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R-011 船旅

 見習いハンター達がテーバイに旅立って10日ほど経ったある日のこと、ユングからの連絡が入った。

 明日出掛けると急に言われても困るんだが、向こうはそんな事にはお構いなしだ。

 まあ、ユング達だからねぇ……。と納得するしかない。


 そんな訳で、家の中はドタバタしている。準備は終ってると言っておきながら、この騒ぎだからな。先が思いやられるぞ。

 

 とりあえず、ギルドに出掛けて俺達が一ヶ月程留守にすることを告げた。

 向こうも慣れたもので、特に詮索はしない。何かあればモスレム王族の別荘から連合王国の作戦本部に通信を入れれば分かるように手配しているからだろう。


 「それじゃあ、行ってくる。狩場に異変があれば山岳猟兵に相談すればいい」

 「分かりました。ちゃんと全員でかえって来て下さいね」

 

 そんな会話をして家に戻ってくると、どうにか落ち着いたみたいだ。4人ともテーブルでお茶を飲んでいる。

 

 「ご苦労様。今度はだいじょうぶよ」

 「それで、ユング達は明日の何時来るんだい?」

 

 「たぶん、午前中だと思うわ。でも、片道9千kmの旅よ。確か3日掛かるのよね」

 「そうだね。時速150km程度らしいから、それぐらい掛かるんだろうな」


 これが俺達の課題でもある。

 往復約7日は兵站を維持する為にはかなり問題だ。燃料電池が水素と酸素によるものだから電気分解で容易に作ることは可能なのだが、それでも大量に作ることはできない。

 水力と太陽光による発電システムは、燃料製造だけに使うわけにはいかないのだ。それでも、飛行船の格納庫付近に大規模な太陽光発電所を作って燃料製造を継続しているようだ。その辺りの兼ね合いを考えて飛行船の数を増やせないんだろう。

 それにイオンクラフトも燃料電池で動いているしな。

 西の大陸にも同じようなプラントを作る事になりそうだ。その辺りはユング達のことだ。抜かりなく考えているだろう。


 それにしても、北米大陸か……。

 道場に通っていた外人さんが連れてってやるよ、なんて言ってたっけな。

 遥か昔の話になってしまった。

                 ・

                 ・

                 ・


 次の日。朝早くにカヌーでモスレム王族の山荘に漕いで行き、通りを歩いて俺達の別荘への小道を閉ざす。

 再度山荘から俺達の別荘に戻ってきたのだが、留守中はタトルーンにいるカラメル族の戦士が守ってくれるから、何事もないとは思うんだけどね。

 ユング達がやって来る時間は分からないから、庭の片隅にあるテーブルセットでお茶を飲みながら時間を過ごすことになった。


 2本目のタバコに火を点けようとした時に姉貴が急に立上がって空を指差した。


 「来たよ! 来たよ! 大きいねぇ!!」


 皆で姉貴が指差す空を見上げると、ぽつんと銀色の物体がこちらに近付いてくる。

 たぶん10kmは離れてるんじゃないか? それでもあの大きさだから近くに来たらさぞかし大きく見えるだろうな。

 

 「じゃが、あの大きさならこの庭に下りられんぞ。どうするつもりじゃ?」


 アルトさんの素朴な質問に俺達は顔を見合わせる。

 確かに無理だよな。だけど、ユングは姉貴にここで待つように告げたらしい。


 そんなことはお構いなしに、飛行船が近付いてくる。

 葉巻型ではなく、エイのような形だな。座布団に見えなくもない。頭上を飛び越えた姿を見た限りでは、菱形がが間延びしたようにも見える。前が鈍角で後方が鋭角に延びている。

 やがて、俺達の場所から200mほど沖合いで飛行船が停止すると、下部の船倉から船がウインチで下ろされた。

 4人で漕いでいるけどかなり乗れそうだな。あれで乗り込むみたいだ。

 船が擁壁に近付いて来たところで、テーブルセットの椅子から腰を上げる。


 「さて、乗り込むぞ。姉貴達から順番だ。ディーと俺は最後でいい」


 やがて、船からロープが投げられる。俺とディーでロープを掴んで船を擁壁に固定していっる間に、姉貴達が素早く乗り込んだ。

 俺とディーがロープを持って船に飛び込むと沖合いの飛行船に向かって船が進んで行く。漕いでいるのは屈強な戦闘工兵だ。彼等なら難なくこの船を進めることができるだろう。


 船が飛行船の真下に来たところで、船の速度を殺して頭上から降りてきたワイヤーの金具を船の4隅に固定する。

 戦闘工兵の1人が状況を確認して片手を上げると船は俺達を乗せたままゆっくりと湖面を離れて飛行船の格納庫に上がって行った。

 

 飛行船の船倉の大きさは教室2個分程の広さだ。テーブルと椅子が4セット程並べられている。


 「来たな、こっちだ!」

 「ああ、やって来たよ。だいぶ大きいな」

 

 手招きしているユングのところに歩いてテーブルの椅子に座った。

 ユングの後ろに扉があるが、あの先は操縦席なんだろうか?


 「元々が先行製作の実験機だから、居住性は良くないぞ。この区画の上に簡単な休息室を作ってある。3つあるから、1番目を使え。窓は左右に2個ずつだが、船倉の後ろをフルに開けるから地上を眺めるのも気持ちがいいぞ」

 「危なくないのか?」


 「折り畳みの柵を取り付けるし、その外側には網を張るからだいじょうぶだろう」

 

 それなりに安全策は考えているみたいだ。

 やがて船倉の後部のハッチが開くと直ぐに、アルトさん、キャルミラさんが歩いて行く。上空からの眺めはかつてのイオンクラフトの比ではないからな。

 振動も、加速感もそれ程感じずに、飛行船はゆっくりと連合王国を西に進んで行く。

 

 「そうだ。これを3人に渡しておく。俺達も装備は同じだ。」

 

 ユングがテーブルの上に3丁のAK47と弾薬ポーチをバッグから取出した。

 姉貴が興味深々にいじっているけど、セーフティは大丈夫だよな。

 銃を背中に背負い、装備ベルトに弾薬ポーチを取付ける。拳銃のホルスターと弾薬ポーチもあるから結構な重さだ。


 「少し重いが我慢してくれ。その弾薬ポーチには30連マガジンが3個に手榴弾が1個入ってるからな」

 「銃と合わせると120発だが、足りるのか?」

 

 「戦闘工兵用は腰の左右に、そのポーチを付けている。バッグ中にマガジン10個だから十分だろう」

 

 俺の問いに笑って答えてくれる。

 

 「今回はガルパスを3匹しか乗せられなかったが、戦闘工兵と屯田兵は1分隊だ。5人ずつで良いと言ったんだが……」


 押し切られたんだな。さすがは連合王国総指揮官だけの事はあるな。

 だが、ガルパス3匹で調査が進むのだろうか?


 「しょうがないから、先に一度荷を運んである。小型のイオンクラフトだけど、4人は乗れるぞ。武装はないが、荷物は300kgまでは可能だ」


 ユング達が使っていた座布団みたいな形の奴だろうな。それでも先行して運んでいたと言うからには他の装備も運んでるはずだ。

 

 「ということは、目的地はロスアラモスってことか?」

 「あそこなら安心だ。1年ほど暮らしたが獣は殆ど見掛けなかった。それに地下施設が窒素雰囲気下だから、機材の劣化が殆どない。電子機器もちょっと手を加えれば使用できるからな」


 先行偵察だからな。安全な場所に越したことはない。ロスアラモスをベースに、山脈の南方で適地を探すことになるのか。

 

 フラウが出してくれたお茶のカップは底が広くて安定感がある。いくら揺れが少ないと言っても、揺れない訳じゃない。そんな事でテーブルを汚すのは嫌だよな。


 「この飛行船の気嚢は水素じゃなくてヘリウムだから、安心してタバコが楽しめるぞ。但し、高度が1500m以下の場合だ。それ以上に高度を上げると、いろいろと不都合が出てくるからな。もっとも、工程の殆どは500m以下で進む。西の大陸に近付いたら高度を2500mまで上げるぞ」


 「大陸での高度は理解できるわ。でも、海上でもそれぐらいの高度が必要なの?」

 「それが……。出るんですよ。高度200mで巡航している時に、海中から飛び上がってきた奴がいた。フラウがどうにか迎撃してくれたけど……。それ以来、高度は2倍を取ることにしたんだ」


 姉貴の素朴な質問にユングが答えていたけど、仮想スクリーンに映し出された姿では巨大なオルカに似た奴だった。

 大洋は危険だとカラメル族が言ってたからな。なるほどと納得してしまう。


 「概略の位置はあれで見られるぞ。操縦室にはナビが付いているから迷うことはない」


 ユングが指差した操縦室への扉の脇の壁に50cm程の板状のディスプレイがあった。連合王国のあるユーラシア大陸西岸部と南北アメリカ大陸が表示されている。緑に表示されている地点が発着場所になるんだろう。連合王国と北米大陸に1箇所ずつ表示されている。その間を赤く点滅している交点が飛行船の現在地なのだろう。1万5千kmを50cmだから、1cmが300kmか……。現在の時速は150kmぐらいだろうから、見ててもまるで動かないな。

 船倉の後部に小さな台所がついているようだ。その反対側はトイレらしい。

 長い旅だからそんな設備も必要なようだ。

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                 ・


 飛行船の旅は退屈そのものだ。

 陸地を過ぎて大西洋に出てからは景色に変化が見られない。アルトさんが船倉のハッチから海を眺めながら、ジェイナスは丸いと呟いていた。

 水平線が丸く見えるのは錯覚だという話もあるが、確かに俺にもそう見える。

 そんな眺めだから、2日目になると船倉にあるテーブルでゲーム等をしながら時を過ごす。

 たまに、海に浮かぶ巨大な海洋生物の発見が知らされると、船倉後部のハッチにみなが飛んで行くんだよな。

 俺が見た時は、帆船のような姿をした生物だった。


 「あれはクラゲの一種だろうな。あの帆のような構造体で風をとらえて移動するらしい。あれでも表面だけで100mは超えるぞ。北極海で遭遇した奴は直径数百mはあったな」

 

 そんな説明をユングがしてくれたけど、俺達はただ頷くだけだった。

 連合王国の周辺にも鼻の2本ある象や、どう考えても恐竜にしか見えないような奴はいたが、あれ程巨大な奴はいなかった。

 海面付近でさえあれだとすると、海中にはどんな奴が遊泳してるか想像もできない。船の使用は比較的浅い海だけが利用されているのも頷けるな。


 連合王国を出発して3日目の朝。飛行船は少しずつ高度を上げ始めた。どうやら西の大陸に近付いたらしい。

 

 「どうやら、目的地に到着するのは今夜になるな。地上は物騒だから、明日の早朝に飛行船を着地させるぞ」

 「いよいよだな。飛行船は一旦戻すんだろう?」


 「ああ、もう1台イオンクラフトを運ぶ予定だ。多目的用だから少し重くなるんだよな……」

 

 多目的とは言ってるが、たぶん戦闘用じゃないのか?

 そんなことを考えながら、窓に張り付いて下界を見ているアルトさんとキャルミラさんの2人を眺めた。この旅を一番楽しんでいるのはたぶんあの2人に違いない。


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