R-118 エクソダス計画
その後に仮想スクリーン映し出されたのは両生類と魚達だった。
大きなサンショウウオのような体をした生物は3mを超えているし、ユングが口を両手で開いた魚の口には鋭い歯が並んでいた。
ユーラシア大陸には美味しい魚ばかりだったけど、南米の魚は物騒だな。だけど、あの歯でしかも群れていたらかなり厄介な存在に違いない。サンショウウオの方はそれ程動きが素早いようには思えないんだけどね。
「色々とおるようじゃな。となれば、森を焼く範囲に注意せねばなるまい」
「そうですね……。この線から南には目をつぶりましょう」
姉貴が地図に線を引いた。ヨルムンガンドから南に800km程のところだ。その線から南に大陸は1千km以上伸びている。この800kmで南の生物が北上することを防止するつもりのようだな。
ユング達の働きでジャングルの一部は草原になっているが、長い年月では元に戻りそうな気もするな。
「この大陸を横断する山脈の稜線と言う事で良いのかな? となれば、北斜面までは荒地に変えても良いって事だ」
「グリードの営巣地の一部がこの線を超えていますが?」
「あれだけユングが殺虫剤を撒いたんですもの。しばらくは安心できる。それに、新たに殺虫剤を撒いても今度はどれだけ効くかしら?」
耐性がそれ程早く出来るものなのだろうか?
だがグリードは作られた生物だ。どんな改変を身体にされているか分かったものではないことは確かだ。
「次の脅威がこの線を越えて、ヨルムンガンドに近付くのはかなり先の話であろう。となると、この山は先行偵察用に確保しておきたいものじゃ」
アテーナイ様が指さした独立峰は、前にユングが教えてくれたテーブルマウンテンだ。
「そこは俺達も目を付けて場所だ。グリード騒ぎが無ければ今頃は出来てたろうな」
確かそんな話もあったな。グリードなら簡単に山に登れるということで断念したんだ。
グリードの数が増えなければ、それなりに使えそうなんだけど避難が最大の問題になりそうだ。
「あえて種を亡ぼすことも無いでしょう。グリードのような生物でなければね。そのグリードも数を再び増やすにはかなりの年月を必要とするでしょうね」
未だに俺達を取り囲むグリードは900万を超えているんだが、姉貴にはグリードの終焉が見えてるんだろうな。
「ユング達にはそろそろ本来の仕事をお願いしたいわ。でも少しはウルド南方の爆撃もお願いしたわね」
「任せとけ。ついでに、この山の詳細な画像も取って来るよ」
ユングがフラウと共に出掛けて行く。
「我等はこのままじゃな。すでに3割を切っておる。さほど長くは掛かるまい」
御后様は全く疲れが見えない。確かにオートマタの身体ではあるんだが、気疲れもないのだろうか?
「500万を下回れば、飛行船の1つを本来業務に戻せるわ。やはり砂の蓄積は思ったより多いのよ」
「浚渫ってこと? バビロンの話では将来はヨルムンガンドが広くなると聞いてるけど」
「それも確かだけど、ある程度の浚渫は必要だわ。それに開通したばかりは浸食が多いのも問題なの」
安定するまではダメってことなんだろうか? そうなると1隻では足りないような気もするぞ。
すでに姉貴はグリードのいなくなった状態を考えているみたいだ。
となると、例の宿題の回答を考えねばならない。突然、「どうなってるの?」なんて聞いて来るからな。
コーヒーを頂きながら、タバコに火を点けた。
それにしても長い戦だったな。終わりが見えてきたが殆ど総力戦と言っても良い位の戦だった。
どうにかここまで戦えたのはそれだけ連合王国の国力があった為だろう。
もうしばらく掛かりそうだけど、一段落したら再びネウサナトラムの村でのんびり過ごしたいものだ。
長い平和が訪れる事になるだろうな。文化の発展は緩やかだから、同族同士の諍いも起こらないに違いない。
すでに治政は民衆の手で行われている。かつての王族は元老院として治政にアドバイスを送るだけだし、軍の組織は連合王国の政府と元老院それに姉貴と俺の同意に寄って最高指揮官が決められている。
覇王をもくろむ輩もかつては存在したが、今ではそんな人物もいなくなった。たまにテロを行う人物も現れたがユング達がいるから、表に出る前に潰されている。
地球規模の天変地異が起きない限り平和が続くんじゃないかな……。ん? ちょっと待てよ。姉貴の考える次の計画って、まさかとは思うがエクソダス計画なのか?
かつてのカラメル族の住む惑星は大規模なミサイルインパクトで破壊されたようだ。
あれほど大きくなくとも、恐竜時代を終わりにした隕石の話もユングに聞いたことがある。
長い目で見れば必ず起きることだ、と力説していたのを覚えているぞ。
この再生した地球に生きる人類を救うのが、姉貴の考えてる事だとしたら……。
指揮所を飛び出して、北西の見張り所に向かった。
後をディーが追い掛けて来るけど、何事かと訝しんでいるようだ。
北の壁はアルトさんの指揮で特に問題は無いみたいだな。少し休んでると伝えると「任せておくのじゃ」と答えてくれた。
見張り台の下の小屋に入って、端末を開くとユングに通信を入れる。
「どうした? こっちは美月さんの指示通りにナパーム弾を落してるけど」
「姉貴の宿題が分った。どうやら、大規模なミサイルインパクトを考えているらしい」
「何だと! ……確かに、思い当たる節がありすぎるな。良く連絡してくれた。これで少しは考える方向が見えてきたぞ。俺も考えるけど、明人も対策を考えといてくれ。残り2回爆撃を終えればウルドに行くからな」
少しは俺の心配を共有できたかな?
とはいえ、惑星規模の災厄なんて逃れる方法は決まってるんじゃないか。かつてのカラメル族の選択が参考になる。
宇宙船を作って逃れると言う事になるのだが、その時の脱出者の選択には悲壮感が溢れていた気がする。
全員が乗せられなかったんだ。親は子を、年寄りは若者を……。運命と諦めた人々は若者達に未来を託したんだろう。いくつもの船団が出て行ったけど、その中のいくつの船団が再びカラメル族としての生活を取り戻したかは分からないんだよな。この惑星に住んでいるカラメル族だけが残ったのかも知れない。
星の海を彷徨うということは、そういうことなのかもしれないな。
現在の人口は1千万人を超えたぐらいだろう。
平和が続けば人口は増えるに違いない。そんな人々を乗せる宇宙船はかなり大型にならざるを得ないはずだ。その上、いつ終わるとも限らない旅だ。宇宙船の中で生まれ育ち死んでいくサイクルが繰り返されることになる。
人間1人が一生吸う空気の量は一体どれ位の量になるんだろう。リサイクルできる環境を持つ必要も出てきそうだな。
とりあえずの案を作って姉貴にダメ出しをして貰おうか?
閉鎖環境で長く人間を住まわせてくれたバビロンの意見も聞いてみたいところだ。ユグドラシルにも聞けば、両者の想定に違いが出るかもしれないな。
先ずは、連絡して概要を掴んでもらおうか。
長いメールをバビロンとユグドラシルに送ったところで、タバコに火を点けた。
考えようによっては、バビロンをそのまま宇宙船にすれば何とかなりそうな感じなんだけどな。
今すぐに危機的状況に陥ったら、カラメル族にユング達とミーアちゃん達をお願いするか。カラメル族にかつての人類の物語を託せるかも知れない。それは俺達が生きた証にもなるだろう。
タバコを消そうとして周囲が変化していることに気が付いた。
どうやら心象世界にいるらしい。
いつものリオン湖の畔のテーブルだ。目の前にいるのは、レビト様だ。
「やはりその考えを持つか……。運命に逆らうのは種族として若いからなのだろうな」
「老いても同じに思います。受け入れるかそれとも避けるか。避ける方法がみあたらなければそこで初めて運命を受け入れるものだと思うのですが?」
「かつての我等種族もそうであった。可能な限りを合言葉にしたものじゃよ。アキトの最初の疑問に答えると、我等に再び星の世界に旅立つことは現時点で不可能じゃ。補助エンジンでどうにかこの惑星に不時着しておる。メインエンジンの修理は遅々として進んでおらぬ。現時点で6割と言うところじゃろう。2千年かけてこのざまじゃ」
俺達の前にお茶が出て来る。心象世界は便利だよな。
お茶の前にタバコに火を点けた。この世界ではいくら吸い続けてもタバコが無くなることはない。
「現時点では運命に委ねるが、2千年後には運命に逆らえますね」
「そうなるのう。だが、連れて行けるカラメル人は半数になるであろう。我等もこの世界で人口を増やしておる」
「カラメル族の恒星船を作る事はできないんでしょうか?」
「更に数千年が掛かるであろう。もちろん計画は持っておるぞ。だが、それに人類を乗せることは困難じゃ」
環境条件が異なるからなんだろうな。となるとユングやミーアちゃん達だけならと言う事になる。
「たぶんあの者達は乗り込まぬじゃろう。アキトがいなければな。だが、アキトは有機体。乗せても環境が付いて来ん」
「カラメル族の恒星船の情報を頂くわけにはまいりませんか?」
「かつて、我が種族の者が環境を維持しつつ、長期に渡る旅が可能かを計算したことがある。乗船人員は30名。種族の維持は不可能と出たぞ」
とはいえ、何隻か作れば乗員を増やすこともできそうだ。
理解出来るとは思えぬが、と言いながらも設計情報を教えて貰う事が出来た。
閉鎖環境、大型建造物、メインエンジンと制御システム辺りを考えて行けば良いんじゃないかな。