R-106 食い止められるか?
アルトさん達が爆撃を開始して3日目になると、グリードの進行方向がウルドに向かっていることがはっきりと確認できた。
南方に向かう群れもいるのだが数は十分の一以下に見える。
少しは減ってくれるが、こちらに向かうグリードの数は200万を超えているとディーが教えてくれた。
すでに、ヨルムンガンドの対岸より200kmまでに群れは接近している。細い流れが濁流のように大きく広がっているのは異様としか言いようがない。
「キャルミラ様は明日からイオンクラフトを使うと言っています。アルト様も砲兵の指揮をすると」
「飛行船の爆撃は小型船を使って継続することになるだろうな。浚渫用の飛行船は本来目的に戻そう」
イオンクラフト20機での攻撃は、50kg爆弾と機関銃による地上掃射になる。絨毯爆撃は出来ないけれど、反復攻撃ができるから飛行船よりは効果的に使えるだろう。
弾薬の多用で、場合によっては飛行船を輸送用に変更しなければなるまい。
「各部署に予備の弾薬は用意しているのか?」
「分隊、小隊単位で準備しています。南と西の壁にある弾薬庫には、鉄扉が閉まらないほどです」
北側の石壁にも2つの弾薬庫が外にはみ出すほどに弾薬を積み上げている。
だが、いったん戦闘が始まるとみるみる減っていくからな。予備のライフルや機関銃も小隊単位で用意しているとは聞いているのだが……。
仮想スクリーンの右上にグリードの大群までの距離が表示されている。数字がゆっくりと減っていくのを見るのはあまり良い気持ちでは無いな。
西で運河掘削を行っている戦闘工兵達も明日にはもどってくるが、早ければ明日の夕刻には集団が向こう岸に見えるんじゃないかな。
いずれにせよ、終わりの見えない戦が明日から再開するのかと思うと気が滅入ることは確かだ。
その日の夜遅く、アルトさん達が帰って来た。
夕食を抜いて待っていた俺と一緒に夜食を頂く。
「やはり数が半端ではない。出来る限り広範囲にばら撒いては来たのじゃが……」
「あの群をしばらく食い止めたサンドワームの連中は賞賛ものじゃ」
先割れスプーンを振り回しながらアルトさん達が報告してくれるけど、先ずは食事を終えた方が良いかもしれない。地図のあちこちにスープが飛んでいる。
「やはり個体間隔を広げているようです。我等の攻撃を学んだんでしょうか?」
「学んだなら、こっちに来ないでほしいね。だけどやり辛くなったのは確かだな」
3日間の爆撃で倒した数は30万にも届かないらしい。
とはいえ、他に攻撃の方法が無い以上どうしようもないな。
ウルドの大砲が増えたことで少しはマシになるかもしれないが、運河を渡り始めると問題が出てきそうだ。
スクルドと違ってグレネード弾を多用できないのが辛い。最大飛距離でどうにか向こう岸だからな。
機関銃を南の城壁に6丁用意したが、銃身の過熱が問題だ。交互に撃つとなれば3丁になってしまう。
イオンクラフト1個分隊は砦の直営に回さねばならないだろうな。機関銃6丁の地上掃射は切り札になりそうだ。
「明日の夕刻じゃろう。ゆっくり寝てあの群を待つことにしようぞ。我は東の見張り台を観測所に使う事にする。アキトは西を使うのじゃな?」
「そうなるね。通信兵と無線機は2式持って行ってほしいな」
「我は、イオンクラフトの指揮を執る。残すのは1分隊で良いのじゃな?」
「とりあえず良いと思う。分隊長を明日西の見張り台に寄越してくれませんか」
「装甲列車も使えるのじゃ。あれは、レムリアに任せるぞ」
「射程距離が10kmだからね。長距離砲と短距離砲の中間だ。連射も問題があるから、西に向かうグリードの牽制用になりそうだな」
それでも75mm砲が6門乗せられているのだ。それに歩兵が1個中隊だからどんな働きをするのか楽しみでもある。
翌日の朝食は、指揮所で皆と一緒に取る。
すでに、グリードの群れとの距離は100km程になっているから早ければ夕刻前には南岸に到達するだろう。遅くとも日付が変わる前に違いない。
砦の連中は士気の低下も無く、着々と準備をしている。港を守るハンター達も、皆血近くに小さな待機所を作っていたから、食料と弾薬の備蓄は十分にあるに違いない。
グリードが港に向かう事態になったら大ごとだが、カニ対策に幾重にも柵を作ってあるから少数のグリードならば彼等で対処できるだろう。万が一の場合は砲兵部隊が2個分隊を派遣できるように人選をしているらしい。
「東の見張り台は港が良く見える。港も我の管轄で良いな?」
「アルトさんなら安心できるけど、ハンターと軍属で1個小隊で良いの?」
食後のお茶を飲みながら、アルトさんが頷いている。あまり人数を必要としないのはディーがどこからか見付けてきた機関銃を待機所の屋根に据え付けたからなんだろうけどね。
「海に開いてはいるが、一応、港の門を閉めることもできる。門と言っても鉄柵じゃが、水面から5D(1.5m)もあるのじゃ。わんさかと押し寄せるのでなければ十分であろう」
ユングが新たに半自動カービン銃を運んでは来たのだが、強装弾とはいえ拳銃弾だからな。ネコ族用にと言っていたが、アルトさんの評価では100m以内と言っていたぞ。
南の石壁を守る戦闘工兵の1個小隊を港側に待機させておけば、予備兵力としても機能しそうだが……。
「我もおる。直営を率いるぞ。南方の攻撃はイオンクラフト部隊の中隊長が継続する」
「砲兵部隊との横の連絡は密にしてください。夜は頼りにしますよ」
俺の言葉に満足そうにタバコを楽しんでいる。相変わらずシュールな姿なんだよな。
俺が西の見張り台を代替指揮所にすることを告げて、最後に無線機のコードを確認する。
従兵と、通信兵が確認しているから昼前には通信試験を行うに違いない。
「それじゃあ、頼んだよ。予備兵力は2個中隊だ。だがこれは休息の為の人員だから、あまり戦闘に参加させたくはない。それと休める時には短時間でも兵を眠らせてくれ」
俺の言葉に皆が頷いたところで、俺達は指揮所を後にした。
俺もディーと従兵達を連れて、西の見張り所に移動する。
荷物を見張り台の下の小部屋に置いて、階段を上る。見張り台自体は単なる屋上テラスのような場所だ。10m四方の四角い広場の北側には木箱とテントで通信兵達が無線機を操作する。南と西に観測用の望遠鏡を置いて、1分隊の亀兵隊がここで観測することになる。
「今のところはいつも通りと言う事なのか?」
「そうですね。これが10倍以上に膨れ上がるというのが想像できないで困っています」
双眼鏡で南岸を見つめる分隊長に聞いてみた。
彼の返事は予想の範囲だけど、確かに想像するのは難しいだろうな。赤黒い壁に見えるのかも知れない。
「夕方にはわかるさ。明日の朝なら確実だ。ところで、物資は補給しといてくれたか?」
「弾薬は3会戦分。食料と水は5日分です。1個分隊分ではなく、2個分隊でそれだけ運用できます」
通告した分の2倍を用意したってことだな。話を聞くと南壁を守る2個中隊も同様らしい。特に銃弾はたっぷりと準備したらしいから安心できそうだ。
「報告します。アルト様、キャルミラ様、レムリア様との通信確認終了です。レムリア様の現在地は西に200M(30km)とのことです。イオンクラフト部隊が強襲に向かうと連絡して来ました」
「ご苦労。今のところは計画通りだ」
2回は攻撃できそうだな。その後は砲撃に移るに違いない。
夜間爆撃をキャルミラさんが行いながら着弾点の修正をアルトさんに伝えるのだろう。
昼食を少し遅めに取る。
夕食は取れるかどうか疑わしいから、夕刻前に全員にお弁当を支給するように伝えておいた。ハムを挟んだパンだけでも、持っているのといないのでは大きな違いがある。ちょっと空腹を満たすだけで士気の低下を食い止めることだってできるのだ。
従兵の入れてくれたコーヒーを飲みながら、木箱に座って南を眺める。
思い出したように時折短砲身砲が砲声を上げるが、10発に満たない榴散弾がどれほどの効果を持つのかは疑問ではある。
「現在、南岸のグリードは約30万。東西12kmの範囲に分布しています」
「奥行きは3kmというところだろう。どこに撃っても当たることは確かだな」
200万を超えるグリードが合流した時が問題だ。後ろから押すように運河を渡って来るか、それとも西に広がるかの2択なんだが、西に向かうのが最悪になるんだろうな。スクルドとウルド間の運河はいまだ連結するには至っていない。スクルドとベルダンディ間なら今年中には連結できるんだろうけどね。
「第三水門までは海水が引かれていますから、西に200kmを防衛圏になるでしょう」
「最悪は第三水門を開くことになるだろうけど、砂泥の堆積が問題だな」
俺の言葉にディーが頷く。潮の満ち引きが微妙に砂泥を運河の一部に堆積させる。海水を更に引き入れた場合、どこに砂泥が堆積するかはやってみないと分からないところがあるのが問題だ。場合によっては砂泥で橋を作る事態にならないとも限らない。
従兵が見張り台用のお弁当を下の階にある仮設指揮所に運び込んだと報告してくれた。これで夕食の心配は無くなったkら、大きなポットでお茶を作っておくように指示しておく。
連続した戦闘は意外と喉が渇くんだよな。
一応、ベルトに着けた水筒にもお茶は入っているのだが、お茶は温かな方が良いに決まっている。
日がだいぶ傾いて来た。
仮想スクリーンに映るグリード達は南岸から20km近くにまで達しているようだ。
2回のイオンクラフトによる攻撃で数を減らしてはいるのだが、スクリーンに映る姿にはそんな様子がまるでない。
相変わらず数の脅威は継続しているってことだな。
「アルト様から連絡です。進行している大群まで60M(9km)で砲撃を開始するそうです」
「了解と伝えてくれ。継続射撃で23時で砲撃を中断。0時に再開を確認して欲しい」
通信兵に、キャルミラさん達との連携を確認するよう伝えた。
魔導士10人をイオンクラフトに乗せた攻撃なら、それだけで爆弾数十発分に匹敵する攻撃を与えられる。【メルダム】なら文句はないのだが、今では【メルト】が良いところだ。
「南の地平線が見えなくなりました!」
監視兵が驚いたように大声を上げる。
双眼鏡を取り出して南を見ると、土煙のような靄が上空まで達している。なるほど地平線が見えないな。
「やって来たぞ。スクルドも同じような攻撃を受けたがはね返している。ウルドは立派な運河もあるんだ。相手が数百万でも耐えて見せろ!」
大声で、見張り所から南の石壁で待機している連中に伝えると、オオォォ! っと大声で答えてくれる。
さて、北か西か……。グリードの選択でこれからの戦が変わって来るぞ。