を付けたぞ。『フギン』だ」
「ワタリガラスだったか……。全て、北欧神話から取るつもりだな」
「まぁ、美月さんの感性だと思うぞ。俺は良い名だと思うけどね」
こいつも、神話には詳しかったな。
確かに、ラグナロクの最期を飾るには相応しいんだろうけどね。
「それで、ウルドの方は?」
「終わったよ。周囲には1万程度残ってるかもしれないけど、グリードの亡き骸の中にいるから目立たないんだよな。端から、海に捨ててるんだが、その時に急に動き出すような感じだから、亀兵隊が苦労してるぞ」
それでも終わったならありがたい話だ。後はヨルムンガンドの完成を待つばかりになる。俺達の介在も先が見えてきたように思える。
「それで、グリードは新たに現れないのか?」
「現れてる。今のところは前のグリードの進軍路をたどっている感じだが数が少ないから小型飛行船での爆撃で十分だ。前のように溢れないところをみると、しばらくは安心と言う事になるな」
やはり、耐性のある個体が生き残ったか……。ユングの話を聞く限りでは、溢れるまでに間があると言う事になるんだろうな。
その間に、大量の弾薬をストックすることになるんだろう。そして、ヨルムンガンドに作られた3つの砦が有機的にグリードの流れを阻止することになるのだ。
「2個大隊は残さねばならなくなりそうだ」
「だが、東の堤防から兵士を削減できるだろう。それに2個大隊を常時貼り付けることも無いはずだ。屯田兵としてこの大陸の開墾をすれば良いんじゃないかな」
新たな国造りの始まりになるのかな? 植民地化することは問題が出てきそうだ。その辺りは姉貴がちゃんと考えてはいるんだろうけどね。
「それで、イオンクラフトの改造は?」
「爆弾の搭載を止めて機関銃も4丁にした襲撃機を5機作った。複座のイオンクラフトと合わせて運用すれば、このフギン砦で十分に周囲の監視を行う事が出来るぞ」
すでにウルドまでイオンクラフトを運んできているらしい。後はフルド砦の完成をまつばかりのようだ。
「それで例の話だが、美月さんの許可が下りた。俺のイオンクラフトをバビロンに運んで改造を行っている最中だから、ラグナロクの最終段階であるバルハラの終焉を美月さんが宣言した時に出掛けて来るつもりだ」
「3人でか?」
「もちろん。俺達はいつも一緒だ。それに残したら、お前が苦労しそうだからな」
確かに苦労しそうだ。それでなくともアテーナイ様や嬢ちゃんずがオートマタとして俺達の前に現れてるし。
「俺の興味は、材質の劣化具合と当時の環境維持の方法だ。ある程度の情報はバビロンにも残っていたが、たぶんかなり改造してるんじゃないかと思うんだ」
「生存者がいればどうする?」
「何もせずに戻って来るさ。俺達が生存者の設備を破壊しないとも限らない。もし生存しているなら、細い糸のような環境条件にすがっているはずだからな」
確かにそなっていることは予想できる。外部との通信さえ出来ないほどに技術が退化しているかも知れない。それに、生存者をこの地に戻すことは現状では不可能だ。
だが、エクソダス計画には、もし生存者がいるなら一緒に連れて行きたいものだ。
ユングがフギン砦を去って3か月後に、フギン砦は完成した。イオンクラフト2個小隊8機と整備兵を含めた3個小隊がこの地で周辺監視を担当することになる。
彼等に砦を引き継いだところで、姉貴の待つウルド砦にイオンクラフトを飛ばす。