R-108 塩害を利用しよう
昼近くになって、ディーがユング達がウルドに向かってくることを教えてくれた。
相変わらず南のジャングルを焼いているが、俺よりもユングの方が先の見えない戦をしているように思える。
コーヒーを挽いて待っていると、北東上空に飛行船が見えてきた。
やがて、見張り台に姿を現した2人にコーヒーをご馳走しながら状況を確認する。
「相変わらずだ。それでも南緯30度付近にまでは森が消えたぞ。まだまだ先が見えないのが残念なんだよな。それで、機関銃を20丁強請って来たぞ。新品だから南に据えれば良いだろう。森を焼きに行きながらグリードに集束爆弾を投下して行くから、少しは数が減るだろう」
「助かるよ。このままだとスクルドの再現になりかねん。今度は北に部隊がいないからな。何としてもヨルムンガンドで止めねばならない」
俺の話を聞きながらユングが笑い声をあげる。どこにおかしなところがあるんだろう?
「相変わらずだな。だから、美月さんが明人をウルドに移したのかもな。昔から責任感が強いのは変わらないか。俺が任されたら2割は北上するだろう。明人ならここで止められる。頑張れよ!」
「ああ、それしかないからな。ユングも気を付けろよ。グリードで現在は止まってるが、また変わり種が出ないとも限らん」
ユングは俺の老婆心だと思っているんだろうが、俺としては心配の種だ。
シャイタン達が滅んだとしても、彼等が作ろうとした生物がグリードだけとは限らないからな。
グリードでさえこれだけ手こずっているんだ。その上に他の生物何て現れたら全体計画が根底からひっくり返る。
「そこまで心配するのは明人ぐらいなものさ。だが、その心配はないだろう。爆撃の帰りに大陸南部を広範囲に探っている。今のところ兆項すらないぞ」
「明人様の考えは私達も同じです。たぶん計画段階の生物はいたのでしょうが、それもグリードにとっては餌となったと推測しています」
ユング達も危惧してたってことだな。先行して調べていたなら、俺が言いだすまでも無い。
苦笑いをしているユングと握手をすると、彼等は飛行船で南へと飛んで行った。
通信兵に南の城壁に陣取っている部隊に機関銃を取りに向かうよう伝えたところで、再び双眼鏡を手にグリードを眺める。
相変わらず、数百単位の個体が筏を作って運河を横断しようとしているようだ。
城壁からの攻撃で今のところ運河の中ほどで殲滅出来ているが、後続のグリードが合流するとどれ位のグリードが運河に乗り出すか分かったものじゃないな。
「短距離砲の砲撃間隔が開いたように思えますが?」
擁壁に望遠鏡を備えて対岸の監視をしていた兵の1人が振りかえって教えてくれた。
確かに、開いているな。継続射撃ならば5分間隔で発射するはずだ。砲弾節約のために半数毎に交互で撃つとアルトさんが教えてくれたから、5分ごとに10発の砲弾が放たれるはずなんだが……。
「通信兵。アルトさんに確認してくれ。砲弾が足りないならば問題だからな」
直ぐに返信がやってきた。やはり砲弾を気にしているようだ。とはいえ、現状でも5日分の備蓄があるらしい。
だが、一斉攻撃が始まれば、砲身寿命を無視して撃ち続けるだろうからな。少しでも備蓄を減らさないようにとの考えなんだろう。
「ディー、夕暮れ前に側面を攻撃してくれないか? 西に数十kmは伸び始めた。あまり西に向かわせるのは問題だからな」
「了解です。日中なら数を撃てますが?」
「10射でいいよ。それ以降はイオンクラフト部隊に任せる」
出来る限り数を減らしたいが、少しずつ膨らんでいるのが問題だな。広がりを大きく取って散開しているから、前よりも砲撃で倒れるグリードの数が少なくなったように思える。
それでも、ウルドの対岸にはびっしりとグリードが集まっているから、短距離砲の砲撃は数を減らせる手段としては有効に機能している。
俺達が昼食を取っている時に、ディーが出掛けて行った。
ある意味、レールガンによる水平射撃は、弾薬消費が一番少なく効果が高いと言えるだろう。直径2m、長さ1kmの範囲でグリードが吹き飛ばされる。
10射での被害は数千を超えるんじゃないかな。
仮想スクリーンでディーの様子を眺める。やはり西に50km以上離れているようだ。更にグリードが西に進むようであればサーシャちゃん達の手を煩わせることになるんだろうな。
コーヒーを飲みながら、仮想スクリーンの右上に並んだ数字を眺める。
4桁の数字は千が単位だ。砲撃を緩めただけで数字が上がっている。明日にはサンドワームを殲滅したグリードが全て合流するから、最高桁の4の数字が5に変るのは間違いなさそうだ。
夕暮れ前に、ディーが戻って来る。
ディーの攻撃の戦果は1万を超えるらしいが、それ以上のグリードが合流したようだ。全く嫌になって来るな。
「擁壁の守備隊の交替は夕食後だったな?」
「そろそろそんな時間ですか。そうです。夜間は1個中隊ですが、予備兵力を1個中隊用意してあります」
夜間になっても、ヨルムンガンドを渡るグリードは出てくる。さすがに昼よりは数が少なくなるから、1個中隊で何とかなることも確かだ。
長い戦だから、休める時には休ませてあげよう。だが、こんな戦をいつまで続ければ良いんだろう?
姉貴やサーシャちゃん達の運河工事が早く終わることを祈るだけになって来たこの頃だ。
従兵が夕食が準備出来たと報告してくれた。
すでに夜の闇がウルドを包んでいる。いくつかの照明球がウルドの中と運河の上を照らしていた。
見張り台の下にある臨時指揮所に移動して夕食を頂く。従兵達も一緒だ。
夕食を終えると従兵の1人は、見張り台に上りもう1人は俺と一緒に指揮所に籠る。もっとも、直ぐに部屋の隅にあるベンチで横になった。深夜に俺が寝る時には起きていてもらわねばならない。
見張り台には通信兵がいるから、上に上った従兵は彼等と交替して寝ることになる。
「合流は早朝ですね。6時前には完全に合流します」
「問題は、その後だな。南西からのグリードは相変わらずだが一時期よりも少なくなっているようだ。ユング達に感謝しないとな。とはいえ、1日で数万は問題だ。飛行船による後続部隊への爆撃は継続しなければならない。だが、合流後も気になる。夜明け前に飛行船を発たせてくれ」
従兵が通信兵のところに走っていく。飛行船の連中には気の毒だが、明日は2回の出撃が行われそうだ。
2回目のタイミングが問題だな。無ければ良いのだが、必ず出番が出て来そうに思える。
タバコを楽しみながら、ユング達の爆撃を仮想スクリーンで眺める。
爆撃範囲は、長さ数十kmの距離を焼夷弾で攻撃している。枯葉剤を使えないのが残念だな……。
待てよ、枯葉剤として合成した物が使えなくとも、塩水で代替できそうだぞ。
大陸奥地にあるジャングルは塩害には弱いんじゃないかな? 大陸の両岸は大海原だから海水を汲み上げてジャングルに撒くだけでも効果があるはずだ。
ジャングルが枯れてから燃やした方が、ジャングルの再生が行われる時間を遥かに延ばせるに違いない。
「ディー、この考えはどうだ?」
「直ぐに効果が出ないのが残念ですが、実行することは賛成です」
「フラウ経由でユングに伝えてくれないか? 早ければそれだけジャングルを早く消すことができる」
直ぐにユングから返信があったようだ。直ぐに実験してみると言っていたから、ユングも何か閃いたに違いない。
前の世界でも塩害は問題になっていたほどだ。上手く行けば不毛の土地を作ることもできるんじゃないか。
真夜中を過ぎたところで、従兵が交替した。俺もこの部屋に置かれたベンチで横になる。
どれ位、寝ていたのだろうか? ディーに体を揺すられて起こされてしまった。
ディーの指差す仮想スクリーンには、グリードの大群が運河に向かって移動しているのが映っている。
ぼんやりと明るいから、すでに薄明時間になっているのだろう。
従兵にコーヒーを頼むと急いで装備を身に着ける。
AK47を肩に担ぐと、部屋の片隅からマガジンをわしづかみにして見張り台へと急いだ。
「壮観な眺めだな」
「指令! ウルドは……」
「そう簡単に落ちないよ。サーシャちゃん達が作った砦だからね。通信兵、装甲列車の位置は?」
「西、20kmで、ウルド南岸を砲撃中です。広場の砲列は継続射撃で応戦中。イオンクラフト部隊は待機中です」
いつものように数十匹が筏を組むというのではなく、絨毯をこちらに非レげているようにも見える光景だ。
対岸に3分ごとに砲弾がさく裂し、南の石壁に展開した亀兵隊は一斉に機関銃で絨毯を攻撃している。
いくつもの小さな炸裂が起こるのはグレネード弾が炸裂しているのだろう。
これでは、獰猛なサメ達もグリードを襲う事が出来ないかもしれないな。
「南の城壁に爆裂球を運べ、予備兵力の投入準備を急がせろ!」
どうにか2個大隊の兵力だから、正面に1個大隊は何とかなりそうだな。西に回られると少し問題だが、2個中隊程は回せるだろう。ウルドを無視して北に向かうようであればサーシャちゃんに助太刀して貰わねばなるまい……。
「カニが驚いてこちらに来るかも知れないぞ。港のハンター達に1個小隊を向かわせてくれ」
「すでにアルト様から指示が出ています。いつもより岸壁に上がって来るカニが多いと言っておりました」
従兵が、コーヒーのカップを渡してくれながら教えてくれた。
なら、現状はこのままでいいと言う事になる。グリードの絨毯は運河の半ばを越しているが、南の石壁からの攻撃でそれ以上伸びることは無さそうだ。
とはいえ、あれだけ撃っているから、弾切れが起きた時にどうなるかが心配だが、備蓄を考えれば1日は十分に持ちそうだ。